第27話 興味ないね

 せつ、無数の閃光が走った。




 不死者アンデッドスライムの粘液触手が、バラバラに切断される。




 いつの間にか噴水のへりに、メイドが立っていた。


 ふわりと揺れる、ミディアムボブの青髪。


 両手には、冷たく輝くふたりの短剣。




 レイチェル・オライムスだ。


 彼女が目にもまらぬはやわざで、スライムの粘液触手を切断したのだ。




「あ……」




 粘液触手から解放された女の子は、地面へと落下しそうになる。


 だが飛び出してきた影が、彼女をスライディングキャッチした。




「ナイスキャッチです、旦那様」


「今だマヤ! 撃て!」




 マヤと不死者アンデッドスライムの間に、攻撃魔法をはばむものは何もない。


 彼女はゆっくりと、腕をかざした。


 なめらかで白い肌を持つ、マヤの手。


 それと寄り添うように、骨だけの手が虚空に出現する。


 空間魔法により現れた、死霊の魔導士リッチ四天王の1人リリスコの腕だ。


 彼の攻撃魔法は、リッチ四天王の中で最も火力が高い。




「虫の不死者アンデッドと、同じね。情念が薄い無機質系魔物の不死者アンデッドは、つまらないわ。……【プラチナムワールド】」




 マヤの魔力を使い、リリスコが魔法を行使した。




 バキリ! という音を立て、巨大スライムはいっしゅんで氷漬けになる。




 時間が止まったかのような静寂。




 だがキラキラと、ダイヤモンドダストが舞い散り始める。


 確かに時が動いていることを、観衆は実感した。




 やがて徐々に、歓声が上がり始める。




「す……スゲー! あのでっかいスライムが、いっしゅんで氷像になっちまった!」


「やったのは誰だい? 辺境伯軍の魔導士? ……って、マヤ様じゃないか!」


「さすがは不死女神様! スライムの魔物は、運がなかったな」




 能天気なものだ。


 ウィンサウンドの住民達は、スライムの氷漬けを取り囲んでハシャギ始める。




「娘を助けて下さって、ありがとうございます!」


「お姉ちゃん、ありがとう。とってもカッコよかった」




 スライムに捕らえられていた女の子は、無事に母親の元へと戻って行った。




「なんと……美しい……」




 眼鏡美青年は、ほうけたように感嘆の声を漏らす。


 彼の視線は、降り注ぐダイヤモンドダストには向いていない。


 マヤに向いていた。




「美しいご婦人。私の名は、オズウェル・オズボーン。オズ商会という、そこそこの規模を持つ商会を経営している身です」




 マヤも王都にいた頃、オズ商会の話は聞いたことがある。


 情報収集に出していた、死霊達から得た情報だ。


 オズ商会は、最近急激に力をつけてきている。


 そこそこの規模どころか、大商会だといえるだろう。




「この巨大スライムの死骸を、私に売ってはくれないでしょうか? 商会で色々調査したり、素材として売ったりしたいので」


 オズウェルは氷漬けになった不死者アンデッドスライムを、指差しながら提案してくる。


 だがマヤは、首を横に振った。




「冒険者の狩った獲物じゃあるまいし、倒したからって所有権があるわけじゃないでしょう? 私のいちぞんで、決められることではありません。辺境伯軍が、調査のために回収するんじゃないかしら?」


 マヤがカインに視線を向けると、彼はコクコクとうなずいていた。


 領主様の決定である。


 誰も文句は言えない。




「それは残念です」




 オズウェルは肩をすくめてみせるが、本気でガッカリしているようには見えない。


 彼はマヤの正面まで歩み寄ると、服の袖からの花を取り出した。


 美しくも妖しい、紫色をしている。




「『カーミラクィーン』という品種です。花言葉は、『永遠に美しく』。不死者アンデッド達の姫君である、貴女あなたに相応しい」


「ふうん……。リリスコの腕が見えたのは、ほんのいっしゅんだったはずです。それなのに、私が【死霊術士ネクロマンサー】だと見破るとは……」




 マヤは無造作に、薔薇の花を受け取った。


 オズウェルは、優雅にいちれい


 「また、お会いしましょう」という言葉を残し、人垣の中へと消えてゆく。




 その様子を、カインは面白くなさそうに見つめていた。




「旦那様。嫉妬しましたか?」


「ば……馬鹿を言うな。妻がちょっと他の男と喋っただけで、そんな見苦しい真似……」




 マヤは『カーミラクィーン』を、空中に放り投げた。


 無言で指を突き付けると、リリスコが氷の魔法を発動。


 凍結した薔薇は、地面に落ちると粉々に砕け散った。






「私、花には興味がないので」





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