勤務初日


 俺はカーブルトから聞いた話を、脳内で整理する。


 この街カヴェルナには、外壁と内壁と呼ばれる二重の壁がある。

 俺が入市する際に通ったのが外壁だ。

 外壁には、東西南北に4つの壁門がある。

 それぞれ、外部東門、外部西門、外部南門、外部北門と呼ばれている。


 それに対して、都市の中で下街と上街を隔てているのが内壁。

 そこにも、東西南北に4つの壁門が存在する。

 それぞれ、内部東門、内部西門、内部南門、内部北門と呼ばれている。


 下街は8つの区画に分かれている。

 その内、冒険者ギルドが置かれているのは東区。

 ここから外部東門までは距離が近く、ほぼ道なりで行けるとの事だ。


「……」


 俺は外部東門の方向を仰ぎ見る。

 遠くに、色あせた数メートル程度の外壁が見える。

 その壁上には小さな櫓がある。


 櫓の上には、何かの意匠が刻まれた旗がたなびいている。

 とりあえず、櫓を目印に進むとしよう。


 ・

 ・

 ・


 工房で打たれる鉄の音。

 どこからか奏でられる楽器の音色。

 物売りや呼び込みの声。

 時には、無遠慮な視線に耐えながら道を進む。


 ……そういえば、どこかに床屋はないか?

 セルフカットには自信が無い。


 俺は道行く人々を見る。

 王国系の人々は、顔の堀が深く、色白だ。

 身長も高く、大半が見上げる形になる。


 髪の色はさほど違いが無いものの、

 その眼には、豊かな色彩を宿している。

 見ていると時々、瞳に吸い込まれそうな感覚になる。


 ……何だろう。

 洋風の鮮やかな世界に、低身長の平たい顔族が場違いに放り込まれた感覚。

 どうせ異世界転移するなら、身長も伸ばして欲しかった。

 ジャック・〇ンマーみたいに。


 ほとんどの人がやせている。

 その内数人は、少し心配になる位にやせている。

 食料の問題だろうか。


 そんな事を考えつつも、櫓の下にある門までたどり着いた。


 ……ん?


 門の上の壁には、壁画が描かれていた。

 所々色あせ、欠けてはいるものの、何メートルものサイズだ。


「おお……何だこれ」


 それは二つの生物が対峙している図だった。

 壁画の奥には、鋭い眼光の威厳ある猛禽が描かれている。

 猛禽の背後には、後光らしきものが差している。

 今にも、壁画から飛び出してきそうな迫力だ。


 反対に、手前側に描かれているのは、白服の神官のような人物だ。

 神官は槍を構え、迫りくる猛禽と対峙している。

 全身と槍には、黄色の線が何条にも描かれている。


 神官の顔は……塗りつぶされている。

 壁画の下には一行の言葉が刻まれているが……読めない。

 何の描写だろうか。


 その壁画の下には門がある。

 今も馬車を通している。

 忙しそうだ。


 しかし……あんな危険な壁外を抜けて、わざわざ商売をしにくるのか。

 商魂たくましいな。


 俺は仕事が落ち着いたタイミングで、近くの門兵らしき人に声を掛ける。

 これから同僚になるかも知れない人だ。

 失礼のないようにしないとな。


「あの、すみません」

「……何か?」


 男は振り返る。

 目の彫りが深く、その周りには皺が刻まれている。

 日に焼けており、髪は灰色。

 身長は180cm位、年齢は40~50代。

 統一された装備と佇まいから、恐らく正規兵。


「ユーヤと言います。

 ギルドで、この門の依頼を紹介されました」

「希望者か。着いて来い」

「分かりました」


 そう言って男は近くの建物に入っていく。

 ここが門兵の兵舎なのだろうか。


 入ってみると、埃っぽい。

 あまり掃除をしていないようだ。


 男は兜を脱いで槍を立てかけ、

 近くにある木製の長テーブルに腰掛ける。

 それを見て、俺も正面に座る。


「外部東門を預かる兵士長のエルドだ。

 これから仕事の簡単な説明をする」

「よろしくお願いします」


 エルドは表情を変えずに続ける。


「主な仕事は入市者の監視と審査だ。

 質疑応答は入市審査役が行うが、問題が発生した際は剣を抜くこともある。

 人と、殺し合った経験は?」

「ッ」


 鋭い質問。

 思わず言葉が詰まる。


「……数日前に」


 エルドは少し頷いて続ける。


「それ以外には、荷物検査の仕事だ。

 輸入品の種類と量を確認し、それに見合った関税を取り立てている。

 流通を滞らせないために、迅速な検査が必要だ。

 重い荷物の時は、力も必要になる


 最近は密輸入も発生している。

 見逃してしまえば、処罰もある」


 力仕事か。

 あまり自信はないな。


「勤務開始は、一の鐘と同時だ。

 忙しさにもよるが……基本的には四の鐘が定時だ。

 門は聖日も信仰の日も常に開いているから、休日は不定期だ。

 週に1度か2度は休めるように手配する」


 一の鐘は、いつも叩き起こされているあの鐘の事だろう。

 鐘は一日に4回鳴る。

 体感で言うと、

 一の鐘=9時。

 二の鐘=12時。

 三の鐘=15時。

 四の鐘=18時。

 このように、三時間毎に鳴らされている。


 ……待てよ。

 一の鐘で起床するのに、一の鐘で作業開始とはこれ如何に。

 この時代にも目覚まし時計はあるのか?


「信仰の日」については、カーブルトから聞いている。

 この地における一週間は日本と同じで7日。

 が、曜日の呼び方は違う。


 一神教が掲げる、7つの美徳。

 希望、博愛、正義、思慮、節制、勇気、信仰。

 と曜日毎に名前が決められている。


 この内、最後の信仰の日は、文字通り信仰のための日。

 教会でミサ等が行われるため、休日になる事が多いとか。

 日曜日に該当するだろう。


「私からは以上だ。何か質問はあるか?」

「……」


 正直、一の鐘が鳴る前に起床する方法を素直に聞きたい。

 ただ、常識知らずと思われるのは少し怖い。

 が、二度目の人生だ。


 自分の無知を認め、聞くべき事は聞こう。

 そうしないと、いつか行き詰まる。

 BAD ENDは一度目の人生で十分だ。


「すみません。

 どうやって一の鐘が鳴る前に起きればいいですか?

 早起きが苦手で……」

「……」


 エルドは、少し間を置いて答える。


「家はどこだ?スラムか?宿か?」

「宿です」

「宿なら、早朝にドアを叩いてくれるサービスがあるはずだ。

 無いなら、子供に銅貨でも握らせてみろ」

「……」


 確かに、宿の人たちは朝食の準備で早めに起きている。

 帰ったら確認してみるか。


 しかし、あの不愛想な女将のモーニングコールか……

 ある意味、目が覚めそうだ。


「ありがとうございます。確認してみます。

 差し支えなければ、人員募集の理由を教えていただけますか?」

「そろそろ導きの霊の守護月間が終り、次に初代癒し手様の守護月間が始まる。

 冬の残り香が去り、人々の行き来が増える時期だ。

 物流も増える分、人手も要る」


「……へ、へえ、そうだったんですね」


 俺は引きつりながら返事をする。

 正直、聖何とかの守護月間は良く分からない。

 恐らく12か月の呼び名か。


 まあ、今聞かなくてもいいか。

 暦の呼び方を尋ねるなんて、流石に不自然だしな。


 要約すると、これから忙しい時期になるから人手が欲しいらしい。

 ……正直、思ったより平和な理由でよかった。


 もし、前任者が冒険者とのいざこざでけがを負って退職したとか、

 物騒な理由なら腰が引けていたかも知れない。


 給与としても、切り詰めれば生活していける額。

 ……正直、もう一声欲しい所ではある。


 まあ、最初から高望みしても仕方ないか。

 社会復帰のリハビリだと思って頑張ろう。


「未経験でお手数おかけするかと思いますが、これからよろしくお願いします!」


 俺はそう言って立ち上がり、勢い良く90度のおじぎをする。


「……」


 返事が無い……

 見ると、エルドは少し面食らったようにこちらをみている。


「……いえ、失礼しました」


 そういえば、ここ日本じゃなかったわ。

 おじぎの文化もないよな。

 今後は気を付けよう。


「……ああ、よろしく。

 その内、慣れてくれば別の仕事も任せよう」


 そう言ってエルドが立ち上がる。

 ……よかった。その場で内定だ!


 やはりおじぎが良かったのかも知れない。

 偉大な例のあの人も言っていた。

「おじぎをするのだ!」と。


 ・

 ・

 ・


「顔合わせをするぞ」


 俺はエルドに案内され、兵舎を出て門に向かう。

 門には、窓口小屋の中にいる1人と、他に3人の門兵がいた。


「新入りの紹介だ」


 エルドがそう言うと、4人がこちらを見る。


「彼の名前はジラール。入市審査役で、窓口役だ」


 窓口小屋から、人が出てくる。

 15、6歳前後の品の良さそうな青年。

 茶髪と、日本では珍しい夕焼け色の瞳。


「初めまして、ジラールです」

「よろしくお願いします」


 服装は他の門兵たちと違い、私服のシャツと上着を羽織っている。

 窓口係は私服が許されているのか。


「彼はトマスだ」


 30代位で肥満体。

 濁った眼をした門兵が歩み出る。

 装備からして正規兵。

 トマスと呼ばれた彼は、その瞳に失望の色を隠そうともしなかった。


「……流民の、ガキか?

 ここはいつから、スラムの託児所になった?」


 へ、ヘイトスピーチ……!


「トマス」

「はいはい。

 ま、仕事をちゃんとやってくれんなら文句はないですよ」

「……トマスは今日の検査監視役だ。

 お前は彼の下で働いてもらう。」

「……よ、よろしくお願いします」


 この人が上司なのか……不安しかないぞ。

 初対面だが俺は既に彼の事が嫌いだ。


 もう一人の門兵も前に出る。

 正規兵とは違う装備。

 俺と同じで非正規兵のようだ。

 年齢はジラールと同じで15,6歳。

 黒髪と、黒に青みがかかった瞳の色。


「俺の名はフォルだ。

 よろしくな。新入り」


 フォルの口元はにやけている。

 軽視の目だ。


「……」


 初対面だが俺は既に君の事も嫌いだ。

 ……が、嫌いだからと言って、逃げていても仕方がない。


 俺はちっぽけで弱い存在だ。

 カーブルトとの旅で、それをよく思い知らされた。


 意地を張る生き方はもう辞めだ。

 ここはへりくだって、教えてもらう姿勢で挑もう。


「よろしくお願いします」


 フォルにそう言って、最後の男の方を見る。

 年齢は20代半ばだろうか。

 茶色の瞳と、手入れされていない乱れた髪。

 無精髭と生気の無い目。

 私服なので非正規兵。

 服装は軽装で、薄手のシャツと腰元の剣位だ。


「……ブロンだ」

「あ……」


 ブロンはそれだけ言い、挨拶をする間もなく門の反対側に行ってしまう。


「壁上や壁内にも役がいて、その日毎に持ち場を交代している。

 彼等とは、別の日に会えるだろう」


 視界の隅で、地面の人影が動く。

 壁上を見ると、一人の男が壁上を歩いている。

 逆光のせいで、顔はよく見えない。


「今日はとりあえず、雰囲気に慣れるだけで良い」


 そう言い残し、エルドは奥に引っ込んだ。

 その場には、三人の癖のある門兵と新人一人が取り残された。


 不安だ……



 ・

 ・

 ・


「個人商人のスビネクさん

 出身は連邦王国の領邦ウィーゼンブルグで間違い無いですか?」

「はい、間違いねえです」

「入市目的は食品の売買で間違いないですか?」


 中年の行商人が窓口役のジラールからの質問を受けている。

 行商人のそばには、護衛らしき数人の冒険者がいる。

 エルドも窓口の傍に立ち、二人の会話を聞いている。


「そうなんでさあ。

 今年も良いカブや玉ねぎが収穫できまして、

 今まではタウラス領を回って売ってました」


 エルドが口をはさむ。


「どこで取れたものだ?」

「へい、これは南部のヴィルゴ領で購入したんです。

 暖かい南部でとれた、栄養たっぷりの食べ物でさぁ」


「豊かな場所らしいですね。

 人々は、食べる物には困らないとか」

「それは昔の話でさあ。

 今は前線なんかに格安で食べ物を引き渡さねばならんですから、

 苦労しているらしいですよ」


「ハァ……ハァ……」


 俺は会話に聞き耳を立てながら、

 汗だくになって荷物検査をしていた。


 目の前に置かれた検査台のテーブルに、麻袋の中身をぶちまける。

 そして、怪しい物がないかをざっと見る。

 確認を終えると、袋に戻しすぐさま次の袋を取る。

 その繰り返しだ。


 行商人の持ち物は一台の荷馬車。

 荷台には何十もの小分けにされた麻袋が詰められている。

 それらを急いで検査する。


 荷馬車の後ろには入市者らしき一行が並んでいる

 彼等を待たせないためにも、急いで確認しないといけない。


 しかも、この重装備だ。

 籠手は取り外したものの、

 チェーンメイルと背中の盾、腰元の剣の重みをずっしりと感じる。


 そのせいで、余計に疲れが溜まる。

 腰が曲がりそうだ。



 隣ではブロンも同じように検査をしている

 と言っても自分より遅く、やる気のない動き。

 思わず、小言を言いたくなる。


 フォルは荷台から次々と麻袋を持ってきて、

 検査台のテーブルに運んで来る仕事をしている。


 ……麻袋一つ一つまで確認する徹底ぶり。

 確かに、検査は厳しいとは聞いていたが……

 ここまで細かくやるのか。


「すんませーん。

 もう少し丁寧に扱って貰っていいですかァー?」

「ユーヤ、あまり急いで雑に扱うな。預かり物だぞ」

「ハァ……ハァ……すみません」


 荷主からの苦情と、検査監視役のトマスからの注意が飛ぶ。

 隣の男よりも、一生懸命やっているのに……


 トマスはと言うと、検査に参加せず荷台の辺りに突っ立っている。

 何をしているんだろう。


「……」


 トマスはおもむろに荷台から玉葱を一つ手に取る。

 そして、それをさっと懐に仕舞込む。


 ……正規兵って、一応都市の公務員だよな?

 公務員が窃盗か。

 いい趣味してるね。

 深夜徘徊が趣味の俺といい勝負ができそうだ。


 その行為を見ていた護衛の冒険者が、

 咎めるような目線でトマスを見る。


「悪いな。貰うぜ。文句あんのか?」

「……」


 冒険者は目を反らす。

 立場を盾にやりたい放題だ。


 しかし、武器を持っている冒険者相手によくやるな。

 反撃されたら、たまったものではないが……

 その辺りは見極めているのだろうか。


「新入り、何か文句あんのか?」


 トマスと目が会ってしまう。


「いえ……」

「よそ見してねえで、少しは手を動かせ」


 トマスはそう吐き捨て、門の方に戻って行った。


 ・

 ・

 ・


「滞在期間はどの位になりますか」

「大体15日です。

 どこか卸ろしてくれる店がなければ、次の聖日の市場で売り捌こうと思います。

 場所を取る許可をいただきたいんですが、商業ギルドはどのあたりにありますか?」


「あそこは北門のあたりですね。

 ここが東門なのでそのまま北の大通りに向かってもらって、

 詳しい場所は近くの人に聞いてください」

「助かります」

「冒険者ギルドはどの辺りなんだ?」


 冒険者がぶっきらぼうに口をはさむ。


「あそこはすぐ近くですよ。

 都心のバリエル砦に向かってまっすぐ歩けば工業区通りに出ます。

 そこまで行けばあとはギルドの看板を探してください」

「分かった」


 ジラールは物腰が柔らかいな。

 この門で唯一の文明人かも知れない。


「身分証明書、入国許可証。

 その他必要な書類と内容に誤りがない事を確認しました。

 最後に関税額の確認をするので少し待って下さいね……」


「おい新入り。聞き耳立ててないでさっさとやれ」

「……すみません」


 まだ高校生くらいのフォルから注意が飛ぶ。

 実年齢よりも若い子に怒られるのが思ったよりもキツイ。

 怒るよりも褒めて伸ばして欲しい。


 俺は急いで麻袋に野菜を詰めていく。

 検査台の上には、出し入れする際にはがれた野菜の破片が散乱している。

 入市金を払い終えた一行に、ジラールが続けて話す。


「それでは最後に、入市宣誓を行います。

 あなたはこのカヴェルナの地を踏むにあたり、

 教義に沿った7つの美徳を守り、

 道徳心を持った良い滞在人として振る舞う事を誓いますか」


「「「誓います」」」


「都市の守護聖人たる聖ローズモンドを敬い、市政と騎士達を敬いますか?」


「「「敬います」」」


 3人の男たちは姿勢を正し、胸に手を当てて静かに答える。


 俺とカーブルトが入市した時には、この宣誓は求められなかった。

 とすると、始めてこの都市に来た者だけに求められるのだろう。


 しかし、たかが数人通すのに、やけに時間をかけるな。

 金さえ払えば、もっと楽に入れるかと思っていた。


「……それでは、荷物検査が終わるまで少々お待ちください」

「おい、とっとと検査終わらせろ!サボるな!」


 間髪入れずに、日陰で涼むトマスからお叱りが飛ぶ。

 その後は急いで荷物の検査を終わらせ、3人で麻袋を荷台に戻す。


 次に、巡礼者らしき人達がやってくる。

 護衛の冒険者もいる。

 トマスが冒険者たちに指示し、装備を全て検査台の上に置くように命じる。


 冒険者たちは、腰元の剣や背の盾等の防具を検査台の上に置いていく。

 装備を脱ぎ終えると、フォルとブロンが簡単な身体チェックを行う。

 隠している物がないかを確認すると、彼等を通した。


 次の入市者は……いない。

 ひと段落つけそうだ。


 ふぅ……


 俺は近くの壁にもたれかかる。

 急な運動で、チェーンメイルの中は汗ばんでいる。

 まだ昼前だが、疲労感は夕方のそれだ。


「疲れたか?流民のガキ」


 俺はぎょっとして顔を上げる。

 トマスとフォルだ。

 二人して、薄笑いを浮かべながら近づいてくる。


「何勝手に休んでるんだ? 新人」


 トマスに続けて、フォルが口を開く


「左右に立って見張りをやる決まりなんだ。行け」


 門の正面を見ると、そこにはブロンが既に右側に立っている。

 どうやら、これは俺達非正規組の役目らしい。


「……分かりました、すみません」


 門の左手に向かい、そこでブロンと同じように立つ。

 トマスとフォルは、横に立って言葉を続ける。


「どうだ、初めての検査は」

「お前みたいな奴じゃ大変だろう」


 俺は不快感を押し込める。

 ただでさえ新人なんだ。

 出来るだけ、丁寧な態度を心がけないとな。


「そうですね。思ったより大変でした」

「ハ、こんなもんで大変だって」


 二人は顔を見合わせて笑う。

 フォルが得意げな顔で続ける。


「お前、朝と夕方のラッシュはこんなもんじゃねえぞ。

 本当にやっていけんのか?

 お前みたいな奴が?」


 分かりやすい挑発だ。

 俺が一回り若かったなら、頭に血が上っていたかも知れない。


「初日なので、まだ何とも。

 それでも、できるかぎりやるつもりです」


 トマスが口を開く。


「何眠たい事言ってんだ?流民のガキが。

 お前みたいな奴は何やってもダメなんだよ。

 生まれも、育ちも、何も無いって面してる」

「……」


 取り消せよ、今の言葉……!


 冗談はさておき、彼の言う事は別に間違ってはいない。

 俺は日本で、何も無かった男だ。

 認めるしかない。


「……そうかもしれません。

 でも、精一杯やってみるつもりです」


 挑発に乗って反応しても、相手を喜ばせるだけ。

 正論で言い返しても角が立つ。

 剣を抜いて切りかかるは、最後の手段。


 ここは耐えて受け流そう。

 期待する反応をしなければ、

 その内飽きて、どこかに行ってくれるはずだ。


「ここまで言われて悔しくないのか?玉付いてんのかよ」

「悔しくないですよ。ご指導ありがとうございます」

「チッ」

「妙な奴だな。

 ……というかお前、よく見ると妙だな?

 肌の色は褐色じゃねえし、顔の彫りが浅いというか……

 東方から逃れてきた流民じゃないのか?」


 うっ。

 フォルが痛い部分をついてきた。

 やはり外見は気になるか。


「え、ええ、東方の国々の中でも外れの方にありまして……」

「砂礫の国や黄金の国とは違うのか?」

「小さな島国と言いますか、恐らく誰も知らないような所ですよ」

「どんな所なんだ?」

「さ、さあ、幼いころに滅びたので……」


 この世界で日本を知っているのは、自分しかいない。

 そう思うと、不思議な感覚だ。


「ふーん」


 しかし、よく滅んだ故郷についてずかずかと聞けるな。

 多少は遠慮して欲しいものだ。


「スラムの連中は、変な入れ墨を入れてるんだろ?

 相手に復讐するためだったら、何年も追って命を惜しまないんだとか?」


 フォルがおどけたように言う。

 流民たちは執念深い人たちなのか。

 俺も気を付けないとな。

 トマスも続ける。


「流民どもは変な像を崇めて、仮の名前を名乗るらしいな。

 気味の悪い奴らだ。

 俺達の教えなんて理解できないだろ?」


 仮の名前?

 流民は本名を隠しているのか。

 確かに、妙な風習だな。

 とりあえず誤解は訂正しておこう。


「……私の「ユーヤ」という名前は隠すことなく本名です。

 変な像を崇めた経験はありません。

 それに僕は聖ギュスターヴを尊敬しています」


「へえ」


 聖ギュスターヴならカーブルトから聞いた。

 確か背教者の君主と戦った兵士。

 その勇気をたたえられ、死後に列せられた聖人のはず。

 戦いの前には、彼の名に祈る事が多いそうな。


 ただ、特段彼を尊敬しているという訳ではない。

 そもそも、宗教にあまり良い印象はない。


 嘘をついてしまったのは心苦しい。

 が、見知らぬ土地でやっていくためだ。


「へえ、そりゃいい心掛けだな」

「流民が聖人を尊敬するねえ……」

「変ですか?」

「……ん、いや」

「確かに珍しいな……」


 二人は気まずそうに視線を泳がせる。

 日本と同じで、宗教に関してはあまり口出しできないのか。

 ましてやここは中世。

 異端審問とかもありそうだしな。


「まあ、他の流民みたいに揉め事を起こすんじゃねえぞ。

 そうなったら叩き出すからな」


 トマスはそう言い残し去っていく。

 フォルも彼に着いて行った。


 ふぅ……何とかやりすごせた。


 ちらりと隣のブロンを見る。

 相変わらず、やる気なく猫背で立っている。

 話しかけづらいな……


 俺は無言で、景色を眺め続けた。


 ・

 ・

 ・


 その後も、時々入市者がやってくる。

 その都度対応を行い、検査を行っていく。

 時にトマスやフォル、荷主から小言が飛んできた。


 冒険者の身体チェックも行った。

 何が悲しくて、野郎の体をチェックしなければいけないのか。


 途中、ひやひやする場面もあった。

 強面の冒険者達と門兵の間で張り詰めた雰囲気がただよった。

 金額について、こじれたようだ。

 俺は、こっそり背中のシールドと腰元の剣に手を伸ばした。


 最終的には門兵側が毅然とした態度を崩さず、冒険者が折れた。

 初日から心臓に悪い……


 夕方には帰宅者が列をなしてラッシュになった。

 俺は無心で荷物をさばき続けた。

 気が付けば、夕日が沈みかけていた。


 ・

 ・

 ・


 い、いてて……


 体の節々がこっている

 汗でべとついた額を拭う。

 チェーンメイル、盾、剣、ブーツ。


 全ての重みが、朝と比べて二倍にも三倍にもなっている。

 時間経過で重さが増加する呪いの防具だろうか。


 しかし、疲れた……

 ニート上がりにやらせて良い仕事じゃない。

 その内、感覚が麻痺して慣れてくるのだろうか。

 俺は目に染みるような夕日をながめる。


「!」


 大きな鐘の音が響く。

 四の鐘、閉門時間だ。


「門を閉めるぞ。ぼさっとするな、新入り!」


 背後からトマスの声が飛ぶ。

 見れば、門の跳ね橋を上げようとしているようだ。

 俺は駆け足で作業に加わる。


「よし、門を閉じるぞ」


 跳ね橋を上げた後、巨大な木製の門の扉を数人で閉じ始める。

 それに加わろうとした所、肩を叩かれる。

 エルドだ。


「初日だし後片づけはしなくても良い。

 先に上がれ」

「……ありがとうございます」


 俺はそう言って頭を下げた。

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