第25話 デートなんかじゃない……よな?

 マヤが狼型不死者アンデッドの死骸を検分してから、3日後。




 今日は天気がよく、城塞都市ウィンサウンドの上空は晴れ渡っていた。


 絶好のお出かけよりだ。




 そんな空の下を、1組の夫婦が歩いていた。


 夫婦というよりは、年の離れた姉と弟っぽかったが。




 マヤとカインである。




 今日の2人は、平民のようにラフな服装。


 それでも生地の上質さから、いいところのお嬢さん、お坊ちゃんという雰囲気はぬぐえない。




 2人は護衛も連れず、ウィンサウンドの市街地を歩いている。


 いや。

 本当は、護衛が潜んでいた。




「レイチェルは、本当についてきているのか? 全く姿が見えないが……」


「ええ。気配を完全に消していますが、近くにいます。……せっかく旦那様とのデートなのです。邪魔にならないよう、気をつかってくれているのでしょう」


「ででででデート!? いや、これはそんな破廉恥なものでは……。お詫びだ! お詫び!」


 マヤに今まで冷たい態度を取ってしまったお詫びとして、カインが何か贈り物をしたいと言い出したのだ。


 今日はその贈り物を買いに、2人でウィンサウンドの商店街へお出かけ中なのである。


 カインは照れまくっているが、そんな様子を見るのがマヤにとっては楽しい。




 2人で露店の間を歩いていると、カインはしょっちゅう声を掛けられる。




「やあ、坊ちゃん! 奥様と、お出かけかい?」


「八百屋のシーナか……。坊ちゃんは、やめてくれよ。俺はもう14だし、辺境伯を継いだんだぞ?」


「悪い、悪い。小さい頃からあんたを見ているから、つい……」


「まあ今も小さいし、仕方ないか。……ところで、景気はどうだ?」


「悪くないよ。ザイン様の代から整備していた街道が、ついに完成しただろ? おかげで人や物の行き来が、活発でさ」


「それは何よりだ。からの旅人には……」


「分かってるよ。『ウチの領主は化け物辺境伯』って評判を、垂れ流しときゃいいんだろ?」


「頼んだぞ」




 カインは気さくに手を振って、八百屋の女と別れた。




「なるほど。商店街の視察も、兼ねていると。……旦那様は、領民達から好かれているようですね。みんな『化け物辺境伯』の素顔について、知っているようですが」


「ああ。俺はずっと、この地で育ってきたからな。あとから全身鎧で正体を隠しても、遅い。『化け物辺境伯』というハッタリは、領外でしか通用しないな」


 カインは肩をすくめる。


 彼が成長すれば周囲からあなどられなくなり、「化け物辺境伯」を気取る必要もなくなるだろう。


 しかしそれは、可愛らしい美ショタではなくなるということ。


 できればずっと今のままでいて欲しいと、密かにマヤは思っていた。


 カインの父ザインを肖像画で見たことがあるが、美丈夫すぎる。


 あんな美しくもたくましい男性がそばにいたら、マヤは落ち着かないのである。


 カインには、父親のような見た目に成長して欲しくなかった。




「さあ、マヤ。そろそろ昼食にしようか? 何か、食べたい物はあるか?」


「そうですね……。あら? 広場のほうから、何かいい匂いが……」


 香辛料と肉の焼ける香りに惹かれて、マヤとカインは広場へと視線を向ける。




「へえ。牛の丸焼きか……。マヤ。お昼ご飯は、あれでどうだ?」


「ええ、食べてみたいです。美味しそうですね」




 背骨が付いたままの肉塊は、ほぼ牛1頭分丸々だ。


 それが鉄串に刺され、炭火の上でゆっくりと回転している。


 肉の脂が凄まじい勢いで垂れ、ジュウジュウと音をかなでていた。


 耳が幸せになる音だ。


 露店の店主が巨大な包丁を振るい、肉塊を豪快に切り分けてゆく。


 切り落とされた肉は炭火の上に敷かれた金網へと落下し、ドサドサと重量感のある音を立てていた。


 程よく付いた焦げ目がまた、食欲をそそる。


 それらカットされた牛肉をパンに挟み、ビーフサンドとして販売しているようだ。


 見ているだけで唾液があふれ、お腹が鳴ってしまいそうなショーだった。




 他の客と同じく列に並びながら、ふとカインは疑問を口にした。




「ひょっとしてマヤは、あのような牛の丸焼きも不死者アンデッドとして蘇らせることができるのか?」


「いいえ。さすがにあの状態では……。それに魂がこの世にとどまっていないと、蘇らせることはできません」


「そうか……。魂が留まっていないと、ダメなのか……」




 カインの表情は、寂しそうだ。


 彼が何を考えているのか、マヤには見当がついた。


 2年前に死んだ両親を、不死者アンデッドとして蘇生させられないものかと期待していたのだ。




 カインが銀貨で、ビーフサンド2人分の料金を支払う。


 お釣りは受け取らなかった。




 マヤはビーフサンドに、かじりついた。


 肉といっしょに挟まれているレタスが、シャキシャキとみずみずしい音を立てる。


「驚いたな……。マヤは侯爵令嬢なのに、平民のような食べかたもできるとは。……俺は父上から野営の訓練も受けているから、大丈夫だが」


 そう言ってカインも、ビーフサンドをほおる。


「あら? ごめんあそばせ。少々、はしたなかったでしょうか?」


「いや、感心していたんだ。貴族としてのテーブルマナーは、完璧だろう? それでいて平民のような食べ方もできる柔軟さは、とてもユニークだと思ってな」


 狼型不死者アンデッドの襲撃事件以来、マヤとカインはいっしょに食事を取るようになっていたのだ。




「ふふふ。『おもしれー女』枠、というわけですね。………それにしてもこのビーフサンド、おいしいですね。柔らかくてジューシーなお肉は元より、もちもちしたパンも素晴らしい」


 マヤは惜しくなった。


 【ゾンビパウダー】で自らを不死者アンデッド化すれば、このように食事を取る必要がなくなる。


 死霊術で、味覚を付与することはできる。


 だが今のように、食事で幸福感を得られるのだろうか?




 マヤは小さく首を振って、迷いを振り払った。




 地球の家族を不死者アンデッドとして、この世界に蘇らせるのだ。


 そのためには、手段を選ばないと決めた。


 今さらためらうなど、マヤ自身が許さない。




「……ん? あれは……ひょっとして……?」




 首を振った拍子に、あるアイテムがマヤの視界に入った。


 小物を売っている露店。


 そこに他のアクセサリー類と共に並べられている、牛の頭骨を模したブローチだ。






「間違いない。【魔神のエンブレム】だわ」




 マヤの眼鏡が、陽光を反射してキラリと輝いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る