門兵編

街の探索とギルドへの顔だし


 カーブルトを見送った後。

 その足で泊まれそうな宿屋を探す。


「ッ」


 体に痛みが走る。

 思えば、丸一日寝ていない。

 頭も体もうまく動かない。

 早く寝たい。


 ただ、周囲の通りには宿屋が見当たらない。

 どこにあるんだ?

 キョロキョロと辺りを見渡す。


 ふと、すれ違う人々から視線を感じる。

 その中には嫌悪の目線もある。

 こういう視線には慣れない……

 視線から逃れるように、足早に通りを抜ける。


 ま、粗末な格好だし仕方ないか。

 長旅の中で、シャツもボロボロ。

 それに、道行く人々とは顔つきも人種も違う。

 どうしても浮いてしまう。


 ……お


 しばらく歩いていると、宿らしき店が並ぶ通りを見つける。

 看板はあるものの、文字は読めない。

 疲れていたので、とりあえず手前の宿に向かう。


「……失礼します」


 入り口をくぐり、廊下を抜けると食堂が広がっている。

 手前のカウンターにいる女性と目が合う。

 ふくよかな中年の女性だ。

 女将の貫禄がある。


「失礼します」

「……いらっしゃい」


 女将は不愛想に言った。

 やっぱり汚い格好だとまずいな。

 後で服も買わないと。

 俺は緊張しつつたずねる。


「一晩泊まりたいのですが、よろしいでしょうか。」

「集団部屋なら夕食付で大銅貨4枚だよ。個人部屋なら7枚だ」

「集団部屋……集団で宿泊するという事ですか?」

「それ以外何があるんだい」


 女将は当然だろうという風に答える。

 この世界では常識なのだろう。


 今後は、常識を疑われるような発言は控えた方がいいな。

 ただでさえ浮いているのに、変に悪目立ちしたくない。

 ……しかし個人部屋か。

 日本人の感覚だと、どうしても抵抗がある。


「集団部屋だと何人で宿泊するんですか?」

「そりゃ、泊まる人数によるよ。

 多いときは10人以上だけど、今日はまだ5人だよ」

「ありがとうございます。……それでは個人部屋の方でお願いします」


 そう言って、硬貨を袋から取り出す。

 少し考えたものの、やはり集団部屋というのは抵抗がある。

 トラブルや盗難被害も怖い。

 手持ちとしては、まだ余裕があるしな。


「アンタ、流民かい?」


 部屋の鍵を手渡される際、女将が唐突に言った。


「はい、そうです」

「ふうん……」


 あらかじめ、出自を聞かれた際は流民だと答える事にしていた。

 異世界から来たと言っても、信じる人などいない。


 女将は疑い深い眼差しを向けてくる。

 あまり気分の良いものではない。

 思わず目を反らしてしまう。


「2階に上がって右手の2番目の部屋さ、キレイに使っておくれよ」


 何やその態度……こっちは客やぞ?


 一瞬いら立つも、俺は身分証を持っていない。

 揉め事を起こした際、不法滞在者だとバレる。

 カーブルトいわく、バレると牢屋か壁外送りの可能性があるらしい。

 ……もう一度壁外に放り出されるくらいなら、物乞いになった方がましだ。


「……気をつけます」


 もやもやした感情を抱きながら、二階に上がっていく。

 ……そういえば、流民をあまり見かけないな。


 カーブルトいわく、流民は黒髪黒目の褐色肌。

 が、大通りを歩くのは色白の王国系ばかりだ。

 流民の人々は、この辺りには住んでいないのか。


 ・

 ・

 ・


「……」


 木製のドアを開けると、ワンルームの部屋に入る。

 室内には、ベッド、窓際に小さな机、それに箪笥や桶等が置かれている。


 しかし、疲れた……


 ベッドに横になり、傷んだ足首をさする。

 ようやく、人里に着いた。

 本当に長かった。

 安心すると共に、眠気がやってくる。

 柔らかなベッドの感触に身を任せて、すぐに眠りについた。


 ・

 ・

 ・


「!」


 大きく響き渡る音。

 地面から伝わる振動。

 慌てて飛び起きる。


 え? は?


 音は鳴り続けている。

 窓際を見ると、朝日が差し込んでいる。

 窓から身を乗り出し、音の元を確認する。


 あの頂点の鐘楼で鐘が鳴っている。

 ……日本なら騒音でクレーム物だ。


「……ふぁぁ」


 昨日の昼頃に寝てから、今朝まで寝ていたようだ。

 しかし、まだ体が重い。

 旅の疲れはまだ取れない。

 ただ、睡眠を取ったおかげで頭はスッキリした。


 腹が減ったな。

 食堂に行くか。


 ・

 ・

 ・


 階段を下りて食堂に入る。

 食堂の窓からは朝日が差し込んでる。

 キッチンからは良い匂いが漂っている。

 テーブルには、既に旅人や商人たちが座って食事を取っている。

 この中にも流民はいないようだ。


 食事を運んでいた女将と目が合う。

 女将は呆れるように言った。


「あんた丸一日寝ていたのかい?

 夕食が要らない時は今度から事前に言っておくれ」

「すみません。ちょっと疲れてて……」


 今度からは気を付けないとな。

 ただでさえ異邦人として浮いているんだし。


「朝食はありますか?」

「小銅貨三枚だよ」

「分かりました」


 そう言って硬貨を差し出す。

 その後、テーブルに座っていると、スープとパンが運ばれてきた。


「はい、朝食」

「ありがとうございます」


 豆と少しの野菜が入った薄いスープ。

 隣には黒い小さなパンが添えられている。

 日本では馴染みのない料理だ。

 パンをかじってみる。


「う、うーん」


 食べられはするものの、味気なく硬い。

 周囲を見ると、スープにひたしながらパンを食べている。

 同じように浸して食べる。

 薄味だ。

 食事を終えると女将に質問する。


「すみません、どこかで体を洗う所はありますか?」

「水浴びがしたいなら中庭の井戸を使いな。

 桶は部屋に置いてあるだろ。

 あと、水は貴重なんだから大切に使っておくれよ」


 えっ 水?

 風呂と言えばお湯じゃ……


「すみません。水を温める方法って……」

「? 何言ってんだいアンタ?」

「……そ、そうですよねアハハ」


 水を温める方法自体、無さそうだ。

 当分、温かい湯船には浸かれないか……

 あ~あ、現代人の辛いところね、これ。


 ・

 ・

 ・


 部屋にあった桶とタオルを持って、井戸のある中庭に移動した。

 先客はいないようだ。

 鶏が騒がしい。

 中庭の隅で飼われているようだ。


 慣れない作業に悩みつつも、何とか井戸から水を引き上げる。

 力を入れて水を引き上げる度、傷ついた体に鈍い痛みを感じる。


 次に服を脱いでいく。

 正直、青空の下で全裸になるのは抵抗感がある。

 が、壁外での経験に比べれば大抵の事はマシだ。


「ふぅ」


 全裸になって青空を見上げる。

 晴天だ。

 雲一つない空に、服一つまとわぬ体。

 これが自由か。

 妙な解放感を感じつつ、水をすくい体に掛ける。


「ッ、冷たいなあ……」


 汲み上げた地下水は、思ったより冷えている。

 肌寒い気温もあり、冷たさが身に染みる。

 風邪にならない内に、手早く済ませないとな。


 ・

 ・

 ・


 体を洗いサッパリし、俺はようやく街に繰り出す。

 小銭袋は大切に懐に仕舞い込む。

 腰元には夜の騎士の剣。


 肩にかけた麻袋には、恐ろしい意匠の鉄仮面も入っている。

 鉄製なので、そこそこの値で売れるだろうとカーブルトがくれた物だ。

 本当に彼には感謝だ。


 ……正直、呪われていそうなので早めに売り払いたい。


 そんな事を考えつつ、服屋を探す。

 今着ている服はボロボロで、普段着としては使えない。

 好奇の目線を避けるように、道の隅を足早で通り抜ける。


 通りには、食事の屋台や雑貨が並んでいる。

 街の角には、大きなバスケットにパンを入れて売っている女性がいる。


 商売と言えば、この世界の花はそこそこ高いだろうな。

 壁外があれ程の危険地域だ。

 花を摘んでくるのだって一苦労だろう。


 日本ではありきたりの物が、

 この世界では大きな価値を生むかも知れない。


 何とか日本での経験を活かし、

 金が自動的に入ってくる仕組みを構築できないだろうか。

 それも楽して。


 お、あった。


 通りに服屋を発見。

 有難いことに、庶民の味方、古着店の面持ちだ。

 無職にとって、安上がりの方が有難い。


 入り口を開けて服屋の中に入る。

 あまり換気がされていないのか、息苦しい。

 そこかしこに服が並べられるか、無造作に積まれている。


 俺はとりあえず、人々と同じような目立たない地味な服を選ぶ。

 粗織のチュニックと肌着、古着のズボンやベルト等を数枚確認。

 サイズも問題なさそうだ。

 複数の衣類を持って、店の奥に向かう。


「すみません。これらを購入したいんですが……いくら位になりますか?」

「……」


 カウンターに座っている、やせぎすの中年男性は答えない。

 男性は、俺の顔や服装をじろじろと確認し、腰元の剣を見て眉を顰めた。

 剣……確かに古着屋に持ち込むには物騒だよな。

 次から、宿に置いておこうか。


「あんた、ここらじゃ見かけない顔だね」

「ハハ……最近この辺りに越してきましたので」


 我ながら、下手な愛想笑いだ。


「どうしてあんたらの同胞のいる地区から出てきたんだ?

 そっちにいた方が、お互いに平和だろう?」

「それは……」

「……まあ、いいか。

 面倒事を起こさないなら構わないけどね。

 大銅貨15枚だ」

「……」


 俺は袋から硬貨を取り出す。

 老人は硬貨を一枚一枚念入りに確認してから、衣服を渡される。


 流民に対する風当たり、思ったより強いな……

 顔を隠すための、深めのローブのようなものを探した方が良いかも知れない。


 俺は店を出て、衣類を抱えながら宿屋に戻る。

 部屋に入ると、先ほど購入した服に着替える。


 目立たない色の、辛うじて世間体の保てそうなチュニック。

 腰には、革製のベルト。

 ズボンは、元々は白かったのだろうが色あせて年季が入っている。


 引きこもり時代は、服装なんてろくに気に掛けなかった。

 何なら、毎日同じ服を着ていた位だ。

 が、この町で生きていく上では、そうもいかない。

 怪しまれて職質され、身分証を出せと言われたら面倒だ。


 ……気が滅入るな。



 俺はベッドに腰掛ける。

 次は冒険者ギルドに行こうと思ったが、かったるい。

 一気に疲れた感じだ。


 そもそも、ニートは一日一ターンしか行動出来ないという制約があるのだ。

 今日は体を洗って、外に出て町を歩き、服を選んで購入した。

 その上チクチクとする小言にも耐えたのだ。

 これ以上のターン行動は命に関わる。


 ……しかしこの部屋には娯楽がない。

 ゲームもスマホもPCも無い。

 かと言って眠くもないし暇である。


「……ん」


 仕方なく、俺は椅子に腰掛ける。

 カーブルトから貰った硬貨袋を取り出す。

 それを机の上に置き、一枚一枚確認する。

 どれ位余裕があるのか、確認しておこう。


 これで全部か。


 小銅貨は残り12枚。

 大銅貨は残り28枚。

 銀貨は残り20枚。

 金貨は残り2枚。


 ええっと、聞いた話だと……

 大銅貨は小銅貨10枚の価値。

 銀貨はその10倍。

 金貨はさらにその10倍の価値がある。


 日本円に換算すると、小銅貨は百円。大銅貨は千円。銀貨は一万円。金貨は十万円。

 ……と考えると、残高は約40万。


「……」


 俺は目の前に置かれた硬貨を無言で眺める。

 一日に必要な宿泊料が大銅貨7枚。

 とすると……約六十日は泊まれる計算だ。


 ここから食費や雑費、それに冒険者として防具を整える費用等をまかなう必要がある。

 とすると……あと一か月くらいの宿泊が限界だろうか?


 ……これが命綱か。


 俺は小銅貨を一つ手に取る。

 ごくりと唾を飲む。


 残りは約一か月。

 それまでに手に職を得ないと、ホームレス。

 道端で野垂れる。


 他にも、住民税等を払う必要はあるのかという疑問はある。

 ……ま、知らない物は仕方ない。

 これは考えなかった事にしておこう。


 ……改めて考えると、カーブルトは40万円も分け与えてくれたのか。

 それも、知り合ったばかりの他人に。

 彼には本当に感謝だ。

 本当に頭が上がらない。


 残された猶予はあと一か月。

 時間は限られている。

 ……今の内に、冒険者ギルドにも顔を出しておくか。


 ・

 ・

 ・


 困ったな……


 再び街に繰り出し、冒険者ギルトらしきものを探して1時間程歩いた。

 が、それらしいものが中々見つからない。


 この街は大通り以外、どこも曲がりくねっている。

 大通りを外れると、すぐ迷路になる。

 そのため、どこに何があるか見つけづらい。


 大通りは石畳で舗装されており、大きな建物が並んでいる。

 そこから少しでも道を外れると、土が剝き出しの地面になる。

 粗末で小さく、そして積み重なった建物が所せましと並び始める。


 ぎゅうぎゅうに詰められた建物を見ていると、息苦しくなってくる。

 閉所恐怖症になりそうだ。


 ふと、横目に小道が見えた。

 が、その通りは日当たりが悪く、色々なゴミも散らかっている。

 通りの奥は、昼間だというのに薄暗く、見えにくい。


 ……何か危なそうだな。

 ……止めておくか。


 危険な匂いがしたため、引き返す。

 怪しげな道は極力避けないとな。

 今の自分は帯剣しているとは言え、戦闘はズブの素人だ。


 もし強盗にでもあったら、有り金全てを失う。

 そうなれば、いよいよ目も当てられない。

 何より、お金をくれたカーブルトに申し訳が立たない。


 ……しかし、一時間ほど歩いたが流民の姿は見かけないな。

 どこかにまとまって暮らしているのだろうか。


「……」


 気が付けば、俺はある小道に差し掛かっていた。

 その小道は日当たりが悪く、薄暗い。

 地面はぬかるんでいる。

 建物の壁は塗装が剥がれ、ボロボロだ。


 道端には一人の老人がうずくまっている。

 老人はうつむいて、ひとりごとを繰り返している。


 ……この道は、やめておくか。


 が、後ろの通りは一通り見た。

 引き返しても意味がない。


 ……仕方ないか。


 何、考えてみれば小道を通るだけじゃないか。

 ま、まあ……深夜徘徊で暗い道を通った事なら何度もあるしな。

 深夜は、ニートにとって外出できる唯一の時間帯だ。


 俺は意を決し、薄暗い小道を進みだす。


「……」


 湿った空気の中、周囲を警戒しながら進む。

 俺は念のため、腰元の剣に手を添えながら進む。

 どこかから漂ってくる悪臭に顔をしかめる。


 と言ってもまだ昼間だ。

 視界はちゃんと確保できている。

 壁外の旅路に比べれば、何と有難いことか。


「ふふ……」


 俺は不意に笑ってしまう。

 俺は数日前まで、安全な日本の部屋に引き込もっていた。


 が、気が付けば、画面越しでしか見た事のないような場所。

 海外の危険なスラムを歩いている。


 何かの冗談のような、理不尽な状況。

 思わず笑いがこみあげてくる。


 おおブッダよ!寝ているのですか?


 何度かの突き当りを曲がり、

 ようやく人通りのある通りに出る。

 ほっと胸をなでおろし、腰元の剣から手を放す。


 ……お。


 まず目に映ったのは、道を歩く屈強な男たち。

 防具を身に着け、威圧感がある。

 スキンヘッドの男もいる。

 完全にヤのつく職の方だ。


 工房らしき店の前を通る際、視界の隅に何かのシンボルが映る。


 おお、それっぽい。


 盾の上に置かれた、斧のシンボル。

 いかにも冒険者ギルドらしい。

 入ってみるか。


「失礼しまーす」


 扉を押して中に入る。


「うっ」


 最初に感じたのは籠った空気の匂い。

 併設された酒場からの、アルコールの匂い。

 次に、昼から酒を煽る男たちの大きな笑い声。


 建物の内部は広かった。

 奥行があるし、二階へ続く階段もある。


 室内は全体的に薄暗い。

 光源は各所の小窓から差す日光。

 それと、各所に置かれている青白く発光する石のようなもの。


 青白い光が、各々の武器や鎧に反射し、

 存在感を際立たせている。


 男達が大半だが、中には女性もいる。

 自分とほとんど変わらない年齢の人もいる。


 ……ん?


 奥のテーブルに目をやると、黒目黒髪の褐色肌。

 いわゆる流民たちもいる。

 同じ異邦人同士、仲良くしようね。


 奥の方に、依頼が貼られているらしき掲示板がある。

 とりあえず見に行くか。


「……う」


 掲示板前のテーブルに、騒いでいる冒険者たちがいる。

 その背や腰元には、人を殺せる武器が見える。

 正直、命の危険をそこはかとなく感じる。


 まあ、剣を差している自分が言うのもあれだが……


 引きこもりとは生涯縁の無かったはずの、世紀末の雰囲気。

 一瞬、引き返したい思いに駆られる。


 ふぅ……

 落ち着け、俺。

 クールになれ。


 金が尽きる前に、仕事を見つけないといけない。

 壁外での経験に比べれば、大抵の事はマシだろ。


 行く、か……


 意を決し、室内に一歩踏み出す。

 酒を煽っている男たちに気づかれないよう、

 掲示板の前までそそくさと進む。


 何とか掲示板に到着。

 ミッションコンプリート。

 これから帰投する。


 早速掲示板を見ると、ある事に気が付く。


 よ、読めない……


 さっぱり分からない。

 英語に似ているような気がしないでもない。


「おいガキ」

「ひゃ、ひゃい!」


 背後から野太い声。

 振り向くと、顔を赤らめた3人の冒険者が立っている。

 全員30代位。


 背は自分よりも高く、威圧感がある。

 あと酒臭い。

 そして三人とも、人を殺せる武器を持っている。


「何だあ?何でこんな所にガキがいやがる?」

「しかも流民かこいつ?」

「私服でこんな物騒な所に来たのか、常識ねえのか?」

「……ッ」


 思わず無意識に腰元の剣に手が伸びる。

 が、抑える。

 もし抜けば、あっという間にサイコロステーキ先輩だ。


「おいおい、得物に触ろうとしてどうするつもりだ?

 俺達とやるつもりか?」

「やるなら外へいくか?」


 うっ……

 見抜かれている。

 先ほどよりも強い剣幕。

 何とか矛先をそらさないと……


「ず、随分飲んでいるようですね。

 何か良いことでもあったんですか?」

「ああ?良い事でもないと飲んじゃいけねえってか?」

「嫌味のつもりか?」

「い、いえ、その」


 冒険者は、にやけ面を顔に張り付かせている。

 脅して楽しんでいるのか。


「……」


 周囲に視線を送るものの、

 誰も助けようとはしてくれない。

 どころか、騒ぎを楽しんでいるようだ。


 薄情だな……あ!


 そうだ。自分にはあれがあるじゃないか。

 あの呪われた鉄仮面。

 夜の騎士達と戦った証拠にはなるはずだ。


 取っておいてよかった。

 正直、早く手放したい気持ちもあったが……


「ちょ、ちょっと待って下さい」

「何だ?」

「面白い物でも見せてくれるのか?」


 俺は鉄仮面を取り出して三人に見せる。


「これは僕が戦った夜の騎士の仮面です」

「……」

「……」


 どうだ?

 これで少しは見直してくれたか?


「……え?」


 3人は、一瞬、呆けたような顔をする。

 次第に、1人の顔が怒りに染まる。


「てめえッ」

「へっ?」


 男が即座に腰元の剣を抜く。

 そのまま切っ先をこちらに向けて――


「……ッ」


 直前で止まった。

 男の剣先は、胸の直前まで迫っていた。

 俺はしりもちをついた。


 いつの間にか傍に立っていた、くすんだ金髪の男いた。

 彼が男の手首を掴んで静止させていた。


「よせ、職員に目を付けられるぞ」

「……チッ」


 金髪の男が小声でそう言うと、

 男が武器を納める。

 最後にこちらをひと睨みすると、

 他の二人とともに引き返す。


 周囲の観客も、争いが終わるとつまらなそうに顔を背ける。


「……」

「お前も……ほら、立てるか」


 呆然と座り込んでいると、金髪の男がそう言って手を差し出してくる。

 俺は手を取って立ち上がる。


 男は20代後半だろうか。

 やせぎすでくすんだ金髪。

 年季の入った軽装の鎧。

 背中には木製の盾と、腰元には小ぶりな剣が見える。


「お前も運が悪かったな、連中の事情は知らなかったんだろう」

「……はい」

「連中は最近、壁外で夜の騎士に仲間を殺されてな。

 要は気が立ってた訳だ」


 それでか。

 やけ酒をしていたという事か。

 そう思うと、悪いことをしたな。


「助けていただき、ありがとうございます」

「気にするな。教えに従った行動をしたまでだ」


 そう言って男は胸元のV字に似た形のペンダントを見せる。

 これは……一神教か守護聖教のシンボルなのだろうか。


「ここらじゃ見ない顔だが……名は?」

「僕の名前はユーヤです」

「俺の名前はイコルだ。濃霧街の住人だ。

 冒険者ギルドに来るのは初めてか?」


「はい、全くの初めてです。

 恥ずかしながら、掲示板の文字も全く分からなくて……」


「そうか。それは俺も分からない。

 まともな教育は受けてないからな

 大抵の冒険者はカウンターで良さげな依頼を見繕ってもらうものだ」


 そう言って彼はギルドの奥を指さす。

 奥にはいくつかの窓口と、受付が立っている。


「俺のおすすめの受付嬢は右端の子だな。

 彼女は信徒で、公平な対応をしてくれるだろう、ただ……」

「ただ?」


 イコルは言いにくそうに続ける。


「これは助言なんだが、装備を整えて来ないか?」

「装備、ですか?」

「そうだ。ユーヤの服装は普段着だろ。

 そんな格好で受付に行っても、まともな装備をそろえる余裕がない。

 または物見遊山という印象で、良い依頼は紹介して貰えない」


 ……そうか。

 面接でも服装が見られるように、

 格好をちゃんとしないと、仕事は紹介してもらえない。

 スーツが求められる面接に、私服で向かう人はいない。


「受付から見たら、外見位しか判断基準が無いからな」


 何事も、まずは形から、か。


「ありがとうございます……結構、冒険者をやって長いんですか?」

「この道7年のベテランさ。

 俺達のパーティ名は「ロッシュ村兄弟団」だ。」

「村の兄弟団……ですか?」


「ああ、村はもう無くなってしまったがな。

 こんな時代だからこそ、助け合わないと。

 また何かあったら聞いてくれ」

「……」


 ……さらっと重い話があったが、そうか。

 壁外の村の出身という事か。


「……ええ、助かりました」


 言葉とは裏腹に、どこか、人の好意を素直に受け取れない。

 何か裏があるのではないかと、疑ってしまう。


 ……俺の悪い癖だ。

 少しずつ、直していかないとな。


「ちなみに、最寄りの防具店はギルドを出て右に少し歩くとあるぞ。

 頑固な爺さんだが、機嫌が良いときは割引してくれるからそれを祈れ」


 そう言ってイコルはテーブルに戻って行く。

 俺は彼の背に向かって頭を下げる。


「あ、ありがとうございます!」


 彼のくれた情報は大変有難い。

 正直、冒険者には苦手意識があったが……

 良い人もいるものだ。


「……」


 俺はふと、手元の鉄仮面を見る。

 しかしこの仮面、危うく命を落とす所だったぞ。

 本当に呪われているんじゃないだろうな。

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