始めて見る貴族
朝の街並みを抜け、俺は速足で門に向かう。
天気は曇り空。
ひょっとしたら、昼頃に一雨降るのかも知れない。
・
・
・
門に到着した。
「……?」
門の周りに、人々が集まってざわめいている。
……何かあったのか?
人だかりの奥に、作業する門兵が見える。
開門作業をしているらしい。
一の鐘は……まだ鳴ってないはずだ。
「すみませーん、通してください。門兵でーす」
俺は人々を押しのけて進む。
そこにはジラール、ブロン、トマス、ランドンがいた。
市民達と協力し、第二の門を開こうとしている。
「エルドさん」
近くにエルドを見つける。
「何があったんですか?開門時間はまだですよね?」
「開門を待つ入市者から要請があった。
交戦の末、負傷者が出たらしい」
「!」
マジかいな。
名も無き獣か、死者達か、それとも同じ人間同士か?
しかし……朝から不穏な話だ。
やっぱりこの仕事は油断できないな。
「僕に何か出来る事はありますか?」
「……トマスと作業を変わってもらう」
「分かりました!」
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・
・
「トマスさん、変わりますよ」
「やっと来やがったか。おせえぞ」
「はは、すみません」
「行きますよ せーのっ」
市民達と力を合わせて、作業を進める。
跳ね橋を下ろすと、そこには一台の帆馬車があった。
その周囲には人が集まっている。
「わわっ」
橋が降りると同時に、市民達がわっと進み出す。
何度も肩がぶつかり、思わずよろけそうになる。
「壁外行商なんて、危険な仕事してるからだ」
「死んだのは冒険者か?いつもの事だ」
そんな事を話しつつ、市民達が橋を渡っていく。
「負傷者は?」
エルドが帆馬車の前に出て言った。
「こっちだ」
冒険者がそう言って案内する。
「ジラールはついて来い。
それ以外の門兵はここで作業だ。
事態が落ち着くまで、入市を規制しろ」
「はい!」
・
・
・
ジラールとエルドは、少しすると戻って来る。
エルドはいつもと同じすまし顔だ。
が、ジラールの表情は少し青白い。
「負傷者を乗せた馬車を中に入れる。
手伝え、検査はいらん。
門の端に誘導し、衛兵が来るまで置いておけ」
「分かりました」
俺たちは早速馬車に近寄る。
ランドンが御者と協力して馬を引っ張っている。
が、馬は言う事を聞かず、身をよじる。
戦いの興奮が冷めていないのだろうか。
俺もとりあえずできる事を探そう。
そう思い、帆馬車の側面に移動する。
「!」
それを見て思わずフリーズする。
馬車の側面、白い帆にはべったりと血が付いていた。
・
・
・
俺たちは、とりあえず馬車を移動させる。
時々、中から負傷者らしき人のうめき声が聞こえた。
それを聞いて、心臓の鼓動が脈打つ。
……やっぱり冒険者になるのは、止めておいた方が良いな。
戦いなんて詩の中で楽しめばいい。
命は一つしかないのだから。
でも、冒険者以外、自分に何が出来る?
文字も書けない。
常識も知らない。
身分証も無い。
そんな俺に、命以外何が張れるだろう。
唯一の能力である透明化も、
いまいち、使いどころが分からない。
もっと魔法使いとか、剣の技術が上がるとか、
分かりやすく公表できるようなものだったらよかったのだが……
「よし……門の業務を再開させるぞ!
持ち場に戻れ!」
エルドがそう言い、俺たちは持ち場向かう。
誰に襲われ、負傷者はどうなったのか。
正直、気になる所だ。
が、門に並ぶ入市者は沢山いる。
今は仕事に集中しよう。
・
・
・
「あなた方にも、聖なる牡鹿の導きがあらん事を。それでは」
そう言って、巡礼者らしき最後の入市者は門を通っていった。
ふぅ……
朝のラッシュを捌き切った。
ようやく、一息つけそうだ。
「ん?」
遠くに目をこらす。
徒歩の一団がやってくるのが見える。
珍しいな、ラッシュの後に来るなんて。
何だろう。この……
出し切ったと思ったら、まだ残っていたという残尿感は。
とっとと終わらせるか。
近づくにつれ、普通とは違う人達だと気が付いた。
六人全員、正規兵の装備だ。
上街の偉い人かも知れない。
ごますりモードで対応するか。
首にされても困るしな。
俺はたたずまいを正し、彼等を出迎えた。
近くで見ると、皆体格が良い。
軍人のような雰囲気だ。
「ようランドン、あの不愛想な男はどうした」
先頭にいた、30代の男が隣のランドンに話しかける。
「ブロンなら今日は壁上監視です。
手を振れば会えるかも知れませんよ」
正規兵の男は、壁上を仰ぎ見た。
「そりゃ残念だ。
うちで鍛えてやろうと思ったんだがな」
「構わないですが、数日前も同僚相手に剣を抜こうとしてました。
領軍に収まる器なのか、分からない」
「ガハハ!そいつはいいな。鍛えがいがある。
俺達に剣を向けたらどうなるかな!」
そう言って、軍人一行は獰猛な笑みを浮かべた。
「こいつは何だ、新入りか?」
「……」
先頭の男がこちらを見た。
人種や骨格も違うので、なおさら軍人の雰囲気が引き立つ。
蛇に睨まれたカエルの気分だ。
「彼は数日前にここに配属された新人です」
「……ど、どうも」
「ふぅん 流民か? エルドさんの考える事はよく分からないな」
男達は値踏みするようにこちらを見つめる。
顔二つ分の身長差。
威圧的だ。
「ビビってるのか?」
「い、いえ……」
「まあ、いいか……誰を雇うなんて知ったこっちゃねえ。
俺の部下には絶対に要らないがな」
そう言って一行は笑い声を上げる。
失礼な物言いだ。
隣では、ランドンが苦い顔をしている。
「今日はエルドさんはいるのか?
あと、トレバーの野郎は?」
「二人ともいますよ。この門は万年人手不足ですから」
「挨拶でもして行くか」
・
・
・
カヴェルナに所属する軍人が相手でも、
エルドは普段と同様に検査を行った。
検査を終え、エルドと話す軍人たちを尻目に、
俺とランドンは見張りに戻る。
「全く、小砦の方々は気を使うよ……ユーヤ君も災難だったね」
「いえ、気遣ってくれてありがとうございます。
それより小砦って……何のことですか?」
前にも非常識な質問はしたのだし、もう直接聞いてしまおう。
一も二も同じだ。
「ええと、小砦っていうのは、壁外に設置された小さな物見砦の事だよ。
西の物見砦と東の物見砦の2つがあって、それぞれ20人程度の兵士がいるんだ」
「という事は、先ほどの人たちは東の物見砦ですか?」
「うん。ここからじゃ見えないけど、斜め右の方向に小さな砦がある。
そこから定期的に、こうやって行き来してるんだ。
いつも緊張するよ」
ランドンは困ったように言った。
確かに、毎回あんな絡み方をされたら一苦労だ。
「物見砦に勤めている方々は皆あんな感じなんですか?」
全員が外国の軍人のような、筋肉モリモリマッチョマンだった。
図体が冒険者よりも大きく、態度も堂々としている。
「あそこは最前線という位置付けだからね。
勤めてる兵士も腕が立つ人が多い。
その分気性も荒い。
だから大人しくやり過ごすのをすすめるよ。
多分、門兵総出で打って出ても返り討ちになるからね」
そう言ってランドンは元気なく笑った。
コマンドーみたいな特殊部隊って事か?
面白い奴等だな。気に入った。
殺されるのは最後にしてやる。
「……気を付けます。
やけにブロンさんを気に入ってましたけど、何かあったんですか?」
「前に彼等がブロンに絡んだ事があってね。
そこでブロンが剣を抜いちゃって、事件に発展しかけたんだ。
それ以降、あちらさんはブロンの事を気に入ったみたいだ。
……近くで見ていた方は、気が気でなかったけどね」
なるほど。ランドンも色々大変のようだ。
周りが短気な人ばっかりだしな。
「ブロンさんは勝ったんですか?
負けたんですか?」
「数度打ち合っただけだから何とも。
素人目だと、いい勝負だったと思うけどね」
ブロン。
同僚相手に刃を抜くやばい男だと思っていたが……
中年腹のトマスだけじゃなく、
軍人達にも平気で剣を抜けるのか。
危険な男だ。
対応には注意しないとな。
多分、俺なんて最初の一振りで真っ二つだ。
「ま、今日みたいに大人しくしていればやり過ごせるよ。
あの人たちも、エルドさんには一目置いているみたいだしね」
「そうなんですか?」
確かに、エルドは雰囲気のある人だ。
感情を隠すのが上手い。
何を考えているか分からないが、威厳はある。
「エルドさんは元々、バリバリの兵士だからね。
数年前には、前線に応援に行った経験もあるらしいよ。
何でも、あの望郷の騎士とも知り合いだとか?」
「はえー すごいですね」
前線か。
戦場から遠く離れた、こんな門の仕事ですら危険の連続だ。
前線はどれ程危険なのだろう。
想像もつかないな。
「ちなみに、僕が一人であの人たちに立ち向かったら、
勝率はどの位ですか?」
俺はふざけて質問する。
「……馬鹿言っちゃいけないよ。
君なんて手も足もでないさ」
冗談だと気付いたのか、少し笑ってくれた。
・
・
・
その後も、詩を聞きに行った話などをして時間を潰した。
たわいのない話の中で、時間は緩やかに過ぎていく。
途中で、不意に曇り空がごろごろと鳴る。
俺たちはそろって空を仰ぐ。
「あちゃー、これは一雨来そうだなあ。
家の洗濯物は大丈夫かなあ。子供の洋服だけは汚れてほしくないけど……」
「ランドンさん、お子さんがいるんですか?」
「ん?いるよ。もう6つになる」
そうか。
ランドンは恐らく30代の前半。そりゃ結婚もしているか。
彼は良い男だ。
俺みたいな、どこの骨かも分からない異邦人にも優しい。
出来た人だ。
家族がいてもおかしくないか。
何たって、俺が文明人認定を授けた位だしな。
「最近は、近所の子供と遊びに行くことも多い。
危険な場所に行ってしまわないか不安になるよ
元気なのは良いけどね」
うっかりスラムなんかに入ったら、まずいかもな。
「ひょっとして、いつも早めに帰るのは、
お子さんの顔が見たいからですか?」
業後、彼は雑談する事も無くサッと帰宅する。
「それもあるけど、いつも家内ばかりに育児を押し付けちゃ悪いからね」
育児にも積極的なようだ。
良い父親じゃないか。
「おーう、お疲れ」
後ろからフォルの声だ。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
「どうだ、調子は?」
フォルが俺の方を見て尋ねる。
「今のところは平和ですよ。
まあ、砦の人たちが来た時はヒヤッとしましたけど」
「あの人たちか、俺も門の下で絡まれて大変だったよ。
やれ体格がひょろいだの、鍛えてやろうかだの。
付き合ってたら脳筋が移るぜ」
正直、フォルが痛い目に合うのは内心嬉しい。
もちろん、そんな感情はおくびにも出さない。
「お前も何か言われたんだろ?薄汚い流民とか?」
フォルがにやにやした顔で言う。
「ハ、ハハハ ご明察です。
……そう言えば朝の馬車はどうなりました?」
俺は引きつりながらも話題を反らす。
「ん?あれなら気付いたらどこかに移動してたぞ?
衛兵の連中が持って行ったんじゃないか?」
「え、そうなんですか?」
「教会からの祈祷師は間に合ったのかい?」
ランドンがフォルに質問する。
「うーん、どうですかね?
修道士らしき人はチラッと見ましたけど……
俺も荷物を捌くので手一杯だったからなあ」
「そうか……無事だと良いんだけどね」
「聞いた話だと、馬に乗った連中に襲われたとか」
「馬か……じゃあ戦場から脱走した兵士たちかな?」
「それかお前みたいな流民崩れだったりしてな?」
「そ、そうなんですかね……」
年上には敬意払おうや……
「少し前にも、商隊が盗賊に襲われた事があったね。
確か夜通しで運搬していたとか」
「ええ、金目当てに夜も荷馬車を走らせたらしいですね。
新月だから油断していたとか。
そこを盗賊に狙われたんだ」
ん、新月?
何の関係が?
「新月だと、夜に馬車を走らせることもあるんですか?」
「んな事も知らないのか?」
「新月には闇を払う力があると言われていてね。
異形達があまり活動しなくなるんだ」
「そんな事があるんですね」
そこを、同じ人間の盗賊に狙われると。
本当に壁外は油断できないな。
……ん?
前方に目をやると、遠くに馬車のような物が見える。
こちらに一直線で向かってくる。
「ん、また来客かな?」
「もう一仕事するか」
ランドンとフォルも気づいたようだ。
が、それが近づくにつれ、普通の馬車ではない事が分かってくる。
まず、馬車の外見が普通とは違っている。
凝った外観の乗用馬車だ。
何かの意匠も描かれている。
高価そうだ。
馬車を引く馬の体格や毛並みも整っている。
御者の格好も小綺麗だ。
まず、行商人ではないだろう。
その周囲には乗馬した騎士達が並走して護衛している。
板金鎧、兜、たなびくマント、部分的に防具をまとう軍馬。
特に、先頭の騎士は大きな旗をはためかせている。
「……」
俺たちは少しの間呆気に取られていた。
が、ランドンが気づいたように声を上げる。
「まずい、エルドさんに伝えないと!」
そう言い残し、門の下に駆けていく。
「……あれってタウラス家の人たち、ですかね?」
「……馬鹿、あの旗が見えねーのか?」
先頭の騎士が掲げる旗には、壁上の櫓の旗と同じ模様が描かれていた。
つまり、この街の旗だ。
・
・
・
エルドを始めとして、数人の門兵が慌てて出てくる。
馬車を一目見ると、すぐに整列の姿勢を取る。
俺も慌てて整列する。
馬車が近くまでやってきた。
計三台の常用馬車だ。
周囲には、10人程度の騎士や兵士が護衛している。
馬車の列は、門前にゆっくりと停止する。
騎士達は皆兜をかぶっていて、表情が見えない。
乗馬しているため、高い場所から見下ろされる形だ。
その姿には圧迫感がある。
下馬した騎士が馬車の扉を開き、数人の人物が姿を表した。
柔らかな絹の胴衣、埃一つない礼服。
高い立場の人たちのようだ。
彼等は、こちらに近づいてくる。
何を言われるのだろう。
唐突に来て。
抜き打ち検査か何かか?
そもそも、横に並ぶ門兵達は直立不動だがそれで良いのだろうか。
日本人としては、頭を下げたい思いもあるが……
「久しぶりだな、エルド」
「お久しぶりです。家宰殿」
エルドは腕を胸に当て、堂に入った所作で礼をした。
「そうかしこまるな」
家宰と呼ばれた男は、居並ぶ門兵を見渡す。
途中で俺とも目が合い、興味深げにこちらを見る。
俺は困惑して視線をそらす。
「どうだ、最近の調子は」
「冬明けで流通量が増えてきています。
それと、今朝は盗賊による襲撃もありました」
「暖かくなってくると、余計な連中まで目を覚ます。
毎年そうだ。
酷い場合は、盗賊狩りでも検討しよう。
野盗連合の例もあるしな。
他に何かあるか?」
「前にも申し上げましたが、人手不足は否めません」
「今朝、西門でも同じ事を言われた」
家宰は困ったように頭を掻いた。
「彼は新入りか?」
「そうです」
家宰が俺を見て言った。
心臓の鼓動が高鳴る。
恐らく、立場は大分上の人だ。
失礼があっちゃまずいよな……
「……」
俺は緊張から伏し目がちになった。
家宰が続ける。
「エルド、ひょっとして彼は緊張してるのか?」
「それはそうでしょう。
急にあなたのような立場の人がこられたら」
「悪い悪い……それで新入り、名前は何と言う?」
「ユ、ユーヤです」
「ユーヤ、ふむ。
ではユーヤ。この門で働き始めてどうだ?感想は?」
「ハ、ハイ……皆さん大変よくしてくださって、是非続けたいと思います」
その姿を見て家宰は笑みをこぼす。
「大分緊張しとるぞ、エルド。
普段から厳しくしすぎなんじゃないのか?
まあ、何かあったらエルドにでも相談すれば良い。
見ての通り、普段から表情を動かさないからな。
生きているか死んでいるか分からん面だ。
定期的に声をかけて、生存確認をしてやれ」
「グフッ……分かりました」
場の空気が和らいだ。
「……」
エルドは相変わらず仏頂面だ。
「……珍しいですね。こうして抜き打ちで来られるとは」
トマスが質問する。
「マルネール様が急に壁外を見て廻りたいとおおせられてな」
その言葉を聞き、内心で緊張が走る。
マルネール……あの鐘鳴らしの令嬢だ。
「儂も最近は狭い砦での生活が続いていたからな。
目付け役がてら、息抜きに同行させてもらったわい」
「やはり壁外の空気は美味いですな」
「これで曇りではなく晴天だったら文句なしでした」
周囲の人物が同意する。
「あとはうまいビールと美女が横にいれば言う事なしだ。
おっといけない、また領主様に叱られる!」
家宰がそう言い、周囲が笑う。
……なんだ。
思ったよりフランクな人だ。
しかし……仕事中とは思えない発言だな。
日本だったら、マスコミから総叩きされて辞任の流れだぞ。
「そう言えばこの門にはトレバーと……ベルナールもいるんだったか」
「はい、今日も勤務中です」
「どうせなら呼んできてくれるか?久しぶりだしな」
・
・
・
少ししてベルナールとトレバーがやってきた。
トレバーは少し離れた所で騎士や重役と話している。
心なしか、普段よりも表情が硬いように見える。
ベルナールは家宰を含む数人と話している。
家宰からの問いかけに対して頷いたり、短い言葉で返事をしている。
不愛想な彼にしては、珍しい光景だ。
「……まさか家宰殿が来られるとは」
「驚きですね」
隣の門兵達がそう言った。
でも、良い人のようだ。
俺はまだ開いていない先頭の馬車の方を見る。
きっとあの中に、例のマルネール様がいるのだろう。
酷い噂のある人物だ。
が、色眼鏡で見るのは良くないな。
うん。
人を決めつけるのは簡単だ。
でも、それが真実かは分からない。
自分の目と耳で聞いて、ちゃんと確認しよう。
「……ん、あれ?」
その先頭の馬車が、唐突に開く。
周囲の人々の目線が集中する。
馬車の地面に、女性らしい華奢で色白の足先が下りる。
手入れされて艶やかな亜麻色の長髪。
人形のように白い肌。
透き通った海のような、透明感のある瞳。
きめ細やかな薄緑と、白地に複雑な刺繍のツーカラーの絹のドレス。
開いた胸元には首から高そうな飾り。
指先からつま先に至るまで美しく、その所作一つ一つに気品がある。
年齢は俺より少し上……多分17歳位だろうか。
恐らく彼女がマルネール様なのだろう。
ザ・町娘のマガリとは文字通り生まれが違う。
馬車の反対側からは同年代の高貴な装いの男女が馬車から降りる。
ご友人たちだろうか。
「-----ッ」
令嬢マルネールが俺を見る。
不思議な力がこもっているかのような、蒼海の瞳に釘付けになる。
目が、離せなくなる。
マルネールはそのまま、こちらに歩いて来る。
俺は内心動揺しつつも、失礼がないように直立不動の体制を保つ。
彼女はとうとう俺の目の前に立った。
身長は同じくらいだ。
「……」
「……」
無言で見つめられ、気まずい。
何か用だろうか。
「……どうして」
え?
「……どうして門兵に薄汚い人もどきがいると聞いてるのッ!
エルヴェ!どうして!」
「は? え?」
俺が呆然としていると、
エルヴェと呼ばれた男――家宰――が慌てて駆け寄って来る。
「ひ、姫様。ここは公の場です。どうかお静まりください」
「私は理由を聞いてるの!誰の許可があって許した!」
「……我々は人種を理由に就業を制限する事はいたしません。
それがこのカヴェルナの方針です」
「……正気なの?!
こんな奴隷人種を私の街の兵士として雇うなんて!
あなたには陽の部族の一人としての気概がないの?!」
「その事と、彼を差別する事に関係はございません。
異形に立ち向かう為に、誰であれ力を合わせる必要が----」
「そうやって連中をつけあがらせるから、流民共が反乱を起こす!
この町を無法都市の二の舞にするつもり!」
「ですが---」
姫と家宰はそのまま押し問答を繰り返す。
俺はそんな激しい議論を聞きつつ、立ちすくむ。
……正直、罵声の数々で心が砕かれそうだ。
許されるなら、今すぐにでも背を向けて逃げ出したい。
「---ッもう良い!下がれ、エルヴェ!」
「--ですが」
「下がれと言っています!」
「ッ」
マルネールがそう言い、もう一度俺を見据えた。
その瞳にはもはや、透き通る青い海は無かった。
代わりに、その感情の如く荒れ狂う海が見えた。
「……」
マルネールは無言で取り巻き立ちに目配せする。
取り巻きの1人、鍛えた男が前に出る。
「----ヒッ」
俺は一歩後ずさる。
が、後ろから背中を掴まれて逃げられない。
見れば取り巻きの1人――ニヤニヤとした笑いを張り付けた女がいる。
「諦めな」
「ちょッ」
俺は助けを求めるように周囲に視線をやる。
門兵達は展開に付いていけないのか、
それとも、巻き添えを食らうのか恐れたのか、動く者はいない。
ある者は絶句し、ある者は右往左往し、あるものは気まずげに視線を反らす。
護衛達は我関せずの姿勢を貫き、動き出そうともしない。
「------がッ」
横顔に強い衝撃。
視界が歪む。
地面に倒れ込む。
横顔が燃えるように熱い。
「オラァ、手えどけろ!」
男はそのまま馬乗りになり、何度も殴りつける。
手で防ごうとすると、取り巻きの女が棒を振り上げる。
「---ッ」
鋭い痛みが手に走り、手先が上がらなくなる。
そこからは一方的な展開だった。
「ガッ……ゲホッ」
顔、胴、手、何度も何度も殴りつけられる。
「痛い……やめて、やめてください……もう、許して……」
俺は何度も許しを願った。
が、それが聞き入れられる事はなかった。
「……ッ……ッ……ッ」
何度も殴られ続ける内、声が枯れ果て、
体中の感覚が分からなくなる。
そして、俺は、暗闇に意識を手放した。
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