悪役令嬢の噂と窓口役


 ジラールは白い息を吐きながら道を進んでいた。

 早朝なので人は少なく、静かな時間。

 この静かな時間が、少しだけ気にいっている。


 いつものように、朝礼よりも半刻早く兵舎に到着する。

 最初に、早朝に投函された書類を確認する。

 他の門で起きた事件や人相書き、

 税率の変更等の書類に目を通す。


「おはようございます」

「おはよう、今日も早いな」


 少しして兵士長のエルドが入って来る。

 エルドは着ていた外套を近くの服掛けに置く。


「今日の内容はどうだ?」

「他の門では事件などは起きていないようです。

 ただ、門の近くで盗人がスラム街に逃げ込み、まだ捕まっていないと。

 その人相書きと、出市者へも注意しろとのお達しが来ています」


「……出市者も確認しろと?

 その分、人も増やして欲しいものだ。続けてくれ」


「はい、続いて---」


 字の読めないエルドに代わり、ジラールは書類を読み上げる。

 それが終わると、今後の対応に関して意見を交わしていく。


 ・

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 書類の確認を終えると、兵舎を出る。

 あくびを噛み殺しつつ、壁上へ向かう螺旋階段を上る。

 壁上に建てられた櫓の中には、外套を着込んだ二人の夜間監視役の男がいる。

 二人とも目の下にくまをためている。


「寒い中お疲れ様です」

「おお、やっと交代の時間か」


 老兵のガリエンが返事をする。

 隣のナタンは、眠気のせいか目をつむっている。


「最近は日の出の時間が早くなってきたから、

 どうも交代の感覚が狂いますよね」

「そうじゃな。冬の気配が無くなるまでもうすぐじゃ。

 そうなればまた門も賑やかになる」

「あまり賑やかになると、忙しくって敵いませんけどね」

「何をいっとるか、若い者はもっとしゃきっとせい。

 儂や領将殿のように生涯現役を目指せ。」

「ハハハ、とりあえず頑張ります」


 そのまま、夜間に異常が無かったか等の確認や引継ぎを行う。


「窓口小屋も異常なしじゃ」

「気にかけていただき、ありがとうございます」


 窓口小屋は、今まで何度か荒らされたことがあった。

 理由は何となく察しているため、早朝から確認に来ているのだが、

 彼等も気にかけてくれているようだ。


 壁上での確認を終わらせると、兵舎に戻って書類の準備をする。

 壁外に窓口小屋が置かれているため、夜間の間、窓口小屋は無防備になる。

 そのため、盗まれてはならない書類――税率表、規則書、都市法の書かれた本や行政区地図――は壁内の兵舎に移動させている。


 それとは別に、自費で購入した、数枚のくすんだ紙も書類に忍ばせる。

 これは計算用紙やメモ帳代わりに自主的に購入したものだ。


 紙は決して安くない。

 が、自分自身の足りない能力は何とかして自分で補うしかない。


 正直、紙の購入費等で、生活にはあまり余裕が無い。

 しかし、ずっと仕事を続けていれば、いつかは良くなっていくはずだ。


 そうして準備していると、兵舎の外で見知った声が聞こえてくる。

 同僚たちが出勤してきたようだ。

 表を見ると、フォルと話すトマスや、やる気なくたたずんでいるブロンも居る。


 その光景を見て、ほっとする。

 ブロンもトマスも、退職等は免れたようだ。


「おーい、遅せえぞ!」

「す、すみません……」


 最後に、新入りのユーヤが荒れた息で到着する。

 初めて見た時は背も低く、体格も痩せ型で少し心配だった。

 余裕無さげではあるが、これで4日目。


 癖の強い門兵に追いやられてしまわないかと心配だったものの、

 今のところ何とか続けられているようだ。


「無駄口を叩くな!これより朝礼を始める」


 その後エルドのかけ声により、いつものように朝礼が始まる。

 常に窓口の自分はともかく、毎回違う役割を与えられる門兵達は、

 わずかに一喜一憂の表情が見える。


 ・

 ・

 ・


 鮮やかな服を着た商人が、

 数人の護衛と共に現れる。


「やあ、ジラールさん、エルドさんも」

「どうも、コリーさん。本日も衣類ですか?」


「ええ、主に薄着の服を」

「最近温かくなってきましたから、そろそろ衣替えの時期ですね」

「ジラールさんも一着いかがですか?

 色彩の都で着色された、鮮やかなリネンの胴衣も取りそろえおりますよ」

「最近は大きな買い物をしてしまったので、今回は止めておきますね」


 いつものように、角の立たない返事を返す。

 それにリネンなどは高価な物だ。

 万年金欠の自分には手が出ない。


 その後も、見知った商人や冒険者達が次々と現れ、

 雑談を交わしながらも検査を通して行く。


「次の方、どうぞ」

「……個人商のロアレルだ」

「……」


 この門を通る常連の一人だ。

 いつものように不愛想で、こちらに目も合わせない。

 その理由は知っていたし、仕方ない。


「これで検査は終了になります。進んで下さい」

「……」


 男は門を通る際に、軽蔑した眼差しでこちらをちらりと見た。


「……」


 こういった事はよくあるものの、やはりどうしても慣れない。

 入市者達は、門兵の機嫌を損ねる訳にはいかないため、

 基本的にはへりくだるし、従順に従う。


 しかし、自分へ対する態度だけは明らかに違う。

 そして、このような人たちは少なくない。


「次の方、どうぞ」

「……」


 一台の荷馬車を曳いた5人の冒険者が現れる。

 馬車には金の首輪の印。

 彼等の顔には見覚えがある。

 周囲の門兵達にも、緊張した雰囲気が漂い始める。


 タウラス領の都市に拠点を持ち、

 定期的にこのカヴェルナへ郵便物等の荷物を運びに来る冒険者達だ。

 元をたどればタウラス家から公的に斡旋された仕事のため、

 気を使う必要がある。


 もし何か不手際があれば、それは目の前の彼等を通して、

 依頼元のタウラス家に仕える公職者に伝わるからだ。


 そして歴史的に、この街カヴェルナとタウラスの仲は悪い。


「……牡牛の戦斧、コームだ」


 30代程の坊主頭の男はそう名乗り、書類を窓口に置く。

 書類を取って確認する。


「パーティ名は牡牛の戦斧。

 リーダーはコーム・オーリク。

 目的はタウラス領における郵便物の定期輸送で間違いないですか」

「当たり前だろ、それ以外何だ?」


 コームが見下すような表情で言い、

 他のメンバーも笑みを浮かべる。


「……」


 金の首輪の関係者には、簡単に反論できない。

 それが、広大な領地を持つタウラス家に比べ、

 一都市しか所有していないカヴェルナであればなおさらだ。


「身体検査を行う。装備を外して台の上に置け」

「チッ 分かったよ」


 冒険者達は渋々と言った様子で装備を外す。

 ユーヤが身体検査で近づこうとした時、

 男の一人が口笛を吹いた。


「この都市じゃよっぽど人手不足らしい。

 流民を雇うなんて!」


 何人かの冒険者が軽蔑の笑みを浮かべ、

 ユーヤが俯く。

 憤りを感じ、反論しようとした時、


「そこまでにしていただきたい」


 隣に立っているエルドが口を開く。


「門を守る兵士は誰であれ、このカヴェルナの守護者。

 余りの態度を取られるならば、しかるべき手段を通じて正式に抗議する」


 エルドがそう言うと共に、周囲の門兵達も睨みつける。


「……冗談だ。そうマジになるなよ」


 彼等の装備は外され、検査台に置かれている。

 丸腰だ。

 冒険者達は素直に引き下がった。


「どうぞ、進んで下さい」


 渋々といった様子で冒険者達は進んでいく。

 窓口を横切る時、男の一人が小さな声で呟いた。


「弱者の血をすするヒルが……」

「……」


 ジラールはその言葉を、聞こえないふりをした。


 ・

 ・

 ・


「うー 寒いなあ」


 トマスやフォルの小言を受けつつ、

 俺は午前中のラッシュをさばき終える。


 朝から氷に触れたため、指先が痛い。

 今は太陽のおかげで暖かいが、

 時々冷たい風が吹くと指先にしみる。

 隣にはランドンが立ち、二人で監視を行っている。


「……ブロンさん、何とか解雇にはならなかったみたいですね」

「他の門だと、正規兵とそれ以外で待遇に格差があるみたいだけど、

 エルドさんはあまりそういう色は好まないからね」

「他の門だと、そうなんですか?」

「うん。前に南門で、正規兵の方が先に手を出したのに、

 冒険者の方が罰を受けた事件もあったらしい」


 やっぱり、正規と非正規で差はあるのか。

 俺も気を付けないとな……


 こっちにも、人生のたて直しがかかっている。

 いざとなれば、大和民族最上級の謝罪たる土下座も辞さない覚悟だ。


「まあ、トマスとブロンはしばらく同じ仕事にはならないだろうね。

 ……しかし、ブロンには毎回驚かされるなあ」

「前にも事件があったんですか?」

「うん。君が来る前は-----」

「なっ?!」


 大きな鐘の音。

 地面を伝う微かな振動。

 俺は驚いて振り返る。

 中央の鐘楼からだ。


 ……でも、待てよ。

 まだ朝のラッシュ終わっただけだ。

 昼までは、まだ時間があるはずだ。


 鐘の鳴り方も、普段と比べて違う。

 でたらめに何度も打っているように聞こえる。


「……マルネール様にも困ったものだ」

「……?」


 困惑していると、隣でランドンが呟く。

 誰の事だ?


 俺は詳しく聞こうと口を開き、停止する。

 常識的な質問をするのはよくない。


 俺は本来、不法滞在者だ。

 出来るだけ都市に溶け込まないといけない。


 が、ランドンは良い人だ。

 短い期間ではあるが、基本的には優しく温和な男だと思う。

 この際聞いてしまおう。


「マルネール様って、どんな方なのですか?」

「ん?知らないのかい?」


 案の定、ランドンが不思議そうに聞き返す。


「アハハ……ちょっとスラム暮らしが長かったので」

「……そうだったね

 マルネール様は領主様の娘の一人だよ。

 ただ、言動におかしな部分がある方でね。

 たまに大鐘楼に登って、人々を脅かせるんだ」


 丘陵の中央にある鐘楼は、大鐘楼と呼ばれているのか。

 大という事は他に小鐘楼とかもあるのだろうか。


 しかし、勝手に鐘を打ち鳴らす、か……

 やりたい放題のご令嬢だ。


「彼女に関しては他にも色々な噂があってね」


 ふむふむ。


「残酷で市民をいたぶる癖があったり、

 気に入らない侍女を階段から突き落としたり、

 淫らで、週に一度は下街の売春宿で客を取るとか」

「ええ……」


 悪役令嬢ってレベルじゃないぞ。

 婚約破棄されて自棄になってるのか?


 ……いや、待て待て。

 第一印象で人を決めつけるのは、なしだ。

 俺も引きこもりで、評判は決して良くなかったのだ。


 そうだな。

 噂話で人をどうこう言うのはよそう。

 実際に、自分で見て判断するべきだ。


「それ、本当なんですか?」

「うん……実際に怪我をしたという人は見たことがあるよ」

 でも、すべての噂話が本当とも言い切れなくてね。」


 ん?

 どういう事だ?


「領主様には3人の娘と1人の息子がいる。

 その内、長男様は相続権を捨てて諸国放浪の旅に出立された。

 その結果、相続権は三姉妹様に譲られたんだ。


 長女のメイシー様と次女のマルネール様は、相続権で対立しているらしい。

 互いの取り巻きを巻き込んでね」


 なるほど……

 互いの派閥が、相手をあの手この手で貶めようとしている訳か。


 しかし、兄弟骨肉の争いか。

 怖いなあ。


「マルネール様は今回のような行いのせいで、噂話に尾びれが付きやすい。

 どこまでが長女派の広めた噂なのか、分からない。

 下街の人たちの多くは、マルネール様を嫌っているけどね」


 そう言って、ランドンは肩をすくめた。


「ランドンさんはその噂を信じていないんですか?」

「うーん。流石にこれが全て本当なら、

 マルネール様は今のように自由にされていないんじゃないかな」


 ランドンは鳴り響く大鐘楼を呆れたように見つめる。


 まあ、そうか……

 噂話が本当なら、こうも野放しにはされないか。


 バリエル砦で厳しく教育するとか、

 修道院に入れる事だってできるはずだ。


「それに、前にこの門を通られた時に横顔を見たけど、

 美しい御令嬢だったよ」

「マルネール様やメイシー様は、この門を通る事があるんですか?」

「たまにね。内心、嵐が過ぎ去るのを祈るような心地になるけど」


 そう言ってランドンは肩のこりをほぐす。


 ましてやここは身分差の激しい中世。

 お貴族様の怒りに触れれば、どのような罰が待っているか分からない。

 目を付けられない事を祈るのみだ。


 しかし……門で仕事を行っている内は、

 いつかは会う事があるかも知れないのか。


 その時は……そうだな。

 良くない噂は聞いたものの、先入観で相手を決めつけるのは良くない。

 自分の目や耳で判断して、彼女という人を見てみよう。


 ・

 ・

 ・


 午後の勤務が始まった。

 いつの間にか曇り空だ。

 ジラールは狭い窓口小屋の中で、凝った肩をもみ、眉間を揉む。


 目が痛い。

 昨日も夜遅くまで、蝋燭一本で写本の仕事をしていた。

 家計の足しにするためだ。

 その疲れが取れず、目の奥に残っている。


 昼過ぎは比較的通行量が少ない時間帯。

 とは言え、帰宅する入市者はまばらに表れる。


 しかし、馬車ではなく徒歩が多いためまだ楽だ。

 徒歩の場合、複雑な税計算や荷物検査などは必要ない。

 そうして何組かを通した後、


「次の方、どうぞ」

「どうも、お世話になります」


 穏やかな笑みを浮かべる、普通の商人。

 護衛らしき4人の冒険者。

 全員、初めて見る顔だ。


 年齢は……全員恐らく40代。

 商人の男は、落ち着いた身なり。


 護衛はと言うと、茶色の身軽なレザーアーマーや、

 チェーンメイルの上から厚い茶色のコートを被っている。

 全体的に、目立たない色の服だ。


 壁外という危険地域。

 そこで目立たない服装を選ぶのは、当然と言えば当然の事。

 が、長い勤務経験の中で身に着いた直感が反応する。


 妙な雰囲気だ。

 どこか、取り繕ったような……


「こちら、ご確認ください……ほらっ、お前らも」

「……分かりました」


 商人が最初に書類を提出し、

 次いで髭面の冒険者達も続く。


 窓口役に対して腰の低い荷主と、

 それに対して不愛想に従う冒険者。

 よくある光景だ。


 書類を手に取り、内容を読み上げる。


「名前はルボル・クメント、商人ギルド加入。

 出身地は連邦王国の領邦ファイクスシャンテで間違い無いですか?」

「その通りです」


 連邦王国はオーリヤック王国の北にある隣国。

 この国からやって来る商人は珍しくない。

 森が多く、耕すに適さない地が多い連邦王国と比べ、

 穀倉地帯があるこの国で商売をしたい人々が多いようだ。


「荷物の中身に関して、目録等はありますか?」

「すみません。目録を記載する紙も安くないものでして……口頭で説明させてください」

「ええ、それで大丈夫ですよ。よくある事ですから」

「ありがとうございます。

 今回の荷物は鉱石類が入った荷物が中心でして、最初は---」


 内容によれば、鉄や鉛、錫等の鉱石がメイン。

 それらが納められた麻袋が、荷台に何十個もあるらしい。


 情報をもとに、早速税率の計算を行う。

 同時に、エルドは検査監視役のトマスに命じて荷物検査を行わせる。


 税率の確認が終わり、ルボルに納税額を伝える。

 ルボルはすぐに懐から数枚の硬貨を手渡した。


「……はい、確かに確認しました。

 それでは、引き続き書類の確認を行います」

「はい。お願いします」


 ルボルは静かに頷いた。

 初見の商人と言えば、隙を見ては商品を売り込んだり、

 終いにはこっそりと賄賂を渡そうとする者もいて、対応が面倒な時もある。


 が、目の前の彼にはそのような態度は見えない。

 正直、有難い態度だ。

 検査もスムーズに進む。


「入市目的は何ですか?」


「鉱石の売買になります。カヴェルナには他の都市と比べて鍛冶屋が多いので、この辺りである程度は捌けるかと思いました」


 確かに、この町には鍛冶場や鋳造工房が多い。

 強力な力を持つ隣領への備えや、異形への備え。


 そのような理由で、金属加工については税制面でも優遇されている。

 その結果、複数の加工場やそれに伴う販路も開拓されている。


「あなたの見立ては間違っていないと思います。

 確かにこの都市は金属加工に力を入れていますから、鉱石は売れるかも。

 素人目の意見にはなりますが」

「いえいえ、都市の顔役の方にそう言って頂けると幸いです。

 これで何とか護衛達にも報酬を出してやれそうです」


 商人は小さく何度も頭を下げた。


「旦那、儲かりそうならボーナス替わりにビールでも奢ってくれや」


 一人の護衛の冒険者が声を上げる。

 それを皮切りに他の冒険者達も、追加報酬をくれだのと騒ぎ立てた。


「止さないか。まだ入市前なんだぞ?

 お前らの話は聞いてやるから後で待っとれ!

 すみません。護衛達の不作法をお許し下さい」

「いえいえ、気になさらないでください。

 慣れていますから」


 冒険者と荷主の温度差。

 これもありがちな光景だ。

 冒険者としては道中の護衛をやり切り、仕事を達成した気分になっている。

 しかし、商人としては入市審査が終わるまでは気が抜けない。


 門兵の中には、商人を脅して役得を得ようとする者もいる。

 機嫌を損ねて入市却下となれば、壁外での野営をする羽目になる。

 そうなれば、命の危機だ。


「滞在期間はどの位を?」


 隣に立っているエルドが質問する。


「大体十数日位です。

 次の聖日のマーケットまで滞在する予定です」

「そうか」


 エルドがジラールに目配せする。

 エルドとしては、特に問題がないようだ。


「分かりました。最後に、書類に不備がないか確認しますので少々お待ちください」

「はい」


 その後、身分証や入国許可証を確認する。

 そこに記載されている生年月日や性別、

 失効日や注釈欄を確認し、時に質問を行う。


 彼の場合は、失効期限までまだ余裕がある。

 入国許可証に記載されている外交印や、

 許可証に記載されている発行都市名も実在の物だ。


 身分証に記載されている個人番号も、

 入国許可証に同様の個人番号が記載されている。

 紐づけも問題ない。


「ルボルさんは……そうですね。書類に不備がない事を確認しました」

「そうですか。良かったです」


 ルボルはほっと胸を下ろした。


「では、次に護衛の方の確認をさせていただきますね」


 そうして、同じ流れで護衛の一人一人に確認を行う。


「あなたの出身地も連邦ですか?出身地は他の方々とは違うようですが」

「ああ、俺達のパーティは皆連邦の出身だ」


 レザーアーマーを着込んだ冒険者が答える。

 無精髭と、服装にほつれや汚れがある。


 荷主のルボルも含めて皆が連邦の出身。

 が、地元はそれぞれ違うようだ。


「へぇ……入国許可証の発行都市はリーネックですか」

「そうだ」


 ジラールはリーネックという都市について少し考える。

 窓口小屋の中には支給された大まかな地図の書類もあり、

 その中には、確かに連邦にリーネックと呼ばれる発行都市が記載されている。


「そう言えば、他の行商の方から聞いたのですが、

 確かリーネックは美味しいお菓子があるとか。

 たしかレープクーヘンだったかな?

 実は、甘味に目が無くて」


「よく知ってるな。確かにあの場所の名産だ」

「確か、蜂蜜や香辛料をかけたお菓子ですよね。

 一度目にした事があるんですが、あれは美味しそうだったなあ」

「よろしければ、次に訪れる際には仕入れておきましょうか」


 ルボルが答える。


「甘味となると高価で、防腐対策も必要になりますが、

 その分、需要もあります。

 ジラールさんがお望みなら、次に訪れる時には地元の甘未も仕入れて来ましょう」

「本当ですか!それは嬉しいなあ」


 思わず大きな声を出してしまい、はっと口を塞ぐ。


「いやあ、すみません。

 頭を使う仕事をしていると、甘いものが食べたくなりまして……

 次に来るときは是非お願いします。

 あと、あまり高いと手が出ないので、金額を抑えてくれると大変助かります」

「うーん。金額ですか。このご時世甘い物は高価ですからなあ」

「そこを何とか。是非!」

「善処しましょう。ハハハ」


 エルドがわざとらしく咳払いを立てる。


「すみません。甘い物の話になるとついつい調子を外してしまいまして……」

「いえいえ、貴重なお客様の声として参考にさせていただきます」

「商人さんは口が上手いなあ」


 その後も、雑談等を交えつつ身元確認を行っていく。

 最後の一人の確認を行っている時、


「荷物検査を完了しました」


 トマスから報告される。

 荷馬車の方を見ると、新人のユーヤとランドン、フォルの3人が

 重そうな麻袋を荷台に戻している。


 トマスから荷物の大まかな内訳と量を報告される。

 報告によれば、商人が申告した内容と誤差程度の違いしかない。

 追加の徴税は不要と判断出来る。


「分かりました。入市検査はこれで完了とします。

 お疲れさまでした」


 商人の顔に安堵が浮かぶ。


「あなた方は初めてこの都市を訪れるとの事ですので、最後に入市宣誓を行います」

「分かりました」


 商人や冒険者達は姿勢を正した。

 全員が目を瞑り、胸に手を当てている。


「……あなたはこのカヴェルナの地を踏むに辺り、

 教義に沿った7つの美徳を守り、

 道徳心を持った良い滞在人として振る舞う事を誓いますか」

「「「誓います」」」

「都市の守護聖人たる聖ローズモンドを敬い、市政と騎士達を敬いますか?」

「「「敬います」」」

「目を開けて大丈夫ですよ。ようこそ、カヴェルナへ。

 あなた方の来訪を歓迎します」


 ・

 ・

 ・


 俺は凝った肩を揉みつつ、検査が終わった荷台を見送る。


 今回検査した鉱石類は重かった。

 普段以上に、体の節々に疲れが溜まる。

 トマスが窓口に報告をしている間、

 その場には俺とランドンとフォルが残された。


「たっく……わざわざ石ころなんて重いモン運ばせやがって」


 検査を終えたフォルが毒づいた。

 自分とランドンが検査台で内容物を改めている最中、

 フォルはせっせと重い荷物を運んでいた。


「大体よ、鉱山なんて反対側のロトゥムにもあるんだから、

 わざわざこっちの門を通るなっつーの」


 ……うーん。

 この荒い口調。

 どうも近寄り難い。


 かと言って、いつまでも苦手意識を持っているのも良くないな。

 何か話せるような糸口を見つけてみよう。


「まっ その分役得もあったけどな」


 そう言ってフォルは懐から銀色に鈍く光る石を取り出す。

 兄貴分のトマスに似て、鉱石の一部をくすねてきたらしい。


 それを見て、ランドンはあきれ顔で閉口している。

 注意する気も起きないようだ。

 俺はフォルに話しかける。


「キレイですね。それって銀ですか?」

「俺も最初はそう思ったんだけど、これは錫って言うらしい。

 さっきトマスさんが言ってた」

「へえ、そうなんですか」

「俺も良く知らないが、金や銀に次いで価値のある金属らしいぜ。

 その分輸入税も一段高く設定されているらしいがな」


 フォルは自慢するように鉱石を見せびらかす。

 罪悪感のようなものは少しも無いらしい。

 君、素質あるよ。


「高く売れそうですね」

「そうだろ?この小石一つで、幾ら位になると思うよ?」

「……幾ら位になるんですか?」


 どれ程の額になるのだろう。

 思わず唾を飲む。


「聞いた話だが――っとと」


 入市審査を終えた冒険者達が戻って来た。

 フォルは慌ててそれを後ろに隠す。


「……」


 不審な動作が目に留まったのか、冒険者の数人がこちらを見つめる。

 野性味ある冒険者達からの、無遠慮な目線。

 フォルは簡単にたじろいだ。


「ど、どうぞ進んで下さい。アハハ……」

「……おい、何してる。行くぞ」

「……はい」


 商人がそう言い、冒険者達は視線をそらす。

 ほっとすると同時に、目の前の馬車がゆっくりと進み出した。


 ・

 ・

 ・


 冒険者の一人が、手綱を引いて馬を動かし始める。

 荷馬車がゆっくりと進み、窓口の目の前を通り過ぎていく。

 途中、中に座っているルボルと目が合う。

 小さく会釈する。


「エルドさん」

「何だ?」

「合図を送ってください」

「……分かった」


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