第10話 英雄の使命

 マヤ・ザネシアンは夢を見ていた。




 まだ地球に居た頃、かんざき時代の光景だ。




 真夜は明かりもいていないマンションの自室で、大型モニターの画面を見つめていた。


 手元にはキーボード。


 指先が恐ろしく速く、なめらかに動く。




 彼女はMMORPGをプレイ中だった。


 数多くのプレイヤー達がインターネットを通じていちどうに会し、大規模な戦争を行うイベントが行われている。




 ゲーム内で真夜の所属する国は、劣勢だった。


 エース級のプレイヤー達が、すでに何人もやられてしまっている。


 テキストチャットでも、悲観的なコメントが流れていた。




『ちょっ! マジやべ~って! TSUKOⅢさんと、甲賀ウニさんもやられちまったぞ!』


『マリー・マリメさんが粘ってるけど、あんまり持ちそうにないです。誰か、支援に行けませんか?……あっ! 間に合わなかった……』


『もうダメだ~。デスペナ食らったらキツイし、そろそろ降伏し時じゃね?』




 勝利を諦める味方が、目立ち始めた。


 このゲームでは、プレイヤーキャラが死亡した際のペナルティが重い。


 蘇生アイテムや復活魔法は存在せず、数日間ログインできなくなる。


 なので勝てないと分かったら、早目に降伏するのが賢いやりかたなのだ。




『いや、待て! 今回のイベは、MAYAさんが参加してるぞ!』


『え!? マジ!? ほんいちレベルが高いっていう、あのネクロマンサー?』


『いくらMAYAさんがいても、ここから逆転は無理ゲー』




 キーボードを打つ真夜の指が、動きを止めた。


 大規模な魔法が、完成したのだ。




「【アニメーテッド】」




 黒い霧が噴き出すエフェクトと共に、戦場の各地で変化が起こった。




『TSUKOⅢさんと甲賀ウニさんが、生き返ったぞ! マリー・マリメさんも! みんなゾンビ化してるけどw』


『味方だけじゃなく、敵も生き返ってる! 苦労して倒したウサ耳DANや、みこ☆みこも……え? 何? 裏切ってるの? 奴ら、自軍を攻撃してるんですけど?』


『【アニメーテッド】は、敵もゾンビ化して味方にできるんよ。戦場で死んだ敵味方全員に使えるのは、MAYAさんぐらいのもんだけど。普通はMPが全然足らんって』


『これで勝つる! イケイケー!』




 戦線を押し返していく、味方達。


 彼らをモニター越しに見つめながら、真夜は静かにつぶやいた。




「……そうよ。TSUKOⅢさん、甲賀ウニさん、マリー・マリメさん……。敵軍のウサ耳DANさんや、みこ☆みこさんも……。あなた達は英雄。英雄は、死んじゃいけないの」




 自軍の勝利を確信した真夜は、モニターから目を離して天井を見上げた。




「なのに……どうして? どうして死んでしまったの? 父さん……。母さん……。兄さん……」




 真夜の父親は、航空自衛隊の元エースパイロットで空佐。


 母親は、ゴッドハンドと呼ばれた外科医。


 兄は超売れっ子少女漫画家で、多数のアニメ化作品、実写映画化作品を生み出した。


 それぞれの分野で、英雄だった者達だ。




 死んではいけない存在だった。


 生きて多くの命を救ったり、国を守る後進を育てたり、夢を見せ続けるべき人達だった。


 ごく普通の会社員だった、自分とは違って。


 真夜はそう考えている。




 なのに数カ月前、あっさりこの世を去ってしまった。


 3人とも、交通事故で。


 車で家族旅行の最中、大型トラックに追突されたのだ。


 遺体は原形をとどめていなかった。




「私があの時、あんなことを言わなければ……」




 家族旅行には、真夜も同行する予定だった。


 しかし当日に風邪をひいて、寝込んでしまったのだ。


 真夜を心配する家族は、旅行をキャンセルすると言い出した。




「それはさすがに、申し訳ないわよ。3人だけでも、楽しんできて」




 なぜあの時、家族を送り出してしまったのだろうか。


 真夜は自分の言動を、深く呪った。




 家族を失った真夜は、自暴自棄になってしまった。


 残された遺産が多過ぎて、働かなくても生きていけることも良くなかったのだろう。


 会社を辞め、自宅マンションに引きもり、延々とゲーム画面に向かう日々。


 食事も食べたり食べなかったり。


 何より、安眠できなくなってしまった。


 健康状態は、日に日に悪くなってゆく。




 神崎真夜は、もう生きてはいなかった。


 死んでいないだけだ。




「どうして人は、永遠に生きられないのかしら……。ゲームみたいに、家族も生き返らせることができれば……」




 そんなことは不可能だと、分かりきっていた。


 それでも真夜は、願わずにはいられない。


 死の向こう側まで、いける世界を。


 英雄が、永遠に生き続けられる世界を。





「あ……。イベントに、夢中になり過ぎた……。もう3日間寝ていないし、何も食べていない……」




 それどころか、水分もろくに摂っていなかった気がする。


 真夜はゲーミングチェアから立ち上がり、何か口に入れようと冷蔵庫へ向かった。




「……え?」




 マンション自室が、ぐにゃりとゆがむ。


 平衡感覚を失った真夜は、フローリングの床に叩き付けられた。


 過労と栄養失調、脱水症状だ。




「あ……しくじっちゃった……。私……死ぬのかな……?」




 命の危機だというのに、真夜はどこか他人事のように感じていた。


 大切な家族達。

 これからも社会に多大な貢献をするはずだった、3人の命に比べたら軽い。


 自分の命も。

 その他大勢の命も。




 意識を失った真夜は、見ることができなかった。


 戦争イベントに勝利した後、自軍のプレイヤー達が何を語っていたのかを。






『やったぜ! イベントの勝利報酬、たんまりゲット! MAYAサマサマだ! ありがとうございます!』


『ゾンビ化したTSUKOⅢさん達も、教会でお金払えばすぐ元に戻れるしな。デスペナ食らうより、何倍もマシ』


『MAYAさんは、ホント英雄よね。いつまでも、ウチの国に所属していて欲しいです』


『英雄MAYAさんを、たたえようぜ!』


『MAYAさん最高! ネクロマンサー最高!』


『いつまでもMAYAさんといっしょに、このゲームを続けたいよね』





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