12 王都・夢・行き止まり
昨夜無事に王都に着くと、そこでチャザートとは別れた。
彼はダンとメリノ、そしてチーリに丁寧に挨拶をして去って行った。
王都には街道から入ることのできる門が三つある。王都の南にある正門と西門、東門だ。行商人や旅人などの訪問者は正門から王都へ入るのが一般的であるとされている。
西門は王都に住む貧しい人たちが暮らすところへ続く門で、東門は貴族や蓄えの豊富な商人が住む場所に続いており、それぞれ住民が使うための門になっている。
正門の側には様々な出店が並び訪れたものを出迎えてくれるそうだ。今回はぎりぎり間に合わなかったようで、ほとんどの店が閉じていた。
ここまでの道中、カノから散々美味しいと噂(彼女も食べたことがないものばかりなのであくまでも噂だけ)の食べ物の話を聞かされていたので、少し残念に思った。カノは「あれが食べたいこれも食べたい」と泣き喚いていおり、それをメリノが「これからはいつでも行けるからね」と宥めていた。
そんな騒動を脇目にダンは宿を確保していた。
宿に入ると喚き疲れたのか、カノはすぐに寝てしまった。
チーリも部屋に入り床に着くとすぐに眠ることができた。
久しぶりに夢を見た。
夢には見たことのない一人の若い男が出てきた。彼はチーリよりもいくつか年上のようだ。
何やらこちらに向かって喋っていた。しかし声に靄が掛かっているように、ざーざーと言うだけで全く聞こえなかった。何を言っているのだろうかと近づこうとしても、彼もまた同じだけ後退る。だんだんと身振り手振りが激しくなるが、それでも何も聞こえない。
どうしようもなく黙って彼の様子を伺っていると、チーリの周囲にうっすら白い人影が現れた。彼らは一人残らず怪我をしているようで皆同様に黒い血を流していた。
そのうちの一人がチーリに気づいて手を伸ばしてきた。その手を取ろうと伸ばした手をすり抜けてしまった。そして地面に手が着くと、その人の体がパンっと音を立て弾けてしまった。辺りを見回すとあちこちでパン、パン、パンと音を立て体が弾けている。
不気味に思い逃げたいと思ったが、どれだけ力を入れても足を動かすことができなかった。
いつしか全ての体が弾け、また若者と二人きりになった。そして、彼が再度口を開いた。今度ははっきりと声が聞こえた。
『黒耳の童 最愛のものなくすとき 我ら 遠く及ばぬ力にて 宵闇 暁天とならん』
『どうか、我ら〈メス〉の悲願を果たし給え』
どこかで聞いたことがある声だった。どこだったか思い出せない。
「あなたは誰ですか?」と尋ねようしたが、声が出ない。
何度も声を出そうとしたが、喉が痛くなるだけだった。
若者は同じを言葉を繰り返し、次第に姿が薄くなっていた。
懸命に叫んだが声は届かない。
彼の姿が消えてしまった。
チーリは喉の痛みで目を覚ました。目を開くとダンとメリノが心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫か?」
「久しぶりにぐっすり眠ったので夢を見ていたみたいで」
「そうか。かなりうなされていたが、悪い夢でもみたのか?」
「それは…」
思い出そうとしたがほとんど思い出すことができなかった。
「全く覚えてません。誰か若い男の人の声が聞こえたような気がするんですけど…他には何も思い出せないですね」
「まぁ夢なんかそんなもんだ。幸せな夢を見ていた気がしても、それを思い出す事ができなくて、何か損したような気持ちになることなんてしょっちゅうだ」
メリノが安心したように息をつくと、窓を開けた。
「もう朝よ。私たちはご飯を食べたところなの。チーリ君も食べてきたら?」
そう言われるとすごくお腹が減っているような気がしてきて、食堂へ向かった。
パンと果物を二切れ皿に取った。パンは少し硬く果物も熟れ過ぎている。それでも他の客は誰も文句を言わずに食べている。
少し残念な朝食を食べ部屋に戻った。ダンたちは既に出発の準備を終えており、チーリを待っていた。
「ここで一旦お別れね。ここまでありがとうね。チーリ君がいてくれて本当に助かったわ」
メリノはそう言うとぎゅっと抱きしめてくれた。カノはそれを真似してか足元にしがみついている。シャンとグリンも側に寄ってきてくれた。彼らの頭を交互に撫でる。その様子を微笑んで見ていたダンが手を差し出してきた。
「俺たちは西門のそば、市民街に店を出す予定だ。いつでも訪ねてきてくれ。ここまでありがとうな」
握手に答える。
「こちらこそご一緒してくれてありがとうございました。ダンさんたちと一緒に旅ができて本当に楽しかったです。お店は必ず行きます!おいしい野菜料理楽しみにしてますね」
彼らと別れの挨拶を済ませ宿屋を後にした。
別れ際に「奴隷がいるなら市民街よりも富裕街のほうじゃないか」とダンが教えてくれたのでまずは東門の方へ向かうことにした。
そこへ向かう途中、左にとても大きな建物が見えた。あれが城なのだろう。これほど大きな建物を見た事はない。チーリは驚きのあまりしばらく目が離せなかった。一体どうやって建てたのだろうか。それすらも検討がつかないほど大きかった。
(あそこに住むっていうのはどういう気持ちがするんだろう?ちょっと中に入るくらいなら怒られないかな)
しばらく王都に滞在することになるだろう。その間に一度城へ行こうと決め、どうにかそこから目を離し。また東に歩き始めた。
歩いている途中でいろんな店から声を掛けられた。一度村で迷子になったことを思い出し懐かしい気持ちになった。しかしそれも初めのうちだけで、だんだん声を掛けられることが煩わしくなり、雑踏の中を駆け抜けた。
(カノが言っていたおいしい食べ物を試すのは無理かもしれない…もうあの辺りは歩きたくないな)
それからしばらく歩くと、辺りから人の数が減りやけに静かなところに着いた。急に雰囲気が変わったなと思い歩いていると大きな門が見えてきた。
(へえー街の中にも門があるのか。中に入れるのかな?)
どうにか入れないか、門の側をうろうろしていると槍を持った男に声を掛けられた。
「おい、そこのみすぼらしいガキめ。ここは『上層』だぞ。お前のようなものが来るところではない。とっとと立ち去れ」
男は槍をこちらに向けている。言葉の内容にカチンとしたが、王都に着いて早々騒ぎを起こすべきではないだろう。グッと怒りを堪えた。
「すいません、昨日ここに着いたばかりで迷ってしまって」
戻る時は出店が並ぶ辺りを通りたくなかったので、道を変えて戻ることにした。
気の赴くままに歩いているとかなり入り組んだ通りに出てしまった。
そこで迷っていると、誰かに見られているような気配を感じた。
(誰か付けて来ているのか?さっきの男が誰か呼んだのだろうか?)
いつから付いて来ているのかは分からなかったが、その気配は付かず離れず付いてくる。その気配に気付いた様子を悟られないよう慎重に歩いた。
しばらく迷っていたおかげでこの道にも慣れて来た。
(確かあっちに…)
しばらく進むと行き止まりに辿り着いた。三方が塞がっている。
(ここなら来た道にさえ注意を払っていれば、誰かが付いて来ているのかどうか分かるはずだ)
そこで様子を伺っていたが、いつの間にか見られているような気配はしなくなっていた。念の為しばらくそこでジッとしていたが、誰かが現れることもなかった。
(気のせいだったかな…とにかく注意しながら宿屋の方へ戻ろう)
来た道を戻ろうと歩き始めた時だった。背後に誰かが立っていることに気がついた。
いつからそこに?と思う間も無く、首を叩かれ、チーリは気を失ってしまった。
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