13 サージ国王・再会
チーリが目を覚ますとそこは知らない部屋だった。
窓から陽の光が差し込んでいる。朝だろうか。
雲のようにふかふかな布団に横になっており、その感触を確かめる。余りに軽く柔らかなその感触に未だ夢の中にいるようだった。枕元には水が入った桶が置いてある。頭に被っていた頭巾も丁寧に畳まれ置かれている。
(誰かが診てくれていたのだろうか?)
「目を覚ましたのですね」
右から女の人の声がした。誰だろうかと、そちらを向こうとすると首がかなり痛んだ。
「つっ」
「無理しないでください。かなり強く首を打たれていますので。そのまま上を向いて安静にしていてださい。もう直に痛みは引いていくと思いますよ。よくお眠りでしたので」
とても優しい声だった。どこに連れて来られたのか分からないが、それほど危険なところではないのかもしれない。
彼女は小さな椀を枕元の机に置いた。
「少し体が動かせるようなら、これを飲んでください。これは軽い怪我をした兵士たちに飲ませる痛み止めの薬です。かなり苦いですが、効き目は確かですので頑張って飲んでくださいね」
彼女は薬の飲み方を説明すると「人を呼んで来ます」と言い、部屋を後にした。
(兵士か…じゃあここは国の施設なのだろうか?)
兵士たちはいつもこんなにふかふかな布団で寝ているのかと、羨ましくなった。
チーリは恐る恐る体を起こしてみた。もっと痛むかと思ったが、それほど痛みは無かった。ある一定の向きに傾けなければ痛まないようだ。おそらく首を寝違えたようになっているのだろう。ゆっくりと薬を飲む。
かなり苦いと言っていたが、それでも想像していた以上に苦かった。あまりの苦さに咳き込み、薬を噴き出してしまった。残りは無駄にしないよう、ちびちびと飲んでいった。
どうにか飲み終わり咳き込んでいると、男が笑いながら部屋に入ってきた。果物が載った皿を持っている。
「わっはは、あの薬は苦かっただろう。私も幼い頃に飲んだことがあるが、それ以来どんな小さな怪我でもしないよう気をつけるようになったものだ。おかげでヤンチャ盛りでも危険を犯すようなことはほとんどしなかったよ。ほら、これを食べるといい。これで少しは口の中が気持ち良くなるはずだ」
男は背が高く、高価そうな服の下はよく鍛えられている。キビキビした動きの一つ一つや声がとても上品だ。
かなり疲れている顔をしている。おそらく普段はもっと若々しく見えるのだろう。しかし今は目の下に隈があり、もみあげから顎先にかけて無精髭が生えている。短く揃えられた髪もところどころハネている。
その隣に彼より背の小さながっちしりした体型の男が背筋を伸ばし立っている。
果物の皿を受け取り、頭を下げる。その赤く小さな果物は甘酸っぱく瑞々しかった。一噛みするだけで、果汁がじゅわっと滲み出てくる。五個全て食べたあとはかなり口の中がすっきりした。
「ありがとう。とてもおいしかったです」そう言って皿を返そうとした。
それを男が受け取ろうとしたした時、薬を淹れてくれた女の人が血相を変えて、横からそれを受け取った。その後、信じられないという顔でチーリのことを見ると、皿を持って部屋を後にした。
チーリは訳が分からずポカンとしていた。
「すまいね。ここで働く人たちは、少し職務に忠実すぎるんだ。悪気がある訳でない。彼女はサチカといって、ここで兵たちを診てくれているんだ。君がここに運ばれてから夜の間は、ほとんど寝ないで様子を診ていたのだよ。また後で会ったら礼を言ってあげてくれると嬉しい」
「あの、ここはどこなのでしょうか?それにあなたは?」
「私はサージ・ルータンス、この城の主だ」
信じられなかった。が、それでも国王の名前を騙る人物などいないだろう。それが露見すれば大罪人として刑に処されるはずだ。
(俺に一体なんの用があるのだろう?)
チーリが黙っているとサージが話を続けた。
「急なことで信じられないかもしれないが、それでも私は君に話があり、ここへ連れて来てもらったのだよ。少々手荒い方法になってしまったのは許してくれるとありがたい」
「それは構いません。俺も油断していました。ただ、その…突然すぎてちょっと…」
「ははは。信じられないか?まあそれも無理もない。君の首が治ればここを好きに歩き回ってくれて構わない。そうすれば嫌でも私が本物だと信じられるだろう。ただ、今は先に話がしたい」
一国の主が一体自分にどんな話があるのか全く分からなかった。ただ、話を聞かないのは失礼に当たるだろう。王自ら時間を作り会いに来ているのだ。その誠意には応えるべきだと思った。
「ええ、お…僕も気になります。話してください」
「別に『俺』で構わん」そう笑うと、サージは顎に手をやり少し思案していた。そして手をパンと叩いた。すると先ほどの女が部屋へ入って来た。彼女はサージから指示を受けると素早く部屋を出て行った。
「話があると言った手前悪いのだけれど、まずは君に会って欲しい人物がいるのだが…本当は話が終わった後にしてくれと言われているのだけれど、やはり先に会った方が良いと思う」
チーリはまた訳が分からず、とりあえず頷いてみた。
「今から現れる女性を見ても、どうか落ち着いていて欲しい。おそらく色々な意味で衝撃を受けるだろうが…」
一体誰が現れるというのだろう。
しばらくして部屋の扉をトントンと叩く音がした。扉の外で「さあ、王がお待ちです。早くお入りください」と声がした。
少しの間待っていると、部屋の扉が開かれた。
チーリはそこに現れた女を見て、体が熱くなるのを感じた。鼓動が速くなる。
それは『黒狼団』のドイだった。まだ七日しか経っていないが、それでもかなり長い間探していたような気がする。
彼女の顔を見た瞬間ヤカの優しい笑顔や声、暖かい言葉、その一つ一つが頭をよぎった。
王を睨む。そして首の痛さも忘れ、拳を固く握り締めドイに飛び掛かった。
しかしドイは体を軽く捻りかわすと、床に体を打ったチーリの背に乗り左腕を後ろに捻り上げた。どれだけ力を入れても体を動かせそうになかった。
首だけでなんとか背を振り返り睨むと、力の限り怒鳴った。
「お前、よくも…よくも俺の前に姿を見せたな。殺してやる。…おいっ、離せよ。殺してやる」
ドイは何も言わずチーリの体から離れると、王を見て「やれやれ」という風に肩をすくめた。
様々な疑問が頭の中でぐるぐると渦巻いている。
しかしそれらをじっくり考えている余裕は無かった。どうにか痛めつけてやりたいと考えるが、それは容易では無い。
まずは心を落ち着けなければ。熱くなって愚直に突っ込んで行くだけでは、この女には勝てない。
大きく深呼吸をする。それを数回、心が落ち着くまで繰り返す。
薬が入っていた椀を手に取り、ドイの体目がけて思い切り投げた。
その瞬間、彼女がそれをどう避けるのかがはっきり分かった。彼女は飛んできた椀を左に跳んで避ける。
チーリは彼女が動こうとする方へ、彼女よりも早く飛び込んだ。打撃のやり方はよく知らない。それなら体ごとぶつかり体勢を崩してしまおうと思ったのだ。
ドイは向かってくるチーリを見て、一瞬驚いたように見えた。黒色の化粧と深く被った頭巾のせいで表情はよく分からないが、それでも彼女の動きが止まったように感じた。
無防備なドイに思い切りぶつかる、と思った時だった。
彼女はぎりぎりで避けると、すれ違うように一歩踏み出してきた。チーリはすれ違いざまに左腕を取られ、そのまま倒された。
そしてまた同じ姿勢で動けなくなってしまった。
チーリは悔しさと情けなさのあまり、今回は身動き一つ取らなかった。
「もう良い。チーリを離してやれ。やはり私が順序を違えたようだ」
体が自由になっても顔を上げることができなかった。
「だから言ったんだ。私の紹介は、この子がしっかり話を理解してからにしておくれってね」
その皺がれた声にどこか覚えがあった。
ドイは桶から水を掬い顔をゴシゴシと拭いた。頭巾を取り、頭を振って髪を整える。
大きな目、赤白い肌、頬にあるそばかす…
見間違えるはずが無かった。
短時間で押し寄せてきた情報の量に頭が破裂してしまいそうだった。
「イーゴ…?」
「チーリ、久しぶりだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます