第31話 聖剣伝説~完~

 先触れもなくウィンサウンド城に押しかけた、キアラ・ブリスコーと【聖騎士パラディンくん


 だが彼らは、あっさり城内へと招き入れられた。


 そのことに、【聖騎士パラディン】君は疑念をいだく。


 しかしキアラは、「ほら見なさいなのですぅ」と言いたげなドヤ顔だ。




 彼らの応対をしたのは、執事クレイグ・ソリィマッチ。


 玄関ホールで彼を見た瞬間、キアラは目の色を変えた。




(渋み溢れるイケオジですぅ! 攻略対象キャラじゃないけど、この執事もついでに攻略しちゃおうかしらぁ?)




 そんなことを考えていると、突然キアラの背中に悪寒が走った。


 キョロキョロと辺りを見渡すが、クレイグと【聖騎士パラディン】君以外誰もいない。




 キアラは知るよしもなかった。


 シャンデリアの上に隠れてる屍肉フレッシュゴーレムメイドが、凍れるアイスブルーの瞳で自分を見下ろしていたことを。


 先ほどの悪寒は、彼女が放った殺気によるものだということを。




 殺気にあてられて失禁しそうになったキアラだが、ぼうこうに力を入れてグッとこらえた。




「先触れもなしに訪問して、申し訳ありません。しかし、緊急の用件なのですぅ。どうしても辺境伯閣下に、お伝えしなきゃいけないことがあるのですぅ」




 胸の前で手を組み、青い瞳をウルウルさせて訴えるキアラ。


 クレイグはすぐ、彼女らを応接室へと通した。




「ふっ、チョロいのですぅ。あのイケオジ執事も、きっとキアラの可愛さにやられてしまったのですぅ」


 クレイグが辺境伯を呼びに出て行ったのをいいことに、キアラは応接室内で好き勝手なことを言う。


「き……キアラ様! 誰かが聞き耳を立てている可能性もあるのです。そういう発言は、控えてください」


「ハイハイなのですぅ」




 いさめる【聖騎士パラディン】君の言葉をスルーして、キアラは応接室のソファに深く身を沈めた。


 ほとんど寝そべるような、お行儀の悪い座りかただ。




 しかしノックの音が聞こえたので、キアラはシュバッ! と姿勢を正す。




 彼女がノックに応じると、全身鎧姿の大男が入室してきた。




『俺がこの辺境を治める、カイン・ザネシアンだ』




 男は普通の肉声とは明らかに異なる、魔導具を通したかのような野太い声で名乗った。


 全身鎧姿から放たれる威圧感は、どこかまがまがしくすらもある。




 「いつも全身鎧を着ている化け物辺境伯」との噂は、キアラも【聖騎士パラディン】君も聞き及んでいた。


 なのでされつつも、構わずに話を進める。




「は……初めましてなのですぅ。キアラ・ブリスコーなのですぅ。辺境伯閣下。神聖教会の【聖女セイント】として、お知らせしないといけないことがあるのですぅ。ビックリするかもしれませんが……」




 かなり間を取り、もったいぶるキアラ。


 【聖騎士パラディン】君は、苦虫を嚙み潰したような表情だ。


 「そんなにもったいぶっては、ザネシアン卿が怒るのでは?」と言いたげである。


 全身鎧の男はというと、静かに言葉の続きを待っていた。




「あなたの奥さん……。マヤ・ニアポリートの正体は、【死霊術士ネクロマンサー】なのですぅ!」




 ババーン! と効果音が付きそうな勢いで、キアラは叫んだ。


 辺境伯が驚き、


「何だと!? そんな【天職ジョブ】を持つ妻は、すぐに離縁してこの地から追放しなければ!」


 と言い出すのを期待して。


 しかし全身鎧の男は、かぶとの下でクツクツと笑うだけだった。




「何がおかしいのですぅ? あなたの妻は、【死霊術士ネクロマンサー】なんですよぉ? 汚らわしき不死者アンデッドどもを操る存在なのですぅ!」


『いや、すまぬ。俺は不死者アンデッドというものに、馴染みがなくてな。どんな存在なのか、想像もつかぬ。キアラ嬢は不死者アンデッドを、見たことがあるのか?』


「もちろんですぅ。キアラは【聖女セイント】。恐ろしい不死者アンデッドどもをカッコよく浄化するのが、お仕事なのですぅ」




 腰に手を当て、誇らしげにほほむキアラ。


 そんな護衛対象を、【聖騎士パラディン】君はジト目で見ていた。


 彼はキアラといっしょに、不死者アンデッド討伐へと駆り出された経験もある。


 その時キアラは弱いゾンビを1体成仏させただけで魔力切れを起こし、ヘバってしまったのだ。


 残り13体の不死者アンデッドは、全て【聖騎士パラディン】君が相手をする羽目になった。




不死者アンデッドというのは、こういう者か?』




 突然だった。


 全身鎧の男は両手で、自分の首をカポッと外したのである。




「……は? ……え?」




 唖然とし、動くことができないキアラ。


 いっぽう聖騎士パラディン】君は、さすがだった。


 はじかれたようにソファから立ち上がり、腰の聖剣に手をかける。




 数秒の間をおいて、ようやく状況を理解したキアラが悲鳴を上げた。




「ぎゃあああっ! 首なし騎士デュラハンですぅ!」




 悲鳴を上げながらも、キアラは素早く【聖騎士パラディン】君の背後に隠れた。


 先程、


「恐ろしい不死者アンデッドどもをカッコよく浄化するのが、お仕事なのですぅ」


 などとのたまった時の威勢は、どこへ行ってしまったのか。




 【聖騎士パラディン】君をしっかり盾にしつつ、キアラは指示を飛ばした。


「あなたは神聖教会が誇る、【聖騎士パラディン】なのでしょう? やっておしまいなさぁい!」




 【聖騎士パラディン】君のほうが年上であるし、実家の爵位もずっと上。


 だがキアラは【聖女セイント】の【天職ジョブ】持ちで、第1王子の婚約者。


 立場的に、逆らいづらい。


 うんざりした表情で、【聖騎士パラディン】君は聖剣を引き抜いた。


 これは、神聖教会から貸与されている剣。


 付与された聖なる術式により、不死者アンデッドへの特効があるのだ。

 



「辺境伯の名をかたる、不届き者め! 我が聖剣のさびとなれ!」




 破邪のやいばが、首なし騎士デュラハンへと迫る。




 しかし――




 澄んだ金属音。




 次の瞬間には折れた聖剣の刀身が、ソファへと突き刺さった。


 キアラの体を、かすめる軌道で。


 「ヒッ!」と、短い悲鳴を上げる【聖女セイント】。


 実はちょっとチビってしまったのだが、幸い誰にも気付かれていない。




「ば……馬鹿な……。せ……聖剣が……」




 呆然とする【聖騎士パラディン】君。




 聖剣をへし折ったのは、死霊の騎士デュラハンではなかった。


 いつの間にか室内に居た別の不死者アンデッドが、ヌンチャクを振るい破壊したのだ。




麗花リーファわがはいの獲物を、横取りするでない』


「動きがノロすぎるアル。反応できないのかと思って、助けてやったアルよ」




 乱入してきた不死者アンデッドは、美少女だった。


 中華風の衣装とひたいのおふだを見て、転生者であるキアラはすぐにキョンシーだと理解する。


 しかし彼女は勉強不足なので、


「なんでキョンシー? 『セイント☆貴族学園』の世界に、中国は存在しないのにぃ」


 と、混乱していた。


 中華風・和風文化である、極東イーストエンド地方を知らないのだ。




「今度は極東屍人キョンシーか! キアラ様! 【聖女セイント】の神聖魔法で、不死者アンデッド共を浄化するのです!」


「もう、やっているのですぅ! 何で効かないのですかぁ?」




 キアラは涙目になりながら、【ターンアンデッド】の魔法を連発する。


 しかし死霊の騎士デュラハン極東屍人キョンシーには、全く効いているりがない。


 おまけにたった3発魔法を使っただけで、キアラの魔力は尽きてしまった。




「なぜ効かないのか、教えて差し上げましょうか……? 私の魔力によって、守られているからですよ」




 聞き覚えのある女の声で、キアラはやっと思い出した。


 数カ月前。

 王都でも、同じ状況におちいったのだ。


 【死霊術士ネクロマンサー】により強大な闇属性魔力を注ぎ込まれた不死者アンデッド達が、弱点であるはずの神聖魔法を跳ねのけてしまった。


 あの時、不死者アンデッド達を操っていた【死霊術士ネクロマンサー】こそ――






「あなたは……。マヤ・ニアポリート!」




 突如現れた妖艶美女に向かい、キアラ・ブリスコーはいまいまに叫んだ。





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