ノリス大臣【密会】

 ウスべ村を発った翌日の昼、ノリスたちは王都に到着した。

 ギルスは一日半休むことなく馬を操っていた。それにも関わらず、王都につくなりカシムが待つ『ウーリ武器屋』へ行こうと急かしてきた。ジンダといいギルスといい兵士の体力には毎度驚かされる。

 馬車を王都入り口の厩舎に預け、市民街へ向けて歩く。ギルスの歩幅は大きく、かなり前を歩いている。

「そう急がないでくれ。お前と同じように歩くのは骨が折れる。もう少しゆっくり歩いてくれ」声を張りギルスを呼び止める。

「すまない、親父。ついいつもの癖で」

「それにしてもこの辺りはいつ歩いても良い匂いがするな。たっぷりタレがついた肉の香ばしい匂い、蜂蜜や菓子の甘い匂い、酒の芳醇な匂い…何か買って行くか?」

「わざわざ手土産を持っていくような相手でもないでしょう。それにしてもカシムの野郎はどんな話があるのでしょうね」

「さあな、あいつから話を持ちかけてくるのは初めてだ。まあ、ウスべ村を襲ってからもう六日経ったんだ。何か進展があったんだろう」

 取り留めのない話をしながら王都を西に歩いていく。もう少し歩けば武器屋に着くだろう。

「ギルス、この辺りの人たちは逞しいな。何をするにしても生きていくだけでぎりぎりの生活のはずだ。それでもその苦しい生活の中に楽しみを見出し、家族以外とも協力し日々の生活を送っている。私はこのような民にこそ、彼らの暮らしに見合った幸せを掴んでほしいと思っておる」

「そうですね。うちの隊にも市民街出身のやつは多いですけど、給料が入ると欠かさず仕送りしてますよ。それを仲間たちで分け合うらしくてね、家族のために使ってほしいと嘆いていましたよ。それでもたまに帰れば辺りの人たちが精一杯の歓迎をしてくれるらしいです。彼らは心まで貧しくはないし、『上層』のやつらよりもよっぽど豊かですよ」

「『上層』か…」

 王都はいつからか『上層』と『下層』に別れてしまった。実際に上と下に別れているわけではない。身分が高い者や資産を有する者が、それを持たない者を『下』のものと蔑む、その過程で生まれたものだ。彼らは自分たちが住む富裕街を『上層』と呼び、市民街のことを『下層』と呼び見下している。『上層』の周りには城壁を模した堅固な壁と門が建てられている。『下層』の者がそこへ入ろうとすると、独自に雇った衛兵に追い出されてしまう。それらを先王を止めるどころか、推奨していた。

 私の妻と娘は、その門に挟まれ死んでしまったのだ。

「あ、すいません。親父はこの言い方嫌いでしたか」

「いや、構わん。私が先王の愚策を諌めることができなかった故、そのような言葉が広がり、そして貴族どもは思い上がってしまったのだ」

 ギルスは俯き黙ってしまった。

「お前が気に病むことではないだろう。それにいつまでもこのまま…というわけではない。遠くない未来、王は力を得て、腐った貴族や商人連中を一掃するだろう」

「カシムの話がそのために役立つものであればいいですね」

 それからしばらく歩き「ウーリ武器屋」に着いた。店主に声を掛けるとカシムたちは既に到着しているようだ。

「そうか。ここでのことは、いつものように他言無用で頼むぞ」そう言い店主に金を渡す。一月は暮らせる程の額だが、これで黙っていてくれるなら安いものだ。金を渡すことでカシムがいる場所へ案内される。

 しかし今日は案内しようとしない。

「おい、どうしたのだ。金が足りないというのか」

「いやいや、旦那。これだけ貰えれば十分でさ。それに、欲をかきすぎるなとカシムにも強く言われてるんで」

「では、なぜそこをどかないのだ」

「旦那が来るとは聞いてますがね、そちらの大きな強面のお兄さんのことは聞いてないもんで…カシムは奥にいます。旦那お一人でお進みくだせえ」

 奥?今日は室内で話すのか。いつもは店の外の目につかないところで話すことが多かったので少し戸惑った。室内ならば尚更ギルスを連れて行った方がいいだろう。

「そうはいかない。こいつは私の息子であり協力者でもあるのだ。通してくれ」

「無理言わないでくだせえよ、旦那。そんなことしちまえば、カシムのやつにキレられちまう」自分の首を切る素振りを見せる。

「おい、お前」ギルスが店主に怒鳴る。

「今ここで俺に殺されたいのか?」

 ギルスのことを知らない人間からすれば、彼の恫喝は心の底から怖いのだろう。店主の顔はすっかり青ざめている。

 すると奥から声が聞こえた。

「なんや、騒々しいの。今日は大事な客が来るから静かにしとけやって言うたやろ」

カシムが気怠そうに歩いて来る。俯き頭を掻いているからか、まだこちらには気づいていない。

「お客はん、今日は大事な用があるんでのう、悪いけど日改めてくれへんか?」

顔を上げ私を見て、そしてギルスを見た。少し驚いているようだ。

「おやおやこれは、ノリスさん。で、こちらは『あの』ギルスさんやないですか?いやぁ聞いとったよりも厳つい顔しとんなー。堅気には見えんで、これ」

 カシムは笑いながら「ゴツいなー」と言い、ギルスの肩をトントンと叩いた。ギルスがまた怒鳴るのではないかとヒヤヒヤしたが、その前にカシムがボソッと耳打ちした。

「あんまガタガタ喚くなや。表に出たら困るのおたくの親父やぞ。分かっとんのか?」

 言い終えるとギルスの肩から手を離し「お二人さん、こちらへどうぞ」と奥へ入って行った。

 ギルスに目をやると大粒の汗をかいている。

「親父、あいつどうなってるんだ?手を払うことができなかった。力で負けたのは初めてですよ」

「あいつは異常なのだ…まぁとにかくついていこう」


 中に入るとカシムの他にドイがいた。彼女はカシム以上に腕が立つと言われ、この二人がいるせいで王国は「黒狼団」を捕まえることができないでいる。

 ドイとは何度か会ったことがあるが、話しているところを見たことがなかった。おそらく「音無し」なのだろうと考えている。

 机を囲みカシム、ノリス、ギルスの順に座った。ドイは十歩程度離れて立ち、入り口の警戒をしているようだ。

「すまんのう、ノリスさん。ドイがおること伝えられんかったみたいや」

「それは構わない。彼女はお前のように見境なく暴れることはないからな。それに私も黙ってギルスを連れて来ておる」

「ワシは一度会うてみたかったんや。噂通りの厳つい顔見れて満足や。で、その男は何で連れてきたんやろか?」

「ギルスはウスべ村の警護に当たっていたんだ。もし六日前の襲撃について話すなら現状を知っているギルスがいれば役立つんじゃないかと思ってな。そちらはなぜドイがいるのだ」

「ああ、ほんまは呼ぶつもり無かったんやけどな、昨日今日とネズミが気になっての。こいつは気配探るの得意やからな、呼んだんや。ワシはそないなことからっきしやからのう」

「そのネズミはどこから?」

「それが分かれば始末できるんやけどな、分からんのや。ホンマにおるのかも分からんのやけど。…今んとこ、どうや」

 ドイは首を横に振った。今はいないのだろう。

「ドイが分からんのやったら、今はおらんのやろ。さて話を始めようか。と言うてもウスべ村へ行っとるなら、もう知ってるやろうけど、『黒耳の童』はおらんかったんですわ」

「お前な、安くない金を前金で払っているんだ『いなかったです』では困るのだがな」

 私は懐から耳飾りを出した。それを見てカシムもドイも驚いているようだ。ギルスに耳飾りを渡し、説明を任せる。

「これは、村へ着いてすぐ俺が見つけたものだ。親父に『黒狼団』が力を貸していると知らなかったら、これを持って王都へ駆け戻り、すぐにお前たちの討伐大隊を結成するよう王に掛け合っただろう」

 ギルスが発見した時の様子を話し続けているが、カシムは全く聞いていないようだった。耳飾りを見つめ何か思案しているようだ。

「…つまりこの飾りは、その家の側にあった死体とともに…」

「分かった分かった。もう説明はええわ、おおきにな」

「お前話を最後まで…」

「そんなもん、後で一人の時にせえや。だらだら長いねん。それよりな、ノリスさん、ええ知らせがあるで」

「いい知らせ?」

「おう、そうや、この耳飾りはな、たぶんウロのもんや。あいつ村に残していったんやけど、帰って来えへんから、どないしたんやろ思ってたんや。けどな、それ見て分かったわ。あいつ殺されよったんや。近くに村人以外の死体かなんかなかったか?」

「だから、飾りの側に、死体が、あった、と言っただろう」ギルスはかなり頭に来ているようだ。カシムは全く気にしていない。

「そうかそうか、そりゃ悪かったの。これで決まりや。ノリスさんが探してる『黒耳の童』な多分生きとるで。どっかに隠れとったんやな。ほんでワシらが帰ったあと、ウロだけでもと思って殺したんやろ。あいつ厄日やったの」

 カシムは声を上げ笑っている。

「今日はホンマはアンタ殺さなアカンな思っとったんや。せやけど、まだ仕事が続いとるのが分かった。あのボンクラも最後に役立ったっちゅう訳や」

 ギルスは座っていた椅子をひっくり返し、今にもカシムに飛びつこうとしていた。

「お前、親父を殺すだと、どういうつもりだ、この野郎。俺がお前を殺してやろうか」

「まあ落ち着けや。ワシらは仕事を失敗したと思ってたんや。そうなりゃワシらが弱味掴まれてることになるやろ。この場所バレてるんやからの。仕事は失敗したけど黙っといてくれへんか?って言うんか。分かった言われてそれを信じられるんか。無理やろ。せやからホンマに悪いけどな、殺すしかない思ってたんや」

 ギルスは「貴様!」と言い剣を抜こうとした。しかし、剣に手を伸ばす前に右手を鞭のような者で叩かれ止められたのだ。そして再度動く前に首に短剣を突きつけられてしまっていた。

 カシムは微動だにせず余裕の表情だった。動いたのはドイだ。彼女の立っていたところには濡れた布が落ちていた。

彼女は離れたとこにいたにも関わらず、ギルスの動きを察知すると目にも止まらない速さで彼を制してしまったのだ。顔の半分が日除けのためか黒く塗られているので、表情の変化が普段から分かりにくかった。それでも「動けば殺す」と考えていることは分かった。

「ノリスさん、もうちょっと時間くれへんか?ワシらとしては終わってないならな、仕事はキチッとやってまいたいんや。どやろか?」

「この状況で聞くか?…まあいい。『黒耳の童』を捕まえることは、老い先短い私の命よりも重い。引き続き任せよう」

 ドイがギルスを離した。ギルスは、屈辱からか顔を真っ赤にして怒っていたが何も言うことはなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ノリスたちと話し終えた時には既に日が暮れていた。

「どや、ネズミはおりそうか?」

 ドイは首を横に振る。

「そうか。まぁお前と違ってワシは勘が鈍いからな。勘違いやったんやろ。はぁ、またガキ探し始めなアカンの。下のやつら動かすだけで、とりあえずは十分やろ。別の仕事もあるしの。お前もしばらくのんびりしたええわ」

 ドイは頷くと武器屋を後にした。

 店の外に出ると、視界の端で四人の男がサッと動くのが見えた。こちらを伺っている感じもしたが、今はゆっくり休みたかった。

 ドイは視線を前に戻すと夜の闇に紛れた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 翌朝ウスべ村へ戻るギルスを見送るとノリスは王城へ向かった。

 村や兵たちの様子を王に伝えないといけない。城に着くと王の私室へと足を運んだ。朝はいつも部屋で公務をしている。しかし、部屋に王はいなかった。それどころか今日はやけに城が静かだと感じた。

 部屋の前でどうしようかと悩んでいると近衛兵長のセッタに声を掛けられた。

「ノリス様、お戻りだったんですね」

「ああ、セッタか。王に報告があるのだが、私室におられないのだ。どこにいらっしゃるか知っておるか?」

「今は謁見の間におられますよ。俺もちょうど、王に用があるんですよ。一緒に行きませんか?」

(なぜ謁見の間に?また何か問題が起きたのだろうか)

 とにかく行けば分かるだろう。セッタと共に謁見の間へ向かった。

 扉を開き中に入ると、玉座に座る王の姿が目に入った。周りには近衛兵らしき者が三人立っているだけだ。何か問題が起きた訳ではないようだ。

(しかし、それならなぜここに?)

 そう思いながら辺りを見渡すと、窓の側に一人の女が背中を向けて立っているのが分かった。こちらに気づいたのだろう。彼女はこちらに顔を向けた。

 声を上げそうになったが、なんとか堪えた。

 そこに立っていたのは『黒狼団』のドイだった。昨日も会っているので見間違えるはずがない。頬を黒く塗り、手に短槍を持っている。間違いない。

「ノリスよ、ご苦労であった」

「サージ様……。ありがとうございます」

「どうしたのだ、顔色が優れないようだが」

「いえ…その…あまりに悲惨な光景を目にしたもので、少し気分が悪いのです」

「そうか。それが自らの指示であったとしてもか?」

 気を失ってしまいそうだった。

「サージ様、それは、どういうことで?」

「お前がここを発ってからすぐな、そこにいる彼女が興味深い手紙を寄越したのだ。それに今朝も到底信じられないような話を聞かせてくれたよ」

 ドイに向かって「こちらへ」と声を掛けた。彼女はスタスタと王の元へ歩み寄った。

「昨日ぶりだな、ノリスさん」

 また声が出そうになった。今回もなんとか我慢したが、冷や汗が滝のように流れている。

「あら、知らないふりですか?それは残念だ。昨日はアンタが殺されないようにと思って、わざわざあの場に顔を出したってのに」

(この女喋れたのか!)

「こちらの女性はドイさんと言うのだが、ノリスよ、彼女のことを知っているのか?」

 間違いは許されない。一つでも間違えれば捕らえれてしまうだろう。彼女が手紙や王との会話で何を語ったかは分からない。それでもまだ裏は取れていないだろう。慎重に答えなければならない。

「その名前はもちろん知っています。そして今手にしている短槍を見れば、それが誰であるかは明らかです。王もよくご存知のはずです。彼女は『黒狼団』の〈雷槍〉とも恐れられている女です。それがなぜ装備も解かずここにいるのですか?」

「その二つ名、吐き気がするからやめて欲しいってずっと思ってんだよ。全く誰が言い出しんだか」

「貴様、王の前で軽々しく口を開くな!」

「彼女が話すことは、私が許可しておる。それよりも、ノリスよ彼女の話によるとだ、お前は昨日の昼には戻っていたようだが、どこで何をしておったのだ」

「私は…私は体調が優れなかったので休んでいたのです」

「どこでだ」

「それは…市民街です」

「奇妙な話があったものだな、ノリスよ。城の近くに家があるではないか。なぜそこで休まなかったのだ」

 口がカラカラに乾いている。本当に倒れてしまいそうだった。

「私は老体でありますので…」

「そうかい?昨日は相変わらず元気な爺さんだなと思ったけどね」

 ノリスはドイのことを無視することにした。彼女の言葉に反応しボロが出てはいけない。

 ドイは肩を竦めて王を見た。

「ダメだね、こりゃ。黙っちまった。サージ様、私にはまだやるべき事があります。さっさと終わらしちまおう」

 王が手招きすると、セッタが側に駆け寄った。二人が短く言葉を交わした。そしてセッタが合図をすると、三人の武器を構えた近衛兵が私を取り囲んだ。

「ノリス様、俺たち四人は昨日『ウーリ武器屋』であなた方の話を聞いていました」

 膝から崩れ落ちてしまいそうだった。いや、倒れなかったのは一人の兵士が体を掴んでいたからだ。

「あなたが王城を発った日、その女性が私に手紙を寄越したのです。必ず王に渡して欲しいと念を押されました。そこには古ルタス王国の紋章が使われていたので、すぐに王にお渡ししたのです。そこにはあなたが『黒狼団』と繋がっている事、そして此度のウスべ村への襲撃があなたの指示であったことが書いてありました。また、その理由についても記述がありました。信じられないことばかりで王も私も困惑しました。しかし、そこにはあなたが団長のカシムと会うと予定があるということも書かれていたのです。これはあなたの疑惑を晴らす好機だと思いました。そこへあなたが現れなければ、手紙に書かれていることの信憑性は、途端に疑わしくなるからです」

 そこで言葉を区切り、懐から一枚の紙を取り出した。

「これがその写しです。目をお通しください」

 震える手で受け取った。

『突然のお手紙失礼致します。貴い身分の方とお話しする機会は今までありませんでしたので言葉遣いが至らなければご容赦下さい。

 訳あって今はまだ私の名前や身分を明かすことはできません。その点もお許しいただければと思います。

 それなのに今こうやって手紙を書いているのは、私が掴んだ情報がこの国を良い方向へと導くことができるかもしれないと考えているからです。私がこれから記すことはおそらく簡単に信じられないでしょう。それでも古のルタス王家の紋章に誓って、嘘偽りは記しません。私が知っている二つのことをここに記します。

 まず一つ目はノリス大臣が王国や王様を裏切っているといういうことです。今、王城にはノリス大臣がいらっしゃらないと思います。彼は奴隷狩りの「黒狼団」と繋がっております。先だってのウスべ村の襲撃。あれは彼の指示だったのです。ある一人の少年を攫うために手段は問わないと命令を下されたのです。そして彼は今、自分でその現場を目にするためにウスべ村へ向かっているのです。

 何度も書いているように、信じられない思いでしょう。しかし、私が書いていることが正しいと、大臣が黒狼団と共に行動していると、証明できることがあります。この手紙を読まれてから三日後、大臣は王都の南端にある『ウーリ武器店』で黒狼団の頭のカシムと会う予定です。その場で私の書いていることが嘘かどうか確認することができると思います。本当に彼が現れたなら、私がこれから書くことも信じてほしいと思います。

 二つ目はなぜノリス大臣がたった一人の少年を攫うために、この国最悪の奴隷狩り集団と通じたか、その理由です。

 サージ様は「黒耳の童」に関する伝承を耳にしたことがあるでしょうか。伝承と呼べるほど広く知れ渡ってはおりませぬが…

 ルタス王家がルータンス王国を開くに際して遭遇した歴史上最悪の事件「メス・ルタスの惨劇」。その最後に語られたとされる言い伝えです。

 私も詳しいわけではありません。しかし、大臣はそれについて詳しいようで、その伝承に沿って一人の少年を攫おうとしたのです。その伝承は以下のようなものであるそうです。

『黒耳の童 最愛のものなくすとき 我ら 遠く及ばぬ力にて 宵闇 暁天とならん』

 この黒耳の童だと思われる少年は「黒狼団」の襲撃を生き延び王都を目指しております。おそらく黒狼団に復讐を誓って行動しているはずです。

 これが私の知っている情報の全てです。

 もし嘘偽りがあれば私を捕らえ、如何様にも処罰をお与えください。

 私は四日後の朝、王城へ訪れたいと考えております。手紙を渡した衛兵が私を覚えていると良いのですが…

 この国一番と言われている兵に渡すつもりです。

 

 四日後お会いいたしましょう』

 手紙の写しを読み終えると、今度は膝から崩れ落ちてしまった。今回は支えてくれる手はなかった。

「ノリスよ、これまでのそなたの国への献身を考えると、かなり心苦しくあるが、それでもそなたを牢に入れない訳にはいかぬ。…連れて行け」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ノリスが連れて行かれ、謁見の間にはドイと王の二人きりになった。

「さてと…私も行くとしようか。それにしても二人きりになるなんて肝が据わっているのか、命知らずなのか」

「そなたの力量は話に聞いておる。セッタが言うには私を殺そうと思えば、その機会は数えきれないほどあっただろうということだ。今更私をどうこうするとは思わんよ」

「そうかい、それは残念だよ。王様と刃を交える機会なんてそう無いだろうからね。経験してみたかったよ」

「引き続き頼んだぞ」

「分かってますよ。…カシムだがね、アンタの部下の下手くそな尾行のせいで、ここ数日は、気配に敏感になってるよ。下手な策を講じるくらいなら、大人数で正面から当たった方がいい」

「セッタに伝えておこう」

 ドイは王に敬礼し、謁見の間を後にした。

「さて、どれだけ動けるようになったのか楽しみだね」

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