19 星影

 翌日の夕方、約束の時間より早く到着したが、既にナーグは待っていた。

「イーゴ、これはどういうことだい?」

 イーゴ一人だと思っていたナーグは、チーリたちを連れてきたことに驚いていた。

「こっちの男の子はチーリ、そっちはチーリの従者のハグラさ。二人とも私の仲間だ」

「いや、そういうことじゃなくてさ。なんで連れてきたのかを聞いているんだけど」

「うん?別に一人で来いとは言われてなかったと思うけどね。私にとっちゃ敵地に乗り込んでいくのと何ら変わらないからね。仲間にもいてもらおうと思っただけさ」

 ナーグはチーリとサージを交互に見ると、大きくため息をついた。

「イーゴ、僕と会ったことは忘れてくれ。君なら必ず一人で来るだろうと思っていたよ。釘を刺すのを忘れていた」

 イーゴがチーリの肩をポンと叩いた。ここからは任せるということだろう。

「ナーグさん、俺たちも連れて行ってくれないですか?あなたの悪いようにはならないと思いますけど」

「君ね、僕がイーゴを誘ったのは昔から知っていたからさ。それに『彼女』も僕たちの話を聞いてイーゴにとても興味を持っていたからね。ただ、君たちは?よく知らない連中を連れて行くことはできない」

 そう言うとナーグは背を向けて去って行こうとしていた。

「『星の娘』に会わせてくれませんか」

 ナーグは足を止めると、大袈裟に肩をすくめた。そして顔だけこちらに向けチーリとイーゴを睨む。

「イーゴ、君は彼女のことも話したのかい。全く…君はもっと慎重な人間だと思っていたよ。がっかりだ。それに少年、彼女は気軽に誰かに会うことはない。なぜ君が彼女に興味を抱いているのかは分からないけれど、会うことはできない。いいかい、君たちは今すぐこの話を忘れ」

 話を遮る。だらだらと聞いているつもりは無かった。

「ナーグさん、勘違いしていますよ。興味を示したのは『星の娘』が先ですよ」

「は?」

「だから『星の娘』が先なんですよ。俺に興味があるみたいなので、それならと思ったんですけど……」

「チーリもういいよ。こいつは昔から肝心な時に下手を打つ奴だった。今もこいつは自分が誰を手放そうとしているの分かっていないんだ。アンタが未来を見るまでもなく、こいつの行く末は真っ暗だろうさ」

「未来を見る?何の話をしているんだい?」

「ナーグ。残念だけどね、私たちはこれで帰るよ」イーゴはナーグの顔を見てニヤリとした。「アンタたちが探している『星』と一緒にね。それじゃ」


 ナーグの用意していた馬車は少し窮屈だったが『星影』の元へ向けて問題なく進んでいる。 

いや、一つだけあったか。サージだ。

 彼はチーリの従者ということになっているので、馬車の操縦をすることになった。本人は「久しぶりだな」と少し楽しそうにしていたが、セッタやサチカがこの光景を見たら血相を変えて怒ることだろう。

(何事もなく着けばいいけど)

 ナーグは少し話を聞いただけで、すっかりチーリを『星』だと信じきっているようだ。

 その単純さに驚き裏があるのではと考えたが、イーゴは「問題ないさ、大丈夫」と落ち着いていた。

「いやーそれにしてもイーゴを見つけられただけでも嬉しかったのに。まさかチーリ様も一緒に行動されているとは!今日は我々『星影』にとって素晴らしい日になるぞ」

 イーゴは寝たふりをしている。

「ナーグさん、どれくらいで着くんですか?ちょっと狭くて苦しいんですけど」

「なーに、あとほんの三ジン(約三時間)で着きますよ。少し堪えてください。それにしてもイーゴとはどこでお会いになったんですか?」

 それからひたすらナーグの質問攻めにあい、馬車がやっと止まった時にはとてもグッタリしていた。イーゴもとてもイライラしている様子だったが、サージだけが少し興奮した様子で「また馬車を操縦してみたいものだな」と元気だった。

「ささ、こちらです。イーゴも従者の方もどうぞ。少し険しい道を進みますがすぐです」

 馬車を降りたところは森の入り口だった。ナーグの言った通り道は険しかった。

 イーゴは何事もないように歩いていたがチーリもサージも離れずについて行くのに精一杯だった。たださえ険しい道のうえ、さらに夜の闇が進む事を困難にしている。

 そうしてしばらく歩くとポカンと開けた場所へ出た。

 鬱蒼と茂っていた背の高い草や木々が姿を消し、月光で辺りが明るく照らされている。広場の中心には、かなり大きな樹が一本だけぽつんと聳えていた。

「ここは〈故知らぬ聖地〉と呼ばれ、代々『星影』が大事にしてきた場所です。今は会わせられないですが、『星の娘』はあの樹の下でお休みです。明朝ならお会いできると思いますよ」

 それから少し歩いてやっと目的の場所に着いたようだ。ナーグが足を止め「ここです」と手で何かを指した。

 はじめは何もないように見えたが、目を凝らしてみると木々の間に小屋のようなものがポツポツと見えた。蔦や葉で巧妙に隠されているのだ。

「さて、今日は疲れたでしょう。誰も使っていない小屋があります。そこでゆっくり休んでください。ではまた明日」

 ナーグの気配が消えるのを待ってサージが口を開いた。

「なんともまあ、とんでもない所へ連れて来られたものだな。イーゴはすたすた歩いていたが、なんともないのか?」

「あれくらいならね。森で暮らしていた頃も旅をしていた時も黒狼団の時も、もっときついことは沢山あったからさ。王もチーリも疲れただろう。横になってくればいい。私はここで念の為寝ずの番をしておくからさ」

「イーゴ、大丈夫なの?」

「大丈夫さ。私はまだピンピンしてるよ。一日くらい横になれなくても問題ない」

「そうじゃなくて。ここにいる人たちって、昔一緒に暮らしていた人たちなんでしょう?その……辛くないの?」

「それも大丈夫さ。アンタには昔言ったかもしれないけどね、あそこは私がいる場所ではなかったのさ。サシャがいなくなった時にそれは決定的になった。だから彼らに会うことに何の感情も湧かないさ。ちょっと懐かしいなって思うかもしれないけれど、それだけだね」

「ならいいんだけど……昨日からちょっと元気がないというか暗いように思ったからさ。……じゃあおやすみ」

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