18 作戦会議

 上から見た場所に着くと、三人はまだ話をしているようだった。

「チーリ、あんた何でこんなとこに?」

「上から景色を眺めていたら三人が集まっているのが見えたんだ。俺抜きで、昨日のことを話しているんじゃないかって思ってさ」

 セッタとサージは顔を見合わせて黙っている。

「別にアンタに隠れて話をしていた訳じゃないさ。ただ、他の人に聞かれたい話じゃなかったからね、人がいないところで話をしていただけさ。それにアンタはまだ横になっていると思っていたからね」

「じゃあ、どんな話をしているのか教えてくれるよね?」

 イーゴは黙っている二人に「いいね?」と尋ねた。セッタが「しかし…」と口を開いたが、その続きをサージが首を振って制止した。

「チーリ、話してもいいが一つだけ確認したい」

「どうぞ」

「君は昨日、あまりに沢山の事実と向き合わなければならなかった。私が君と同じ年齢ならば耐えられなかっただろう。イーゴのことや黒耳の童のこと、君が過ごしてきた村のこと…。今、君は冷静に話ができるのか?」

 チーリはサージとイーゴを順に見た。サージはこちらを試すようにまっすぐ顔を見ている。イーゴは目線を合わせず地面を見つめている。

「イーゴ、大丈夫だよ。…今日目が覚めた時は、正直に言ってサージ様、あなたたちのことを信頼するなんてことはできなかったと思う。あなたはウスべ村を襲わせた大臣の唯一と言ってもいい上官だ。昨日はあなたのことも疑っていました。それに、イーゴ。あなたとの間には沢山の思い出といろんな恩がある。だけど、黒狼団のドイとしてヤカを殺したのも、あなただ。あなたのこともとても許せそうになかった」

「チーリ…」

「だけどね、今日上から景色を見ていて思ったんだ。確かにあなたたちがしたことを許せはしない。だけど、あなたたちにも何か事情があるんだろうって。もしかしたらそれは、俺が黒狼団を潰してやりたいって思うのと同じくらい、強い気持ちだったのかもしれない。それなら、俺がやろうとしていた事とあなたたちがした事に違いはあるんだろうか?って。あなたたちが何を考えているのか、恨むのはそれを聞いてからでも遅くはないかもしれない。お婆さんのおかげで、今はそういう風に思うことができるようになりました」

「お婆さん?」

「露台で一緒に景色を見てくれたお婆さんがいたんだ。あの人がいなかったら、景色を見ることもできなかったし、本当に感謝だよね」

 イーゴの表情はどこか悲しそうだった。

「それでイーゴ、何を話していたの?」

「ああ、昨日ちょっとね。王様、もう一度初めからでいいかい?」

「構わん。この国の行く先が決まるやも知れぬのだ。私ももう一度聞いておきたい」

「じゃあ、しっかり聞いておくれよ」

 そう言ってイーゴは昨日の夕方に起きたことを話してくれた。


「つまり、イーゴの昔の仲間たちが『星影』っていう怪しげな組織と協力して国への謀反を企てているってこと?」

「あいつの話をそのまま信じるならね」

「信じられるの?」

「ふふ、それも踏まえて奴の提案に乗ろうかと思ってるんだ。奴の話がどこまで真実なのか分からないけれど、誰かしらの後ろ盾があるのは確かだろう。それならここでウダウダ悩むより、いっそ飛び込んでしまった方が色々分かるんじゃないかって思ってね」

「サージ様は?」

「ああ、それがいいだろうと思う。それに私も彼らのもとへ行こうと考えておる。『星影』という組織は昔から続いているそうだが、イーゴの仲間たちは最近加わっただけであろう。それならば誠意を込めて話をすれば、存外に話が通じるかもしれん。ただ…」

「サージ様、何度でも言うがな、俺はあなたが一緒に行くのには反対だ。あなたにもしものことがあればこの国はお終いだ」

「セッタがこの様なのだ」

 サージは首を振り苦笑している。

「けど、イーゴがいればサージ様一人くらい守り切れるんじゃないかな?」

「馬鹿を言うな。彼女の力は知っているが、敵陣に乗り込むんだぞ。万が一ということもある」

「随分と高く評価してもらって嬉しいじゃないか。敵陣に乗り込んで万が一ということは無いだろうさ。もっと簡単にやられるかもしれない」

「しかし、彼らと話ができれば争うことなく分かり合えるかもしれないのだぞ。もう誰の血も流したくないのだ。それがどれだけ綺麗事か分かっておるが、それでも私はこの国に住まう人たちに、もう一滴すら血を流して欲しくない。彼らと言葉で解決できなければ、待っているのは戦だ。できるなら、それは避けたい」

 三人は黙ってしまった。俺が来るまでにも同じような話をしていたのだろう。

「じゃあさ、俺も一緒に行くっていうのはどう?」

「全く…アンタね、これ以上私の仕事を増やそうってのかい?」

 そう言いながらもイーゴはどこか嬉しそうに見えた。

「俺は彼らの言う『星』でしょう?なら俺が危険な目に遭うことはないんじゃないかな?それに俺ならイーゴの力を借りなくても自分の身を守れるよ」

 セッタはチーリのことをきつく睨んでいる。

「たとえ、お前も一緒に行くと言ってもだ、それではサージ様の身を守ることにはならないだろう」

「結局さ、『星の娘』や『星影』っていう人たちの危険度が分からないから不安なんでしょう?それなら俺が引きつけておくよ。あなたたちの話が聞きたいとか言えば喜んで話してくれそうだよね」

「それでも、サージ様が…」

 セッタの言葉を遮る。

「大丈夫だよ。イーゴなら昔の仲間たちが襲ってきても難なく振り払えるよ。未知の要素さえ少なければ、負けることはそれこそ万に一つも無いさ。でしょ?」

「ああ、そうだな。奴らも色々やってきたみたいだけど、それでもやられちまうことは無い。少なくとも王を逃すことくらいは容易いさ」

 言い終わるとイーゴはセッタを見て、ニヤリと笑った。

「アンタにはさ、アンタのやることがあるだろう。ともかくこの賭けは私と王様の勝ちだ。潔く認めな」

「賭け?」

「ああ、そうだ。今アンタが言ったようにこの作戦はアンタの協力が不可欠だ。だから同行してくれるなら、王様も一緒に行くって決めてたんだ。ただ、それをアンタ自身に決めてもらう必要があった。危険に飛び込むことになるからね。果たしてアンタは私たちの話を聞いてくれるのだろうかって、昨日の今日だからさ、私も王様もそれが不安だったんだ」

「なるほど、それで俺も行くって言った時、イーゴは少しだけ嬉しそうにしたんだね」

「バレてたのかい?まさかアンタ自身からその提案があるとは流石に思ってなくてね」

「だけど、『星影』はどうするの?イーゴの仲間たちは説得できても『星影』全体を同様に説得できるかは難しいよね」

「まあ、まずは戦力を削ぐところからだろう。『星影』と言われる者たちが積極的に動いているらしいのも、イーゴの旧友たちが加わってからだそうだしな。そもそも彼らが真実を語っているのかも分からぬ。その話の真偽を確かめる意味でも、まずは旧友たちを味方に引き入れるところから始めるべきだろう」

「なるほど…」

「明日の夕方には会いに行くことになっておる」

「分かった。それまではしっかり休んでおくよ」

「ああ。セッタ、お前には留守を頼むぞ」

「…分かりました。無事に帰ってきてくださいよ」

「無論だ。…ああチーリ、明日は私はお前の従者ということにしようと思う。だから、くれぐれも言葉に気をつけてくれよ」

「えっ?」

「私が王であると、事前に暴かれる訳にはいかぬだろう。私は『ハグラ』という兵士で、お前の身を守る役目を授かっているという設定だ。間違っても『サージ様』などと呼んでくれるなよ」

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