御用商人と揉め事


 夕方。

 朝から壁外に出ていた人々が、

 収穫を携えて門に戻ってくる頃だ。

 いわゆる、夕方の帰宅ラッシュの始まりだ。


「今日はまあまあ採れたな」

「たまには帰りに一杯やるか?」

「金がなあ」


 山菜等を籠につんだ市民達。

 そして護衛の冒険者たちが続々と門を通る。


 少数ならともかく、ある程度の人数のグループには、

 必ずと言って良いほど護衛の冒険者がいる。

 食材の価格が高騰しているのは、護衛費も原因に違いない。


「次の方、どうぞ」


 次にやってきたのは、五人の冒険者。

 そのうち二人は背中に籠を背負っている。


「荷物を検査台に、袋に入っている物は全て出しておけ」


 ロジェがそう言うと、入市者達が荷物や装備をほどき、台に置いていく。


 背中にかけた弓や剣。

 懐の短刀。

 透明な液体の入った小瓶。

 何かの粉末、松明、地図、腰帯、ロープ、お守り、ビスケット等が次々と置かれていく。


 端に置かれているあの草は……目覚まし草だ。

 見ているだけで、口いっぱいにすっぱい感覚が広がる。

 カーブルトは元気だろうか。


 武器や荷物を置くと、次に冒険者達は籠手や脛当等の防具を外していく。

 今回はどの防具もあまり使用感がなく、意匠も凝っている。

 どれも高そうだ。

 俺がこんなに良い装備を揃えるとしたら、何年かかるだろうか。


 俺は冒険者達の顔を見上げる。

 5人のパーティは全員男。

 年齢は20代後半から30代前半程度。

 身長も見上げる程で、ガタイが良い。

 スキンヘッドもいて、威圧感がある。


「……」


 一人と目が合い、堀の深い目で見下ろされる。

 俺は無意識に目を反らす。

 正面から見つめ返す度胸は、まだ無い。


「おいおい、儲かってんじゃねえか。ああ?」


 ロジェがそう言い、検査台に置かれた鉱石の一つを拾い上げる。


「良い装備に良い収穫!

 どこぞの市民を外で襲って、

 成果だけ奪ったんじゃねえだろな?」

「か、勘弁して下さいよ、ロジェさん……

 そんな事、する訳ないじゃないですか」


 冒険者の頭らしき男が、急にへりくだり始める。


「そうか?

 最近も、壁外に行ったきり帰って来ない奴がいるという話を聞いたなあ。

 俺も上街の連中共から調査しろと言われてるんだ。

 こりゃあ、近々ホシを上げてやらんと上にも示しがつかんなあ?

 無理やりにでもなあ?」


 強面相手にゆすってる……

 頼むから、あまり挑発しないで欲しい。

 いくら検査台に武器を置いたとは言え、手の届く場所にあるんだぞ?


 俺は周囲の状況を確認する。

 相手の数は5人。しかも全員マッチョ。

 それに対しここにいる門兵は、俺とランドンとロジェとベルナール。

 少し離れてジラールとエルドの6人。


 この内、素人の俺、窓口役のジラール、無気力のベルナールは戦力になりそうもない。

 つまり、実質5対3。


 これは……まずい。

 背中に嫌な汗が流れる。


「ロ、ロジェさんにはいつもお世話になってますから、これはほんの誠意ですよ。

 どうぞ、受け取ってください」


 冒険者の頭らしき男が、ロジェに何かが入った小さな袋を手渡す。

 ロジェはそれを受け取る。

 袋の感触を楽しむように揉み、懐に仕舞込む。


「気が利くじゃないか!

 もし何かあったら、お前等の事は良く言っておこう。

 安心して仕事しろ」

「……ありがとうございます」


 悪徳役人……

 生々しい光景だ。

 冒険者も大変だな。


「それで最近の壁外の様子はどうだ?

 今日はどこまで行ったんだ?」

「今日は早朝に出発しまして――」


 ロジェと冒険者達の間で世間話が始まる。

 俺は内心でほっと胸を撫でおろす。

 どうやら、一触即発の危機は去ったようだ。

 俺は引き続き荷物のチェック作業を行う。


 ……しかし、門兵って思ったより腐敗してるな。

 昨日のトマスもそうだが、横領やゆすりが横行している。

 ランドンが眉一つ動かさず作業をしているのを見るに、

 こういった行いは日常茶飯事のようだ。


 公権力に睨まれれば、立場の弱い冒険者等ひとたまりもない。

 逆らえば逮捕か刑罰。

 仮に門兵を帰り討ちにしても、犯罪者として追われる身だ。


 異邦の剣がやべー奴等だっただけで、これが本来の流れ。

 残酷な現実だ。


 ・

 ・

 ・


 行列が終わりかけた所で、四の鐘が鳴る。

 お、終わった……

 何とか乗り切ったぞ……!


 最後にひと踏ん張りし、閉門作業を行う。

 門兵達で力を合わせ、重い扉を閉めていく。


「いくぞっ せーのっ」


 掛け声と共に一斉に巨大な閂を持ち上げ、二つ目の門を閉じる。


「フー」

「お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「おう、お疲れさん」


 慌てて俺も挨拶をする。


「お、お疲れ様です!」


「皆、今日も一日ご苦労だった。

 ユーヤ、お前はもう上がっていいぞ」


 エルドがそう言って兜を脱ぐ。

 まだ門兵達は残っていて、どこからか現れた新しい正規兵と話している。

 彼等が夜間の監視員という事だろうか。


 ……まあいいか。

 疲れたし、とりあえず上がろう。

 出来るだけ早く宿に戻りたい。

 暗くなって、街の雰囲気が変わる前に。


「それではお先に失礼します」


 俺はそう言って頭を下げて門を後にした。


 ・

 ・

 ・


 俺は足早に宿に到着すると、食堂の空いている隅の席に座る。

 隙を見て、女将に夕食を頼む。


「ふぅ」


 残り少ない貯蓄の心配等、

 色々考えている内に料理が運ばれてくる。


「あいよっ」


 マガリはそう言っていつも通り2枚の皿とジョッキを置いていく。

 ジョッキの中身は……案の定水ではない。


「……マガリ、飲み物の中身を水に変えてくれませんか?」

「お客さんビール飲めないの?

 あ、そう言えばこの前吐き出してたね!」


 そう言って面白そうに笑った。

 何がおかしいんじゃ。


「ハ、ハハ……すみません。下戸な物で」

「ふーん。じゃあちょっと取り替えてくるね。

 ……普通は皆、15歳位には飲み慣れる物なんだけどねえ」


 うーん。

 アルハラとも言われかねない発言。

 が、ここは異世界。

 郷に入りては何とやら。

 試しに飲んでみるか。


「すみません。やっぱり飲んでみようと思うので置いといてください。

 それと、水も欲しいので持ってきてくれませんか?」

「あいよ。じゃあ水持ってくるね」

「ありがとうございます。それともう一つ」

「何?」


 いけないいけない。

 忘れる所だった。


「今日は起こしてくれてありがとうございます。

 明日からもお願いしてもいいですか?」


「いいけど……妙に礼儀正しいね。

 偉い所の坊ちゃんでもあるまいし。

 そもそも、同じ年頃だよね?」


 マガリがむずかゆいような表情をした。


「ハハ……そうですよね」


 実際は年齢差があるし、性別も生まれた場所も人種も違う。

 が、こうして距離を取る癖はやめた方が良いな。


 うん。

 良くない癖だ。


「じゃあ、お金は週末にまとめて頂戴ね。今は忙しいし」

「はい、それでお願いします」


 その後、何とかビールに慣れようと思ったものの、

 舌が受け付けず、ほとんど残して逃げるように食堂を後にした。


 ・

 ・

 ・


「フー」


 部屋に戻って扉を閉める。

 俺は深く息を吐き出す。

 ようやく、唯一気が休まる場所に戻ってこられた。


 俺は防具を取り外し、ベッドに横たわる。

 今日の出来事が、脳裏によぎる。


 朝からの重労働。凍える感触。

 ロジェの怒鳴り声。

 白濁した獣の目

 ランドンとの会話。

 ロジェにゆすられる冒険者達。

 体中に溜まった疲れ。


「……」


 眠気と共に瞼が重くなって来る。


「……!」


 一瞬、意識が飛びかけ、慌てて目を覚ます。

 いけないいけない。

 今日はやる事がある。


 俺は頬をぺチンと叩く。

 ベッドから起き上がって椅子に腰掛ける。

 透明能力の検証を行わないと。

 俺は昨日と同じように腕先に力を入れ始める。


 ・

 ・

 ・


 あれから数時間検証を行った。

 検証結果としては以下のようになった。


 〇メリット


 1 全身の透明化までの時間の短縮。

 昨日は、全身の透明化まで10分近くかかっていた。

 しかし、今日は少しだけスムーズに透明化が進んだ気がする。

 ……多分。


 〇デメリット


 1 透明化しても、影は見えてしまう

 透明化というより、擬態に近いという事だろうか?

 まるでカメレオンだ。

 影が出る以上、日光がある昼間に行動するのは難しいだろう。


 2 景色がずれる。

 透明化した状態で体を速く動かすと、その景色が僅かに歪む。

 恐らく、周囲の景色に溶け込むまで、僅かなタイムラグのようなものが存在する。


 3 音は消えない。

 透明化しても、足音は消えない。

 いや、逆に音を発生させ、おびき寄せるというのも手だろうか?

 とにかく、足元には気を付ける事。


 4 身にまとっている服は透明化出来ない。

 つまり、この能力は全裸じゃないと使用できない。

 冬の寒さや、雨によっては使用が難しい。


 しかし、成人を超えて露出狂の真似事か……

 何か興奮するな。


 5 時間制限が存在する。

 何時間も透明化の検証をしていて気が付いた。

 ずっとやっていると息が切れるし、怠い。


 これが全裸のせいで風邪を引いたとかではなければ、

 この能力の使用時間は有限という事になる。

 訓練すれば、使用時間も伸びてくれるだろうか。


 要約すると、この能力は夜にしか使用できない。

 そして色々欠点が多々あり、調子に乗ると感づかれる可能性がある。


 ……正直、メリットに比べてデメリットが多い。

 本当にこれでやっていけるのか?


 ・

 ・

 ・


 翌朝、

 今日もマガリの声で強制的に起こされ、

 ふらふらとした足取りで食堂に向かう。


「流民達がまた問題を起こしたとか」

「タウラス領へ向かう道中で商隊が襲われたらしい」

「あの有名な詩人がこの街に来てるんだって」


 寝ぼけ眼で味気ない朝食を胃の中に収めていると、

 マガリの声が聞こえる。


「お客さん!酷い寝ぐせだよー!」

「……」


 酷い眠さ。

 透明化の疲れは、かなり響くらしい。

 次からは気を付けんとな。


 ・

 ・

 ・




 俺は開門を待っている荷馬車や市民達を横目に、兵舎の裏に急ぐ。

 そこには既に門兵達が集まっている。

 どうやら、俺が最後だ。

 荒れる呼吸を整え、近付いていく。


「全員集まっているな……よし!これから朝礼を始める」


 エルドの威勢の良い声が響く。

 門兵達が一斉に姿勢を正して整列する。


「本日の伝達事項!

 昨日、外部北門において荷馬車の検査をしていた所、

 床に二重底があり密輸品を検出との事!

 我々も見逃さぬよう注意せよ!」


 へぇ……

 考えたものだ。

 映画の世界だな。


「それと、近々タウラス家からの使者が入市なさるとの事だ!

 何時でも来て良いように心構えし、

 このカヴェルナの守護者として堂々と振る舞う事!

 以上だ!何かここで話しておきたい事はあるか?」


「金の首輪共が来るのか……」

「面倒だな」


 周囲の門兵達がざわめく。


 タウラス家か……

 ちょくちょく単語を聞くけど、

 何の事か良く分からないんだよな。

 後で誰かに聞いてみるか。


 伝達事項が終わると、次に今日の役割をエルドから伝えられる。



 今日の愉快な検査役の仲間を紹介するぜ!

 新参者の俺!

 無気力のブロン!

 初めて会うトレバー!

 リーダーはかつあげのトマス!

 以上だ!


 



 不安だ……


「以上だ。開門準備をするぞ!全員持ち場について役目を果たせ!」


「「「「はい!」」」」

「は、はい!」


 この大声には相変わらず慣れない。

 俺は生粋のインドア系だ。


 ・

 ・

 ・


 俺たちは開門作業にとりかかる。

 歪んだ部品が擦れる、嫌な音を聞きながら体重をかけていく。


「「「せーのっ」」」


 開門作業が終わると同時に、市民や商人がなだれのように跳ね橋を渡る。

 それはまるで、この狭苦しい都市から広い世界へ逃げ出すようだった。


 ・

 ・

 ・


 今日も仕事が始まった。

 俺達は馬車から魚の入った箱を下ろし、

 蓋を開けて検査を行う。


「ッ」


 氷水に手を潜らせる。

 冷たい。


「おい新入り、早速サボりか?」

「すみません」


 痛みのために検査の手を止めると、

 後ろからトマスの注意が飛ぶ。


 しかし3日目でも「新入り」呼ばわりか。

 そろそろ、名前を覚えてくれても良いんじゃないか?


 隣のブロンはいつものように、

 やる気なく検査を行っている。

 そして無表情だ。


「チッ おい冒険者崩れ、お前何年目だ?

 速さだけなら、新入りの流民崩れの方がよっぽど上等だぞ」

「……はあ」


 ブロンも俺と同じように、時々注意を受けている。

 が、注意を受けても、それほど速さは変わらない。


 まあ、何だ。

 同じ非正規同士頑張ろう。


 ……しかし、冒険者崩れだの流民崩れだの、

 ひどい言いようだな。

 自尊心の塊だった引きこもり時代の俺なら、

 初日で退職して労基にでも匿名で通報していたかも知れない。


 ・

 ・

 ・


 朝のラッシュが終わり、ようやく一息ついた。

 俺はブロンと共に、見張りとして跳ね橋の隣に立つ。

 ぼうっと平野を見つめる。


 今日は、暑いな。

 チェーンメイルの内部は、熱がたまりやすい。

 体を動かしていると、なおさらだ。

 俺は首元を動かし、少しでも熱を逃がそうとする。


「……」

「……」


 隣にいるブロンと、気まずい時間が進む。

 ブロンはいつもと同じで無精髭、癖のひどい髪。

 話しかけづらい雰囲気がある。


「……お前は、よく頑張れるな」


 ブロンが唐突に、小さい声でそう言った。


「え」

「よく荷物検査に精を出せるな。

 どうしてそこまで夢中になれるのか、俺には分からないが」


 やる気をほめているのか。

 それとも馬鹿にしているのか。

 新入りとして、当たり障りのない回答をしておこう。


「僕はまだ駆け出しですから、

 目の前の出来る事を精一杯やっているだけです」

「精一杯ねえ……」


 ブロンはあくびをしながら体を伸ばした。

 彼は退屈そうに続ける。


「この仕事、斡旋元のギルドがどれ程中抜きしているか知っているか?」

「いえ……知りません」

「5割だ」

「えぇ……」


 ……本当に?

 間に何社挟んだら、そこまで抜かれるんだ?


「本来は倍の給与が都市から支払われているんですか?」

「そうだ。

 これが難易度の高い依頼になればマージンは多少低くなるがな。

 こんな誰にでも出来る仕事なんざ、搾り取られるだけだ。

 大分驚いたって顔だな」


「ええ、正直……」

「その上、任されるのは門の中でも一番きつい仕事と来た。

 トマスやロジェの野郎に監視されて、

 何かあれば怒鳴り散らされる。


 最高な環境だよ。

 特にあのトマスの奴。

 事あるごとに言ってきやがって……」


 そう言って、ブロンは苛立たしげに頭をかいた。

 ……確かに酷い環境だ。

 だが、今は研修期間。

 今は初心に帰った気持ちで、頑張ると決めていた。


「……ブロンさんは、この仕事を自分で選んだのではないんですか?」


 ブロンの装備は、普段着に近い軽装。

 しかし、それは自信の表れのようにも見える。


 彼は検査中、何度も罵声を浴びせられていた。

 が、俺と違って堂々と事無く仕事を続けた。

 何か自信があるのかもしれない。


「……俺がどんな仕事を選ぼうが、お前に関係があるのか」

「ッ」


 ブロンが俺を睨む。

 まずい。

 何か地雷を踏んだか。


「……いえ、すみません」


 咄嗟に謝る。


「……いや」

「……」

「……」


 そこから、再び沈黙の時間が続く。

 俺は沈黙に耐えかねて口を開く。


「……あの、トレバーさんってどんな方かご存じですか?」


 始めて検査役の同僚になる男。

 朝礼でトレバーと呼ばれた彼は、正規兵の恰好だった。

 面長で引き締まった顔。

 知的な顔立ちと、水色の瞳。

 整えられた短髪。

 今は門の内側にいるようで、ここからは姿が見えない。


「ベルナールと同じさ、父親が領軍のお偉いさんだ」


 ……またですか。

 とりあえず、対応には気をつけないとな。


「……門兵って領軍と関係のある人が多いんですね」

「門兵や、市中見回りの衛兵は領軍の下部組織だ。

 上街に繋がる内門はともかく、

 外門は訳ありの奴らが飛ばされてくる事が多い」


 言葉を選ばずに言えば、左遷先という事か。

 確かに、ベルナールは本当にやる気がない。


「でも、トレバーさんはベルナールとは雰囲気が違いますよね。

 何というか、その、気力があると言うか」


 トレバーは朝礼の時も声を張り上げて返事をしていた。

 元気はありそうだ。


「気力がある……ね。

 新入りにそう言われたら、色白のベル坊ちゃんも形無しだな」

「いえ、別にそういう意味は……」

「言いたい事は分かる。俺も同意見だ。

 だが気力のあるコネ野郎は面倒だ。

 どうせならベル坊ちゃんと同じくらいであれば楽だったんだがな」

「……」


「まぁ、トレバーとはあまり仲が良くなくてな。

 あまり知らないんだ」

「いえ、教えていただきありがとうございます」

「ただ……」

「?」


 ブロンは、何かを言いよどむ。


「……まあ、自分の目で確かめるのが一番だろうろう」


 ブロンはそう言い、再び口を閉ざした。


 ・

 ・

 ・


 昼食を買う金が無いため、

 いつものように街中をぶらついて時間をつぶす。


 門に戻ると、そこにはトレバーがいた。

 正規兵の服装を着こなし、堂々としている。

 胸元には何かペンダントらしきものが見えたが、本体は服の下に隠している。


「確か、ユーヤだったよな?」

「はい」

「俺の名前はトレバー、これからよろしく」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」


「若い人員が来てくれて助かるよ。

 最近は忙しくなって来たから」

「いえ、お役に立てるか分かりませんが……

 出来る限りの事はします」


「良い心掛けだ。

 最初は慣れない事も多いだろうが、

 慣れてくれば流れ作業になる。

 それまでは修業期間だと思って頑張って欲しい」

「はい」

「よし、それじゃ午後勤務開始だ。行くぞ」


 そう言ってトレバーと共に門に向かう。

 ……何だ、思ったよりもフレンドリーじゃないか。

 ブロンやベルナールとは正反対の性格だな。


 ・

 ・

 ・


「市政と騎士達を敬いますか?」


「「「誓います」」」


 入市者が宣誓を済ませ、門を通っていく。


「うっ」


 次の入市者を見ると、そこには7台もの馬車が並んでいる。

 ここ3日間でも、最大の規模。


 荷物が干し草等の、棒で中身を突いて終わりという簡単な物でなければ、

 検査にかなりの時間がかかる。

 時間がかかれば、またトマスに文句を言われる。


 御者や護衛を引き連れ、一人の男が引き連れて窓口までやってくる。


「バラケ商会のロイクだ」


 それを聞いたトマスが、一瞬表情を歪ませる。

 ロイクは慣れた手つきで窓口に書類と身分証を置く。

 冒険者達を見ると、彼等の顔にはどこか余裕が浮かんでいる。


 妙だな……


 異邦の剣等の例外を除けば、今までの入市者の大半は、多少なりとも緊張していた。

 それも当然と言えば当然だ。

 武器を持った門兵たちに囲まれ、その上恐喝するような門兵もいる。

 機嫌は損ないたくない。


 しかし、目の前の彼等には、そんな様子はほとんどない。

 ジラールはロイクに置かれた書類を手に取って確認した。


「……荷受け先はバリエル砦。

 内容物は不足している食料品等、各種日用雑貨で間違いないですか?」


 バリエル砦……確かこの都市の頂点にある、領主様の住んでいる場所の事だ。

 つまり、これは都市と直接契約している商人か。


 とすると、領主の住む砦と直接のパイプがあるという事か。

 トマスが煙たがるのも当然だ。


「そうだ、荷物の目録はもう一つの書類に記載されている」

「はい、ただいま確認します」


 そう言ってジラールは書類を手に取り、確認を始める。

 と言っても、量が量なので時間がかかっているようだ。

 窓口役も大変だな。


「……トレバー、応援を呼んで来てくれ。

 いつもの定期便だ」

「はい!」


 トマスにそう言われ、トレバーは元気よく返事をしてどこかに行く。

 少しして、ロジェとランドンを連れて戻って来る。

 量が多いため、二人を加えて検査を行うらしい。


 ・

 ・

 ・


 検査役は2つのチームに分かれた。


 1つはロジェとトレバーと俺のチーム。

 もう2つはトマスとランドンとブロンのチーム。

 2つのチームで手分けして荷物の検査を行う。


 俺達は先頭の荷馬車に上がり、中の荷物を確認する。

 そこには、大小様々な小箱や麻袋が積まれている。

 100は超える数だ。


「……」


 この量を検査するのか……

 気が滅入るな。

 隣にいたロジェも、明らかに気落ちしている。


 ……邪推だが、単に時間がかかる作業に対して気落ちしているというよりは、

 砦宛の荷物は流石にゆすれないと言う点でも悔しいのかも知れない。


「御用商人共……態度だけでけえ癖に、

 いつも時間のかかるモン持ってきやがる」

「本当は、もう少し小分けにして持ってきて欲しいですね」


 ロジェとトレバーが愚痴を言い合う。

 俺は念のために聞いてみる。


「……これって、全部検査台に運び出すんですか?」

「当然だろ?

 もし一番奥の箱にヤクが紛れてたらどうする?

 昨日だって、他の門で密輸の検出があったばかりなんだぞ」

「そ、そうですよね、アハハ……」


 はあ、やっぱりか。

 これだけの量、運び出すだけ一苦労だぞ。


「じゃあ、手分けしてやるぞ。ほら、そっち持て」


 ロジェがそう言った時、

 トレバーが口を開く。


「いや、別に全てをチェックする必要はないんじゃないですか?」

「何?」

「正直、全てをチェックするってのも非効率ですし、

 奥まで調べたいなら、荷物の右側半分だけ検査するとか、

 工夫があっても良いんじゃないですか?」

「……」

「それに、見知らぬ商人じゃなくて、御用商人の定期便ですよね?

 毎回、丁寧に確認する必要も無いと思います」

「……」


 それを聞いて、ロジェは考えこんだ。


「まあ、そうだな。後ろの列もある事だし。工夫するか……

 何かあっても、荷受け先の砦の責任にもできるか。

 商人を選んで契約したのは砦だしな」


 おお!

 ありがたや、ありがたや。

 だいぶ作業が楽になりそうだ。


「ありがとうございます」

「良いんだ。

 御用商人共、何かと文句をつけてきやがる。

 この前も色々言ってきやがって……

 おい、新入り。お前も検査をする時は気を付けろよ」


「はい。気を付けます」

「まともにやり返せば、上街で何て言いふらされるか分かったもんじゃねえ。

 面倒事になる前に、とっとと通しちまおう」


 ・

 ・

 ・


 そうして荷物検査が始まる。

 検査対象の荷物は右側半分だけと決まった。

 最初に3人で手分けして荷物を運び出し、

 俺とトレバーで検査を行っていく。


 小箱の山から箱を一つ取り、中身を開く。

 蝋燭が入っている事と、余計な物が入っていない事を目視して左側に置いていく。

 それを十数回と繰り返している内、数人の男がやって来る。


「早くしてくれませんかねえ。門兵の皆さん」

「この門はちょっと仕事が遅いなあ……

 この後、内門での検査もあるんですよ」


 荷主の護衛達だ。

 ニヤニヤという擬音が出そうな笑みを浮かべている。


「……あー、現在検査を行っている。

 少し待っといてくれ」


 ロジェが当たり障りのない返答をする。


「俺達が待っている分、無駄な時間が発生しているんだ」

「拘束時間が割に合わないと思うのなら、

 雇い主に相談すれば良いだろう。

 その代わりと言っては何だが、上手い飯屋でも教えてやろうか」

「へえ、……でもこの都市では何度も食事を取っているからなあ」

「そうか、それじゃあ、西の大通りの裏路地にある珍味は知っているか?」

「いや……それはちょっと聞いたことがないな」


 ロジェが何とか対応しようとしている。

 ……検査監視役も思ったより大変だな。


「あの店には色々な地域の料理を扱っている。

 店主は各地を旅したらしいな。

 色々な奴がその肉料理を口にしたが、何の動物か分からなかった。

 しかしかなり美味しいらしく、数量限定で出している料理がある」


「へえ……まさか人肉ってオチじゃねえだろうな」

「卑肉かも知れんぞ。実際に食べてみてのお楽しみだ。」

「ハハ、そりゃ覚悟がいるな」

「肝試しに行ってみようぜ」


 そんな話を聞きつつ検査を行っていると、


「?」


 遠くで大きな声が聞こえる。

 もう1つの検査チームの方からだ。


 見ると、トマスとブロンが対峙してにらみ合っている。

 ブロンは、腰元の剣に手を添えている。

 が、抜いてはいない。

 トマスも驚きながら、腰元の剣に手をかけようとしている。

 その近くで、二人を見てランドンがおろおろしている。


「な、何だ、文句あるのか!」

「……あると言ったら、どうする?」


 うわ。

 うわわ。

 仲が悪いとは思っていたが、ここまで……


「人が忙しくしてる横で、

 ガチャガチャガチャガチャ文句垂れやがって、

 アンタももうちょっと手を動かしたらどうだ?ああ?」

「ッ お、俺は正規兵だぞ。

 お前のような冒険者風情が、何を」

「やるのか?」


 ブロンが一歩前に踏み出す。


「ッ」


 トマスが後ずさる。


「お、落ち着けブロン!

 こんな事したら、君もただじゃすまされない!」


 ランドンが声を上げる。


「ハハハ、喧嘩か?こりゃいいな!」

「もっとやれよ!」


 入市者たちが、面白がってはやしたてる。

 すぐにロジェやトレバーが止めに入る。


「よせトマス!人目もあるんだぞ!腰元から手を放せ!」


 トマスの前にロジェが割って入る。

 同時に、トレバーはブロンの前に立ちふさがる。


「話は後で聞くとして、こんな所で抜くつもりか?」

「……トレバー」


 俺も微力ながら、トレバーを盾にしてブロンの前に立った。

 が、ブロンの鋭い目に圧され、思わず半歩後ずさる。

 背中の盾を下ろそうとするも、焦って中々下ろせない。


 ひええ。

 こいつの目、怖ええ。

 絶対、数人は殺ってるよ。


 トレバーとブロンはそのまま睨み合い続ける。


「……」

「……」


 ブロンがとうとう得物の柄に手を掛ける。


「……抜けば」


 トレバーが続ける。


「抜けば、後戻りはできないぞ」

「……」


 ブロンの腕がぴくりと止まる。

 そうだ。

 得物を抜いたら殺し合いの合図。

 戦いの始まりだ。


 でも、俺にブロンをやれるのか?

 無理だ。

 トレバーの背でじっとしていよう。


「チッ……」


 ブロンはトレバーから目線を反らした。

 同時に、得物から手を放す。

 俺も胸をなでおろす。


「処分は覚悟しておけよ」

「……ああ」


 その後、ブロンは奥に連れられて行く。

 代わりにベルナールが降りてきて作業を再開する。

 荷主から、有難い励ましの言葉を頂きつつ、急いで検査を行う。


 崩れやすい商品は、気を使いながら検査する。

 酷い匂いの漬物も、口呼吸しながら急いで処理していく。

 何とか一行を通し終えた頃にはクタクタ。

 そのまま地面に倒れ込みたかった。


 ・

 ・

 ・


 四の鐘が打ち鳴らされ、閉門の準備を行う。

 皆と協力し、重い閂を持ち上げて二つ目の扉を閉める。


「ふー、お疲れ様」


 トレバーが良く通る声で言った。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 俺とランドンも返事を返す。

 見ると、トマスがエルドに連れられて兵舎に入って行くのが見える。

 さっきの事件の件だろうか。


「……どうなるんですかね、処罰」


 ああなってしまった理由は、何となく分かる。

 忙しい作業、御用商人やトマスからの罵声。

 ブロンが切れるのも、無理はない。


「ブロンはいざという時に腕が立つからな。

 そう簡単に契約を切られる事は無いだろう」


 やはり腕は立つのか。

 ……いざ事が起きたら、彼の側にいれば生存率が上がりそうだ。


「彼はいままでも何回も揉め事を起こしているからね。

 またかと呆れられるか。

 今度こそエルドさんの堪忍袋の緒が切れるか……」

「血気盛んなのも問題だが、

 いざという時に人の背に隠れているのもどうかと思うぞ」


 そう言ってトレバーがじろりと俺を見る。


「ア、アハハ、立ち回りを勉強させていただきまして……」


 ……バレてる。

 背中に目でもついてるのか?


 ・

 ・

 ・


 仕事が終わって宿屋に到着した。

 俺は、倒れ込むように食堂の隅の席に腰かける。


 ふぅ……


 昨日の、透明化の疲れが取れないまま仕事をしたせいだろうか。

 いつもより疲れた。

 何もないテーブルをぼうっと眺め続ける。


「……」


 ブロンに睨まれ、彼が腰元の剣に手をかけた時。

 俺は恐怖に押され、後ずさった。

 あんな調子で、壁外で冒険者が務まるのか?

 海を渡ってカーブルトの所まで向かえるのか?


「いつもの夕食だよ!」

「!」


 女将がどんと夕食を置いた。


「しけた顔してるね!

 疲れてる時は、とっとと食って、とっとと寝るのが一番さね!」


 そう言って女将は戻って行く。

 ……女将、相変わらずぶれないな。


 そうだな。

 今日は透明化の訓練は取りやめだ。

 早めに寝て、明日の仕事に備えよう。


 ・

 ・

 ・


 マガリのモーニングコールとともに、いつものように叩き起こされる。

 が、昨日は早めに寝たせいか、寝起きが良い。


 久々に気分の良い朝だ。

 今日も一日、がんばるぞい!

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