9 ダン一家・黒狼団

「すいませーん。もしかして何かあったんですか?」

 何やら揉めている集団に向かって声を掛けた。その場にいた人たちは急に現れたチーリに驚いたようだった。

(まあ、当然か。とにかく話を聞くしかないな。応じてくれたらいいけど)

 弔権者のしるしである左肩の布を良く見えるように彼らの方に向けて、その後、両手を挙げ、襲うつもりはないことを示した。

「突然声を掛けてしまってごめんなさい。俺は弔権者で旅の途中の者です。もし何か困っているなら力になれるかもしれないと思い、声を掛けました」

 ゆっくり近付きながら、彼らを観察する。

 そこには二人の男と一人の女、そして女の後ろには三人の子どもが隠れていた。

 彼らの背後には二頭立ての荷馬車がある。しかし車輪が壊れているのか傾いていた。

 男のうちの一人は小太りの中年男性だった。彼はチラチラともう一人の男に目線をやっている。そのもう一人はがっしりとした体型で、よく鍛えられていそうだ。右手に剣を構え、背中には弓を背負っている。おそらく護衛なのだろう。他の五人の前に立ちこちらの様子を伺っている。まず説得するならこの男だろうか。

 女は痩せており、どこか体調が悪そうだった。顔色も悪い。その後ろにいる子どもたちは、おそらく小太りの男と痩せた女の子どもなのだろう。一番大きな子でもおそらく十歳に満たないだろう。男の子が二人と女の子が一人だ。女の子が一番小さい。

 一通り彼らを観察した後、前に立つ護衛らしき男に向き直り、声を掛ける。

「驚かせてしまってすいません。俺はここから東にあるウスべ村出身のチーリと言います。十五歳です。亡き祖父のため、王都へ向けて旅に出たところです。恥ずかしいのですが、旅に慣れていないものですから、食料も水も切らしてしまいそうなのです」

 そこまで言い一呼吸置く。護衛の男は小太りの男の様子を伺っている。どうしたら良いものか悩んでいる様子だった。どうやら、説得する相手を間違えたようだ。小太りの男を見て、チーリはゆっくり言葉を続ける。

「ですから、何か困っていることがあれば力になりたいのです。力仕事も得意ですし、狩りはかなり上手です。それが役に立つかどうか分からないですが、お手伝いさせていただけませんか」

「言っておくが、俺たちもろくに物を持っておらんぞ」

 中年の男がかなりの早口で答えた。あまりに早口で聞き取れないところだった。とにかく反応があったのは良い兆候だ。わざとらしくなり過ぎないよう、顔を俯け苦笑いの表情を作った。

「ええ、それは構いません。正直、食料や水が少ないことよりも、一人でいることが辛くなってしまって…もし進む方向が同じなら途中までご一緒していただきたいのです」

「ねえ、あなたいいじゃない。しっかりしているようだけど、まだ子どもよ。おじいさんを亡くしたようだし、きっと淋しいのよ。私たちも王都を目指していることだし、一緒に行ってあげましょうよ」

「ダンさん、いいんじゃないでしょうか。私たちも今は人の手が必要です。この子から敵意は感じません。それに力仕事ができると言うならちょうど良いです」

 護衛の男はそう言いながらチーリの耳と左手を見たような気がした。

 少しの間三人で話し合い、小太りの男も渋々了承したようだ。

「チーリといったか?いいだろう。先ほど妻が言ったように俺たちも王都へ向かっている。君が力になってくれるなら共に旅をしよう。子どもが三人もいて賑やかだから寂しい思いもしないだろう」

 そう言い手を差し出してきた。握手を交わすと一人一人の紹介を始めた。少し落ち着いたのか、言葉は聞き取れる速さになっている。

「俺はダンだ。こっちは妻のメリノで(小さく頭を下げてくれた)、後ろにいるのは子どもたちだ。大きい方から順番にシャン、グリン、カノだ(名前を呼ばれると順番に頭を下げる。おそらく母親の真似をしているのだろう)。そしてこっちの男は俺たちの護衛をしてくれているチャザートさんだ。チャザートさんは王都の隊商専門の護衛でな、経験豊富で腕も確かな人だ。もし何かよからぬことを企んでおっても、悪いことは言わん。この人の前では大人しくしておくことだ」

 チャザートは自分が紹介されると、剣を腰に戻し手を差し出してきた。村ではあまり機会がなかったが、握手をするのは一般的な挨拶なのかもしれない。

「チャザートです。ダンさんが言ったように普段は王都で、もう三十年近く隊商専門の護衛をしています。力を貸していただけるならありがたいです」

 隊商の護衛は命懸けの仕事だ、と聞いたことがあった。道中でならず者たちに襲われることが良くあるそうだ。それを三十年続けていられていることから、彼が凄腕の護衛だということが分かった。

「ダンさん、メリノさん、チャザートさん、ありがとうございます」

 その後子どもたちにも挨拶をした。シャンとグリンはかなりの人見知りか、それともまだ警戒しているのか口を開いてくれなかった。しかし末っ子のカノは人懐っこい性格で、たくさん話をしてくれた。

「チーリ君っていうのね。わたしはカノ。六歳よ。シャンは九歳でグリンは七歳よ。お兄ちゃんたちはあまりお喋りしてくれないから退屈だったの。チーリ君はお話してくれる?」


 カノと一通り話をした後でダンの元へ戻る。まずは何があったのか聞かなければ。

「ダンさん、俺が声を掛ける前に何やら大きな声で話していたようですが、何かあったんですか?」

 尋ねると三人は難しい顔をして黙ってしまった。そのうちチャザートが重い口を開いてくれた。

「チーリ君、あなたは『黒狼団』を知っていますか?」

「いや、知らないですね。初めて聞きました」

「そうですか…いや、しかしこれから王都へ行くなら嫌でも耳にすることでしょう。『黒狼団』は奴隷狩りの集団です。昔にはいくつか似たような集団があったのですが、彼らは他の奴隷狩りを潰して今やこの国最悪の犯罪者たちになりました。過去に一度、捕まえた奴隷をたくさん逃してしまい打撃を受けたようですが、今また王国の影で力を増しています」

「奴隷狩り?」

「あなたはそれを聞くのも初めてなのですね。奴隷狩りとは、どこからか人を攫い、その人たちを奴隷として商人や貴族に売り渡す者たちのことです」

「そんな奴らがいるんですか?なぜ捕まってないんですか?」

「国を挙げて彼らを追っているそうですが、有力な貴族や商人に利用者がいるため、なかなか尻尾を掴むことができないようです」

 イーゴの言葉を思い出し、怒りが込み上げてきた。

『私の親友たちはね、精霊に連れていかれたんじゃないんだ。人間に連れていかれたんだよ』

 これはその奴隷狩りのことだったのだろう。一度奴隷を逃し彼らに打撃を与えたのはイーゴのことだろう。

「とにかく彼らのやり方は徹底している。捕まえた奴隷には左手の甲に鹿の焼印をつけます。あなたも狩りをするのなら、その理由が分かるのではないでしょうか?」

「狩る『狼』と狩られる『鹿』…狩られた鹿はその後隅々まで利用されます」

「私も同じ考えです。彼らは労働力になる若い男女、それから子どもを狙い、犯行を繰り返しています」

「それが、今困っていること関係あるのですか?」

 チャザートは困ったようにダンを見た。ダンも答えたくないようだった。

「実はね、今朝早く、私たちはその『黒狼団』に襲われたのかもしれないの」

 黙りこくっている男たちの様子を見かねたのか、メリノが教えてくれた。

「かもしれないっていうのは?」

「それがね、まだ暗かったから誰もはっきりと見てないの。荷物を少し奪われて、その後シャンが攫われそうなってね。なんとかチャザートさんが追い払ってくれたんだけど…」

「そんなことをするのは、その奴隷狩りしかいない、ということですか?」

「そうなのよ」

(なるほど。そんなことがあった直後だから、声を掛けた時にかなり警戒していたんだな。知らなかったとはいえ、かなり間が悪かったようだ。よく同行することを許可してくれたものだ)

「それで、また襲われる可能性があるから、旅を続けるかどうか言い争っていたのですか?」

 メリノの横で、ダンがかなり決まりが悪そうな顔をしていることに気がついた。

「そういうことじゃないの。見た通り馬車の車輪が壊されててね。チャザートさんが直そうとしてくれてたの。だけど、どうしても持ち上げる必要があるらしくてね」

 そう言いメリノはダンの顔を見てため息を吐いた。

「悪かったと言ってるいるだろう。あの時は俺も気がおかしくなっていたんだよ。子どもたちにも謝ったじゃないか」

 ダンが決まり悪そうな顔のままメリノに頭を下げている。思ったより尻に敷かれているのかもしれない。

「チーリ君、わたしね、ケンカしてたこと知ってるよー」

 ずっと静かにしていることに飽きたのだろう。カノが走ってきた。

「あのね、お父はね、馬車を持てなかったお兄ちゃんたちに怒ったの。でもね、お母がね、怒ったお父に怒ったんだよ。その後二人で大きな声でケンカしてたの。いつも静かにしなさいって怒るのにね。お父はね、いつもお母に負けるのにケンカするんだー」

 ダンを除いて、その場にいた皆んなが吹き出してしまった。シャンやグリンも笑っている。

「それで、力仕事ができるならちょうどいいって言ってたんですんね」

 チーリはまだ笑いながらチャザートに尋ねた。彼もまだ笑っているようだ。

「ははは、そういうことです。よければちょっとだけでいいので、ダンさんと一緒に荷馬車の後ろを持ち上げてくれますか?」

 その後、馬車はなんとか持ち上がりチャザートがしっかり修理してくれた。彼曰く「王都までの応急処置です。着いたらしっかりしたところで見てもらってくださいね」らしいが、その手際の良さやほぼ完璧に見える仕上がりに驚いた。

 そうして王都へ向けて再出発した。

 チャザートによれば、長く見積もっても四日あれば着くとのことだった。

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