15 バウリット・お願い

 部屋に差し込んでいた太陽の光が場所を変えていた。話を聞いているだけでかなりの時間が経ったようだ。もう昼食の時間は過ぎているだろう。

(俺が彼の言う『黒耳の童』だと、どうやって知ったんだろうか)

 ノリスは水で口を潤すと再び話し始めた。

「メジステル・バウリット…彼は幼い頃よりから大人たちよりも遥かに優れた力を持ち、成長するにつれ周囲の人間を惹き付けていきました。とりわけ同じ年頃の仲間たちは彼に心酔しきっていました。〈メス〉の民の長も力を認め、成人する頃には次の長にしたいと考えるようになっていきます」

 ノリスは、見てきたことを話すかのように淀みなく話し続ける。

「〈メス〉の民には成人の儀がありました。十歳になると数人で狩りに出るというものです。どのような方法でも皆が認めるような大きい獲物を獲って帰れば無事に大人の仲間入りでした。バウリットは彼を崇拝する数名の若者と共に森に入り、そして訳もなく狩りに成功します」

「動物たちの動きも読めたということか?」

「仰る通りです」

「チーリ、君も動物がどのように動くか分かるのか?」

「うーん…分かるというのはちょっと違う気がします。何となく分かるというよりも、はっきりと見えるというのが近いように思います。だけどそれだけならイーゴにもできます。俺だけの特別な力というのとは違うと思いますけど」

「私のはただの勘さ。ここ数年の経験でかなり磨かれたから、気味悪がるやつもいるけどね」

「しかし君もまた〈メス〉の民の子孫なのだろう?では…」

 ノリスが大きく咳払いをした。

「話を戻しましょう。バウリットは難なく獲物を狩りましたがその後、彼の人生を大きく変える事件に遭遇します」

「事件?」

「彼らは獲物を狩り意気揚々と集落へ引き返そうとしていました。そこで偶然にもルタス王国の民と出会うのです。そこで出会った者たちは〈メス〉の民たちを気味の悪い先住民だと考えており、バウリットたちに危害を加えようとしたのです」

「そんな…」

「成人の儀を終えた事で興奮し騒ぐ彼らの様子に腹を立てた王国の民は、武器をちらつかせて挑発しました。それでもバウリットの仲間たちがそれに怯えることはありませんでした。むしろ好戦的に応じたようです。いざとなればバウリットが守ってくれると考えていたからでしょう」

「はぁ、まったく…自分の力で我が身を守れない者が挑発に乗れば、結果は一つしかないだろう」イーゴはやれやれと首を横に振っている。

「〈メス〉には人に対して力を使ってはいけないという掟がありました。それがバウリットの頭を過ぎり躊躇した際に仲間が刺殺されてしまいます。その次の瞬間、王国の民たちは殺し合いを始めました。バウリットの力が覚醒した瞬間です」

「覚醒…?」

「そうです。彼は未来を見るだけでなくそれに干渉することができたのです」

「じゃあ殺し合いをさせたっていうことかい?それはまたなんとも、はちゃめちゃな力だね」

「ええ。ただ、その場に居合わせた仲間たちはこれ以降、バウリットにより心酔していきます。その一方で彼は様々な悩みを抱えるようになっていきます」

「強すぎる力は、我が身をも滅ぼすからね。身の丈に合っていない武器を持っても、ただそれに振り回されるだけだ」

「ええ、もちろん力のこともありました。ただ彼を悩ませたのはそれだけではありませんでした。まず、王国に対して疑問を持ちます。平然と自分たちを、動物を狩るように攻撃してきたこと。それは彼らだけなのか。それとも王国中に蔓延している考えなのかということについて悩むようになったようです」

「まあ、それは一枚岩ではなかったであろうことは想像に難くない。色々な考えを持つ者が共存するのが国家というものだ」

「ええ、まさにサージ様の仰る通りです。しかし、若いバウリットにそこまでの想像力はありませんでした。仲間を殺された事で、いつしか王国へ恨みを抱くようになっていきます。そしてそれ以上に彼を悩ませたのは掟でした」

「人に対して力を使ってはいけないでしたっけ。確かにそれが無ければ仲間を失うことはなかったですね」

「ええ、そうです。自分たちを守ることができない力にどんな意味があるというのか。力は行使して初めて意味があるのではないか、と考えるようになっていきます」

「なるほどな。そしてその二つの悩みが『メス・ルタスの惨劇』へと繋がっていくわけか。…なんとも言い難いな」

「悩みを抱えながら成長していったバウリットはいつしか自分たちのかつての暮らしを取り戻すという考えに執着していくようになります。そしてその考えに賛同したものを取り込み勢力を拡大していきました。後は先ほど述べた通りです」

「そうかい、やっと話が見えてきたよ。道半ばで倒れちまったんだろう。なら、子孫に自分の大願を成就してほしいってところか」

「その通りです。彼は、いつか自分に匹敵する力を持った者が誕生することを確信していました。それは力によって知ったのかどうかまでは定かではありません。そしてその者こそが『黒耳の童』、つまりチーリ君、あなたなのです」

「そう言われても、実感も何もないんですが…ただ一つ疑問が解けました。それこそ『あなたなのですね』。黒狼団に命令し俺を追わせていたのは」

「ええ、そうです。私は黒狼団と通じあなたの村を襲った罪で捕らえられています」

 もっと怒りで我が見えなくなると思っていた。

「私はあなたに力を貸してほしいと思っています。〈メス〉の民を立ち直らせることができるほどの強い力を、この国のために発揮してほしい。どれほど厚かましい願いか、それは重々承知しています。ただそれでもこの国に生きる人々の為にあなたの力をお借りしたいのです」

「自分に力があるのか、そんなことは関係ない。今分かっていることは〈メス〉だろうがルータンス王国だろうが、俺は誰かの言いなりになって生きるつもりはないという事です。ただその一方で力があるなら助けたいと思う人がいることも確かです。…今はお答えできません」

 その後誰も言葉を発することは無かった。

 そのうちサージがノリスを連れて部屋を後にすると、イーゴも「今はゆっくり休んでくれ。アンタが聞きたいことは必ず話すからさ」と言い去って行った。

 日はすでに沈みかけている。

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