第12話 慇懃無礼な執事とブチキレてるっぽいメイド

 城の門番達に招き入れられ、マヤとレイチェルはウィンサウンド城内へと足を踏み入れた。


 スレイプニルは、きゅうしゃ行きだ。


 世話係の青年が、やたら怯えていた。


 だがいくらスレイプニルでも、とって食いはしないはずである。


 ゾンビは普通、人を襲って食らう。


 食事の必要はないのだが、生前の健常な肉体への渇望からくる衝動的な行動だ。


 しかしマヤの魔力をもらえる不死者アンデッド達はそれで満たされてしまい、食人衝動がないのだ。




 城内は、落ち着いた雰囲気だった。


 じゅうたんの模様から調度品、壁や柱のレリーフに至るまで、派手さはない。


 だがシンプルに美しく、ひんがよい。


 マヤは、不思議な居心地の良さを感じていた。




「素敵なお城ね……」


「ウィンサウンド城は、お気に召しましたかな? マヤ・ニアポリート嬢」




 玄関ホールの奥から、男性の声が響いてきた。


 ていねいな口調と、落ち着いた声色。


 しかしその物言いは、なかなかに冷たく無礼である。


 辺境伯夫人となったはずのマヤを、ニアポリート嬢呼ばわりしたのだから。




 声のぬしは、執事服を着た男性だった。


 顔のしわなどから察するに、歳は50前後。


 後頭部でくくられた髪は、まだしらではない。


 瞳と同じく、れいなグレーだった。


 そのグレーの瞳のうち、片方は片眼鏡モノクルに覆われている。


 しぶあふれる、かなりのイケオジだ。




 マヤは敏感に感じ取った。


 執事が現われた瞬間、背後にいるレイチェルの雰囲気が変わったのを。


 配下達の中で、最強の不死者アンデッドであるレイチェルが――である。


 この執事、ただものではない。


 情報収集で潜入しようとした高位幽霊スペクターを、追い払った人物とみて間違いないだろう。




「わたくしはクレイグ・ソリィマッチ。カイン・ザネシアン辺境伯にお仕えする、執事でございます」


 片眼鏡モノクルの位置を指で微調整しながら、初老の執事は名乗った。




「よろしくね、クレイグ。ニアポリート侯爵家が娘、マヤよ。もう、マヤ・ザネシアンだけど」


 いんぎんれいなクレイグに対して、マヤも負けてはいない。


 「書類上婚姻は成立したのだから、つべこべ抜かすな」と含ませる。




「それにしても……ずいぶんと早いお着きでしたな。到着は、本日の午後とうかがっていたのですが」


「我が夫となるかたに早くお会いしたくて、馬車を飛ばしてきたのよ」


「ほう……。お館様のうわさは、耳に入っていないのですかな?」


「『化け物辺境伯』と、呼ばれている件かしら? そんな噂、当てにならないわ」




 ものじしないマヤの態度を見て、クレイグは「ふぅ」と短く息を吐き出した。




「客人用のお部屋に、ご案内します」


「あら? 辺境伯夫人用の部屋ではなくて?」


「準備中ゆえ、ご容赦ください。……すぐ、お帰りになりたくなるかもしれませぬし」




 クレイグはきびすを返すと、さっさと歩きだしてしまった。




 ついて行く前に、マヤは背後のレイチェルを振り返る。


 美貌の屍肉フレッシュゴーレムメイドは無表情。


 相変わらずのクールビューティぶり。


 しかし唇の端がかすかに吊り上がっているのを、マヤは見逃さなかった。


 アイスブルーの瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように輝いているのも。


 彼女がひっそりとつぶやいた言葉も、聞き逃さない。




「やっと……やっと見つけた……。【剣鬼】クレイグ・ソリィマッチ……。絶対に、逃がさない……」






■□■□■□■□■□■□■□■□■





 マヤとレイチェルは、客人用の部屋に通された。




「それで? 私の旦那様には、いつ会えるのかしら?」


 マヤはクレイグに問いかけた。


 しかし、彼の返答は素っ気ない。




「お館様は、執務などでお忙しい身。夜までお会いできませぬ」


「ふうん。逆にいえば、忙しくても夜のお相手だけはして欲しいってことかしら? ……性欲旺盛ね」


「いえ、お館様は……。とにかく、夜までごゆっくりお過ごしください。お食事は、こちらに運ばせていただきます」




 クレイグはそそくさと、部屋を出ていった。




 執事の足音が遠のいたのを確認してから、マヤはレイチェルに尋ねる。




貴女あなたあの執事とは、知り合いなの? 【剣鬼】とか、呼んでいたわね」


「はい。生前に、かかわりがございまして。当時の彼は、凄腕の傭兵でした。まさか、執事に転職しているとは……」


貴女あなた、赤ん坊だった頃の私に言ってたわよね? 『肉体を得て、やりたいことがある』って。……それって、クレイグ絡みだったりする?」


「その通りです」




 おそらくは、復讐だろう。


 生前のレイチェルを殺したのは、クレイグなのかもしれない。


 マヤはそう推測していた。


 クレイグを見る時のレイチェルは、青いミディアムボブが逆立ってしまいそうなほどの殺気をほとばしらせている。


 あれではクレイグからも、敵意に気付かれてしまっているはずだ。


 いつも感情と気配を消し、影と化しているレイチェルとしては非常に珍しい。




「……わかったわ。クレイグ・ソリィマッチに関しては、好きになさい。私にできることがあれば、協力するわ。赤ん坊の頃から仕えてくれている貴女あなたの献身に、できる限り応えたい」


もったいなきお言葉。とりあえず、今は様子見をさせてください」


 どのように凄惨な方法で復讐を果たすのか、悩んでいるに違いない。


 こちらからはあれこれ指図せず、相談された時にしっかり話を聞いてあげよう。






 マヤはそう決意した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る