腐敗した職場と癖のある同僚たち
「朝だよっ 言ったからね!」
「ふぁあい……」
俺は欠伸を噛み殺して起床する。
しかし何か、毎回モーニングコールと言うのに味気がないな。
「おはようございます。ムッシュ」ぐらい丁寧に言ってくれるとありがたい。
まあ、下街の宿屋にそんな事を言うのもあれか。
高級ホテルでもないしな。
食堂で薄味の朝食をかきこんで目を覚ます。
次にさっと中庭の井戸で体を清める。
その後もてきぱきと装備を装着して準備を完了する。
うん。5日目ともなると大分慣れてきた。
これなら今日は余裕を持って到着出来るかも知れない。
・
・
・
門に到着すると、すでにほとんどの門兵がそこにいた。
が、ブロンはまだ姿が見えない。
ビリにならなかったのはこれが初めてだ。
「やあ、ユーヤ」
窓口役のジラールだ。
「あ、どうも」
とりあえず軽く頭を下げる。
薄々思っているが、窓口役は特別な役のようだ。
文字が読めるインテリじゃないと出来ない的な?
今の内に良い顔をしておいて損はないか。
「そろそろ慣れてきましたか」
「はい。おかげさまで何とか。
荷物検査の方は大体、流れが分かってきました。
ただ、昨日のような事件にはまだ慣れないですね」
「昨日は冷や冷やしましたね。
私も表情には出しませんでしたが、あの冒険者と対峙した時は膝が笑っていました」
ジラールは軽く膝を叩いて笑う。
飾らない態度だ。
「正直、僕もほとんど同じでした
詳しい経緯は聞いていないんですが、彼等はどのような罪で捕まったんですか?」
「そうですね……
私の見立てだと、書類偽造罪、それと恐らく強盗罪ですね。
他にも余罪がある可能性もありますが……」
中々重そうな罪状だ。
強盗罪という事は、変装した盗賊か何かだったのだろうか。
貴方を書類偽造罪と強盗罪で訴えますッ、
理由は勿論、お分かりですね?
「どんな刑罰が下されるんですか?」
「普段だったら懲役で数年程度ですね。
ただ、今は人口過密で空いている牢屋や囚人を養える予算も限られています。
恐らく絞首刑、良くて手首切り落としになるかと」
ヒ、ヒェ……
罪状に対して刑罰が重すぎないか?
いや、日本の刑法が緩かっただけか。
これがこの世界のスタンダードなのだろう。
ジラールが難しそうな顔をしながら続ける。
「まあ、数日以内に公報で結果が知らされるかと思います。
門での犯罪は増えている傾向にありますから、厳しめの----」
そんな事を話している内に、ブロンが欠伸をしながら到着する。
それと同時に、エルドが掛け声を発する。
「全員揃ったな!並べ!」
「すみません!もう時間なので後で!」
ジラールは即座に会話を切り上げ、洗練された動きで列に並ぶ。
俺も慌てて後に続く。
「本日の伝達事項!
昨日は、外ならぬこの門で事件が発生した!
機転によって無傷で捕縛する事に成功したが、
今日同じことが起きないとは限らない!
一層注意しろ!
その他懸念事項としては、先日スラムに犯罪者が逃げ込み、
スラムと領軍の間で緊張感が高まっている。
門の外側ばかりではなく内側にも注意しろ。いいな!」
「「「「はい!」」」」
スラムか。
俺も近寄るのはさけないとな。
その後、今日の仕事が各人に割り振られ、業務の開始が宣言される。
今日の愉快な検査役の同僚は、
ロジェ、ベルナール、フォルの3人だ。
……全員それ程仲が良くない。
既に気まずい。
門に向かうと、既に複数人の出市者達が待ち構えている。
「やっと来たか」と言わんばかりの顔だ。
彼等にじろじろと見られ、こそばゆさを感じつつも開門作業を行う。
「よし、扉を押すぞ、せーのっ!」
ロジェの掛け声で扉を開け、跳ね橋を下ろす。
少しして、出市者達が跳ね橋を通り、一斉に飛び出していく。
まるで稚魚の放流だ。
まだ15歳位なのに大きな籠を背負う少年。
美人なお姉さん。
いかつい流民の冒険者。
5日目ともなると、何度か見た顔も出てくる。
しかし皆やけに急ぐな。
早い者勝ちの採集場があるのだろうか。
・
・
・
俺は朝のラッシュを捌き始める。
「荷主からの依頼で、葉が脆いから丁寧に扱えだとさ」
そう言ってフォルが検査台の横に麻袋を置いていく。
「分かりました」
検査台に立って、麻袋の中を確認する。
中身はハーブのような植物が束ねられている。
どことなく良い香りだ。
確かに小ぶりな葉だ。
雑に扱うと枝から取れてしまいそうだ。
普段よりも心持ち丁寧に検査をしていると、
ロジェからすかさず罵声が飛んでくる。
「おい!後ろがつかえてんだ!
もっと素早くやれ!蹴っ飛ばすぞ!」
「ひ、ひィィ」
俺は急いで手先を動かす。
ロジェはいつもこうだ。
トマスに比べて嫌味ったらしくないものの、
その分声量を上げて怒声を飛ばしてくる。
顔も893のそれなので、なおさら怖い。
隣の検査台にベルナールがいて、検査を行っている。
手先の動作はいつも通りゆるやかだ
その分こちらで急いで捌かないと、
ロジェの怒鳴り声を受ける事が容易に想像できてしまう。
ベルナールのやる気ない態度に苛立つが、直接注意もし辛い
彼の父親は上街のお偉いさんだ。
彼が何をしても誰も注意しない所を見るに、
恐らく、かなり立場の高い人だ。
「……」
行き場のない怒りや焦りが胸内で渦巻く。
俺は深いため息を吐いた。
他の職場がどうかは分からないが、上司連中は本当に怖い。
トマスにロジェ、そして常に冷静で掴みどころがないエルド。
同僚にしたって、ベルナールやブロン、フォルなど癖のある人が多い。
社会人は皆、こんな人間関係の苦労に耐えていたのか。
本当に頭が上がらない。
社員を全員美少女にしたアニメが流行るのも頷ける。
引きこもりだった当時は冷めた目で見ていたが、
今思えば、何て優しい世界だったのだろうか。
しかし、こうなってしまったのも仕方がないか。
俺は何年も現実から目を背けてきた。
今そのツケを支払っている。
それを清算し終えてから、本当の第二の人生が始まるはずだ。
多分……
・
・
・
昼休憩の時間になった。
が、俺には昼食を買う金はない。
俺は仕方なく、兵舎の壁を背に座り込んだ。
昼休憩中の門は、基本的に通行止めとなっている。
留守番役として、壁上監視役の一人と荷物検査役の一人が監視している。
今日の留守番はロジェと壁上のトレバーだ。
俺は壁上を見上げる。
そこには意匠が施された、たなびく旗とその根元に櫓が見える。
恐らくあの中にトレバーがいるのだろう。
トレバーは頼りになる。
最初はコネ入社と聞いて、二人目のベルナールかと思っていた。
が、怠けずにしっかりと役目を果たしている。
逆に考えると、あのような人物がどうして外門に左遷されたのかは気になる。
「……」
櫓の下の壁を見ると、どうしてもあの壁画が目に入る。
後光が差した恐ろしい猛禽と、それに立ち向かう神官のような男。
何のシーンだろうか。
「気になりますか?」
「!」
見ると、ジラールがいる。
目の下に若干隈があるようにも見えるが、穏やかな表情だ。
基本的に小屋にいるせいか、他の門兵と比べて少し色白だ。
思えば、彼とはちょうど同じ年齢だ。
方や文字の読み書きができて、そこそこの地位にある彼。
方や対照的に下っ端としてこき使われる自分。
どうしても引け目を感じてしまう。
「あ、どうも……」
ジラールは壁画の方を眺めて続ける。
「確かに立派な絵ですね。開祖王と神祇官の決闘。
私も初めて見た時には目を奪われた覚えがあります」
「王と神官……ですか」
白い服を着た方が神官らしいとは思っていたが……
あの恐ろし気な猛禽のどこを見れば人の王になるのだろうか。
「あの絵画を見て、何か感じる物でもありましたか?」
「いやあ、アハハ……」
ジラールの自然な問いに、不自然な愛想笑いで返す事しか出来ない。
恐らくこの壁画は、この国における歴史的なシーンなのだろう。
それを知らないと言ったら、常識知らずと思われるだろう。
「外国から来た人々にはあまり馴染みがないかも知れませんが、
この絵はこの国の建国史における大切なシーンを表しています」
有難い事にジラールは解説を続けた。
「もし開祖王がこの戦いに勝っていなければ、
この国の統一はずっと遅れていたでしょうから。
半島の戦いについてはご存じですか?」
「すみません。この国の歴史はあまり学んでこなかったもので……
ちなみに、あの鷹をどう見たら王様になるんですか」
「……ええ、確かに知らない人から見れば変ですよね」
ジラールは一瞬驚いたようだが、すぐに表情を元に戻す。
何だよその態度。
傷つくなあ。
んもう。
「旧世界の人々は、皆守護霊を宿していたとされます。
人によっては高名な戦士の霊や、肉食獣の霊。
そして開祖王には、地平の果てまで見通す猛禽の霊がいたとの事です」
霊が堂々といる世界か。
だとしたら、人に取り付いて悪さをする呪霊や呪術師もいたのだろうか。
「王が猛禽の理由は分かりました。あの後光は何ですか?」
ただの強調表現だろうか。
日本の昔の絵にも似たような表現はあるしな。
「開祖王は旧神族の内、太陽神を崇拝する部族オーリヤックの戦士でした。
かの旧神の加護を受けた戦士は、その鎧に目を焼かんばかりの光が宿り、
それを見た敵の部族や異教徒達は恐れて逃げ出したとされています」
旧世界とか旧神族とかはよく分からないが……
何か信仰していたという事か。
「だから後光が差しているという事ですか」
「はい。太陽神を信奉する戦士たち。
とりわけオーリヤック王族の壁画に見られる描写ですね」
王族にのみ許された神聖な表現と言う訳か。
ありがたや。ありがたや。
徳がありそうなので拝んでおこう。
「ありがとうございます。
ちなみに、何で開祖王は神祇官と戦っているんですか?」
王族が坊さんと戦っているのは何故だろう。
織田信長のように寺を焼き討ちしたのだろうか。
「……そうですか。確かに馴染みがないと知る機会もありませんね。
それはそれで、残念な事ですね」
彼からすると、それは残念な事らしい。
日本史なら、逆にマウントを取れるのに!
冗談はさておき、俺は質問を返す。
「残念な事ですか?」
「ユーヤはこの国で暮らしていくなら、
この国の歴史をざっとでも知っておいた方がいいかもしれないですね」
「うん。まあ……そうですよね」
もっともな言葉ではある。
この地で人生をやり直そうと決めておきながら、
この地の事をほとんど知らない、というのはおかしな状態だ。
「でも、どこでそんな事が学べるんです?」
この都市には学校らしきものはない。
あったとして、学校に入る金も時間もない。
本自体が高価なこの地で、どうやって物事を学べるだろう。
「ジラールさんが教えてくれるんですか?」
俺は冗談交じりに言った。
そんな時間もないだろうけども。
「ええ、それは流石にちょっと難しいですね。
ただ、紹介したい場所があります。
業後、時間は空いてますか?」
「……」
ここ2日は透明化の訓練が出来ていない。
正直、今日は宿屋に直帰して訓練を再開したい。
……しかし、人の誘いを断るのもよくないか。
第二の人生を始める云々の前に、職場に馴染む事すらできなくなる。
せっかく、誘ってくれたんだしな。
「私の方は空いています」
まあ、ゲームもスマホも漫画もない時代。
時間を潰す事にも一苦労だ。
今日ぐらいは誘いに乗ってみよう。
気が付けば門兵達が昼休憩から戻ってきている。
そろそろ、午後の勤務が始まる頃だ。
「ありがとうございます。
それではまた業後に!」
そう言って、ジラールは持ち場に去って行く
……俺のような下っ端と話して何が楽しいのか。
おかしな男だ。
・
・
・
午後の勤務が始まった。
昼過ぎに帰宅する市民や旅人等がまばらに通る。
今回の入市者は、小ぶりな荷馬車を馬に引かせた中年の個人行商人と護衛らしき冒険者3人がやってくる。
検査を始める前に、俺たち検査役はざっと荷台の内容を確認する。
確認が終わるとフォルが動きだす。
「よし、俺が荷物を運んでくる。
ベルナールと新入りは内容物を検査をしてくれ。
荷物は小麦だからこぼさないように注意して欲しい。
穴なんか空けたら、漏れ出して賠償問題になる。
それと、前に穀物の中に薬を忍ばせていることがあった。
油断は禁物だ。
あと、検査台はもう少し荷馬車の方に寄せた方がやりやすいな。
少し移動させようか。
……こんな感じでいいですよね、ロジェさん」
「ああ、それで良い」
「ありがとうございます。
それじゃ検査台をもう少し寄せるぞ。
新入り、手伝ってくれ」
「分かりました」
俺は検査台の反対側を持ち上げる。
ロジェは問題なさそうだと判断したのか、
さっと日陰のある門の下に引き返す。
早々に監視役の役目を放棄した。
最近気が付いたが、ロジェはトマスのように、
常に近くで検査の監視をする訳ではないようだ。
検査の流れや忙しさに問題が無ければ、
門の下の日陰で涼やかに過ごす。
そして、審査中の冒険者に絡んで時間を潰したり、
気に入らなければ恐喝まがいの言動で賄賂を要求している。
まったく良い御身分だ。
一口噛ませて欲しいね。
近くで見ているエルドとジラールは、それを咎めようはしない。
いや、よく見るとジラールはたまに微妙な顔をしている、
内心では思う所があるのかも知れない。
しかし、エルドは何で止めないのだろう。
ロジェから上納金でも貰っているのだろうか。
・
・
・
荷物の検査作業が始まった。
俺は袋の中に手を突っ込んで隠し物がないか確認したり、
袋の下部を揉んで異物がないか確認していく。
隣のベルナールも、無気力に力なく作業を行う。
何をそんなに落ち込んでいるのか知らないが、いい御身分だ。
対照的にフォルはてきぱきと行き来し、
検査の終わった麻袋を荷台に戻していく。
この部分だけ見れば、フォルは立派な門兵のように見える。
事実俺も最初はそう見えた。
しかし何度も検査をしている内にそれはフォルの擬態だったと分かる。
「……」
フォルは荷台の前に立ち止まる。
新しい検査用の麻袋を手元に引き寄せる一瞬、
中身の小麦を手元の革製のポーチに注ぎ入れる。
一瞬の動作でそれを終わらせると、
フォルはすぐに作業に戻る。
俺はすぐに顔を反らして見ていないふりをする。
検査監視役がトマスの時は、
腰巾着のように振る舞って上手く取り入る。
一方、検査監視役がロジェの時は「業務に積極的な男」を演じ、
ロジェが門の下に戻るのを見てから、こっそりと副業を行う。
褒められる行動ではないが、フォルの立ち回りは上手い。
門の方を見るとロジェと冒険者達が雑談をしている。
冒険者達の方はぺこぺこしている。
ロジェがまた何かを要求しているのだろう。
彼等には同情せざるを得ない。
……そう考えると、今日の検査役は全員終わってるな。
サボりと雑談、恐喝と怒鳴り声に定評のあるロジェ。
腰巾着と荷物の窃盗に定評のあるフォル
父親のみしか定評のないベルナール
それらを見て見ぬ振りしかできない新入り。
もう終わりだよこの門。
正直、この現状に物申したい事が無いわけではない。
ベルナールに対する特別待遇も、
冒険者への酷い恐喝も、
日本で培った倫理観が、それは間違っていると脳内で主張している。
しかしだ。
異邦人で新入り、しかも非正規の俺が何か言った所でどうなる。
エルドが黙認しているなら、その上の領軍の上層部や、
バリエル砦宛てに匿名で告発文を送ってみるとか?
そんな事をしても無駄なのは分かる。
それどころか、告発者がバレればこちらの立場が危うくなる。
日本でさえ、労基などに内部通報した人物が、
逆に訴えられ、立場を危うくされると言う話を聞いたことがある。
ましてやここは戦時中の中世時代。
街は中世の倫理観で成り立っている。
近代の倫理観は通用しないし、必要ともされないだろう。
「……はぁ」
検査の最中、思わずため息が出る。
この世界には沢山の歪みがある。
食料問題、流民問題、スラム、異形、滅んだ村々。
それらを全て正そうとしていけば、きりがない。
それをなしえるのは、英雄や勇者のみ。
俺はただの脇役Aにすぎない。
今までの価値観に囚われるのではなく、
俺がこの世界観になじんだ方がよっぽど早い。
曖昧な事は、曖昧なままにしておいた方が良い。
なぜなら、この世界は善と悪、白と黒のはっきりした世界ではなく、
その中間のグレーの世界なのだから。
・
・
・
午後勤務が始まってしばらく経った頃。
列を捌き終わった俺は、見張りとして立っている。
隣にはベルナールだ。
「……」
「……」
ベルナールは兜を深くかぶり、少し俯いた姿勢で気だるげに立っている。
影のある雰囲気、話しかけづらい。
「あ、あの、ベルナール、さん?」
「……」
言葉は発しないものの、目がこちらを向く。
「数日前に入ってきたユーヤと申します。
これからよろしくお願いします」
「……」
「色々お手数おかけする事があるかと思いますが、
出来る限りの事をして行こうと思いますので、よろしくお願いします」
俺はそう言って勢いよく頭を下げる。
「……ああ」
ベルナールは何の抑揚もない小声でそう答えた。
そしてそのまま会話が途切れてしまう。
「……」
ノーリアクションはきつい。
それしか言えんのか。
このボンボン!
口から言葉が漏れそうになる。
俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
お偉いさんの息子にそんな事を言えば、
次の契約更新は絶望的だ。
「そう言えば、ベルナールさんのご家族は、確か上街のご高名な人物とお聞きしました。
よろしければ、どのような人物か教えていただいてもよろしいでしょうか」
俺はへりくだりつつ答える。
気心を知れるまでは、少しずつ距離を詰めていこう。
「……知らないのか?」
ベルナールの表情が崩れ、僅かに目が見開かれる。
……まずいな。
この態度から察するに、父親はかなりの有名人。
知らないこと自体、常識知らずになるかも知れない。
「ア、アハハ……ちょっとスラム生活が長かったもので」
「まあ……いいか」
ベルナールはすぐに無表情に戻る。
「僕の父親が誰であれ、お前に何の関係がある」
「ッ いえ、それは、すみません」
ベルナールの口調には、僅かなトゲが含まれている。
単に会話の糸口のつもりが……地雷だったか?
「……」
「……」
そのまま俺もベルナールも言葉を発する事無く、
気まずい時間が過ぎて行った。
・
・
・
俺はひたすら無言で見張りを行う。
今日は、太陽の日差しが強い。
チェーンメイルの中に熱気が籠る。
体を動かして、少しでも風通しを良くしようと試みる。
太陽を恨めしく思いつつ、早く時間が過ぎないかと内心で祈りを捧げていた頃。
「……おーう、異常ないかー?」
背後から能天気な声が聞こえてくる。
フォルだ。
「……ええ、今のところ問題ありません。
周囲に怪しい影もないようです」
ベルナールは基本的に返事をしないため、
消去法で俺が答えるしかない。
「そうか、なら良いんだ。
しかし暑いな、ほんと」
「はは、立っているだけでも一苦労ですね。
そろそろ水筒が底をつきそうです」
「……へえ、流民でも喉は乾くのか?」
「……」
フォルはニヤニヤとした表情を顔に張り付けている。
少しだけ苛立つものの、新入りの立場は弱い。
それに、俺は実際には一回り上の年齢だ。
年下にムキになっても仕方ない。
「アハハ、そりゃ人間なら誰だって喉は乾きますよ」
「そうだよなあ、悪い悪い。
てっきり流民は泥水を啜って生活してるって話を聞いたから、
お前もそうなのかと思ったよ」
「ア、アハハ」
なんだァ?てめェ……
本当に今が中世でよかったな。
そんな発言、現代なら確実に炎上してたからな?
「やだなあ。流石に泥水を啜ってたらお腹も壊しますよ」
「その口ぶりは実際に啜った事があるな?」
「い、いやー、あれは本当に苦かったですね。
流石に三日寝込みましたよ」
冗談には冗談で返す。
わざわざ真面目に付き合っていられるか。
「何だよ、本当に啜ったのかよ!馬鹿じゃねーの!」
フォルは大笑いした。
「ア、アハハ」
自尊心を切り売りして笑いを取るのは苦痛だ。
俺は会話の切り替えを試みる。
「そう言えばフォルさん、今日の収穫はどうでしたか」
「アーハハ、あ、収穫?上々だったぜ」
フォルは服の各所ある革のポーチを誇らしげに見せる。
「こっちには2本の蝋燭。
こっちにはちぎった野菜の葉。
こっちには高そうなネックレス。
水筒にはこぶりな魚も入ってる。
あとズボンのポケットには果物も」
四次元ポケットか何かか?
「……魚は水筒に入れているんですね」
「そりゃな。普通に持っといたら腐っちまう。
こうして水の中に保存しておかねえとな。
色々工夫が必要なのだよ」
フォルは誇らしげに言った。
本来、自慢になる要素は一ミリも存在しない。
ただの犯罪の自供だ。
「い、いや~、流石です。
ここまで出来るようになるには、修業が必要ですか?」
「もちろん、お前みたいな流民には一生かかっても無理かもな!」
衛兵に突き出したろか?
「ア、アハハ!そうですね。
勉強させていただきます」
時間よ頼む。
早く過ぎてくれ。
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