第3章 再会
星の影
男が走っている。肌寒い夜だったが、男の顔は紅潮し滝のように汗が流れている。木々に隠され月明かりの届かない真っ暗な獣道を、ひたすらに走ってきたのだろう。彼の体には無数の傷ができていた。
男は何度も後ろを振り返りながら、徐々に走る速度を緩めていった。
しばらく歩いた後、開けた所へ出た。
急に明るくなったことで彼は反射的に目を瞑った。
そして目を開け、その夢かと疑うほどの光景に彼は長い間呆然と立ち尽くしていた。
それも無理はない。
それまで月光を遮っていた木々が、その周囲からだけ姿を消していた。
夜露がしっとりと草花を濡らし、それらが月光に照らされ、まるで星が降って来たかのようだ。梟の鳴き声が響き渡り、それに応えるように獣の遠吠えが聞こえる。
「お待ちしておりました。我らが同胞よ」
地に降る星灯りの中から女の声がした。
男はハッと我に帰ると武器を構えた。女はその様子を微笑みながら見ている。
「私たちは同じ〈メス〉の子孫です。その赤白い顔、黒い耳。間違いありません。なぜ私たちが森の奥深くに隠れ住んでいるか知っていますか?」
男が首を横に振ると、女は長い話を始めた。
長い話を聞きながら、いつの間にか男は武器を納めていた。
「…つまり私たちの祖先は父祖の地を王家の人間に手渡しただけでなく、子孫の自由あるいは運命をも縛りつけたのです」
女は草花を濡らす夜露を手に取り、それを空に向かって振り撒いた。
「しかし、そんな私たちの暗い未来を明るく照らそうとしてくれた人がいました。彼は当時の〈メス〉にとって希望の星でありました。しかし、父祖の地を取り戻すべく起こした戦いの最中、命を落としてしまいました」
彼女が話しているうちに、月が雲に覆われ辺りが暗くなってきた。
「私たちは彼という『星』が落とした影です。彼の死後長い年月を掛けて彼の無念を晴らすべく、また私たちが再び自由あるいは運命を取り戻すべく、戦ってきました。そして今なお戦っています」
女が手を差し出す。男は自然とその手を取っていた。
女からは仄かに花の香りがしている。
「今、私たちのもとに新たな星が誕生しようとしています。しかし彼は自分の力や使命については、まだ何も知りません」
女の手に力が込められる。
「ここには『星』が埋葬されています。私たちはここを〈故知らぬ聖地〉と呼び大切にしてきました」
再び月明かりが辺りを照らす。手を繋いだまま〈聖地〉の中心部まで歩いた。
「わたしたち『星影』と共に戦いましょう」
男はまた走っていた。
これまでは自分たちが抱いている不安だけを頼りに戦ってきた。
しかし、今、父祖の地を取り戻すという大義名分を手に入れた。
その事実に興奮し、一刻も早く仲間たちに知らせたかった。ささやかだった抵抗はこれから激しさを増していくだろう。
自分たちを奴隷狩りのもとから逃してくれた女性のことを思い出す。
激しくなる戦いの中に彼女が−イーゴがいれば、どれだけ心強いだろう。
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