第11話 会社員→無職→貴族令嬢→魔王?

「ん……。もう、朝かしら……?」




 馬車の窓から差し込む朝日を浴びて、マヤ・ザネシアンは目を覚ました。


 大変快適な高級改造馬車だが、安眠できてはいない。


 精神的な理由からだ。


 地球で家族を失ったあの日から、よく眠れない日々が続いている。


 この世界に転生した直後。

 赤ん坊の頃こそ魔力修行の疲労で割と眠れていたものの、ある程度成長するとまた安眠できなくなってしまった。




「お嬢様、お目覚めですか? ザネシアン領の中心都市、ウィンサウンドが見えてきました」




 レイチェルから声を掛けられ、マヤは御者台との連絡窓を開けた。


 馬車を引くスレイプニルは、すでに速度を落としている。


 心地良い走行風を受けて、マヤの三つ編みが揺らめいた。


 黒髪は朝日を反射して、つやつやと輝く。




 マヤは紫の瞳を、進行方向に向けた。


 現在馬車は、街道に沿って丘を下っている最中。


 ぐるりと城壁に囲まれた巨大城塞都市が、マヤ達の眼下に広がっていた。




「守りが固そうな都市ね」


「帝国との国境や、大森林に面していますからね。戦争にも魔物にも、おびやかされてきた歴史があります」


 それゆえに都市の守りが固いだけでなく、辺境伯軍は精強だ。


 「軍」という名称だが、実際は傭兵や冒険者達を集めた私兵部隊ではあるが。


 傭兵や冒険者達も、他の地域よりもつわものが多い。


 彼らをたばねる辺境伯自身にも、戦闘における統率力が求められる。


 象徴として、個の武力も。


 ウィンサウンドは、戦士の街なのだ。




 城門は、あっさり通過することができた。


 辺境伯家に嫁入りする侯爵令嬢が通過することは、事前に連絡がきていたようだ。


 しかし衛兵達には、警戒のまなしを向けられてしまった。


 馬車を引くスレイプニルが異様にデカく、足が8本もあったせいである。


 「魔物なのではないか?」と問われたが、マヤは「王都で流行っている新種の馬だ」と押し通した。


 不死者アンデッドだと、バレてはいない。




 辺境伯の住まうウィンサウンド城は、都市の中心部。

 小高い丘の上にあった。


 城に向けて、レイチェルはゆっくり馬車を走らせる。


 市街地は人や馬車の往来が多く、安全運転を徹底する必要があった。


 道行く人々は、スレイプニルの巨体とごうしゃな馬車を見て驚いている。


 馬車を操るレイチェルが、とんでもない美人メイドだからというのもあるだろう。


 顔に大きな縫合痕はあるが、それすらフェイスタトゥーのように美しく見えてしまう。




 住民達の反応を見て楽しんでいたマヤだったが、ふと気になるものを見つけた。




「ねえレイチェル。あれ、何かしら? 民家の軒先にぶら下がっている、人形みたいなの」


「あれは【精霊人形】ですね。死した戦士の魂が宿り、復活するようにとの願いが込められています。……あの家では、誰かが亡くなったのでしょう」


「死が、身近な街なのね……」




 さいわいなことに王国は現在、隣接している帝国と戦争状態にはない。


 だが大森林から湧き出す魔物と辺境伯軍の戦いは、日夜続いている。


 人同士が殺し合わなくても、多くの命が失われる土地なのだ。




 ウィンサウンド城の入り口が見えてきたところで、マヤは気付いた。


 王都のニアポリート侯爵家タウンハウスを出てから、やけにスムーズにここまで辿たどり着けたなと。




「レイチェルは生前、この街にきたことがあるの? 地理にも詳しいみたいだし、【精霊人形】みたいな風習も知ってたし」


「いえ。配下の死霊達は、大陸全土に放っていますから。彼らから聞いた情報に過ぎません」


「ふうん。それじゃ、カイン・ザネシアン辺境伯の正体とかも、もう分かってるの? 全身鎧の下が、どうなっているのか」


「それは……申し訳ありません。ザネシアン辺境伯の情報につきましては、集められませんでした」


「……探りを入れた死霊に、何かあったのね?」


「はい。ひとりがウィンサウンド城に潜入しようとしたところ、執事に追い払われてしまったそうです」


「まさか、執事なんかに追い払われるなんて……。下級幽霊ゴーストのコだった……とかじゃ、なさそうね」


「ええ。お嬢様の魔力を多く注がれた、高位幽霊スペクターでした。相手の執事は、よほどの達人かと」


「ふふふ……。面白くなってきたわね。その執事、良いゾンビ兵になってくれそうだわ。ウィンサウンドは優秀な戦士が多いと聞くし、死霊軍団増強のチャンスね」


「お嬢様はこの地を足掛かりに、王国を乗っ取ってしまうおつもりですか?」


「そうね……。それも悪くないわ。【死霊術士ネクロマンサー】は魔王の【天職ジョブ】。本当に魔王として恐れられるのも、いっきょうか……」




 じつをいうと、マヤはあまり興味がない。


 彼女にとって大事なのは、死霊術を極めて地球の家族をこの世界に復活させること。


 王国の乗っ取りや、魔王として君臨することなどどうでもいい。


 しかし【死霊術士ネクロマンサー】嫌いの王国が、後々邪魔になる可能性もあるだろう。


 家族復活のさまたげになりそうなものは、全て排除する。


 夫となったばかりの、カイン・ザネシアン辺境伯もだ。


 その結果、魔王と恐れられる存在になろうとも。




 マヤは紫水晶アメジスト色の瞳にくらい光を宿しながら、ウィンサウンド城の尖塔を見上げた。





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