第14話 ここ掘れワンワン

 カイン・ザネシアン辺境伯による「君を愛することはない」発言から、3日が経過。




 マヤは辺境伯から言いつけられた通り、大人しく過ごしていた。


 ウィンサウンド城のテラスで、毎日のんびりお茶をしていたりする。




 しかしそれは、表面上の話だ。


 裏では配下の不死者アンデッド達を暗躍させ、情報収集にいそしんでいた。




 ここで障害となるのが、執事にして【剣鬼】クレイグ・ソリィマッチだ。


 彼は以前、マヤの配下である高位幽霊スペクターを追い払った実績がある。


 死霊達を普通に放っても、勘のいいクレイグには察知されてしまうだろう。


 そこでレイチェルが取った作戦は、自ら【剣鬼】を押さえ込むというもの。


 「辺境伯家におけるお嬢様の扱いについて、抗議する」という名目で、クレイグに絡むのだ。


 それはもう、しつこく。




「今日もクレイグ様に、文句を言ってきます」


 そう告げて部屋を出ていくクールビューティメイドは、無表情ながらも楽しそうに見える。


 「レイチェルって、よっぽどクレイグのことを憎んでいるのね」とマヤは思った。




 レイチェルがクレイグの注意を引き付けているうちに、他の死霊達は城内や街を飛び回り放題。


 マヤの元へは、ありとあらゆる情報が集まってきていた。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 マヤが辺境伯領にきてから、1週間が経過した頃。




 ウィンサウンド城の使用人達は、相変わらずマヤやレイチェルに冷たかった。


 マヤ達のことを、「第1王子派から送り込まれた辺境伯家の敵」と認識しているのだ。


 辺境伯家のメイドが部屋まで食事を運んできてくれるが、あいさつもしない。


 マヤが話しかけても、無視されてしまう。




 今日の食事担当は、若いメイドだった。


 配膳カートを押して、マヤの部屋に入ってくる。


 やはり彼女も、視線すら合わせようとしない。




「そうツンケンしなくても、いいじゃないの。そんな態度なら、私にも考えがあるわ。……貴女あなた宝物庫を掃除中、高価なつぼを割っちゃったわよね?」




 マヤの発言に、若いメイドの表情が引きつった。




「な……な……な……何をおっしゃっているのか、さっぱり分かりませんね」


「とぼける気? 割った壺はお城の裏庭に埋めて、証拠隠滅したでしょう? メイド長に、報告しちゃおうかしら?」


 ちなみにその割れた壺は、マヤが回収済みだ。


 ゾンビ犬を使って、掘り起こさせている。




「あの壺……。巨匠ミナフティン作の、お高いヤツよね。貴女あなたのお給金、何年分くらいかしら?」


「あわわわ……。お……お願いです! 壺の件は、どうかご内密に。メイド長にバレたら、絨毯カーペット叩きビーターでお尻ぶたれちゃいます」


 若いメイドの顔色は、かわいそうなぐらい真っ青だった。


 屍肉フレッシュゴーレムであるレイチェルのほうが、まだマシな顔色である。


 壺の値段やいんぺいしようとしている悪質さを考えると、それぐらいの罰で済むなら甘い処分だ。


 そう思いつつもマヤは、若いメイドに優しく微笑みかけた。




「心配しないで。私は貴女あなたの味方よ。……これをコッソリ、元の場所に戻しておきなさい」


「へ……? これは……わたしが割った壺と、同じもの!? どうしてマヤ様が!?」


「たまたま持っていたの。私ってけっこう、お金持ちなのよ」


 これは事実である。


 ニアポリート侯爵家で引きもっていた頃から、マヤの資産は増え続けている。


 まずドワーフ職人ゾンビ達が作った武具や、工業製品を売った収入。




 配下の不死者アンデッド達は迷宮ダンジョンという、無限に魔物や宝箱が湧き出す不思議空間の探索に行ったりもする。


 その時に持ち帰った財宝や、貴重なアイテムもマヤに献上される。




 配下達の中で人間と見分けがつきにくい者は、冒険者登録していることも少なくない。


 彼らは冒険者として魔物を討伐し報酬を得たり、その素材を売ってさらに儲けたりもする。


 それらが全て、マヤのふところに入るのだ。


 不死者アンデッド達にとってはお金や財宝より、マヤの魔力をもらえるほうがよっぽどご褒美なのである。




 ミナフティン作の壺も、そんなふうに集まってきた財のひとつに過ぎない。


 同じものが作られていたのは、若いメイドにとって幸運だった。




「どうしてただのメイドであるわたしに、ここまでしていただけるのですか? わたしはマヤ様を無視したり、冷たい態度を取っていたのに……」


「それは貴女あなたが、辺境伯家を愛しているがゆえの行動でしょう? でも私は、辺境伯家の敵じゃない。その誤解を解くために、協力して欲しいの。貴女あなたは年齢も近いし、良き友人になれるかと思って」


「も……もったいないお言葉。……わかりました! マヤ様の誤解が解けて辺境伯家に馴染めるよう、せいいっぱい協力させていただきます」




 若いメイドはマヤに何度も頭を下げると、部屋を出ていった。


 壺をテーブルクロスで隠し、配膳カートに乗せて。




「……チョロいわね」




 テーブル上に用意された食事に向かって、マヤはほくそんだ。





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