サージ・ルータンス国王【伝令】

「ルータンス王国、国王サージ・ルータンス様に至急ご報告があります」

 一人の伝令兵が謁見の場へ飛び込んできた。左手で右肩を掴む敬礼の姿勢を取っている。彼の装備は国境付近に配備されている兵士のものだった。朝食後から国王と議論を交わそうと思い、謁見の場に居合わせた者たちが何事かと、固唾を飲んで報告を待っている。

「随分と慌ただしい到着だな。おい、誰かこの者に水を飲ませてやれ」

 そう言い敬礼の姿勢のままの兵士に休むように仕草で伝えた。しかし、兵士は同じ体勢のまま話を続けた。

「お心遣い感謝いたします。しかし、今は一刻を争います故、恐れながらこのまま続けさせていただきます。昨日未明、国境付近のウスベ村において、大量の焼死体が確認されました。どれも鋭利な刃物で切り裂かれたような痕跡や鈍器で殴られたような痕跡があり、隣国ズーネ帝国の者の仕業とも考えられたため取り急ぎご報告へ上がりました。対応についてご指示ください」

 サージは伝令兵の言葉を聞き、辺りを見回した。集まった貴族や商人達がひそひそと耳打ち合っている。「また税が取れないのか」「もし、このまま動物や農作物が減っていけば、蓄えをかなりの値段で捌けるのでは」「そもそも戦争になれば、物資は値上がりするだろう。売り時を間違えないようにしないとな」…。

 それらの話を聞きながら、サージは頭に血が昇る思いだった。この場に集まっているのは、国でも有数の力を持つ商人や貴族だ。それでもその中に、国を憂い、真に力になろうとするものが一人もいない。こいつ達が力を持っている以上、この国の発展は見込めそうもない。彼らは私腹を肥やし、自分たちの権力を強めることしか頭にないのだ。

 サージは玉座の横に飾られた自分の剣を引き抜くと、ターンと床を打った。その音は雷鳴のように響き渡り、下らない話声は波が引くように静かになった。

「報告ご苦労。しかし、まだズーネ帝国の仕業だと決めつけることは尚早である。この件に関しては大臣と話し、対応を考えよう」

 そこまで言うと一息つき、ノリス大臣に目をやった。彼も同じことを考えているようだったので、少しホッとした。

「そなたは王城に留まり、指示を待て。それまで少し休んでいると良い。誰か、この者を案内してやれ」

「今日の会議は中止だ。この件について、諸君らの知恵を借りる必要はない。また後日開催することとする。開催日時は追って連絡しよう」

 集まった者たちに伝えると、ノリスを伴い、私室へ戻る。その間背後から、不平を溢す声が聞こえてくる。

 自分たちに相応しくない力を持つと勘違いした者の、なんと醜いことか!


 ノリスと共に私室へ戻ると、それらの思いを心にしまう。彼は、王である自分が彼ら有力貴族や商人達と上手に付き合って欲しいと、口を酸っぱく言い募ってきた。国の未来を考え、助言してくれているのだ。それを無碍にすることは出来ない。

「どう思われますかな」

 ノリスはいつも、まず王である私の考えを聞いてくれる。そして、それをできるだけ尊重した形で、どうするべきか思案を重ね、よい考えを提示してくれる。

「先ほどあの場でも述べたように、私にはどうしてもズーネの仕業だと思えない。彼らは確かに侵略の野望を隠そうとしない。戦にならず支配できることが最良であると考えているようであるから、戦力を削ぐようなことも仕掛けてくるだろう。しかし、このようなやり方ではない。これでは、支配した後に、民が疲弊してしまい、再建するのに時間と費用が掛かりすぎてしまうからな。国力も落ちてしまい、この地の利益が減るようなことは仕掛けてこないだろう。やるなら兵士を密かに送り込み、王家や軍の戦力を削る方法を取るだろう」

「では、誰の仕業だと考えておられますかな」

「それが分からないのだ。最近、森の動物が減っていると報告がたくさん届いただろう。それと関連して考えられぬか」

「それはどうでしょうか。確かに問題が続いておりますが、関連していると決めつけて思案致しますと、思わぬところで足元を掬われかねません。別々に考え、共通点が見つかった時にはじめて、関連づけるのがよろしいかと」

 大きなため息を付き、答える。

「…そうだな。何事も上手くいかぬことの、歯痒いことよ。私の力が足りぬ故、民には苦しい思いをさせ、貴族や商人たちは思い上がっておる」

「そうでもありますまい。確かに、問題は山積みです。それも中々に対処の難しいものが多いです。しかし、少なくとも民達は絶望してはおりません。彼らは王が、民のことを真剣に考え、様々なことに苦心されておることを理解しております。彼らは幸せものでございましょう」

「であれば良いのだが…。もし私に力があれば、民に苦しい思いをさせることも、ズーネに脅かされることも、思い上がりの激しい貴族や商人達を生むこともなかったのだろうな」

 押し込めたはずの思いが溢れてしまった。

「王よ。あえて厳しく言わせてもらいますが、国の上に立つものがそのように悲観的であられてはいけませんぞ。王は民の模範であるべきです。民から信頼を集めている王なら尚更です。辛くても顔を上げ、例え力が無くとも自信が枯れてしまっていても、それを悟らせないよう、常々堂々と在るべきですぞ」

「そうだな。お前には本当に言葉がないな。さて、此度の件だが、ひとまず様子見が妥当であろう。どこの誰の企みか分からぬが、村一つ焼き尽くされてしまったのだ。周辺の村にも警戒を強めるよう指示し、兵達には周辺の巡回も強化させよう。それでどうだろうか」

「良いお考えです。では、そのように伝えてきましょう。そして、私自らも足を運ぶことにし致します。兵達もあまりの事に困惑しておるでしょう。わざわざ王が出向く程ではありませんが、私が顔を出すくらいはしておきます」

 ノリスはそう言うと、挨拶をして行ってしまった。

 彼はいつでも頼りになる。私とは大違いだ。此度も恐らく、現場では不平不満が溜まっておると考えてのことだろう。それが私の元に届く前になんとかしようとしてくれているのだ。

「私に力があれば…」

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