11 訪問者・贖罪・掟
長い間誰も喋らなかったが、突然沈黙が破られた。
馬が大きな声で鳴く声が聞こえ、それと同時に鈴の音がした。チャザートが獣や侵入者が来ればすぐに分かるようにと設置していた鈴だ。
その音を聞いたチャザートが「静かにっ」と小さな声で言い、耳を澄まして外の音を探っている。
しかし、その必要はなかった。外から男たちの大きな声が聞こえてきた。
「カリーダの兄貴、もちっと慎重に動いてください」
「こいつらこんなとこまで逃げやがって。ガキ連れてたからな、今から急には逃げられないやろ。さんざん怯えさせてから、ガキと女攫うぞ。音立てろや。あの剣持ったオッサンと小太りのオッサンは殺していいぞ」
扉がドンドンと叩かれる。
「どーもー、こんばんはーー黒狼団ですけどー」
小屋の中が恐怖で満たされていく。微かに聞こえてくる話し声から五人程度に囲まれていることが分かった。
「チーリ君、子どもたちの部屋にダンさんとメリノさんを連れて隠れていてください。いざとなれば荷物を捨てて逃げてください。お願いします」
チーリはダンとメリノを部屋に連れて行こうとした。しかし彼らは恐怖でなかなか動こうとしなかった。チャザートが「早くっ!」と怒鳴っている。
悪いと思ったがダンの尻を思い切り蹴った。その痛みで正気に戻ったダンはメリノを連れて子どもたちの部屋へ入っいった。
チーリもその後に続こうとしたところで、窓から外の様子が見えた。月明かりに照らされ『黒狼団』の一員らしき男が立っている。
男の姿を見てチーリは踵を返しチャザートの元へ戻った。急なことにダンとメリノは驚いているがそんなことは気にしていられなかった。
「チャザートさん」
「なぜ戻って来たのですか!早くダンさんたちのところへ」
「『黒狼団』の連中かどうか見分ける方法ってありますか?例えば耳に揃いの飾りを着けているとか」
「なぜそれを…」
「剣を俺に渡して、ダンさんのところへ行ってください。こいつらは俺の獲物です」
そう言うと驚いているチャザートから剣を奪った。そして彼をダンの方へ押しやると小屋の扉を思い切り蹴り開けた。
扉の外には二人の男が立っていた。出てくるとは考えていなかったのか、どちらも驚いているようだ。
(狩りと同じだ。怖気付いて好機を逃してはいけない)
まず扉の前に立つ男の首に斬りかかった。そこから血が噴き出している。
「兄貴!このや…ぐわぁ」
横に立つ男を、腰から短刀を抜こうとしている隙に足を斬る。そして痛みのあまり下げた首を斬った。
問題はここからだった。騒ぎを聞き小屋の裏から三人の男が駆けて来た。倒れている仲間を見て気を引き締めている。隙がない。
どうしようか考えていた、その時だった。
背後から矢が放たれるのが「見えた」。なぜ、などと考えている時間はなかった。
矢を避けるとそのまま目の前の一人に斬りかかる。斬ったと同時に二人が襲いかかってくることが分かった。今回はどこをどう攻撃しようとしているのか「見えた」。一人は剣を振りかぶり斬り下ろし、もう一人は短刀を投げてくる。
剣を振りかぶった男の攻撃を避けると背後に周り首を斬り倒れようとしている体を盾にし飛んで来た短刀を受ける。そのまま盾にした体を押し当て体勢を崩すと、よろめいている隙に胸に剣を突き立てた。
残すは矢を撃ってきた一人だ、と思っていると屋根の上からチャザートの声がした。
「こちらも倒しましたよ。剣が無かったので苦労しましたが」
彼はそう言うと男を屋根から蹴落とした。「うっ」と呻く声が聞こえたのでまだ生きているのだろう。
チャザートも降りて来た。
「それにしても鮮やかなお手並でした。長年、人が戦う姿を見てきましたが、これほどの戦いを見たのは数えるほどしかありません」
そう言うと足元に倒れている男の手足を縛った。
「何か聞きたいことがあるのでは?と思い、念の為生かしてあります。聞きたいことを聞かれましたらこのままここへ放っておいて良いでしょう。相応の罰です」
チャザートは「ダンさんたちを安心させてあげなくては」と言うと小屋の中へ入っていった。
話を聞かないように中へ戻ってくれたのだろう。
(ありがとう)
心の中でチャザートに礼を言うと、縛られている男に向き直った。
「お前たちは『黒狼団』の人間だな」
「はっ、どうかな」
チーリは男の腰から短刀を引き抜くと、それを男の太ももに突き刺した。
「ああーっ、痛えな、痛えよ」
「質問にはちゃんと答えた方が良い。お前たちは『黒狼団』か?」
「ああそうだよ、兄貴も言ってただろうが。…それを抜いてくれよ」
「まだだ。お前が最後までちゃんと答えたら抜いてやるよ。答えなかったら深く刺す」
(なんだ?頭がめちゃくちゃ痛い。早く済ましてしまおう)
「はぁはぁ…ウスべ村…は知って…るか?」あまりの頭の痛さに喋るのも辛くなって来た。どこからかまた若い男の声が聞こえる気がする。
「知らない、いや待て嘘じゃない、やめ…ぐわぁ」
「本当のことを…言え」
「ぐっう、本当に知らないんだ。やめてくれ」
「なら…お前たちが三日前…村を襲ったことは?」
「それなら知ってるぞ。お前辛そうだな、慣れてないことはする…ぐぁっ」
「余計なことは…言わなくていい。三日前のことで…知っていることを言え」
「そんなに知らないぜ……やめろ、本当だ!カシムの頭が大きな仕事だって騒いでたのは知ってる。殺しも略奪もし放題だって。それ以上は知らない」
「そのカシムって男は…訛りがきつい…大男のことか?」
「ああ、そうだ。あんた知ってるのか?」
男の太ももから短刀を抜き、縛られている手を刺した。男は大きな声で悲鳴を上げている。
「余計なことは言うなと…言ったはずだ。その男にはどこで会える?お前たちはどこを拠点にしているんだ?」
「…カシムの頭に?お前やめとけ、殺されるぞ」
もう短刀に力を込めることさえ出来ないほど頭が痛かった。割れてしまいそうだ。
「どこで会える?」
「あの人は場所をコロコロ変えるからな、ただ、今頃は王都に着いているんじゃないか?用があるって言ってたしな」
「嘘じゃ…ない…だろうな?」
「会ったところでお前みたいなガキにどうしようもないからな、へへ、嘘じゃないぜ」
チーリは力を振り絞り短刀をぐりぐりと踏みつけた。男の悲鳴を聞きながら、チーリは気を失ってしまった。
「やめろ、やめてくれ。お前の声は、もうたくさんだ」
「チーリ君、チーリ君」
女の子が自分を呼ぶ声がする。それに目を開いて答える。
「…カノ?」
「わぁ、お父お母!チーリ君目を覚ましたよー」
(俺は眠っていたのか…あの声は?)
メリノは扉を開けチーリの側へ来ると、ギュッと強く抱きしめた。
「良かった。本当に良かった」と言って涙を流している。
遅れてダンとチャザートも部屋に入って来た。
「ああ、目が覚めたんだな、良かった」
「メリノさん…ちょっと苦しい」
メリノはぱっと離れると「ごめんなさい」と言った。
「チーリ君、私たちを助けてくれた後一日眠ったままだったのよ。本当に良かったわ」
(一日も?眠っていた?)
そう思い部屋を見回すと昨日の小屋と少し違っていた。
「あなたが倒れている間あそこで休むことも考えたのですが、安全かどうか分からなかったので、あなたを馬車に乗せ移動したのです。明日の夜には王都へ着くでしょう。ところでお気分はどうですか?」
助けてくれた…小屋…王都…
ボーッとしていた頭が冴えてきた。
「ごめんなさい!力になるって言ったのに倒れてしまって…」
そう言うとダンがチーリの両肩を優しく掴み、ぽんぽんと叩いた。
「謝ることはない。お前に、俺たち家族は命を助けられたんだ。どれだけ感謝してもしきれん」
そう言うとぎこちない動作でチーリのことを抱きしめた。あまりの予想外の行動にメリノも子どもたちもチャザートも驚いていた。
ダンは恥ずかしかったのだろう。顔を赤くしてチーリの体を離した。
「あれだけ眠ったのだ、今更眠れそうにないだろう。少し遅いがお前の夕飯を用意している。食べてくれ」
チーリはいつの間にか外されていた頭の黒い布を手に持つと、子どもたちに「おやすみ」と言い、夕食のもとへ向かった。
今日の野菜もとてもおいしかった。それに昨夜は無かった肉が用意されていた。これは彼らの好意だろう。ありがたく食べさせてもらった。
「チーリ君に謝らなければいけないことがあります」
ご馳走を食べ終わり、みんなで茶を飲んでいるとチャザートが話し始めた。
「実は、昨日の話なのですが、一部聞こえていたのです」
チーリは驚かなかった。あれだけの悲鳴が上がっていたのだ。何があるのか様子を伺いにくることは、当然だろう。
「余裕が無かったとはいえ、あれだけ大きな声を出したのです。俺の不注意です。謝らなくてもいいですよ」
「チーリ、お前『黒狼団』の頭に用があるっていうのは本当なのか?」
「頭だけではないですよ。奴らは俺の知り合いを片っ端から殺したんです。下っ端から頭まで全員に用があるんです。それにドイという女には目の前で親友を殺されました。必ず報いを受けさせてやります」
「チーリ君、悪いことは言いません。『黒狼団』に手を出すのはやめてください。無謀です。頭のカシムというのは危険な男です。剣の腕もかなりのものだそうです。それにドイという女はカシム以上に危険です。彼女は、おそらく私が知る中で最も強いと言ってもいいかもしれません。彼女はあなたのように先のことを知っているのかと疑うほど勘が鋭い。あなたにも同様の勘の鋭さはありますが、彼女にはそこにあの槍が加わるのです。誰も勝てません」
メリノが心配そうにチーリを見つめてくる。彼女もまたやめて欲しいと考えているであろうことは、言葉を交わすまでもなく分かった。
「どれだけ強かろうが、どれだけ数がいようが、どれだけ悪いやつだろうが、俺は奴らに報いを受けさせなければならないんです。それが俺の贖罪なんですよ」
「なぜだ?」
「それは…」
「お前が寝ている間、メリノと話したことがある。聞いてくれるか?」
「はい」
「明日の夜、王都に着く。そこで俺たちは店を開き、新しい生活を始める。王都でも最近は生活が苦しいようだが、それでも俺たちはそれを乗り越えるしかないんだ」
チーリは話を聞きながら、この話がどのように落ち着くのか分かったような気がしていた。
「それには家族みんなで力を合わせていくしかない。シャンもグリンもカノもだ」
ダンは一度子どもたちが眠っている部屋に目をやった。
「だがな、それだけでは力が足りないかもしれん。だから、チーリ、帰るところが無いなら俺たちと一緒に暮らさないか?俺たちの力になってほしいんだ」
チーリは茶を飲み、どうにか心を落ち着けた。ダンの提案が心から嬉しかった。
「ありがとうございます。本当にとても嬉しいです。だけど、それはできません」
「どうして?」
「村のみんなが殺されてしまったのは、俺のせいなんです」
「それは…どういうことでしょうか?」
『黒狼団』が「黒耳の童」を探していたこと、村にはチーリの他に耳が黒い人はいなかったこと、チーリを見つけられなかった『黒狼団』は村の人を皆殺しにして去ったことを話した。
「少し確認したいことがあるのですが」
「なんですか、チャザートさん」
「村には本当に、チーリ君の他に耳の黒い人はいなかったのですか?」
「そうですよ。俺はね、村に捨てられた子だったんですよ。だから村の人とは色々違っていたんです。肌も他の人より赤白いですからね」
「捨てられていた?」と言いチャザートは眉をひそめている。
「そうですよ。俺は村に捨てられていて、それを村長が拾って育ててくれたんですよ。どうかしましたか?」
「いや、思い切ったことをしたものだな、と思いましてね。おそらくこの国の全ての村には拾い子も捨て子も禁止するという掟があるはずです」
「ああ、確かに俺のところにもあるな」ダンが頷いている。
「あれはルータンス王国建国の頃からあるとされています。初代のカリウス王が全ての村にお達しを出したはずです。チーリ君もおじいさまもご苦労なさったでしょう」
「初めのころは嫌でしたね。けど、すぐに友達が出来たし、色々あったうちにみんな俺のことを認めてくれるようになりましたよ」
そうですか、と言いチャザートは黙ってしまった。
「とにかく、俺がダンさんたちの元にいれば、命の危険に晒すことになってしまうかもしれません。そういう理由もあって一緒に暮らすことはできません。だけど、全てが終わったら、メリノさんのご飯を食べに行きますね」
ダンもメリノも困ったように笑っていた。
「必ず来てね。その時は腕によりをかけてご馳走を用意しておくわ」
それ以上誰も話すことは無かった。
翌日の旅は何事もなく進み、予定よりも早く、日が沈む前に王都に到着した。
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