逮捕と決意
次の入市者は、数組の市民たちだ。
荷馬車のような、検査に時間がかかりそうな物はない。
簡単な荷物チェックだけで済みそうだ。
「どうぞ、次の方は窓口に進んで下さい」
隣に立つランドンが丁寧な口調で告げる。
顔をよく見ると、今朝に門を出立した市民と護衛の冒険者達だった。
背中には籠を背負っている。
「やっと帰れるな」
「今日もお疲れさん、色々助かったよ」
「帰りにギルドに寄って行こうか?」
「おい!ランドン、新入り、こっちに来い!」
背後から乱暴な声が投げかけられる。
見れば、案の定トマスが窓口の側にいて、手招きしている。
「どうしたんですか? トマスさん」
「いいから、とっとと来い」
「は?」
いつものような、見下す口調はない。
何か焦っているのか?
「……ユーヤ君、ここはとりあえず行ってみよう」
そう言って隣のランドンが早足に進んでいく。
「……はぁ」
困惑しつつも、とりあえずランドンについて行く。
「……?!」
唐突に、地面から僅かな振動が伝わる。
見ると門の鉄格子が下ろされ、その中に先ほどの一行が閉じ込められている。
が、最後尾にいた冒険者だけは格子の外にいる。
「なっ!?」
「一人逃した!捕らえろ!」
エルドの怒声が飛ぶ。
同時に、エルドとトマスは冒険者に向かって駆け出す。
ジラールも、普段は所持していない短槍を手に小屋から飛び出す。
「早く来いと言ってるだろ!二人とも!」
「ッ」
俺は足を速め、同時に腰元の剣を抜く。
詳細は良く分からないものの、
どうやらあの冒険者を捕えればよさそうだ。
「な、クソッ」
向かってくる門兵を見て、しかし冒険者は降参せずに剣を抜く。
トマスに向けて、剣を振りかざす。
「うぉっ」
トマスは驚き、一歩後ずさる。
すぐに俺やランドン、ジラールやエルドが追い付いて包囲する。
俺は片手に盾を構えつつ、剣先を冒険者に向ける。
荒れた息を整えながら、じっと相手を観察する。
自分の剣先は、僅かに震えている。
「投降しろッ 武器を置け!」
「……」
しかし、冒険者は武器を手放さない。
周囲を睨みつけて、じりじりと足先を動かす。
その眼光は鋭く、諦めの色は見えない。
まさか……やる気なのか?!
5人相手に?!
「……!」
冒険者は、剣を正眼に構える。
そして、体の向きを急に変え、
ジラールに向けて進み出し――
「!」
その時、ヒュッと風を切る音が響く。
見ると、冒険者の足元に矢が刺さっている。
上を見ると、壁上からトレバーが弓矢を構えていた。
「投降しろ!次は肩を打つ!」
「ああ、クソッ……」
冒険者はとうとう諦め、武器を手離した。
・
・
・
その後、冒険者は手首をぐるぐる巻きにされて拘束された。
「エルドさん!今ロジェさんが衛兵を呼びに行ってるので少し待って下さい!」
壁上からトレバーの声が響く。
「分かった!それと兵舎から5人分の手枷も持ってこい」
遠巻きには入市を待つ人々がざわめいている。
「ランドン、新入り、お前等は入市者に説明に行って来い。
衛兵に引き渡すまで通行止めだとな。
俺はこいつを見張っておく。腕には自身があるようだしな」
「分かりました。行こう、ユーヤ」
「は、はい」
・
・
・
格子の中を覗くと、商人や冒険者が項垂れている。
ルボルを見ると、地面に座り込んで深い嘆息を吐き出している。
「それで、どうして黒だと分かったんだ?罪状は?」
エルドがジラールに問いかける。
「罪状は今のところ書類偽造。
ただ、高価な荷物を見るに恐らく窃盗も犯しているかも知れません」
「ほお」
エルドが関心したように声を上げる。
「……どうして分かった」
格子の中から、項垂れたままルボルが尋ねる。
先ほどまでの取り繕ったような声ではない。
地声だ。
「最初に妙だと思ったのは、荷物の事です」
「荷物……?」
「はい。沢山の鉱石類がありましたが、
ああ言った物はこの門では見ないんですよ。
反対側のロトゥム領には鉱山がありますからね。
鉱石類は外部西壁門で流通しています。」
輸送費等も含めると、基本的には最も近い鉱山の鉱石が安値になる。
そのため、隣接するロトゥム領以外からの輸入はほとんど見られない。
「それだけじゃ、ただの疑惑だろ」
「ええ、なので私はかまをかけて見ました。
恐らく貴方も気が付いたのでは?」
「……やっぱりあれはそう言う事かよ。クソッ」
「恐らくあなたは完璧に商人に擬態している。
あなたなら、隙は見せなかったでしょう。
なので、冒険者の一人に聞きました。
身分証の地元に関しては把握していても、
発行都市まで確認されるとは思っていなかったでしょう」
リーネックと言う発行都市は存在するが、
レープクーヘンはその都市と関係ない。
前に行商人から雑談で聞いた話によれば、
その菓子の発祥地は別の所にあった。
「……」
ルボルは沈黙している。
「あの時、あなたは知ったかぶりをした彼を庇う為に、
急いで口を挟みましたよね。
その時点で、私の中の小さな疑惑は無視するのが難しくなりました」
「……それだって、まだ疑惑の範囲だろ。
格子を下ろしていい理由にはならない」
「ええ、なので私はもう一度書類に不備がないかを確認しました。
そして、私は不備を見つけました」
「書類に不備だとっ 笑わせる。
俺達が確認した時は見つからなかったぞ!」
「ええ、私も一度は見逃した部分でした。
しかし、見つけました。
あなた方の雇った偽装業者は、経験が浅かったようだ」
「御託はいい。さっさと教えろ」
「ハハ、すみません。
入国許可証には、身分証に記載されている個人番号で紐づけされている事はご存じですよね」
「当たり前だろ。俺だってその番号が一致している事は確認している」
「私も最初は問題なしと判断しました。
しかし、再度確認してみると、ある事に気が付いたんです」
「ある事?」
「ええ、身分証の番号は15桁で構成されていますが、
一人だけ14桁しかありませんでした」
そう言って、ジラールはうなだれている冒険者を見る。
「……寄越せッ」
ルボルは冒険者の懐から強引に身分証を奪い、確認する。
そして次第に指が震えだし、身分証を地面に叩きつける。
「クソッ あの野郎!
高い金払ってやったのに……こんな出来損ないを!」
「次は数値の一致だけではなく、桁数の確認もする事をお勧めします。
次回があればですが」
「うるせえっ!……ああ、まさかこんな……」
そう言ったきり、ルボルは項垂れて口を閉じる。
「……そろそろ来る頃ですね、衛兵も」
「……そうだな」
エルドが頷いて答える。
「あの……」
ルボルが再び口を開いた。
「何ですか?」
「あの時の、お前の大げさなリアクションは、わざとか?」
「はい。甘い物は好きですが、
我を忘れる程に好物という訳ではありませんよ」
「……この狸野郎。
どっちが詐欺師だか分かったもんじゃねえ」
ルボルは諦めたように言い、頭をがしがしと掻いた。
「……やるじゃねえか、あんちゃん」
「……ありがとうございます。
これでもこの仕事、長いので。」
・
・
・
門の内側に衛兵が集まったようだ。
ゆっくりと格子が上げられていく。
そこには武器を手放し、憔悴した一行がいる。
一行が捕縛され、彼等の荷馬車ごと衛兵達によって回収されていく。
そして、ようやく業務を再開できた。
……冷や冷やしたなあ。
一難去ったはいいものの、通行止めにしていた分、
入市者の列が出来てしまっている。
急いで捌かないとな。
行列を捌いている内に夕方の帰宅ラッシュが始まり、延々と検査が続く。
ふと気が付けば、夕方になっている。
「ふぅ……これで、終わりか」
最後の荷物を荷台に乗せ終わり、ようやく検査が終了する。
検査結果をトマスに報告し、トマスが窓口に報告しに行く。
少しして、荷馬車はゆっくりと門を通過していく。
大分捌いたぞ……後、どの位だ?
首筋の汗を拭いつつ、夕日に目を細めながら入市者の列を見る。
あと3,4グループで行列が終わるようだ。
最後のひと踏ん張りだ。体持ってくれよ。
何時間もぶっ通しで検査しているせいか、疲れて眠い。
正直、宿屋のベッドは日本の布団と比べて、硬く寝づらい。
それでも、今はベッドが恋しくて仕方ない。
早く帰りたい。
「次の方、どうぞ」
「はい。お手数おかけします」
「……!」
歩み出たのは5人のパーティだ。
全員、白を基調としたひと繋ぎの胴衣を着ており、
それを腰のところで紐で結んでいる。
胴衣の下には使い込んだチェーンメイルを着込んでおり、
背には白の外套を着込んでいる。
胸元にはV字型のネックレスが見えた。
確か……唯一神教のシンボルだったか。
腰元には、メイスや剣が見える。
「これはこれは、神父様!」
ランドンが驚いて言った。
「ランドン、先週ぶりですね」
神父様と呼ばれた男はやせ型で、恐らく30台。
顔だけ見れば若そうだが、薄く切り揃えた髭には白いものが混じっている。
白を基調とした服装の所々には、汚れが付いている。
背中には籠を背負っている。
食料でも採取して来たようだ。
「毎回思いますが、何も神父様が壁外へ出られなくても……」
「今は試される世の中です。少しでも食料が必要ですから」
「いや、しかし……他の神父さまはそのような事はなさりませんよ」
ランドンが珍しく食い下がる。
「私の事なら心配要りませんよ。元々、武装修道士ですから。
たまにはこうして動かないと、体がなまってしょうがない」
神父様と呼ばれた男は、そう言ってわざとらしく肩を叩く。
「いえ、そう言う事ではないのですが……」
「大丈夫ですよ。ランドンさん。
神父様の腕は実際に優れています。
若い私たちの方が、見習う点が多い位に」
神父の横にいた20歳位のメイスを装備した修道士がそう付け加える。
「ええ、聞き及んではおりますが……」
「これは神父様!」
奥にいたトマスが、かけ足で近づいてくる。
「いやあ、神父様直々に外出されるとは、恐れ入ります」
「トマスさんも、お疲れ様です。
今日も何事も無かったですか」
「いやあ、実は冷や冷やするような事件がありまして----」
そのまま談笑しながら、修道士たちの一団は進んで行く。
そしてほとんど顔パスで門を通っていった。
審査が緩いな。
うーん。
確かに、異端審問とかされるのは避けたい。
気を使うのは当然か。
俺も気を付けないとな。
しかし、想像と比べるとフランクで気さくな人達のようだ。
もっと金にがめつくて教会に引きこもっているような印象があったが……
アウトドア派もいるらしい。
・
・
・
「はっ……はっ……」
ぽつぽつと小雨が降り始める。
雨を避けるため、早足で宿へ急ぐ
人の多く出店が並ぶ大通りはともかく、
小さな路地は舗装されておらず土がむき出しだ。
雨になるとぬかるんで足が取られそうになる。
そして迷路のようなこの町では、後者の道がほとんどを占めている。
「ふー」
何とか宿屋に到着。
ゆっくりと扉を閉める。
足元や剣から水滴が滴り、玄関のマットに染み込んでいく。
……食堂に行く前に、一度自室で体を拭かないとな。
「あー! お客さん! 動かないで!」
玄関に来たマガリが驚いて声を出す。
マガリは一度どこかに行くと、すぐに戻って来てタオルを投げ渡した。
「はい!お仕事おつかれさん!
それで水を拭いてから上がってね。
廊下を汚したら女将から雷が落ちるよ!」
「はい。ありがとうございます」
食堂が忙しいのか、そう言ってすぐにマガリは奥へと引っ込んだ。
・
・
・
夕食を取り終え、二階への階段を上がる。
疲れた分、いつもより腹が減っている。
本当は、もう少し食べ物が欲しい。
が、現在の給与では贅沢は言えない。
……仕方なく諦めよう。
「……」
自室の扉を閉めて一人になると、ベッドに腰掛ける。
灯りの無い部屋は薄暗い。
「……」
窓ガラスの方をちらりと見る。
ガラスは雨で濡れている。
透明化能力で夜の街を出歩いてみたかったが、この雨では難しい。
俺はベッドに深く腰掛けて、ゆっくりと息を吐いた。
今日の出来事が脳内を駆け巡り、
そして何とか無事に終えられたという安堵感に行きついた。
門兵の仕事は大変だ。
まだ4日だが、痛いほどに思い知らされた。
王国系でなければ人で無し。
と言わんばかりに見下してくる連中。
重労働で速度を求められる仕事。
まともな給与も貰ってないのに、
いざという時は剣を抜いて命をかけないといけない。
何より、色々な人々と気を使って接するのが、疲れる。
ニート上がりに接客業はきつかった。
昼間、門の前で包囲した冒険者を思い出す。
5人に囲まれながら、彼は武器を手放さなかった。
むしろ隙あらば、包囲を食い破るつもりだっただろう。
その目にひるみ、一歩後ずさった自分を思い出す。
「……」
どの位経験を積めば、あの冒険者や、ブロンのような迫力が持てるだろう。
ある程度の経験が必要になるのは確かだ。
それには一体何年かかる?
俺のような生来の臆病に、そんな事ができるのか?
何年たてば、カーブルトに会いに行けるほど強くなれる?
薄々気が付いていたが、正直、俺は冒険者には向いていない。
しかし、ただでさえこの国は不景気。
人口過密で職も少ない。
これ以外の仕事を見つけるのは難しい。
唯一残された手段は透明化だが……
昨日の確認で多くの欠点がある事が分かった。
完全な透明とは言えず、半透明と言った方が正しい。
人々に自慢出来たり、表に出せるような能力ではない事は確かだ。
体を透明にできると主張した所で、化物認定か異端審問を受けるかの二択。
生きたまま解剖されない事を祈るのみ。
漫画の脇役のような能力で、目立たない事にしか使えない能力。
しかも暗闇の中でしか使えないと来た。
本当に半端な力だ。
俺はこの世界に何をしに来た?
何をすればいい?
そもそも何が為せるのか?
この半端な能力で、俺は何者になれるんだ?
「……」
悩んでも悩んでも、答えは出ない。
鬱屈した感情だけが溜まっていく。
不意に夜の騎士の言葉がよぎる。
『貴様のような冒険者崩れの流民が都市に戻ってどうなる。
スラムの掘っ立て小屋に戻ってその場しのぎの仕事をするか、
それもいつかは限界が来て犯罪に手を染める。
職もない故に誇りもない』
「……」
思わず、ギリッと歯を軋ませる。
王国系でもなければ流民でもない。
何者でもない俺は、一体何だ?
それとも、何も為せないままここで一人終わっていくのか。
そんなもの、前世の俺と何が違うのだろうか。
「……」
ベッドに横になってじっと天井を見る。
部屋の薄暗さは、俺の人生が薄暗い事を示している。
「……」
考えるのが嫌になってきた。
さっさと寝るとするか。
その時、ふと彼の言葉を思い出す。
『この世界で生きるのは確かに色々と大変だ。
俺たちみたいな異邦人は特にな。
ただ、かといって弱気になるのはよくない。
もう少し肩の力を抜いてみたらどうだ?
身構えていると機会を逃す』
……そうだな。
カーブルトは言っていた。
生きるのは大変だろうと、言っていた。
俺は上体を起こし、ベッドに腰掛ける。
何者かになろうとしてなくてもいいじゃないか。
無理に英雄や目立つ人物になる必要はない。
俺には分不相応だ。
そもそも、引きこもり時代に比べれば、よくやってるはずだ。
底辺で非正規で命がけだが、
何とか踏ん張っていられる。
何とか、俺は一人で歩いている。
そうだ。その考えて良い。
今一人で立っている。
その事実だけでも大きな一歩だ。
『損得抜きにして共に戦ってくれた仲間達。
彼等は皆信頼できる友人だった。
そこで得られた信頼は、どんな能力にも代えがたいものだと思っている』
俺が能力で劣っていることは、最初から分かっていたはずだ。
せめて、人と人との信頼を大切にしていかないといけない。
続けていれば、いつかは認めてもらえるはずだ。
そうだな。
その考えで、いい。
どうやら、自分を見失っていたようだ。
ただの一人の市民で良い。
生きてさえいれば良い。
英雄になれなくても、ハーレムを築けなくても、俺は俺を誇ろう。
この新しい土地に根を張って、自分のペースで良い。
一人の市民として、今度こそ人生をまっとうしよう。
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