2 七年後・森の異変・兄弟たち


「じいさん、これが今日の分の薬だ。しっかり飲んで、ゆっくり休んでくれよ。今日はヤカと一緒に森に入って鹿を狩ってくる。それに罠の回収と設置もしてくるから、帰りは少し遅くなりそうだ」

村長と一緒に草原でウサギを追いかけていた頃から七年が経過し、チーリは村の大人と比較しても立派な体つきの青年に成長していた。コロコロと鈴を鳴らしたような声は、声変わりを経て、幼さを幾許か残しつつも力強い大人の声へと変わりつつある。もともと他の村人よりも白かった顔は、日焼けを繰り返し赤白くなっていた。大きな耳は他の部分と比べて黒い。彼の顔で最も特徴的な好奇心旺盛で大きな目だけは、子供の頃から変わらず、今でもキラキラと澄んでいる。

幼い頃から草原や森で獲物を追いかけていたチーリには狩りの才能があった。それに目をつけた村長や村の大人、村を訪れた旅人から徹底的に狩りを教え込まれ、今では弓や短刀をうまく使い、獲物を捕まえ、捌くといった作業を、かなり手際良くこなすことができる。

一方、村長は三年前に高熱で倒れ、以降一日のほとんどを寝たきりで過ごすようになっていた。チーリが毎日、朝早くから医師のもとを訪れて薬をもらい、それを飲むことで、なんとか今まで過ごしてきた。

「悪いね、チーリ。ありがとう。じいじの事は気にせず、しっかり獲ってくるんじゃよ。今年は、例年に比べて獲物が減っているそうじゃないか」

「そうだね。だけど、捕まえる事はちっとも難しくないよ。ただ、獲りすぎないように、いつもより気を使う必要はあるかもしれない。食べ物が少なくなってきたからといって、あまり獲り過ぎれば、来年以降困るからね」

「シュカの教えか?」


シュカとは、ヤカの父親で、村一番の猟師である。じいじが倒れてからは、シュカの元でヤカと一緒に狩猟を学んだ。陽気な親父で、修行中には一度も怒られたことがない。四角い顔に山羊のような立派な髭を蓄え、村にいる時はいつも大きな皺がれた声で話した。決断力に優れ猟師仲間だけでなく、村中から信頼されていた。狩りを教わっていた時には、いつでも「よくやった」と褒めてくれ、少し多めに取り分を分けてくれていた。

現在は他の村人と共に、森の調査へ向かっている。じいじが言ったように、今年はいつもよりかなり獲物の数が少ない。獣病が流行っているなら、来年以降も減り続け困ったことになる。   

また、一部の村人の中には、密猟を疑っている者もいた。腹を空かせた他所の村の者が、取り決めを破り、自分達の縄張りに入り込んできているかもしれない。

さまざまな憶測が飛び交う中、シュカは信頼できる数名を連れて森へと調査に向かったのだ。その間の狩りはチーリやヤカなど、信頼できる者に任された。

「ええか、この森のおかげで暮らせてるもんは、何もワシらだけじゃない。ウサギも鹿も猪も他の動物も、この森に支えられて生きとるんじゃ。ワシらは森の子どもで、兄弟みたいなもんじゃ。ワシらが少し腹減らしたからといって、ぜーんぶ獲ってしまえば、兄弟たちの数が減ってしまう。そうなりゃ困るのはワシらじゃ。ワシらが森の様子を探りに行ってる間、狩りの事は、お前たち二人に任せたぞ」

そう言い残して出発していった。もう帰ってきても良い頃合いだが、随分と時間の掛かる調査を行なっているのか、未だに帰ってきていない。


「そうだよ。シュカの親父からは、兄弟たちを、いたずらに狩らないように言われてる。信頼して任せてもらってるんだから、言いつけは守らないとね。じゃあ、行ってくるから、じいさんはゆっくり寝とくんだぞ」

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