防具と依頼

 

 イコルに言われた通りに歩くと、それらしい店が見えてくる。

 店頭にはいくつかの防具が並べられている。


 が、下に表示されている数字の桁数を考えると、

 手の届かない程の金額。

 あんなの購入したら……破産だ破産。


 俺は扉を開けて店の中に入る。

 見ると、部位毎に区別されて防具が置かれている。


 ……よし。

 残り二か月の、命綱の使い道だ。

 節約していかないとな。

 最低限、冒険者として体面を保てそうな防具を探そう。


 中には凝った意匠のものがある。

 手が届かないと分かっていても、つい目で追ってしまう。


 うーん、この兜のデザインいいな……

 高っ、残念だけど見送るか。


 凹んだバケツのような、非常にシンプルな兜がある。

 安いけどバケツは……購入を悩む。


 いや、自分の場合は兜で顔を隠すなりして、

 侮られないようにしないといけないか。

 毎回先ほどのように絡まれていたら、依頼を受ける事すら難しい。

 ……お、これもいいな、いやでも値段が……うーん。


「!」


 朝と同じように大きな鐘が響く。

 思考が一気に現実に引き戻される。


 昼時にも1度鳴ったから……今日はこれが3度目だ。

 この音には、まだ慣れないな。


 ……まあ、鐘も鳴った事だ。

 そろそろ現実に目を向けて、手頃な装備を探さないとな。


 ・

 ・

 ・


 俺は手頃な防具を選び終え、カウンターに向かう。

 購入品は以下だ。


 チェーンメイル。

 プレートメイルが金額的に手が出ないため、これに決定。

 中古なのか、所々チェーンがほつれている。


 ともあれ、大切な防具であり一張羅だ。

 これから大切に使っていこう。


 チェーンメイルの上から着る薄い胴衣。

 チェーンメイルだと、日光の熱が溜まって熱そうなので購入。

 金銭的な問題で、無地の白い胴衣だ。


 木製のヒーターシールド。

 鉄で縁取りされ、なめし革が張られた無地の木製盾。

 正面から斬り合うのは怖いため購入。


 壁外の旅路で、俺は臆病だと自覚した。

 相手が殺意を持って向かって来るだけで、腰が引ける。


 最初から手柄を立てようとするのではなく、

 まずは盾で防御に徹し、戦いの気迫に慣れる事を目標にしよう。


 厚手の革製の籠手。

 鉄製の方は重く、金銭的にも手が出なかった。


 厚手の革製のブーツ。

 重量と金額の兼ね合いで革製に決定。

 前任者の足の臭さが残っているせいか、良心的な値段だ。

 春日部に住む、35歳の父親が履いていたのかも知れない。


 他にも腰帯——剣を携帯しておくためのベルト——も購入したかった。

 今は夜の騎士から奪った物を使っているが、正直呪われていそう買い換えたい。

 まあ、使える事は使えるのだし……我慢しよう。


 お、重っ。


 一通りの防具を持つと、少しよろけてしまう。

 防具に着られているような事にならないか心配だ。



 ……まあ、最初はその状態でも仕方ないか。

 少しずつ重さにも慣れていくはずだ。


「すみませーん」


 店の奥に声をかける。

 すると、職人のような男が出てくる。

 男は、俺が持ってきた防具を手に取って確認する。


「……」

「……」


 男が防具を確認している間、気まずい沈黙が続く。

 ……また、何か外見の事で言われたら嫌だな。


「なあ、お客さん」

「は、はい」


 来るか……

 嫌味か、吹っ掛ける気か?


「新しく冒険者でも始めようってか?」

「はい」


 やめとけってか?

 残念だが、これしか職が無さそうなんだ。


「鎧拭きを何枚かつけてやる。

 手入れしないと、あっという間に錆ついちまうもんだからな」

「え?本当ですか」

「チェーンが解けたら店に来い。安値で修理してやる」

「あ、ありがとうございます」



「俺も昔は冒険者だった時期もあった。

 こんな物騒な世の中だ。

 流民だの何だの言ってないで、協力して異形共と戦うべきだ」

「はい、頑張ります」


 少し警戒し過ぎだったか。


「お前さん位と同年齢のパーティなら、「異邦の剣」かな。

 流民で、年齢にしては良い腕前だ。

 そいつらを参考にすればいいかも……合計金額は……」

「……」


 提示された金額は高価だった。

 これを払えば、手元に残るのは僅か銀貨数枚。

 家計は火の車だ。 


 ぐぬぬ……


 正直、かなり迷う。

 が……金は命には代えられない。


 俺は嫌がる腕を無理やり動かし、硬貨を取り出す。

 持ってけドロボー!


 防具を受け取った時に、重さで姿勢が傾く。


「おうおう、重そうだが大丈夫か」

「ははは、こればっかりは慣れるしかないですね」


 元々、運動不足の引きこもりの体だ。

 少しずつ体力をつけていくしかない。


「うちは正義の日と信仰の日は休みだから、来るのならそれ以外にな」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って、俺は店を後にした。


 ・

 ・

 ・


 気が付けば夕暮れ時。

 俺は防具を抱え、小走りで宿に戻る。


 それにしても……太陽が沈むのが早い気がする。

 この世界の季節は冬に近いのだろうか。

 何度か小道に迷いつつも、宿への帰路を急ぐ。


 日が沈むにつれ、夜闇が地面を覆い始める。

 それは薄暗いスラムの奥地から、

 闇が町全体に染み出しているようにも見えた。


 例えるなら、今の自分はレベル1だ。

 自慢じゃないが、そこらのチンピラよりも弱い自信がある。


 昼間ならともかく、夜の街を不用意に歩くのは危ない。

 レベルを上げる前に主人公が死んでしまうなんて、冗談じゃない。

 返品物だ。


 ようやく宿を見つけ、入り口をくぐる。

 自室に入り、重い防具をどっさりと下ろす。

 凝り固まった腕をほぐしつつ、ベッドの上に腰掛ける。


「フー」



 思えば、今日は動きっぱなしだった。

 一日一ターンの引きこもり時代からすれば、信じられない成果だ。


 まあ、壁外の旅路で、強制的に鍛えられたからだな。

 何よりカーブルトという男に出会った。


 彼の影響によって多少は社交的?になれたのかも知れない。

 彼には本当に感謝だ。


 ただ、今日は会話のキャッチボールはあまり出来ていなかったような気もする。

 ……コミュ障はすぐには治らないのだ。


 ……腹が減ったな。

 思えば、昼食も食べていない。

 ましてや、この体は恐らく15~6歳の食べ盛り。


 腹が減っていては何とやら。

 夕食は宿泊プランに入っていたはず。

 食堂に行けば、何か出してくれるだろうか。


 ・

 ・

 ・


 俺は階段を下りて食堂に入る。

 既に数人、食事を取っている。

 厨房には主人らしき男が鍋を振るっている。


 しめしめ……夕食にありつけそうだ。


「ん?」


 カウンターを見ると、そこにはあの強そうな女将ではなく、

 まだ高校生位の——と言っても今の自分と同じような年頃——の女の子が立っていた。


 茶髪でショートカット。

 髪はカチューシャのようなもので留めている。

 彼女は他の常連らしき客と雑談している。


 日本だと、仕事中に雑談なんてクレームが入るかもしれない。

 が、国も違えば世界も違う。

 役目さえ果たしてくれれば、それで構わない。


「それでねー」

「すみません」

「んん……すみません」

「あ、はいはい」


 少女がこちらを見る。

 一瞬だけ、表情が歪んだ。


「何の用ですかァ?」

「二階に宿泊している者です。

 夕食の準備をしてもらえますか?」

「一昨日から泊っている人ね。

 おとーさーん。夕食を用意して欲しいんだってさー!」


 厨房から返事が返って来る。


「おーう、座って待っていてくれ」

「座っててだって」

「分かりました。ありがとうございます」


 そう言って、俺は目立たない隅のテーブルに腰を下ろす。


「……」


 暇なので、先ほどの対応について考える。

 一瞬だけ歪んだ表情。

 傷つかなかったと言えば、嘘になる。


 やはり流民、それか異邦人はあまりよく思われていないようだ。

 流民たちも、ギルドの奥にいたのを見たきりだ。


 王国民と流民との間で住み分けがされているのだろう。

 恐らく、狭く日当たりの悪い小道の先、

 ひっそりと肩を寄せ合うようにして、暮らしているのだろうか。


「……」


 この都市において、流民という存在は思ったよりも……


「はいよ、夕食ね」


 先ほどの娘がそう言い、目の前に夕食を雑に置いた。

 2つの皿と1つのコップ。

 1つ目の皿には、煮豆と野菜の漬物、それと厚切りの黒パン。

 2つ目の皿には、薄いスープ。


 昼も抜いていた事もあり、普通に美味しい。

 やはり、最大の調味料は空腹。

 漬物を齧りつつ、脳内で先ほどの行いについて考える。


 娘はあの時一瞬だけ顔を歪めた。

 が、すぐに表情を戻して普通に対応してくれた。

 母親と比べれば、まだ気遣いのある対応だ。


 娘の方をちらりと見ると、食器を片している。

 指先にはあかぎれが見える。

 まだ高校生頃なのに、立派に家業を手伝っている。


 少なくとも、自分が成人を超えてもできなかった「仕事」を、

 彼女はその年齢で立派に行っている。


 あまり俺の事はよく思ってないだろうが……

 内心では静かにエールを送ろう。

 俺も頑張らないとな。

 そんな事を考えながら、コップに手を伸ばす。


「ブブッ」


 俺は思わず吐き出してしまう。

 口元にぼたぼたと液体が垂れる。


「……」


 水じゃない、恐らく酒。

 数年前に一度だけ飲んだ、ビールと似た感触。

 夕食はビールなのか。


 だとしたら、有難迷惑もいい所だ。


「クスクス」


 娘がこちらを見て、小馬鹿にするように笑っている。

 前言撤回。

 やっぱりあの娘は嫌いだ。


 ・

 ・

 ・



 その晩、夢を見た。


 モノクロの中、数人の男女が親しげに歩いている。

 夏の心地よい日差しがかかり、幼少期の思い出を照らし出す。

 自分がまだ未成年で、社会との関わりがあった頃だ。


 まだ純粋で、ひねくれていなかった頃。

 人生で一番楽しかった時の記憶だ。


 友人たちの顔も名前も、うろ覚え。

 しかし、思い出はしっかりと焼き付いていた。


 ・

 ・

 ・


 酷く不快な、鐘の音と共に目が覚める。


「……」


 昔の夢から覚める時は、いつも憂鬱な気分になる。

 あの色あせた世界に、いつまでもいられたら。

 そう思わずにはいられなかった。


 ・

 ・

 ・


 俺は食堂に入る。

 すでに数人の人々が朝食をとっている。


「朝食を一つ」

「あいよ」


 銅貨を置くと、不愛想な女将は厨房の主人に指示を飛ばす。

 俺は椅子にもたれかかり、ブルーな気分で朝食を待つ。


「北の街道でまた盗賊が出たらしい」

「我々も護衛をつけるか」

「ロトゥムの都で近々試合が開催されるらしい、行ってみないか?」

「またスラムの近くで王国民が襲われたらしい」

「あんな場所に近づくからだ」

「自業自得だ」


 ……朝から物騒な話題が多い。

 しかしスラム、やはり危険な場所なのか。

 近づかない方が良さそうだ。


「あいよ、朝食ね」

「ありがとうございます」


 昨日と同じで、薄い野菜のスープと黒パン。

 俺はあくびをかみ殺して食事をとる。


 思えば、引きこもり時代は完全に昼夜逆転の生活。

 規則正しく起床するだけで、謎の達成感のようなものがある。


「ありがとうございました」


 そう言って俺は席を立つ。

 ただでさえ、異邦人として浮いてしまっている。

 せめて、礼儀正しい人間でいる事を心がけないとな。


 ・

 ・

 ・


 今日は、冒険者ギルドに行って依頼を受けよう。

 貯金は残りわずか。

 今にでも仕事が必要だ。


 早速着替えよう。


 下着の上から、チェーンメイルを着る。

 鉄のひんやりとした感触と、ずっしりとした重量感。

 重さで猫背になってしまいそうだ。


 その上から胴衣を着て、ブーツに足を通し紐を結んで行く。

 つま先の隙間が気になるが仕方ない。

 成長すれば埋まるはずだ。


 最後に籠手を両手に装着する。

 手を開いたり閉じたりしてみるが、動きがまだ慣れない。


 ベルトを使用して、何とか盾を背中にセットする。

 背後に引っ張られるような重量感。


 最後に腰帯。

 剣がしっかりと装着されている事を確認。

 一度全身を振り返ってみる。


「おお……」


 コスプレのようで、テンションが上がる。

 正直、騎士と言うよりかは、日雇い傭兵だ。


 来年のコミケにはこの格好で行ってみよう。

 コミケなんて行った事も無いが……


 俺は宿を出た。

 防具のおかげか、昨日よりも安心感が強い。

 危険な異国の地に、昨日よりかは、

 しっかりと踏み出すことができたような気がする。


「……」


 俺は都市の頂点にある鐘楼を見上げる。

 昨日ギルドから見上げた時は、あの鐘楼が向こうに見えたから……こっちかな?


 しばらく歩くと、見覚えがある街並みになる。

 そこから少し歩くと冒険者ギルドを見つけられた。


 ……宿から冒険者ギルドまで遠いな。

 昨日みたいに迷いながらでもないのに、30分は歩いた気がする。


 ふぅ……


 額の汗をぬぐう。

 思ったよりも装備が重い。

 歩くのに、体力が必要だ。


「……」


 ギルドの扉を開けようとして、思わず立ち止まる。

 昨日のいざこざが脳裏をよぎる。


 ただ、引き下がるわけにもいかない。

 こっちも生活がかかってるんでね。

 俺は仕方なく扉を開けた。


 併設された酒場には、昨日と同じで酔った人たちがいる。

 何人かは、テーブルに突っ伏して寝息を立てている。


 俺はそそくさと受付に向かう。

 昨日イコルがお勧めしていた受付は……いない。

 仕方なく、とりあえず右端の受付嬢に声を掛ける。


「すみません」


 ショートカットで20代程度の女性。

 流民を見ても表情は変えず、平坦な口調で続ける。


「はい、どうされました?」

「ギルドに登録をしたいと思っています。

 それとできれば依頼も紹介していただけないかと」

「初心者登録ですね。少々お待ちください」


 そう言って女性は席を立ち、書類のようなものを持って来る。

 ……あの用紙に筆記で記入するのか?

 文字なんて書けないぞ。


「お名前とご年齢をお願いします」

「名前はユーヤ、年齢は……(多分)15です」


 若返ったせいで、実年齢は分からない。


 女性はそれを手元の紙に書き込んでくれた。

 自分で記入する必要はないようだ。

 気が利くなあ。


「出身地は?」


 来た。

 あらかじめ予想していた質問。

 慎重に答えないと、身分証の提示を求められて詰む。

 ギアを上げていかないとな。


「……名も無き流民です。

 幼い頃に故郷を追われ、入市してからスラムでずっと生活をしていました」


 俺は悲し気な表情を作る。

 何とか同情が誘い出す作戦だ。


 今は15歳という未成年。

 外見も相まって、何とか煙にまけないだろうか。


「最近家族が病に倒れました。

 何とかお金が稼げないかと……ここに来ました」

「……」


 ヨヨヨと泣き真似をしてみる。

 どうだろう、少しは興味が引けたかな。

 チラッと相手の方を見る。


「……」


 うわあ、ダメだ。

 お姉さんの表情が冷たい。

 見抜かれてる!


 俺は仕方なく、虎の子たる銀貨一枚を袖に潜ませて泣く泣く献上。

 賄賂が有効なのは、入市の際に学んでいる。


「……安っぽく聞き飽きた、身の上話に付き合う気はありません」


 そう言って、女性はさっと銀貨をしまい込んだ。


「は、ははは……すみません」


 手痛い出費だったが……最大の難関を突破。

 気が付くと、額に嫌な汗がにじむ。

 残り少ない銀貨を切ったからか。

 賄賂と言う、犯罪まがいに手を出したからか。


 登録費用の銅貨20枚を支払い、登録作業を終了する。


「冒険者ギルドにようこそ。歓迎します

 依頼の話に移ります。

 結論から言うと、初心者のEランクで、今まで経験がない方に紹介できる仕事は限られています」

「はい」


 ある程度予想していた答え。

 緊張しつつ話を聞く。


「今のところ紹介できるのは……どぶさらい、堀の掘削、壁の補強工事、建物の取り壊し作業、都市内における物資の運送。


 あとは、装備は揃っているようなので、警備員、門兵の補助役、位ですね。

 壁外と比べて危険がない分、割安になる事を承知してください」


 う~ん。


 全て壁内の仕事。

 外に行く仕事はないだろうか。

 冒険者らしい経験もつめなければ、お金もそれ程貰えなそうだ。


「外に行けて戦闘の経験が積めそうな仕事とかありませんか?

 例えば商隊の護衛とか」

「ある事にはあります」


 彼女は一呼吸置いて続ける。


「しかし、あなたの場合はEランク。

 最低限の装備はあるとは言え、実績が無い方に壁外の依頼は紹介できません」


 ……確かに、外の世界は危険だ。

 それは嫌と言うほど身に染みている。


「これが経験のある方々と共同での受注となれば話は違います。

 が、見たところそういった伝手はお持ちではないようですね」

「は、はい」


 何も言い返せない。

 正論という名の暴力だよ。


「外での仕事を希望する……と言うのなら門兵の補助役はどうでしょう。

 門を通る冒険者の方を見て、何か学ぶこともあるのではないでしょうか。」


 門兵か。


 門で顔見知りになり、パーティに入れてもらう。

 みたいな事もできそうだ。

 土台を固めるという意味で、いい仕事かも知れない。


「それに、門兵の補助役は装備が必要な仕事です。

 装備があるなら、それを生かせる仕事にしたらいかがでしょう」

「……そうですよね」


 大金を出して防具をそろえた。

 なのに、防具が必要のない仕事になってしまうのは悲しい。


 俺は入市した時の門の光景を思い出す。

 正規兵とは違う装いの、冒険者らしき門兵がいた。


 彼等はそれ程忙しくはなさそうだった。

 比較的楽な仕事なのかも知れない。


 しかし、門兵か。

 ゲームだと、ほとんど目立たない役。

 それ以上もそれ以下の印象も無い。

 地味な職業だ。


「途中で依頼から抜ける事は可能ですか?」


 逃げ道も確認しておこう。


「やむを得ない事情を除き、契約の更新期間は二か月毎です。

 その度に依頼者と冒険者の間で継続の可否を相談していただく事が可能です。

 双方から何も申し立てが無ければ自動更新になります」


 二か月。

 二か月に一度、契約を更新せずに辞める機会がある。

 逆に言えば、二か月に一度、唐突に契約を解除される可能性がある。


「給金はどの位いただけますか?」


 俺は初心者だ。

 あまりいい金額は貰えないだろう。

 が、最低限生活が出来る金額は確保したい。


 貧すれば何とかだ。

 目の前の彼女にも持ってかれた事だしな。


「日給制で銀貨一枚と小銅貨八枚です。」


 ……う~ん。


 一泊につき、個人部屋が夕食付で大銅貨7枚。朝食で小銅貨3枚。

 週に二日も休めば、小銅貨15枚しか残らない。

 昼食にありつく余裕はなさそうだ。


 まあ、俺は初心者だ。

 えり好みできる立場でもないか。

 ……しばらく昼食は抜きにして頑張ろう。


「もし知っていたら教えて欲しいのですが、職場の人間関係はどうですか?」

「アットホームな職場ですよ。初心者には良い場所です」


 彼女の表情はピクリともしない。

 本当だろうか?


「参考までに、マージンについてお聞きしてもいいですか?」


 カーブルトが言うには、マージンが酷いという話だった。

 今回はどの位抜かれているのだろう。


「ギルドと依頼者間の契約についてはお答えできません」


 ばっさりと切り捨てられる。


「そうですよね、アハハ……」


 未経験だし、金額にこだわるのは良くないな。

 うん。

 今回は経験を積むためと割り切ろう。

 経験を積めば、割の良い仕事を紹介してくれるかも知れないしな。


「とりあえず、門兵をやってみようかと思います」


 まあ、問題があれば契約を更新しなければいいか。

 やるだけやってみよう。


 ・

 ・

 ・


 この後、依頼票を持って勤務地――外部東門――まで向かうらしい。

 そこで面談を行い、正式に雇用が決定されるらしい。


「それではいってらっしゃいませ。

 あなたに牡鹿の加護のあらん事を」

「ありがとうございます」


 そう言って俺はギルドを出る。

 危険な旅にはなるだろうが、いつかお金を貯めたら、

 海を渡ってカーブルトに会いに行きたい。


 そのためにもまずは仕事を頑張らないと。

 俺の人生は、ここから再スタートするのだ。

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