第9話 ゾンビA「できるようになるまで、めっちゃ練習させられたっス」

 地面に倒れたキアラ・ブリスコー。


 彼女は股間を聖水で濡らしながら、ビクンビクンとけいれんしていた。




 そんな光景を、王都の住民達は遠巻きに見ている。


 貴族学園を卒業したのちのキアラは【聖女セイント】として、第1王子ギルバートの婚約者として王都民達からチヤホヤされていたはずだ。


 幻想が、打ち砕かれた瞬間だった。




「あら? キアラ様、気を失ってしまったのですか? ここからが、面白いところでしたのに……」




 マヤはちょっと肩をすくめたあと、異空間から幽霊ゴーストを呼び出した。


 実体はなく透けているが、きっちり燕尾服を着ているチョビひげの男性だ。


 この幽霊ゴースト、生前は音楽家だったりする。




「ミュージック、スタートよ」




 マヤが指を打ち鳴らすと、音楽家幽霊ゴーストは魔法を発動させた。


 これは音声魔法。

 空気を振動させ、音を作り出せる。


 マヤと出会う前、音楽家ゴーストはぜいじゃくな存在だった。


 音楽への未練からこの世にとどまったものの、不完全な音声魔法でラップ現象を引き起こすのが関の山。


 しかし【死霊術士ネクロマンサー】マヤの配下となり、強大な魔力を供給されるようになると話は変わってくる。




「な……なんだ!? この音は!? これは……音楽!?」




 鳴り響く音に、王都住民達は戸惑っていた。


 聞き慣れない楽器の音だったからだ。


 地球生まれであるキアラが聴けば、すぐに分かったことだろう。


 シンセサイザーによる、電子合成音だと。


 マヤ監修のもと、音楽家幽霊ゴーストが音声魔法で再現したのだ。




 かなでられるのは、地球で世界的なヒットを飛ばしたナンバー。


 「キング・オブ・ポップ」と呼ばれた、スーパースターの曲。


 ゾンビ達と共に、華麗なダンスを踊るミュージックビデオで有名だ。




 曲に合わせ、ゾンビや骸骨兵スケルトン達が踊り始める。


 先程までのもっさりとした動きが嘘のような、キレッキレのストリートダンス。


 しれっとレイチェルまで、いっしょになって踊っている。




 不気味で華やかな光景に、王都民達は言葉を失っていた。


 ゾンビや骸骨兵スケルトンは怖い。


 しかし、未知なる音楽に聴き入ってしまう。


 王国の社交ダンスとは明らかに違う、スタイリッシュなダンスから目を離せない。


 騒ぎに駆けつけてきた王国騎士や衛兵達も、呆然としている。




「さて、そろそろ出発しようかしら。ザネシアン辺境伯領に向けて」




 王都の民達に背を向けて、マヤ・ニアポリートは――マヤ・ザネシアンは歩き出す。




 ムーンウォークでついてくる、配下の不死者アンデッド達を引き連れて。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 マヤとレイチェルは、王都の郊外までやってきていた。


 追跡してくる者はいない。


 不死者アンデッド達は、異空間に戻されていた。


 大軍が唐突に姿を消したため、騎士や衛兵達も混乱しているのだろう。




 あたふたしている王都の民達を想像して、マヤは爽快な気分だった。


 彼女は王都の住民達に、良い感情をいだいていない。


 マヤ・ニアポリートが処刑される夢の中で、彼女が残虐に処刑される姿を嬉々として見物する光景を見てしまったからだ。


 先ほどの不死者アンデッドパレードは、そんな王都民達に対するちょっとしたいたずらである。




「ここら辺で、いいかしら? ゼロサレッキ。馬車とスレイプニルを出して」




 誰もいない虚空に向かい、指示を出すマヤ。


 すると肉声ではなく、念話の魔法で返事が返ってきた。




『おまかせください、お嬢様』




 再び空間に穴が開き、配下の不死者アンデッドが姿を現す。


 骸骨が1体だけだ。


 しかし先ほど踊っていた骸骨兵スケルトン達とは、明らかに雰囲気が異なる。


 ごうしゃな装飾のほどこされたローブが、格の違いを物語っていた。


 空中に浮遊しているこの骸骨は、死霊の魔導士リッチ


 数々の魔法を操る、高位の不死者アンデッドである。


 歴戦の戦士や名のある冒険者でも、出会ってしまったら死を覚悟する存在だ。




 リッチのゼロサレッキは、骨だけの手をかざした。


 すると立派な馬車と、おおがらな馬が出現する。




 かつての大魔導士はうやうやしく紳士の礼ボウ&スクレープを取ると、異空間へと帰って行った。




 ゼロサレッキは空間魔法により、異空間に物を収納したり取り出したりできる。


 だが、生きている動物は出し入れできない。


 命なき存在である、不死者アンデッドなら話は別だが。


 つまり先ほど出てきた馬も、ゾンビである。




「よしよし、スレイプニル。いい子ね」




 マヤが顔を撫でてやると、ゾンビ馬は嬉しそうに「ブルルッ!」と鼻を鳴らす。


 スレイプニルというのは、種族名ではない。


 北欧神話の主神オーディンが駆る8本足の馬からとって、マヤが名付けた個体名だ。


 このゾンビ馬スレイプニルにも、足が8本ある。


 本人(本馬?)が「足がもっと欲しい!」と訴えたため、マヤが改造手術で増やしたのだ。




「ザネシアン辺境伯領まで、よろしくね」


 マヤがお願いすると、スレイプニルは「がってんだ!」とばかりにいなないた。


 彼はマヤを背中に乗せたり、馬車に乗せて引くのが大好きなのである。




 マヤは馬車の客室へ。


 レイチェルは、御者台へと乗り込む。


 すぐに馬車は発進し、加速を始めた。




 レイチェルもスレイプニルも疲れ知らずの不死者アンデッドであるため、夜通し走り続けることができる。


 しかもスレイプニルは、馬鹿力かつスピード狂。


 重い馬車を引きながら、100km/hもの速度で走り続けることができる。


 そんな高速に耐えられる馬車も、特別製。


 ドワーフ職人ゾンビが作り出した、超高性能車である。


 足回りや客室内装にもお金がかかっていて、大変乗り心地が良い。






 優しい適度な振動に揺られて、マヤはいつの間にか眠りに落ちていった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る