6 炎・旅立ち
村の家々に藁を放り、火をつけていく。ここ数日は乾燥していたので、火がよく燃えている。チーリは無心で同じ作業を繰り返す。
藁を放る。火をつける。また藁を放り、火をつける。
そこがかつて誰の家で、どんな人が住んでいたのか、倒れているのは誰なのか、どんな思い出があるのか、考えないように、思考を放棄する。
全ての家や死体に火をつけて回るのは不可能だ。ある程度火が燃え広がったところで手を止めた。
炎は全てを浄化してくれると、じいさんに聞いたことがある。
この炎がよく燃え広がり、村の全ての人々から、この忌々しい記憶を消し去ってくれることを祈る。
ウロのところへ戻って来ると、静かに尋ねた。
「黒耳の童の伝承とは何だ。一体、なぜ俺のことを捕まえようとしていたんだ」
荒事に慣れているのか、それとも情報を漏らす事はしないという覚悟を決めているのか分からないが、男は一切口を開こうとしない。
「燃えてもらおうか。それとも、解体されたいのか。早く喋った方が、良いと思うけど」
男は口元にうっすら笑みを浮かべている。
ああ。この男は喋らないし、自分のことを助かると思っているのだ。
俺は火をつけて回った。これだけ燃え広がり煙が立ち込めていれば、遠くからでも非常に目立つだろう。襲撃してきた奴らも、何か異常があったのかと踵を返して来るかもしれない。
こいつはその可能性も考慮して余裕を持っていられるのだろう。
(俺は)と考える。(もう既にここの村人たちを殺してしまったようなものだ。俺のせいでこうなったのだから。それに、火をつけて回っている時に、生きている人もいたかもしれない。その可能性を頭の片隅に押しやり、燃やしたんだ。今更、一人殺すくらいの事は、なんて事はないかもしれない。悩んでいる時間もなさそうだしな)
その時初めて、目の前の男がたじろいだような気がした。
「ああ。声に出ていたのか。話が早いな。そういう事だ。俺は、お前たちが誰なのか必ず見つけ出す。そして一人残らず同じ目に合わせてやる」
そう言うとチーリは、男目掛けて鉈を振り下ろした。
ふと誰かの声が聴こえた気がした。若い男の声だった。
煙が目に染みる。
涙が次々に頬を伝って落ちる。
これが最後だ、と自分に言い聞かせる。涙を流すような甘さは、ここに置いて行く。
だから泣くことも、楽しかった日々を振り返ることも、これが最後だ。
「さて、まずはどこに行こうか」
懐から褪せた黒色の布を取り出し頭にギュッと巻いた。これはチーリが修行を終え、一人で狩りをするようになってから、お守り代わりに持っていたものだった。
この村に拾われてからからずっと、外に出たことが無かった。川を街道に沿って北の方へ上って行けば、王都がある事くらいは知っている。おそらく情報を探るには人が多い所の方がいいだろう。
川上から暖かい風が吹いてきた。
まずは北に、王都に向かおう。
村の南東の鳥居にやってきた。かつて、ここでじいさんに拾われて、幸せな生活が始まったのだ。これからどんな事が待ち受けているのかは分からない。
だからこそ、ここから始めたいと思った。
「じいさん、ヤカ、シュカさん、旅に出るよ。しばらく戻ってこない。全てを明らかにして、そして、奴らに報いを受けさせてやる。それまで、しばらくさよならだ。この旅がうまく行くように見守っていてくれよ」
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