【マヤ・ザネシアンは最強過ぎて乙女ゲーの悪役令嬢が務まらない】~転生して赤ん坊の頃から魔力を鍛えた廃ゲーマーは無敵のアンデッド軍団を従え無双する。追放先で魔王ムーブするつもりが不死女神と崇められた件~

すぎモン/ 詩田門 文

第1話 一緒にいきましょう。死の向こう側まで

 たきで熱せられ、焼けた鉄板。


 その上で、裸の女が踊り狂っていた。




 彼女は熱さから逃れようと、飛び跳ねながら鉄板の端まで駆け寄る。


 しかし鉄板を取り囲む兵士達に、長い棒で突き戻された。


 腹を突かれた、にぶい痛み。


 鉄板の最も熱い部分に押し戻され、足裏を焼かれる苦しみ。


 女はたまらず、悲鳴を上げる。


 そんなことが、何度も繰り返された。




「私はブリスコー男爵令嬢への嫌がらせなど、していない! 『婚約者のいる男性との距離感が近すぎるのではないか』と、注意しただけです!」




 女は黒髪を振り乱し、紫色の瞳から涙をこぼしながら訴えた。


 しかし鉄板の周囲を取り囲む、兵士達の対応は冷ややかだ。




「黙れ! 噓つき女!」




 必死で訴える女に、罵声を浴びせる。


 それだけではない。


 兵士のひとりが女の足を、棒で打ちえた。


 骨が折れる嫌な音と共に、女の体が転がる。


 背中や腹など、今まで無事だった部分も焼けた鉄板に押し付けられた。


 肉の焦げる臭いが、周囲に広がる。




 残虐極まりない光景。


 だがそんな光景を、大勢の人々が嬉々として見ていた。


 処刑を見物にきた、民衆だ。




「忌まわしき【死霊術士ネクロマンサー】め!」


「【聖女セイント】様を殺そうとするから、そんな目にうんだ!」


「嫉妬に狂って死霊術に手を出すなんて、おろかね! 死霊術は、禁忌中の禁忌なのに!」




 彼らは鉄板上の女を、激しくののしった。


 どの顔もあざけりや、ゆがんだ正義感に満ちあふれている。




「殺そうだなんて、思わなかった! ちょっと猫の死体を動かして、おどかしてやろうとしただけなのです! 信じて! 熱い! 熱いいいい!」




 盛り上がる処刑場の様子を、少し高い視点から見下ろしている存在があった。




『人間って、みにくいわね』




 そう感想を漏らしたのは、かんざき

 日本人女性である。


 真夜のぼやきが、聞こえた者はいない。


 そもそも処刑場に集まっている人間達には、姿すら見えていない。


 真夜は魂だけの実体を持たない状態で、空中にただよっていたのだから。


 

 

 幽霊真夜は、周囲を見渡す。


 処刑場の周りを、取り囲んでいる民衆。


 その背後には、高い城壁が見える。


 ここは、お城の中庭なのだ。


 日本のお城ではない。


 明らかに、西洋風のお城である。




『あの特徴的なデザインの城壁、見覚えがある。……間違いないわ。以前プレイした乙女ゲーム、「セイント☆貴族学園」に登場した王城。ここは、ゲームの中なの?』




 神崎真夜は、鉄板の上でもがいている女に注目した。


 半分は焼けただれてしまっているが、知っている顔。


 「セイント☆貴族学園」の中で、主人公に数々の嫌がらせを働く悪役令嬢だ。




『マヤ・ニアポリート……。私は主人公より、貴女あなたほうが好きだったのだけど……』




 なにせ同じ、「マヤ」という名前である。


 悪役なのにもかかわらず、感情移入してしまった。


 妖艶な美貌や豊満な肢体も、真夜の好みだ。


 【死霊術士ネクロマンサー】というダークな【天職ジョブ】持ちであるところも、気に入っていた。


 ゲーム内においては、どの攻略対象とのエンディングを迎えても、マヤ・ニアポリートは不幸になったと語られる。


 1番苛烈なのは、第1王子ルートにおける処刑である。


 しかしこんなに残虐な処刑方法だとは、想像していなかった。




 神崎真夜は、群衆から少し離れた地点へと視線を移す。


 そこではひと組の男女が、寄り添い合って処刑を見物していた。




 男のほうは、ゲーム内での攻略対象にしてこの国の第1王子。


 マヤ・ニアポリート侯爵令嬢の婚約者でもあった、ギルバートだ。


 ゲーム内でのグラフィックと同じく、現実離れした美しさ。


 しかしその瞳は、氷のように冷たい。


 元婚約者が生きたまま焼かれている最中だというのに、眉ひとつ動かさない。


 薄情な男だと、神崎真夜は思う。


 ゲーム内で主人公とプレイヤーに見せていた、とろけるほどの笑顔は何だったのか。




 そんなギルバート王子の腰に抱きついて、笑っている女がいた。


 ふわふわとした、金糸の髪。


 青いそうぼうには、あざけりの色が浮かんでいる。


 妖艶なマヤ・ニアポリートとは対照的に、よくを掻き立てる可憐な顔立ち。


 もっともその表情は今、邪悪な笑みに染まっていたのだが。




 キアラ・ブリスコー。




 乙女ゲーム、「セイント☆貴族学園」の主人公だ。


 貴族としての爵位が低い、男爵の娘。


 にもかかわらず、プレイヤーの選択によっては王族をも射止めることができる存在だ。


 理由は彼女が持つ、【聖女セイント】という【天職ジョブ】。


 この国では非常に神聖視される【天職ジョブ】で、王家も【聖女セイント】を取り込みたがるのだ。




 ゲーム内のギルバート王子ルートで、キアラ・ブリスコーはマヤ・ニアポリートが操る不死者アンデッドに襲われる。


 そこで【聖女セイント】の【天職ジョブ】が覚醒。


 神聖魔法で死霊を撃退し、名声を高める。


 貴族学園を卒業後は神聖教会のシンボルとなり、多くの人々を救った。


 最後はギルバート王子が教会まで迎えに来てプロポーズ、ハッピーエンドという流れだ。




 神崎真夜が見ているこの光景は、おそらくゲームにおける第1王子ルートの終盤。


 キアラ・ブリスコーに不死者アンデッドをけしかけたマヤ・ニアポリートが、卒業パーティーで断罪・婚約破棄された直後だろう。




 神崎真夜は、不快感を覚えた。


 婚約者がいるにもかかわらず、主人公キアラへと乗り換えたギルバート王子に。


 王子には婚約者がいると知りつつ、接近したキアラ・ブリスコー男爵令嬢に。


 ゲームをプレイしている時も、納得がいかなかった部分だ。


 マヤ・ニアポリートの処刑に全く心を痛めていない2人を見て、不快感はさらに加速した。




 神崎真夜は、鉄板の上へと視線を戻す。


 火の勢いは増して、熱せられた鉄板は真っ赤になっていた。


 マヤ・ニアポリートはもう、立ち上がれない。


 体中から煙を上げながら、最期のときを待つだけだ。




「嫌だ……。死にたくない……。もういちど……生きたい……」




 マヤ・ニアポリートは、弱々しい声で命乞いをする。




 神崎真夜は彼女に近づき、顔を覗き込んだ。


 魂だけの存在なので、焼けた鉄板の上でも熱くはない。




『人生は、いちどきりなのよ。死んだら、そこで終わり。生き返らない。私の家族だって、戻ってはこなかった……』




 マヤ・ニアポリートは、顔を上げる。


 魂だけで実体がない、神崎真夜の声は聞こえていないはずなのだが。




『……いえ。この世界には、死霊術がある。死の向こう側へいける』




 そんなことを考えていたら、マヤ・ニアポリートと目が合った。


 紫色の瞳から、涙が流れ落ちる。




 涙のしずくが鉄板の上で、ジュッ! という音を立てた瞬間だ。




 神崎真夜とマヤ・ニアポリートの意識は、闇に閉ざされた。




 そして真っ暗な闇の中で、2人は確かに聞いたのだ。




 穏やかだが力強い、女の声を。






いっしょにいきましょう。死の向こう側まで」


 



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