最高の職場

 

 人もまばらな朝の街並みを横目に門に急ぐ。

 朝の冷気が首元に触れ、身震いする。

 道端には酔って寝転んでいる男や、空の酒瓶が転がっている。


 門に到着すると、そこには既に大半の門兵が揃っていた。

 ブロンもいる。

 また最下位に逆戻りだ。


「!」


 途中でジラールと目が合い、軽く会釈する。

 何だろう。

 お礼とか言っておいた方が良いか……

 後で声でも掛けに行くか。


「全員いるな!よし、朝礼を始める!」


 その掛け声と共に、談笑していた門兵達がさっと列を整える。

 俺も一瞬遅れて――と言っても初日と比べれば大分成長した――彼等と共に整列する。


「今日の伝達事項!

 近々タウラス家の名代がカヴェルナを訪問されるとの事だ!

 恐らく、今回もこの門を通るだろう!

 金の首輪共に舐められないよう、毅然とした態度で挑め!」


「「「はい!」」」


 普段と比べ、威勢の良い返事だ。

 タウラスが関わると、皆こうだ。

 あからさまに対抗心が現れるというか……


「最初に見られるのは二人の見張りだ!

 気を付けろ!」

「は、はい!」


 見張り筆頭の俺は、慣れない返事を返す。

 タウラスかあ。

 カヴェルナとタウラスの仲は、おせじにも良いとは言えない。

 隣同士みたいなんだし仲良くしてよ。


 前に来たタウラスの冒険者の態度を考えると、

 今度の出迎えも面倒事になりそうだ。

 くわばらくわばら……


 ・

 ・

 ・


「これから跳ね橋を下ろす!

 作業の邪魔だ!下がれ下がれ!」


 待ちぼうけしていた市民達に押されながらも、何とか跳ね橋を下ろす。

 同時に、市民達が一斉に跳ね橋を渡る。

 俺は市民達に流されないように、すぐさま門の端に逃げた。

 人々が放流された事を確認すると、本日の作業が開始された。


 ・

 ・

 ・


「……靴類が入った袋約数十。

 油の入った小箱も約数百。

 それに鶏卵の入った籠も数十か」


 朝ラッシュの最中、

 帆馬車に乗り込んだトレバーは少しうんざりした口調で言った。


「時間がかかりそうですね……」


 油と卵は少し面倒だ。

 油はこぼす可能性があり、卵は割る可能性がある。

 丁寧に検査しないといけない。


 しかも、朝ラッシュという時間帯。

 検査が遅れればトマスから嫌味も飛ぶ。

 はあ……


「ちょっと効率化するか」


 トレバーが頭を掻きながら言った。


「効率化……ですか?」

「そうだ。全部検査となると門の流通に支障をきたす。

 半分だけ確認して通しちまおう。荷主は常連だしな」


 効率的な方法だ。

 全部検査は、流石に労力と時間がかかりすぎる。


「でも、トマスさんがそれを許可するかどうか……」


 あのトマスの事だ。

 ロジェと違い、何かあった時のために検査しろと言い出すだろう。


「トマスさんに関しては俺から説明する。

 こういう時のためか、俺にはお力があるからな」


 そう言えば、ベルナールと同じで上街にコネがあるんだっけ。

 トマスも強くは出れないか。


「そうしてくれると助かります。

 今日は中々忙しいようですから」


「任せとけ、お前は先に荷物だけ下ろしといてくれ」

「はい、分かりました」


 日本だって、全ての貨物をひっくり返して検査なんてしないはずだ。

 常識人がいてくれると助かるな。


 ・

 ・

 ・


 そんなこんなで、何とか朝のラッシュを捌き切る。

 普段と比べて忙しい日だったものの、

 トレバーの機転に助けられた形だ。


「ありがとうございます!」

「いいって、俺も楽できたしな。

 出来るだけ効率よくやらないとな」


 有難い言葉だ。

 彼のような人が、検査監視役になってくれればいいのだが……

 昨日と同じで、見張り役は俺とベル坊ちゃんだ。


「……」

「……」


 互いに言葉を発する事がなく、

 気まずい時間が流れる。


 ……息苦しいな。

 話しかけてみるか。

 失敗しても、減る物じゃないしな。


「朝方は寒かったですが、

 動き続けてようやく体が温まって来ましたね」

「……」

「先ほどのトレバーさん、凄かったですよね?

 大分作業が楽になりました」

「……知るか」

「ア、アハハ……」


 こんのガキャ……

 いてまうぞ?


 フー。

 切り替えろ。

 そろそろ本題に入るか。


「実は、これまで歴史をあまり知らなかったのですが、

 昨日初めて開祖王の詩を聞きました」


 正直、世間知らずをひけらかすのは好きではない。

 が、会話の切り口にしてみる。


「初めて……生きてきて、初めて?」

「はい、スラムで生活していた期間が長かったので、アハハ……」


 頼むから、そこはもう掘り下げないでくれよ。

 ベルナールくん?


「そうですか……

 開祖王の伝説というと、どこからどこまでの話ですか?」


 お、返事が返ってきた。


「開祖王が誕生してから、婚姻の直後に騎馬民族が攻め込んできた所までですね。

 本当は開祖王と神祇官の戦いまで聞きたかったのですが、

 そこまでは聞けずじまいでした」

「……んん、だとしたら乾いた平野の会戦の前まで進んだって所かな。

 具体的に、どういう流れだったんですか?」

「え、ええ」


 食いついてきた。

 俺は話の流れをかいつまんで説明する。


「……で、最後に騎馬民族が攻めてくるぞっ

 ていう所で話が終わりました」

「……」


 ベルナールは難しい顔をしている。


「前に、詩人の話には誇張が含まれているからあまり信用するなと言われていたので、

 どこが誇張された部分なのか聞きたいなと思ってます」


 少なくとも、相手の目を焼いた部分は嘘だろうな。


「……ほとんどだ」

「へ?」

「僕の知っている史実とはかけ離れている……ほとんど嘘だ」

「……本当ですか?」

「まず、古き森の部族は陽の部族と婚姻関係を結んだと言ったけど、

 実際には、何年も抵抗してる。

 彼等はオールドウッド城塞を拠点に、部族連合の攻撃に何年も耐えた。

 当時における最大規模の籠城戦だよ。ここを省くなんて非常識だ」


 ベルナールは得意で言った。


「全力で抵抗してますね……」

「詩人は省いたんだろうね。包囲戦が地味に感じたのか。」


 なるほど。

 カーブルトが、詩人の言う事を信用していなかったのも頷ける。


「それと、戦いの順番も違う。

 当時の石碑には「猛禽はタリウスの子らを焼き滅ぼしてから、

 闇夜の子らの住処を突き止めた」と記載されているから、戦った順番も違う。

 せめて、最低限の流れは程度は理解して欲しいですが……

 根無し草の詩人にそこまで求めるのは酷か」


 ベルナールが呆れたように言った。

 うーん。

 新しい解釈の枠を超えて、歴史改ざんの域だ。


「細かい部分を言えば、史実の開祖王は寛大な人物じゃなかった。

 沼地城を落とした後は、沼地の部族の多くを奴隷にして、部族ごと隷属させた。

 そして、彼等の信仰を許さなかった。

 彼等の祭壇を焼いて、その上に太陽神の像を立てた。


 強くて寛大な王というイメージを作り上げたかったんだろうけど、

 それはもはや別の誰かだよ」

「容赦がないですね……」


 これじゃあ、昨日楽しんでいた俺やジラールが馬鹿みたいじゃん。

 逆に、史実の方が少ないのではないだろうか。


「開祖王が光を作り出して、それで相手の目を焼いたなんてのも嘘ですよね?」

「う~ん、それに関しては何とも……」


 ベルナールの反応が鈍る。

 予想外の反応だ。


「僕自身、それは疑わしいと思う。

 でも、旧時代の神官たちはそれぞれの信仰対象の加護を受けて、

 特別な力を振るったという記録は各地にある。

 今でも教会では治癒の祈祷術もあるし、

 単なる比喩表現とも言いがたいというか……」


 一番嘘っぽい所は本当なのか……

 嘘と真実の見分けがつかない。

 聞けば聞くほど分からなくなる。


「ベルナールとって、開祖王はどんな存在なんですか?」


 俺はベルナールに問いかける。

 今や彼は、七光りの横着門兵から歴史学者にジョブチェンジしていた。


「……そうだね、うーん」


 ベルナールは悩みながら言った。


「当時弱小だった陽の部族に唐突に現れて、

 信じられない強さで多くの敵を下し、一代で700年続く国を打ち立てた英雄だ。


 人物自体はちゃんと実在していたらしい。

 複数人の功績を一人にまとめたという説もあるけど。


 アルティリア全土を見ても、指折りの人物だ。

 と言っても、今はその国も不死公のせいで滅茶苦茶だけどね」


 ・

 ・

 ・


 昼休憩が終わり、午後の業務が始まった。

 真上に昇った太陽が、容赦なく降り注ぐ。

 額に汗が流れる。


 ん……珍しいな。

 真昼の時間帯には珍しい荷馬車。

 それも、三台並んでいる。


 早速、トマスが荷台に乗り込む。

 トレバーと俺も続いて荷台に上がる。


 そこにあったのは樽だった。

 大きい物だと1m程度のものもあるし、

 小さい物だと50cm程度の物もある。


 苦手な匂いだ。

 これは……アルコールだな。

 下戸にはきつい。


「おいおい、酒じゃねえか」

「店で薄められる前の物ですかね。

 こりゃあ羨ましいなあ」

「俺達の給与じゃ中々手が出ねえからな」

「中身は何だろう、濁り酒ですかね?」

「……」


 酒雑談に一区切りついた所で、質問してみる。


「樽に関してはどうやって検査しますか?

 流石に樽の栓を抜いて、身を改める訳にはいかないですよね?」

「抜くわけねぇだろ。そんな事したら賠償モンだ。

 ちったあ考えろ」


 ……冗談じゃん。

 すかさず、トレバーがフォローしてくれる。


「ユーヤ、樽に関しては一旦、全部外に運び出すぞ。

 それがこの門の方針だ」

「え、全部ですか?」


 樽は荷台の奥までぎっしり詰まっている。

 樽自体も、相当な重さだ。

 これを全部運び出すのか……


「昔、樽の中に人が入っていて、密入国が発覚した事件があった。

 その他、重い荷物の合間に密輸品が隠されている事もある」

「一番大きい樽で……何人位で持った方が良いですか?」


 俺は1m程度の樽に手をついて尋ねる。


「その大きさに関しては、俺を含めて三人がかりだ。

 落として中身が漏れたら、賠償物だからな。

 気を付けてやろう」

「はい!」


 賠償と言う言葉を聞いて、緊張が走る。

 貯金や給与を考えても、賠償金を支払う余力はない。


 事によっては破産。

 明日からホームレスだ。

 注意深くやらないと……!


 ・

 ・

 ・


「せーのっ」


 俺とトレバーとベルナールで、大きな樽を持ち上げる。


「おっと……すみません」


 荷台から降りる時に、バランスを崩してしまいそうになるも、

 トレバーが手を伸ばして支えてくれる。


「いいって、それより大丈夫か?このまま行くぞ」

「はい、大丈夫です」


 そのまま、何とか樽を地面に下ろす。


「置くぞ、下に手ェ挟むなよー」

「こっちは大丈夫です」

「……」


 俺は返事をしたが、ベルナールは普段のように無言だ。

 重い荷物を運んでいる時位、返事をして欲しいが……


「ふ~」


 ようやく樽を地面に置く。

 俺は疲れが溜まった腰元をさする。


 樽自体が、滅茶苦茶重い。

 中学生の体重位あるかも知れない。


 色白のベルナールはと言うと、

 無言ではあるものの、うつむいて手を押さえている。

 彼も辛いようだ。


「これで荷物の搬出は完了だ。

 お疲れさん。少し休んでていいぞ」


 トレバーは額に汗が見えるものの、まだ余裕がありそうだ。


 ようやく終わりか……

 もう本日は働き終わった気分だ。

 このまま帰宅してもいいかも知れない。


「最後に、全部荷台に戻す作業もあるからな。

 少し休んどけ」

「……」


 言われてみればそうだった。

 これをすべて、元に戻すのか……


 俺は喉が渇いたので、水筒を取り出して口に含む。

 水は生ぬるい。


 一瞬、残りの水全てを頭から被り、

 水気を浴びたい衝動に駆られたが、止める。

 飲み水も無くなるしな。


「何で……こんな所にいるべき人間じゃないのに……

 こんなの嘘だ……もう嫌だ……帰りたい……」


 ベルナールの悲しい独り言が聞こえる。

 ちゃんと知識を持っているのだし、

 ここで単純労働をするのも、もったいない気がするが……


 俺はちらりと前方を見る。

 今は通行量の少ない時間帯。

 門の前に並んでいる人はいない。

 だからトレバーも休憩も許したのだろう。


 ・

 ・

 ・


「休憩は終わりだ。作業を再開するぞ」


 やや時間があき、戻ってきたトマスがそう言った。

 俺達は地面から嫌々立ち上がり、運搬作業を再開する。


 ……おお?

 トマスの背後にはロジェ、フォル、ブロンがいる。

 ひょっとして、荷運びを手伝ってくれるのか?


 ・

 ・

 ・


 俺は、ブロンとフォルと共に樽を運ぶ。

 二人とも体力を温存していたので、安定感が凄い。

 俺一人が手を放しても運べるかも知れない。


 うわっ。


 実際に一瞬手を放してみる。

 樽が大きくぐらついた。

 俺はすぐに樽を支え直す。


「おいおい、大丈夫か新入り。

 持ち出しだけで体力使いきっちまったか?」


 冷やかしを浴びせるのはフォルだ。


「暑さにやられましたね。

 そう言えば、なんで皆さんが降りて来てくれたんですか?」


「トマスさんに言われたんだよ。

 新人ばっかり働かせるなって。全く、急な事を言う人だなあ」

「え? トマスさんがそんな事を?」


 意外だ。


「話しは後だ。

 このクソかったるい作業を終わらせちまおう。

 こんな重い物、いつまでも持ってたら身長が縮んじまう」


 ・

 ・

 ・


 合計六人で手分けしたおかげか、搬入作業はスムーズに完了した。


「あぁー、終わった」


 フォルはそう言って水筒に口をつけた。

 ロジェやブロンも同様に一息ついている。


「あ、あの」


 俺は応援の3人に声をかける。


「どうした?」

「あの、応援に来てくれてありがとうございます。助かりました」

「ま、新入りばかりに辛い仕事をさせる訳にもいかないしな」


 ロジェが言った。


「たまには先輩としていい所を見せないとな」


 フォルもそう言った。


「……気にするな」


 ブロンはそう言い、頭を掻いた。


 3人はそれだけ言って、門に戻って行く。

 俺はその背中を感謝しつつ見送った。


 何だ。

 あるじゃないか。いい所。

 恐喝とサボりだけが取り柄だと思っていたが……

 考え直さないとな。


 思えば、門兵を初めて今日で6日目。

 最初の数日は、嫌な部分ばかり目についた。

 が、悪人も四六時中悪人という訳ではないらしい。


 ……でも、相変わらず新人呼ばわりか。

 そろそろ、名前で読んでくれてもいいんですよ?


 異世界に飛ばされてからの最初の職場。

 正直、やっていけるか不安ではあった。


 人間関係、重労働、軽視。

 何度も転職がよぎった。


 が、何とかやっていけそうだ。

 いや、やらなくてはいけない。

 俺はこの場所で、人生をやり直すのだ。


 ん?……

 門の方に向かっていく3人の後を、トレバーが続いていく。


「何だ?ユーヤは来ないのか?」


 トレバーが尋ねる。

 来るって……何で?


 ・

 ・

 ・


「ッハー!やっぱ、薄められる前のモンはうめえな」

「ああ、しっかりした味だ」


 門の下には、30cm程度の小さい酒樽が置かれている。

 コップがないため、両手で救って飲んでいる門兵達がいた。


 えぇ……

 何してんの。


「しかし良かったんですか?酒樽を分捕るだなんて。

 荷主も相当抵抗したでしょ?」


 トレバーがトマスに問いかける。


「ああ?気にすんなそんなの!

 荷下ろし先は下街の酒場だ。

 お偉方の飲むモンじゃあるまいし、根無し草共が飲む位なら、

 俺達のような身分正しい者が飲む方が酒も喜ぶ!だろ?!」

「え、ええ、まあ……」


 酔って赤らんだトマスの勢いに押され、

 トレバーが引き気味に答える。


 要は……自分たちよりも弱い立場に流れる酒。

 だから取り上げたのだ。


 これが上街に運ばれるものだったら、

 間違っても手を出さなかったに違いない。


 こ、公営ヤクザ……

 もう……廃門しろ!


 樽の側にはジラールとエルドもいる。

 彼等も一杯やったようだ。


「お前達、勤務中に酔うまで飲むなよ。

 残りは勤務後にしろ」


 エルドが言った。


「「「はい!分かりました!」」」


 周囲にいた門兵達が威勢よく返事を返す。

 エルドさん。そこは飲酒を咎める場面じゃないんですか?

 門の代表として、それで良いんですか?

 ジラールと目を合わせると彼は困ったように笑う。


 ……そうか。

 つまりはそういう事なのか。

 あの三人が手伝いにきたのは、酒で釣られたからか。


 複雑な心境だ。

 3人に手伝うよう指示してくれた事への感謝。

 そして、少し前までの期待を裏切られた失望感。


 特にあの3人。

 格好つけた事を言っていたが、

 要は酒が飲みたかっただけだ。


 少しでもいい奴だと思った俺が馬鹿だった。

 完全に騙された。

 俺はこの門でやっていけるのか……?


「お?おい新入り。

 飲んでねーじゃねえか!こっち来い!」


 トマスに呼びつけられる。


「は、はい……」


 俺は嫌々ながら近づいていく。


「お前、最初はすぐに辞めるかと思ったが、

 何だかんだ続いてるじゃねーか」

「は、はい、おかげさまで」


 褒められても嬉しくない。


「俺が直々に注いでやる、手ェ出せ」

「いや、それは……僕は酒が飲めなくって」

「いいから出せ、いいから」


 有無を言わせない口調。

 あまり怒らせたくないな……


 自分より下の立場には、何をしても許されると思ってそうだ。

 ここは早めに折れて逃げ出すか。


「そ、それでは……」


 俺は嫌々ながら両手で椀をる。

 トマスの持つ樽から、濁ったような酒が並々と注がれる。


「飲め、喜んで。」

「う、うう……」


 慣れない酒の匂い。

 俺は内心の嫌悪感を押し殺し、

 一気に飲み下した。


「っか?!っか?!グエ?!」


 喉が焼けつくような感覚。

 上手く呼吸が出来ない。

 急いで水筒に口を付ける。

 それを見た門兵達が笑いだす。


「おいおい、度数の高い酒は初めてか?」

「この位飲めねえと門兵失格だぞ」

「中々良い反応じゃねえか。今度いきつけの酒場に連れて行ってやろうか?」

「いえ、大丈夫ですね……」


 酔っ払い共め……

 うっ 吐きそう。

 アルハラで訴えたいが、そんな罪状も無いか。


 俺はこの門に今すぐにでも隕石が落ちる事を祈りながら、

 そそくさと持ち場に逃げ帰った。


 ・

 ・

 ・


 日の入りの時刻になった。

 帰宅する市民や冒険者、夜になる前に駆け込みたい旅人や商人達で行列が形作られる。

 夕方ラッシュの始まりだ。


「夕日が眩しいな、今日も終わりか」

「何とか帰ってこれたか……」

「喉は乾いてない?良く冷えた地下水があるよ!」


 そんな人々の声を聞きながら、

 俺はひたすら荷物検査に取り組む……はずだった。


「ヒック」


「おい!新入りはもっと手え動かせ!

 後ろがつかえてんぞ!いつまで酔っぱらってやがる?!いい御身分だなあ?!」


 トマスの叱咤が飛ぶ。


「ヒック……すみません」


 体が妙に熱いし、足元が定まらない。


「そりゃ…トマスさんが飲ましたせいでしょうに。

 このままじゃ重い物も持たせられないな」


 隣のトレバーが小声で言った。


「……」


 ベルナールからは呆れ半分、同情半分の視線を感じる。

 何とか検査を終えると、次の入市者がやって来る。

 残念なことに、検査に時間のかかる馬車だ。


 が、体が上手く動かない。

 思考もまとまらない。

 これが酔いか。


「おいユーヤ」


 トレバーだ。

 こっちに近づいてくる。


「ヒック……はい?」

「眠気覚ましだ」


 口の中に違和感。

 間を置かずして、強い酸味が行き渡る。

 俺は慌てて吐き出す。


「おい、目覚まし草を一口で吐き捨てる馬鹿がいるか?」


 トレバーが笑いながら言った。


「ぺっ ぺっ うええ」


 再び水瓶に口をつける。

 うがいして口内の酸味を洗い流す。


「どうだ、少しは目が覚めたか?」

「ええ、まあ。

 吐き出してしまってすみません。

 でも、急に口の中に放り込む事はないでしょう」

「そりゃすまなかった。でも酔いは覚めただろ?」

「ええ、まあ……」


 こんな方法で覚まさせられても、

 不本意もいい所だ。


「良い気つけだったろ?

 もう一度咥えたくなきゃ、しゃきっとしろよ」


 そう言い残し、荷台に乗り込んで行く。


「……」


 ふと、今のやり取りでカーブルトを思い出す。

 トレバーとカーブルトは、どこか気質が似ている。

 ……カーブルトは、元気に旅しているだろうか。


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