22 期限
「止めなくちゃいけないって…もう私たちにできることは何もないよ。国が戦の準備を始め『星影』の連中は既に準備を整えているんだ」
「それは分かってる。だけど、このままじゃ『惨劇』の二の舞だよ」
「…何かあったのかい?」
バウリットの声を聞いたことをイーゴに話した。
「まさか…だけど、それでもアンタに何ができるんだい?サージも星の娘もアンタが何を言っても、もう一人で止まることはできないだろうさ」
「それは分かってる。だけど、サージ様だって戦いたくはないはずだ。だから時間を稼いでもらおう。そしてその間に『星の娘』を説得するんだ。彼女たちが引けば、サージ様なら争わずにすむ道を選んでくれるはずだよ。イーゴ、力を貸して」
イーゴはしばらく額に手をやり考え込んでいた。そして「はあー」とため息を吐くと、チーリの頬を両手で優しく叩いた。
「分かった。アンタがそこまで言うなら私も協力するよ。アンタの身を守るくらいはできるさ」
「ありがとう」
「じゃあまずはサージに会わないとね。今は忙しくしているし、護衛もいるだろう。今の私たちが気安くは会えないよ。どうしたもんかね」
「それは大丈夫。ちょっと考えがあるんだ。イーゴ、ついてきて」
イーゴと部屋を出ると階段を登り回廊へと向かった。遅い時間だったのでもういないかと思っていたが、植物の所へ行くとお婆さんがいた。
「こんばんは」
お婆さんはゆっくりこちらを振り向くと、ニコッと笑った。
「おやまあ、こんばんは。…おや今日は一人じゃないのかい?」
お婆さんはそう言いイーゴにも笑顔で挨拶をした。
「ええ、そうです。ちょっとお婆さんにお願いがあって一緒に来ました」
「おやおや、こんな年寄りにできることなんてあるかのう?」
「俺とイーゴ、この女の人でサージ様に会わなくちゃいけないんだ」
「サージに?」
「うん。昨日まではいつでも会えたんだけど、今日になって、お城のみんなが忙しくなったでしょ?それで会えそうにないんだ。俺たちはもう部外者みたいなものだから」
「そうさねー、あの子は昨日の夜戻ってきてから本当に忙しくしておるみたいだね」
「そうなんだ。だけど、どうしても会わなくちゃいけなくて。お婆さん、力を貸してくれませんか?」
お婆さんは少しの間、何やら考えているようだった。
「うーん…坊やたちはどうしてサージに会いたいんだい?」
イーゴと顔を見合わせる。ここは嘘を吐くわけにもいかないだろう。後からお婆さんが責められてしまっては申し訳ない。
「俺たちはね、戦を止めたいんだ。もう誰の血も流れるべきじゃない。だから、サージ様に会って話をしたいんだ」
「それは難しいんじゃないかい?あの子はこの国の王じゃ。いくら坊やたちの話を聞いても、一度決めたことを覆せはしないじゃろうて」
「うん。それは分かってる。だけど、開戦を遅らせることはできるかもしれないでしょ?」
「ふーむ…」
お婆さんはかなり長い時間目を瞑り黙っていた。イーゴが「寝たんじゃないかい?」と心配するくらい長かった。
まだしばらく待っていると、お婆さんがゆっくり目を開きチーリとイーゴを順に見た。
「サージに会えるよう、話を通しておこうかね」
そう言うと、お婆さんは上着の衣嚢から指輪を取り出した。
「これを見せれば、衛兵どもは通してくれるだろうさね。明日の朝一番に謁見の間にお行き。短い時間かもしれないけどね、会えるようにしておきますよ」
お婆さんに「ありがとうございます」と礼を言ってその場を後にした。
翌朝目が覚めるとすぐに謁見の間へ向かった。かなり早く着いたと思ったが、イーゴは既に入り口で待っていた。
「じゃあ、行こうか。私は一緒にいるだけだ、アンタがどうにか説得するんだよ」
謁見の間へ入るとイーゴが大きく立派な椅子に腰掛けていた。
「ああ、君たちか。チーリ、まさか君が母様と知り合いだったとはな」
「すいません。サージ様がお忙しいのは分かっているのですが、どうしても話がしたくて」
「構わない。私としても君たちと話をするのは気が楽で良い。にしても母様は君のことをいたく気に入った様子であったぞ。あの人はなかなか気難しいお方なのだがな…一体どんな魔法を使ったのだ?」
笑っているサージの顔には疲れが滲み出ていた。かなり忙しくしているのだろう。それでも時間を作ってくれたことに感謝の思いしかない。
「それはまた今度、全てが終わったら話しましょう…サージ様、戦を止めてもらうことは本当にできないのでしょうか?」
「ああ、それは無理だ。もう既に動き始めている。攻められると分かっていながら、何もしないわけにはいかない」
「やっぱりそうなんですね。では、サージ様、少しだけ遅らせることはできますか?」
サージはじっとこちらを見て顎に手をやっている。
一緒にいた時間は短かったが、それが何か考え事をしている時の彼の癖であることは知っていた。
「君には何か考えがあるのだな」
「はい」
「…二日だ。それ以上は無理だろう」
「ありがとうございます」
「君たちが何をしようとしているかは、あえて聞かないでおこう。二日経てば兵たちが動き始める。そうなれば、もう私でもどうしようもない」
「分かりました。…一つ確認したいのですが、『星影』や『星の娘』が戦うことをやめれば、戦を止めることはできますか?」
「当然だ。戦う相手がいないのでは、戦はできぬであろう」
「その後、彼女たちが罰せられないよう、普通に暮らしていけるよう、取り計らってもらえますか?」
「一般的に考えれば『星の娘』については難しいかもしれない」
「でも…」
「ああ、彼女らもまた歴史の被害者であると言えるだろう。重い罰を科すことはないと約束しよう。彼らもこの国の民として他のものと相違ない暮らしを送れるよう力を尽くそう」
「ありがとうございます」
「私も君と同じ気持ちだ。任せたぞ」
サージと別れた後、急いで支度を済ませて『星影』のもとへと出発した。
「チーリ、聞かせてくれるかい」
「何を?」
「アンタは、この戦いを『止めなくちゃいけない』と言ったね。『止めたい』じゃなくて『止めなくちゃいけない』と。何か理由があるのか?」
イーゴはおそらく心配してくれているのだろう。『黒耳の童』としてチーリが何か危険なことをするのではないかと、そう考えているのだろう。
「イーゴ、ありがとう。だけど、安心して。俺が何か危険に巻き込まれることはないから」
「…ふふふ。アンタは本当に変わらないね。それで理由はなんなんだい?」
「バウリットだよ」
「え?」
「バウリットの声を聞いて分かったことがあるんだ。ノリスさんがバウリットの話をしてくれたよね?」
イーゴは頷く。
「あれね、間違ってるんだ。というよりも正しくないんだ」
「正しくない?」
「うん。ノリスさんも『星の娘』もバウリットが本当に考えていたことを知らないんだ。彼がどんな思いで戦い死んでいったのか、それを誰も知らない。間違った道を歩んでるんだ」
「それじゃあ、アンタはそれを『星の娘』に伝えるようとしているのかい?アンタこの前、言い争いになったんだろう。聞いてくれるとは思えないけれど」
「俺の話ならね。だけど、バウリットだったら彼女も信じるしかない。そうでしょ?」
イーゴは眉を下げて、少しの間口を閉じたままだった。
「つまり、アンタはバウリットに『星の娘』を説得してもらおうと考えているのかい?」
「少し違う。彼は多分もう誰かと会話することはできないんじゃないかな。だけど、『聖地』でなら彼の考えに触れることが、まだできると思うんだ」
「うーん…私には分からないけれど、アンタはうまくいくと思ってるんだろう?」
チーリは頷いた。
「なら、私はアンタの身を全力で守るだけだね。安心しな、何があってもアンタに怪我をさせないからさ」
「イーゴもだよ」
「…分かってる。私もアンタも無事に戻ろう。まだ話も残っているしね」
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