暁天の明星

藤田テツ

第1章 旅立ち

宵闇

 大きな鳥居が、こちらを物言わず見つめている、ような気がする。ここまで来てもまだ誰かに追いかけられているような、じっと観察されているような、気持ち悪い感覚が抜けない。

 それらは全て気のせいだと言い聞かせる。この子と最後の別れになるのだ。出来るだけ明るく声を掛けてあげたい。

 春の冷たい雨が、じりじりと自分と我が子の体力を奪っていく。

なんとか用意できたのは、薄汚れた紙のような布切れ一枚だ。ここの村人に発見されたとしても、果たして、運良く生き残ることができるのか。不安でしょうがない。

 月明かりが、籠の中の我が子を照らす。

赤白い肌に少し黒い耳。眠っていても分かる大きな目。それが開かれている時には、好奇心旺盛な瞳が輝いている。

 この子は今、夢の中にいる。幸せで暖かな夢を見てくれていることを願う。

「どうか優しい人に見つけてもらって、元気に育ってね。父も母も、あなたのことを愛しています。あなたをこんな形でしか守ることが出来ない私たちを許してね。自分の手で運命を掴み、自分の足で歩んでいけますように」

 籠の中、物言わず眠っている赤子の額に口付けして、最後の挨拶を済ませる。

 自分に残された時間は少ない。出来るだけここから離れなくては。

 自分の左手があったはずの部分を睨む。左手につけられていた鹿の焼印。そのせいで、自分達の運命は大きく狂ってしまった。

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