第38話 吸血鬼すぐ忘れる

 ザインとフィリアの遺体をベースにした双頭ゾンビとの戦いから、1ケ月が過ぎた。




 その間もちょくちょくと、マヤは鎮魂花レクイエムの花畑を訪れている。


 カインといっしょの時もあれば、1人でくる時もある。


 今日のマヤは、1人だった。


 1人で確かめたいことがあったのだ。




 時刻は正午より少し前。


 天気は曇りだ。


 やや強めの風が吹く中、マヤ・ザネシアンは青き花畑の中でうなっていた。




「うーん。まだこの花畑からは、不死者アンデッドの気配がするような……。夫妻のゾンビが残した、魔力ざんかしら?」




 マヤの感知能力でも、ハッキリとした答えは分からない。


 というより彼女は、不死者アンデッドの気配に対して敏感すぎるのだ。


 野生のゾンビが数日前に花畑を通っただけでも、残り香のように染みついた気配を嗅ぎ取ってしまうだろう。




「考えすぎ……かしらね……?」




 マヤは顔を上げ、ウィンサウンドの方角を眺める。


 丘の上であるここからは、都市防壁もウィンサウンド城もよく見えた。






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 昼下がりにはもう、マヤはウィンサウンド城へと戻ってきていた。 


 彼女はティーカートを押して、辺境伯の執務室へと入る。


 机ではカインが、書類と格闘していた。




「旦那様。そろそろ休憩しませんか?」


「ああ、そうしよう。ありがとう、マヤ。いつもすまないな」




 最近マヤは、カインとよくお茶をする。


 形だけの夫婦だが、2人の距離は確実に縮まってきていた。


 話題は領地の経営状態や、マヤが各地で活躍させている不死者アンデッド達の話ばかりだが。




 マヤとのティータイムに興じるべく、書類仕事に区切りをつけようとしたカイン。


 だがその直前、彼は見つけてしまった。


 重要過ぎる書簡を。




「む? このふうろうは……。王家からの勅命だと?」




 カインは命令書に目を通したあと、マヤにも読ませた。




「『辺境伯軍は【聖女セイント】キアラ・ブリスコーの協力を得て、王国の脅威となる魔物を討伐せよ』ですか……。討伐対象は……毒竜ラスティネル?」


毒竜を、このままにしておけんのは確かだ。母上が張った結界も、いずれは破られてしまうだろうからな」


 2年前。


 【結界術士バリアウィザード】フィリア・ザネシアンが、命を賭して張った結界の強度は絶大だった。


  王都から派遣されてきた宮廷魔導士の調査によると、20年は大丈夫だろうという。


 だがそれ以降は、内部から毒竜に打ち破られる可能性がある。


 結界内で毒竜ラスティネルは飲まず食わずだが、弱ったり餓死していたりは期待できない。


 竜は百年単位で、自らを仮死状態にして眠り続けられる生き物である。




 国を壊滅させてしまえるような魔物が、封印されているとはいえ領内で眠り続けている。


 辺境伯領の住民――ひいては全王国民の不安に繋がる事案だ。


 できれば完全に、討ち取ってしまいたい。




「何よりあの毒竜は、父上と母上のかたきだ。辺境伯領の名だたる戦士たちも、かなりの数がやられてしまった。俺は現辺境伯として、奴を討つ責務がある」


 カインは執務机に座ったまま、ギリッと拳を握り締めた。


 いっぽうマヤは、まだ命令書に目を通している。


 気になる点があるらしく、何度も読み返していた。




「王家が辺境伯である旦那様に、ラスティネルの討伐命令を出すことまでは理解できます。しかし、『【聖女セイント】の協力を得て』という部分がに落ちません。【聖女セイント】キアラ・ブリスコーは、第1王子の婚約者。危険な場所へは、行かせたくないはずですが……」


「気になるな……。明日、オズウェル殿との商談がある。大商人であり、王都へも頻繁に行っている彼なら、何か情報を持っているかもしれないな」






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 マヤは執務室を出ると、自室に戻った。


 王宮へ潜入させている吸血鬼の女王カーミラクィーンのエロイーズと、連絡を取るためだ。


 【聖女セイント】の協力を得てうんぬんも妙だが、そもそも王家から命令が下されるのがおかしい。


 ちょっかいを出されぬよう、エロイーズを潜入させ工作を行ってきたのだから。




 マヤは机の上に置かれている水晶玉に、魔力を流した。


 これはドワーフゾンビの職人と、エルフゾンビ錬金術師により共同製作された魔導具だ。


 ついとなる水晶玉さえあれば、遠距離にいる者と映像や音声で通信ができる。


 数秒間のタイムラグがあってから、水晶玉の中にわくてきなカーミラクィーンの顔が浮かび上がった。




『あら♡ ご主人様♡』




 水晶玉の向こうで、エロイーズは美男美女達をはべらせていた。


 血を吸われ、眷属と化した者達だ。


 背景から察するに、彼女達は王都にある貴族屋敷のいっしつにいるらしい。


 眷属化した者の誰かが貴族で、この屋敷の持ち主なのだろう。




『どうです? ご主人様。ワタシの眷属達は、みんなイケてるでしょう♡ 見た目が美しいだけじゃなく、ベッドの上でも凄いんですのよ♡ ぐふふふ♡』


「それで? 情報収集と工作は、どうなってるのかしら? 王家から辺境伯に、面倒な命令書が届いてしまったのだけれども?」


  エロイーズは青ざめた。


 吸血鬼なので元から少し青白いが、サーッという音が聞こえそうなほどに顔色を失ってゆく。




『あの……あの……。工作や情報収集をするために、まずは眷属を増やすことが大事かな……と思いまして♡ 美男美女の血を吸ったりエッチなことするのに夢中で、ご主人様の命令を綺麗さっぱり忘れていたなんてことは決してありませんのよ?』


「エロイーズ。どうやら貴女あなたには、お仕置きが必要なようね?」


「今度からちゃんと、頑張りますからぁ♡」


 水晶玉の向こうで手の平を合わせ、「お願い」のポーズを取るエロイーズ。


 彼女は甘く見ていた。


 ご主人様は辺境伯領にいて、自分は王都。


 遠く離れているため、罰はうやむやにしてしまえるだろうと。




 しかし【死霊術士ネクロマンサー】マヤ・ザネシアンは、しつけに厳しいのだ。






「ゼロサレッキ」


『御意』




 マヤが死霊の魔導士リッチのゼロサレッキに呼び掛けると、空間に穴が開いた。


 縦長い空間の穴だ。


 マヤが歩いて入れる程の大きさの。




『ま……まさか、ご主人様?』





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