第5話 マヤ、7歳にして引き籠もりライフ開始

「【死霊術士ネクロマンサー】……。【死霊術士ネクロマンサー】だと……」




 ニアポリート侯爵はワナワナと震え、言葉が続けられない。


 この王国における【死霊術士ネクロマンサー】への忌避感は、相当に強い。


 太古の昔。

 この地を暴力と恐怖で支配していた、魔王の【天職ジョブ】だったと言い伝えられているためだ。


 そんな魔王と同じ【天職ジョブ】を、自分の娘が持っている。


 発覚すれば、ニアポリート侯爵家の没落はまぬがれない。




 マヤはしんぼうづよく、次の言葉を待った。




「ふ……ふ……ふざけるなぁ! ここまで育ててやったのに、そんな忌まわしき【天職ジョブ】を発現させおって! この恩知らずが!」




 ニアポリート侯爵が震えていたのは、怒りのためだった。


 【天職ジョブ】は母親の胎内にいる時点で女神から授かるので、【死霊術士ネクロマンサー】になったのはマヤの責任ではないのだが。


 理不尽な怒りに任せ、侯爵は暖炉の火かき棒を引っつかんだ。


 冷えてはいるものの、金属製の棒だ。


 そんなものを、彼は娘に向かって振り下ろした。


 体罰どころではない。


 当たりどころが悪ければ、死んでしまう。




 しかし火かき棒が、マヤの体に届くことはなかった。




 霧のような何かが、火かき棒を絡め取ってしまったのだ。




『お嬢様に触れるな。下郎が』




 人魂から形を変えた、レイチェル・オライムスだった。


 マヤから莫大な魔力を供給され続けた彼女は、非常に強力な死霊となっている。


 体を霧状に変化させたり、いちを実体化させたりなど造作もないことだ。




 レイチェルが力を込めると、侯爵は部屋のすみまで吹き飛んだ。


 それを見た夫人は「ヒッ!」と悲鳴を上げ、うずくまってしまう。




『お嬢様。いかがいたしましょう? この下郎共と使用人達は、皆殺しにしますか? そうすればこの屋敷を、拠点として自由に利用できます』




 元暗殺者でもあるレイチェルは、こういう時の判断に容赦がない。


 しかし彼女のあるじであるマヤは、首を横に振った。




「殺す価値もないわ。それにこんなのでも、いちおうは生みの親。7年間育ててもらった恩もあるし、見逃してあげましょう」


『お嬢様は、寛大ですね』


「屋敷はお父様の所有にしたままじゃないと、色々と面倒なのよ。私はまだ、成人するまで何年もかかるし」




 フラフラと起き上がるニアポリート侯爵に向けて、マヤはほほみかけた。




「お父様。親不孝な娘で、申しわけありません。【死霊術士ネクロマンサー】を輩出したとなれば、ニアポリート侯爵家の評判は地に落ちるでしょう」


「あ……ああ……」


「そこで、ご提案です。『マヤ・ニアポリートはやまいにかかり、屋敷の外に出られない体になった』という設定にしてはいかがでしょう?」


「や……病?」


「私を地下牢にでも幽閉すれば、娘が【死霊術士ネクロマンサー】だと露見することもないでしょう。全て丸く収まります」


「し……しかし、それでは学園が……。第1王子をろうらくし、娘を王妃にする野望が……」


「まだ、そんなことをおっしゃるのですか? 死霊レイチェル達の後輩になってみます?」


「ひいっ! こ……殺さないでくれ……」


「ならば、私の提案通りに。病気療養といつわって、娘を地下牢に幽閉してください。……それではもう、行きますね」




 マヤは地下牢に向かい、歩き出した。


 このタウンハウスには、広い地下牢があるのだ。


 ミスを犯した子供や使用人を閉じ込め、せっかんするためのものだという。


 先祖代々ロクな家じゃなかったのだなと、マヤは呆れていた。


 だが地下牢は、マヤの修行場・死霊術研究所としては申し分ない。


 人目につかないので、怪しい実験や訓練をし放題だ。




 リビングルームを出て行く時、マヤはニアポリート夫人のすぐ横を通り過ぎた。


 しかし夫人はガタガタと震えるばかりで、娘の顔を見ようともしない。




 マヤは気付く。

 少しだけ、期待してしまっていた自分に。


 実の両親なのだから、娘が【死霊術士ネクロマンサー】だと知っても受け入れてくれるかもしれないと。


 マヤは完全に諦めた。


 やはりニアポリート夫妻は、家族などではない。




 人魂形態に戻り、あとをついてくるレイチェル。


 マヤは彼女に話しかけた。


「まずは貴女あなたに、肉体ボディを用意してあげないとね」


『こんなに早く? よろしいのですか?』


「早くって……。約束してから、もう7年もっちゃったんだけど……。霊体のままじゃ、不便でしょう?」


『確かに。実体化は魔力の消費が激しく、活動できるのは短時間ですから。肉体があれば魔力消費効率が良くなり、もっと長時間活動できますね』


「どんな肉体ボディがいいか、リクエストはある?」


『できるだけ、美しい体が欲しいです。若くて魅惑的な、女の体が』


「意外ね。逆ナンパでもするつもり?」


『まあ、そんなところです』


 マヤの冗談に、冷静な口調で返すレイチェル。


 もちろん逆ナンパが目的などではないのだろうが、なるべく美しい肉体ボディを用意してやろうとマヤは決意する。




『配下達の中には、王都墓地に遺体が埋められている者もおります。彼らをゾンビや骸骨兵スケルトンとして蘇らせれば、お嬢様の手足となって活躍してくれるでしょう。ドワーフ職人の死霊達も、肉体ボディを得てお嬢様のためにものづくりがしたいと意気込んでおります』


「心強いわね。他にはどんな不死者アンデッドを、味方に加えればいいかしら?」


『そうですね……。ワタクシや他の死霊達が、集めた情報だと……』




 ――西にある、「大魔導士ゼロサレッキの墳墓」と呼ばれる迷宮ダンジョン


 そこの最深部では、死霊の魔導士リッチと化したゼロサレッキが冒険者達を待ち構えているという。


 大魔導士ゼロサレッキは、空間魔法が使えたらしい。


 大量の物資を、異空間に収納しておけたという伝説が残っている。


 彼の空間魔法ならば、マヤの死霊軍団が大所帯になっても異空間に隠せるはずだ。




 ――北の古い廃城では、夜な夜な首なし騎士デュラハンが徘徊しているという。


 生前は、剛力の大剣使いとして名をせた騎士らしい。


 国が滅ぼされた現実を受け入れられず、新たな君主を求めてこの世にとどまっているのだとか。




 ――大陸の遥か東。

 極東イーストエンドと呼ばれる地域には、極東屍人キョンシーと呼ばれる独自のゾンビが存在する。


 先日、『武神』と呼ばれる拳法の達人が修行のやり過ぎで亡くなった。


 『武神』の死体は、現在行方不明。


 極東屍人キョンシーにするため、何者かが持ち去ったとのうわさだ。




 ――王都では、「巨人の骨」を所有するのがステータスなのだという。


 巨人族の数が減り、滅多に見かけなくなったためレアなのだ。


 最近とある巨人族戦士の骨がバラされ、別々に売られてしまったらしい。


 貴族や大富豪達の所有欲を、満たすためだけに。


 巨人戦士の骨達は、ひとつに戻りたいと悲痛な叫び声を上げている。


 死霊達には、その声が聞こえるのだ。




「みんな、仲間にし甲斐がありそうな不死者アンデッド達だわ。面白くなってきたわね」


『死霊軍団の拡大は、全てワタクシにお任せを。お嬢様は、安心して引きもってください』


「ちょっとレイチェル。それじゃ私、運動不足になっちゃうじゃない。主人を太らせる気?」




 マヤの乾いた笑い声が、暗い地下通路に響く。






 数多くの人魂達を従えながら、彼女は闇の中へと消えていった。





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