21 告白

「報告いたします。『黒狼団』首領カシム及びその協力者のウーリ。両名の捕縛に成功致しました。残りの構成員も次々と捕縛しているとの知らせも届いております」

 昨夜は聖地から何とか戻ることができた。

 私室で目を覚まし着替えを済ませると、セッタが「無事でしたか」と訪ねてきた。そして昨夜「黒狼団」のカシムを捕らえたことを知らせてくれた。

 セッタは王の身を案じながらも、チーリたちが出発した後に、黒狼団を捕らえるという重大な任務を果たしていた。

「よくやってくれた。これでこの国の脅威が一つ除かれたのだな」

「ええ、そうですね」

 大きな任務を果たしたと言うのにセッタはどこか悔しそうな表情である。

「何かあったのか?」

「イーゴの情報に力を借りず自分たちだけで成したかった。長年追いかけてきたのに、最後の最後で他人の力を借りることになってしまった。そのことが少しだけ…悔しい」

「ああ、だが、それでもお前たちは本当によくやってくれた。長きに渡り諦めることなく追いかけていたからこその成果であろう。感謝しておる」

「ありがとうございます」

「それにセッタ、お前たちの戦いはまだ終わっておらん。これからが本当に正念場と言えるだろう」

 セッタは敬礼をすると部屋から出て行った。


 王城で働く人々の動きは素早かった。

 昨夜のうちに国を悩ませている大きな問題の二つに解決の目処が立った。

黒狼団関連の手続きや、〈メス〉の子孫との戦に備えた動きなど一日の間に様々なことが決定され、それらの解決へ向け、誰もが休むことなく働いている。

その様子を横目にチーリは焦っていた。

(ルータンス王国と〈メス〉の民は争ってはいけない。そんなことになれば、惨劇が繰り返されるだけだ。どうにか止めなければ…)

 しかし、自分にできることなど無い。既に「黒耳の童」であることは意味など成さなくっている。「星の娘」との会話が失敗に終わり、サージも〈メス〉の民との交渉に失敗した。既に戦の火蓋は切って落とされていると言っていいだろう。それを今更引っくり返すことなど、今の自分にはできない。

 ただひたすら「争ってはいけない」という思いだけが膨らみ、焦りばかりが募っていく。

 どうしたらいいのか、と布団の上で悩んでいると扉を叩く音がした。

「チーリ、私だ。入っていいかい?」

「いいよ」と答えるとイーゴが入ってきた。彼女もまた何か悩んでいるようだ。

 部屋に入ってくると、チーリの向かいの椅子に腰掛けた。

そのまましばらくお互い黙ったままだった。

「イーゴ?」

「ああ、すまないね。いざ、アンタとこうやって二人になると、どうやって話せば良いのか分からなくてさ」

「そう……だね」

 部屋の外から人々が慌ただしく歩く音や早口で話す声が聞こえてくる。

「アンタさ、聞かないのかい?」

「何を?」

「アンタ言ったよね。私のことは許せない。だけど、恨むのは理由を聞いてからでも遅くないってさ。……理由、聞かないのかい?」

「俺はね怖いんだよ、イーゴ。もし理由を聞いてしまったら、もうそれでイーゴとは話せないかもしれない、離れなきゃいけないかもしれないって思ったら聞けないんだよ」

 部屋の外では依然として、たくさんの人が忙しなく動き回っている。いつもなら昼食の時間だろう。それでも休んでいる気配はない。

「私はね、復讐がしたかった。サシャを攫ってそして間接的にと言えども彼女を死なせた黒狼団の奴らにね」

「イーゴ、今はいい……」

「黙って聞いておくれ。私はアンタの村から離れてすぐ、奴らの頭の居場所を突き止めた。奴らに近づくと傭兵上がりの流れ者として力を示し、信頼を得ることができた。口を聞くことさえ嫌だったから「口無し」として振る舞っていたが、私の腕にカシムはいたく感心してね……そうして懐に潜り込んで機を伺っていたのさ。二人きりになる機会は多かった。だから、いつでも手を下せたんだ。だけど、失敗は許されなかった。カシムの野郎を殺してしまえば、後はなし崩しになるだろうとは思っていた。だからこそ、しくじれない……そう思い慎重に慎重にと考えているうちに、日が過ぎてしまったのさ。そして私が手を下せないでいる内に……あの日がやってきた」

続きは聞きたくなかった。だがイーゴも覚悟を決めて話をしているのだろう。耳を塞いでしまいたい気持ちをグッと堪える。

「知っての通り、あの日私たちはアンタを探していた。もちろんノリスもカシムもアンタが探している『黒耳の童』だとは知らなかった。だけどね、私は知っていたのさ」

「どうして……?」

「指示は『数年前に奴隷の女が連れて逃げた赤子を探せ』というものだった。それが『黒耳の童』だと、そうノリスに言われていたのさ。私はね、アンタと初めて会った時から、アンタがサシャの子どもなんじゃないかと思っていたんだ。言ったかもしれないけどね、アンタは驚くほどサシャの小さい頃に似ていたからね。森でアンタがイノシシの下から這い出てきた時は、本当に驚いたよ」

 イーゴは一息付いてチーリを見つめた。

「アンタは今もサシャによく似てる。とくに目なんかは本当に生写しさ。とにかくね、あの時の私はどうにかアンタを逃したい、それしか考えていなかった。村に着けば嫌でもアンタを見つけるだろう。その時にどうするかって、そればかり考えていたんだ。そんな時にね、森の中でシュカさんが捕まっちまったんだ。酷かったよ。黒い耳のガキはいるかと尋ねられても何も答えなかった。何をされても怯えることなく、ただ耐えていたんだ。『俺はそんな子どものこと知らない』ってね」

「シュカさん……」

「その数日後だね、私は森で見たくなかったものを見たんだ。アンタとヤカだよ。ヤカの弓は凄いものだった。それを近くで見ていた連中が狩りの成果を横取りしようとしたんだ。横にいた鹿も殺してね、それを連れて戻ろうとした。そんなことされちまったら、アンタたちが跡を追ってくるかもしれない。だから親鹿を殺した連中を罰し、速やかにその場を離れることにした。私が後ろを進み出来るだけ跡を消して進んだんだが、それでも隠し切ることはできなかったみたいだね」

「ヤカがさ、密猟者かもしれない、だから行こうって……俺が反対すれば良かったんだ」

「私はね、アンタたちが跡を追ってきてしまって、木の上に潜んでいることにすぐ気づいた。だけどそれは良かったのかもしれないって考えてたんだ。どうにか見つからなければ、奴らの目を盗んで話ができるかもしれない、ってね。そうすればアンタやヤカだけでも村から逃がせるんじゃないかって……。だけど……」

「……そうはならなかった」

「ああ、私はよく覚えている。ヤカが飛び込んでくるのが分かった。一瞬どうしようか悩んだ。だけど、無傷で捕まえれば酷い目に遭わされるだけでなく、チーリ、あんたのことも見つけられてしまうかもしれない。そう思ったら、私は……」

 外の物音が静かに引いていくような気がした。

「それがあの時、起きたことの全てさ。私はね、自分の目的のためにヤカを殺したのさ」

「目的……」

「そうだ。アンタには話したけどね、私には旅をする目的が二つあった」

「一つは復讐だよね?」

「そうだ。黒狼団に復讐することが一つ目の目的だった。そして」

 イーゴはこちらをじっと見つめている。微かに笑みが浮かんだような気がした。

「もう一つはサシャの子どもを、つまりアンタを見つけて、元気に成長するのを見守ることさ」


 それからしばらく二人の間に沈黙が流れた。既に日が沈み暗くなりつつある。

「ねえ、イーゴ。俺は、今はまだどうしたいのか、どうするべきなのか考えられないよ。まとまらないんだ。いろんな思いがぐるぐると頭の中で渦巻くだけでさ、何にも決められない」

「ああ、分かるよ。今はもう私たちができることは何もないんだ。だから時間はたっぷりある。気の済むまで考えてくれ。私は、待つよ」

「ううん、違うんだ。イーゴ、今は考えてる時間がないんだよ」

 イーゴは怪訝な顔をしている。

「時間がない?」

「イーゴ、俺はね、この戦いを止めなくちゃいけないんだ」

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