開祖王の伝説


 夕方の帰宅ラッシュに突入した。

 俺は急いで手を動かす。


「これにて入試審査は終了です。今日もお疲れまでした」

「お疲れ様です」


 ジラールが入市者にそう言い、入市審査を終える。

 毎日のように窓口に立っていれば、顔見知りも増えるようだ。

 こうして、彼と親し気にする入市者達も少なくない。


 これも彼の人柄だろうか。

 俺に最近よく話しかけてきてくれるのも、

 彼の善意の現れなのかも知れない。


 次は誰かな……

 俺は次の入市者を確認し、そして言葉に詰まる。


 普通のそれよりも大きな幅を持つ荷馬車。

 荷台には、太い丸太が山のように置かれている。

 伐採された木材が置かれているようだ。


 荷馬車の周囲には、筋肉質の男達が10人程度いる。

 手に持った斧等を見るに、木材を伐採する職人達。

 彼等が、そのまま荷物の護衛をしているらしい。

 検査役の面々は顔を見合わせる。


「どうしますロジェさん

 丸太なんて重い荷物、まともに検査なんて出来ないですよ」


 フォルが問いかける。


「まあ、そうだな。

 かと言って、最近危険な事件も多いしな。

 ……何人かは顔見知りだし、ある程度は信頼できると思うんだが」


 ロジェはぶつぶと言葉を発した。

 最終的に、ロジェはエルドに相談しに行ったようだ。


「まさか、あの重そうな丸太を一つずつどかして、なんて……

 やらないですよね?」


 俺は祈るような気持ちでフォルに問いかける。

 流石に非効率的だし、労力をかけ過ぎだと思う。

 やらないよね?


「うーん。悩ましい所ではあるな。

 ただ、最近は物騒だからな……


 重い荷物の奥の隙間に密輸品を隠し入れる、

 ってのは、過去にも例がある。

 そこまでは確認しないだろうって、隙をつこうとした奴がいた」


「僕たち4人であの検査なんて時間かかりますよ、重いし。

 その間、入市者は待ちぼうけする事になります」

「そうなったら、格子役や壁上監視の連中にも降りてきてもらう事になる。

 トマスさんやブロンなんかは面倒臭がるだろうがな。

 それにお前、密輸を見逃した時の罪の重さを知ってるか?」

「……重いんですか?」

「詳しくは知らないが……

 前に他の門で、密輸を見逃した事があった。

 結果、門の兵士長は鞭打ちと降格。

 配下の全員の門兵達にも、相応の罰金と配置換えが言い渡された」

「それは……厳しいですね」


 全員が配置換え。

 一度のミスで部署が解散するようなものだろうか。

 そうなれば、非正規の俺は首になってしまう。

 穀潰しに逆戻りだ。


「市内に不穏な物を持ち込まれる事に関して、

 どうやら領主様は潔癖症であられるらしい。

 ハッ それ以前に、この街は汚い物だらけに見えるがな」


 ・

 ・

 ・


 ロジェとエルドが話し合った結果、

 非常に残念な事に、結局検査を行う事になったらしい。

 正直、げんなりする。

 が、確かに罰を受けるのは避けたい。


 この状態で多額の罰金なんて背負わせられたら……

 破産して物乞い。

 それか、フランス語で希望と名付けられた船に乗らねばならない。


 面倒な顔をしたブロンやトマス、

 それにトレバーやランドンが降りて来る。


「全員集まったな!これより木材の荷物検査を行う! 」


 エルドがそう言い放ち、並んでいる面々を見渡した。


「今は夕方の混雑時のため、まずはチームを2つに分ける。

 1チーは木材の検査班だ。

 もう1チームは入市者を捌け。


 検査に時間のかかる木材は、門の横に移動させろ。

 人手が足りないなら、暇そうにしている職人も動員しろ。

 迅速に作業にあたれ!」

「「「はい!」」」


 ・

 ・

 ・


 ロジェは木材検査の監視役になった。

 まず、部下たちに指示し、一度木材を荷台から下ろさせた。

 重い荷物なので注意しつつ、協力して木材を降ろしていく。


 部下達は苦し気な顔をするがこれも仕事。

 同情はしない。

 特に新入りは、力が入るあまり目が飛び出そうになっている。

 思わず笑ってしまいそうになる。


 何とか作業が形になってきた所で、一息つく。

 隣にいた職人達に話しかける。


「検査が終わるまで少し待っていろ。時間はかかるだろうが」

「……慣れてますよ。俺達の荷物には時間がかかる」


「しかし木材か。

 この街にはもう、人も建物もこれ以上入りきらないと思っていたが、

 この木材は何に使うんだ?」

「確かに新築の依頼は殆どありませんが、

 無理な増築でダメになったり、補修が必要な建物は多いんでさ。

 開戦当時、沢山の人々が逃げてきましたからね」


「あの時期の前後で街の景色は大きく変わったな。

 木材の使用用途としてはそれだけか?」

「他にも食器とか、家具とか、杖なんかの日用品にも使えますぜ。

 旦那の家でも何か必要になりましたら、声かけてください。

 格安で御受けしますよ」

「まあ、その内頼むかもな」


 ロジェは職人達を見渡した。


「そう言えばお前達、護衛には冒険者を付けていないのか?」

「はい、俺達だって腕っ節には自信がありますよ」


 職人達は筋肉質だ。


「もし盗賊なんかと出会っても、

 斧やノコギリでぶっ飛ばしてやりますよ、なあ皆!」


 何人かの職人が声を上げた。


「自信があるのは結構な事だが、その力は仕事用のものだろう。

 護衛としては冒険者を雇っておくことを勧めるがな」

「……と、言いますと?」

「護衛となればその手の道に通じている連中を雇うべきだ。

 冒険者自体、当たりはずれはあるがな。

 連中は腐っても、命をかけた戦いで飯を食ってる。


 タウラス領ではお前達のような漁師たちがいて、

 銛や剣なんかで武装して毎日のように漁に行っていたんだと」

「それで?」

「そいつらはある日、盗賊に襲われてほとんど殺されたらしい。

 漁で疲れた所、遠くから馬に乗った盗賊に矢を打たれた。

 急いで森の中に逃げ込んだら伏兵たちがわっと現れた。


 漁師たちは驚いて、散々にやられた。

 結果、荷物も命もおじゃんだ。

 だからこそ、その手の専門家が必要なんじゃないか?

 前には、野盗連合がこの町を襲った事もあったしな」

「そうなったら俺達が斧で戦いますよ」

「馬と弓で武装した連中相手にも同じ事が言えるのか?

 近づく前に射られて終わりだぞ」

「まあ、そりゃあ……」

「そうだけど……」


 職人達は顔を見合わせた。


「あんたの言いたい事は分かる」


 職人達の中でも、ひと際年老いた男が口を開く。


「だがな、これだけの荷物や人員を守るのに、

 何人の護衛を雇えばいいと思う。

 余計な出費が出れば、価格競争で負けちまう。

 今の時代、少しでも安い価格にしないと買えないって奴も沢山いるんだ」

「そうだな」


 人口過多により下街やスラムの連中は貧しい暮らしをしている一方、

 色々な物の値段は上がっている。

 とりわけ、この都市は戦闘の為に作られた城塞都市だ。

 肥沃な土地や、資源を有する都市でもない。

 領内で十分な食料を産出できず、輸入に頼るしかない状態だ。


「貧しいやつらはいつまで経っても貧しいまま。

 間違っていると思わねえか?」

「価格を取るか、安全を取るか。

 それはお前達の自由だ。

 俺は門兵として警告しただけだ。

 気に入らなければ、忘れる事だ」


 ・

 ・

 ・


 俺は頬を伝う汗を拭きとる。

 夕日が目に染みる。


 重い木材を運んだせいで、腕が痺れている。

 熱さのせいで、服は酷い着心地だ。


 ベルナールとフォルのせいか、精神的にも疲れた。

 ふえぇ……もう帰りたい。


 俺は正直、業後のジラールとの約束を強烈に後悔し始めていた。

 隣のベルナールも、普段もよりも深くうつむいている。

 疲れているようだ。


「……次の方、どうぞ……」


 俺は虚ろな目で次の入市者を促す。


「ああ」


 俺は驚いて目が覚める。

 同年代ながら180cmに近いであろう身長。

 褐色の肌。鳶色の目に短い茶髪。

 装備の上からでも分かるような筋肉質な体。

 そこにいたのは、異邦の剣のゴルカだった。


 ゴルカの他にも、前回同様の3人のメンバーがいる。

 一人は男性で褐色の流民。

 ゴルカと同じで180cmの身長。

 体格はゴルカよりも細いが、筋肉質な事に変わりない。

 小ぶりな円盾と片手剣を持っている。


 もう一人は170cm程度の女性。

 気の強そうな目に褐色の肌と長い艶のある茶髪をしている。

 背中には弓矢が見えた。

 服装は肌の割合が高く、少し派手な女性らしい服装をしている。


 最後の一人は170cm程度。

 地味な色のローブを纏っている。

 フードとマスクもしているため顔は見にくい。

 影の差した目元は涼やかだ。


 壁外で野営し、公権力にも牙を剥く連中。

 急激に目が冴え、背筋に緊張が走る。


 隣のベルナールは目も合わせようとしない。

 優れた血筋も、狂犬達の前ではかすむらしい。


「……疲れているな。それに怯えてもいる」


 先頭のゴルカが言った。

 低く落ち着いた声だ。


「は、はは……」

「この前も会ったな、新入りの門兵か。確か袋の中身を見て驚いてたろ?」


 片手剣の男と弓の女が小さく笑った。


「茶化すなよ、お前達……

 しかし異邦人の門兵とは珍しいな。

 見ない顔だが……どこの区の出だ?」

「いやー、ずっと隅っこの方でひっそりと暮らしていたので

 皆様方の目には留まらなかったのかなー?」


 我ながら、苦しい言い訳だ。

 この辺りのアリバイ、深く考えてなかったな。


「……」


 ゴルカは探るようにこちらを見つめる。

 思わず目を反らしたくなる。

 頼むから、これ以上突っ込まないでくれ……!


「……ねー、もういいんじゃない。

 そんな奴ほっといてさっさと行こうよー」


 長髪の女が気だるげに言い放った。


「そうだな。今日はもう疲れたし、さっさと先を行こう。

 どうせ数日で首になるさ」

「ッ」


 反射的に反論しようとし、抑える。

 疲れで感情的になっているようだ。

 落ち着け、俺。


 一般の入市者ならともかく、彼等は別格だ。


「お前達……あぁ、もういい」


 ゴルカはそんな仲間二人を見て眉を顰めた。


「それじゃあな、門兵」


 異邦の剣はそう言って先に進んで行った。

 ふぅ……何とか行ってくれたか。

 冷や冷やさせやがって。


 ・

 ・

 ・


「お疲れさん」


 門を閉め終えてロジェが言った。


「お疲れ様です!」


 フォルは元気よく返す。


「お疲れ様です……」


 俺は元気なく返す。


「……」


 ベルナールは疲れたのか、無言だ。

 ともあれ、何とか今日も無事に終われた。

 宿屋に帰ろうとした所、


「やあ、ユーヤ、今日もお疲れ様」


 ジラールがひょっこりと現れる。

 ……完全に忘れていた。

 出かける約束をしたんだったか。


 直前で断るのも失礼か。

 付き合いも必要だしな。


 ・

 ・

 ・


 ジラールと二人で夜の街を進む。


 酒場通りには各所に青く光る石や蝋燭の火が灯る。

 酒の香り、騒ぎ声、楽器の音が流れている。


 周囲には冒険者や荒くれ者、女性たちが多い。

 こういう、騒がしい雰囲気は慣れない。


「ガハハハ、それであの野郎何て言ったと思う!」

「テメエ、何処見て歩いてんだ!

 喧嘩吹っかけてんなら買うぞオラァ?!」


 野太い声が通りに響く。


「あの、怖くないですか?この雰囲気」


 俺は不安からジラールに尋ねる。


「実を言うと、私もちょっと慣れないんです。

 喧嘩は弱い方ですから」


 ジラールは困ったように笑う。


「でも、最近は少しずつ慣れてきました。

 窓口役をやっていれば、顔見知りの冒険者も増えますから」


 ジラールが手を振った方を見ると、

 酒場の野外席から冒険者達が手を振っていた。

 知り合いのようだ。


「私たちのような公の仕事は、

 誠実に対応すれば、多くの友人を得る事できます。

 今手を振った彼等のようにね。


 でも逆に横暴な振る舞いをすれば、腐敗役人としてやり玉にあげられがちです。

 どちらか片方に簡単に転ぶ立場ですから、上手く立ち回らないといけませんね」


「ジラールさんがこうして大手を振るって夜の街を歩けるのは、

 日頃の行いのおかげと言う事ですか?」

「はい。もしここにトマスさんやロジェさんがいる事を想像して下さい。

 あっという間に、身ぐるみ引き剥がされますよ」


 ……確かに、大分好き勝手にやっているからな。

 堂々と歩くのは難しいかもしれない。

 ひょっとすれば、フォルも危ないかも。


「まあ、彼等が圧を与えてくれるので、

 作業がスムーズに進みやすいという事もあります。

 そろそろ着きます。あそこの酒場です」


 ジラールに誘導されて店内に入る。

 広い店内には楽器を持った詩人らしき人が各所にいる。

 人々は、詩人たちの近くのテーブルで酒を飲みながら内容に耳を傾けていた。


「ここは……」

「この店では旅の詩人たちの詩を楽しめるんです。

 その分食事代も、少しだけ高くなりますけどね」


 詩を酒の肴にする店か。

 確か、カーブルトも騎士と詩人の国って言っていたな。


 しかし、洒落た店だな。

 敷居が高いと言うか……


 お金もかかりそうだ。

 俺のような貧乏人が来ていい所なのか?


 ジラールは店の入り口に立っているウェイターのような男に向かって話しかけていた。


「お久しぶりです」

「これはジラールさん。お久しぶりです」

「今日は王国統一詩群を読める方はいらっしゃいますか?」

「ええ、それでしたら……」


 俺達は奥の方にいる詩人の近くのテーブルに案内される。

 見ると、ギターを持った詩人と伴奏のパイプを奏でる、計二人の男がいる。

 テーブルにつくとジラールが小声で、


「今は別の詩を歌っているようですね。

 待っている間に、何か頼んでしまいましょう。

 アルコールはいけますか?」

「実はあまりお酒には強く無くて……」

「そうですね……この店にはレモネードやミルク、グルート等があったはずです。

 何か好みの物はありますか?」

「すみません。出来るだけお金がかからない飲み物ってありますか?」


 酒の席に来て、酒を飲めないというのも申し訳ない。

 が、それ以上に金銭的に余裕がない。

 どうしても、値段の確認からになってしまう。


「お金は私の方で持ちますから気になさらないで下さい。

 言うなれば歓迎会みたいなものです。

 ……と言っても私一人しかいないので、

 名前負けしてしまっているかも知れませんが」

「い、いえいえ、開催してくれるだけでも、ありがたいです」


 俺はとっさにそう答える。

 こう次々と好意を示されては、居心地が悪い。


「それではお言葉に甘えて……ジラールさんは何にするんですか?」

「私はレモネードにしようかと思います。

 この店の物は、他の店と比べて味がしっかりしていますから」


 妙な言い方だ。


「味がしっかりしてない店の方が多いんですか?」

「ええ、今の時代は色々な物が不足してますから

 どうも、薄めているみたいですね」

「そうなんですか。

 それじゃ、僕もレモネードでお願いします」


 ・

 ・

 ・


 俺は運ばれてきたレモネードに口を付ける。

 ……うん、おいしい。


 果物はおろか、甘い物でさえ高価な時代だ。

 飲める内に味わっておこう。


 少しして、周りのテーブルから拍手が上がる。

 詩が終わったようだ。


「お、終わったみたいですね」

「さて、次のリクエストは何がお望みですか?」


 30代頃の、詩人の男がよく通る声でそう言った。


「王色の騎士が聞きたいなあ」

「ミュレの決闘は?」

「開祖王の話をお願いします」


 すかさずジラールも声を上げる。


「おいおい、そりゃねえだろ?」

「そんなの、もう聞き飽きてるんだ。

 誰だって一度は聞いたことがあるだろ?」


 周囲から失笑の声が上がる。


「……すみません。

 ただこの国の歴史を友人に知ってもらう、良い機会かと思いまして」

「ああ?そっちの都合なんて知るかよ」

「こっちは金払って来てるんだ。

 歴史の勉強がしたいなら修道院にでも入れや」

「ア、アハハ、そこを何とか」


 柄の悪い客にそう言われ、ジラールは困ったような表情をする。

 正直、そこまでして貰うのも悪いな。

 そう思い声をかけようとした時、詩人が言った。


「……しばらく歌って無かったな。

 たまには悪くない」


 詩人は手元のギターをポロンと奏で、

 人々がそれに振り向いた。


「それでは皆さん。

 リクエストにお答えして開祖王のお話を!」


 案の定、一部の席から非難が飛ぶ。


「おっと、私の詩歌を他のありふれたものと一緒にされては困ります。

 これから話すは私なりの解釈、歌い方。

 どうぞ、お付き合いください――」


 何か火が付いたらしい。

 伴奏のパイプがゆっくりと音を奏で始める。


「古き神々と賢者の時代。

 多くの神秘と部族の時代。


 東に馬で駆ける蛮族。

 西に沼地を治める者達。

 南には、闇の森の信徒。


 陽の部族は追いやられ、ひっそりとそこにあった」


 旧き神々……まだ一神教が広まるより前の時代の事だろうか。


「その子が生まれし夜、

 無数の星々が流れ落ちた。

 世界は、彼を祝福したのだ。


「太陽の子」「7つの氏族の王」「至高神を打ち破りし者」

 未だ運命分からぬその子。

 双子なれど弟を押しのけ、母を産褥で死なせた子。

 その時はまだ、親を持たぬ赤子に過ぎず――」


 そして、開祖王の伝説が始まった。


 開祖王は、生まれてから既に特別だった。

 太陽のような曇りなきかんばせ。

 美しい夕暮れのような瞳。


 何でも、王には猛禽の守護霊がいて、誰よりも早く走る事ができた。

 太陽神の加護もあり、強い光で周囲を照らし出す事もできたらしい。


 生まれた瞬間に、設定盛り盛りだな。

 俺にも一つ分けて欲しい位だ。


 詩人はそれを時に力強く歌い、

 時にもの悲しい雰囲気で、緩急をつける。


 正直、詩というよりは演劇や講談に近い印象だ。

 語り手によるのだろうか。


 カーブルトも、詩人をあまり信じるなと言っていたしな。

 話半分に聞くか。


 めきめきと頭角を現していく開祖王は、

 当然のように当時の族長の娘と婚約した。


 この頃の開祖王は、戦いを嫌い、穏やかで優しい人間だったらしい。

 が、他の部族が攻撃をしかけてきた。


「馬が野を駆け巡り、タリウスの蛮族が襲い掛かる!

 東方からおとずれた、恐ろしい騎馬民族が!

 子を殺し、女を奪い、食べ物を奪い去った。


 陽の部族を襲ったのだ!


 乳母は裂かれ、友は殺され、婚約者がさらわれる。

 運命の元、引き裂かれた恋人たちよ!」


 それは唐突な奇襲だった。

 多くの犠牲を出しつつも抗戦し、何とか敵を追い返した。

 が、その犠牲は大きかった。


 開祖王は復讐を決意し、戦いの道を突き進んだ。

 陽の部族は最初に、西の沼地を治める部族を攻めた。


「その者達は沼地に潜む。

 底なし沼に踏み入れば、どんな戦士も生き埋めだ。


 道を知るのは彼等のみ。

 沼地に潜む彼等のみだ。


 その部族の名はロトゥム。

 彼等の居城は沼地の砦。

 夜な夜な不穏な火がたかれ、それは人が焼ける匂い-----」


「沼地野郎!」

「人食い沼野郎!」


 沼地の部族は嫌われているらしい。


 開祖王は勢力を広げるため、この地を攻めた。

 と言っても、底なし沼だらけ。

 正攻法で落とせる場所では無い。


 そこで開祖王は手勢を率い、沼地の森のはずれに身を隠した。

 そしてある日、陽が沈む頃、目の前を通った沼地の部族の一行を襲った。


 沼地の部族は急いで森に引き返した。

 彼等は暗い夜の中、本拠地の沼地の砦へと急いだ。


 しかし、これは開祖王の罠だった。

 暗闇で姿は見えなかったが、王の手勢は負傷者のふりをし、

 彼等と共に沼地の砦にたどり着いた。


 開祖王は沼地の砦に到着すると、

 道案内をした沼地の部族を殺して回った。


「見よ!我々はとうとう着いたのだ!

 多くの戦士が、たどり着くことさえできなかった。


 見えざる沼地の本拠地を!


 さあ、準備は為された。

 陽の導きによって、我らは今ここにある!」


 開祖王の手勢は沼地城を急襲。

 夜襲であり、今まで誰もたどり着けなかった砦だ。

 油断しきっていた沼地の部族は、陽の部族に殺されていった。


 が、途中で沼地の部族から優れた戦士が現れた。

 戦士は大槌を振り回し、陽の部族を次々と倒していった。


 開祖王は、灯の剣を振った。

 そして、戦士はとうとう膝を屈した。


 太陽が昇り始める頃、

 沼地の部族の主が進み出た。

 そして、開祖王に降伏と忠誠を誓ったと言う。


 開祖王は寛大にも、沼地の部族の統治を許した。


「ざまあみろっ ロトゥムの野郎共っ」


 王は沼地の戦いを終えると、すぐに次の戦いの準備を始めた。


 その心にあるのは、全てを奪ったタリウスに対する復讐か、

 この地を統一して平和をもたらさんとする使命感か。


 とにかく、王は沼地の戦士達も引き連れて、

 闇夜の部族が支配する南の森に向かった。


「蛮族共を誅する前に、避けては通れぬ道がある。

 我らが信仰そのものに、牙をむいた異教徒共!


 冥府の神カーマよ!

 陽の神ルーメンの弟にして、決して交わらぬ怨敵よ!


 神々の住まう天空城で、

 あるいは地上の神殿で、両の信徒は殺し合う。


 我らが蛮族を攻める時、奴等は必ず我らの背後を狙うだろう!」


 陽の神と冥府の神は兄弟だが仲が悪いらしい。


 そうして、開祖王の軍は南の闇深き森に立ち入った。

 森は沢山の葉がついた木によって日光がさえぎられていた。

 そのせいで、昼間でもまるで夕方のように薄暗かった。


 地面はなだらかな斜面。

 奥に進めば進むほど、深い場所に降りて行く事になる。

 軍は、最も深き場所にある部族の本拠地。

 冥府神の神殿を目指して進んで行った。


 ただ降りていくだけとは言え、その道のりは困難だった。


 闇夜の部族の戦士達は鎧をまとわないし、部隊を組まない。

 が、代わりに黒いローブを着て闇と同化し、暗闇に潜む術にたけていた。


 闇夜の部族が使役する狼がたえず現れた。

 戦士達を常に警戒させ、時に襲いかかった。


 そして、闇夜の部族の戦士達は暗闇から手を伸ばした。

 一人また一人、軍勢の戦士たちを暗闇に誘い込んで帰さなかった。


 奥に進むにつれ抵抗は激しくなった。

 闇夜の部族が一斉に襲いかかり、激しい戦いが続いた。


 時刻は夕暮れ時になり、陽の光が沈み始める。

 冥府の神の支配する時間帯になるにつれ、戦いは劣勢になっていった。


 劣勢を感じ取った王の側近たちは口々に撤退を口にした。

 それに対して王は言った。


「偉大なる陽の主よ!我に力を授けたまえ。

 対極たる、闇を打ち払う力を我に!


 それが叶わぬなら我が命はここで投げうち、我が部族はここで滅ぶのみ!」


 王の眼前に、光が宿り始めた。

 陽光は王の前に収束し、一瞬閃光のような輝きを発して消えた。

 それを見た闇の部族は目を焼かれ、次々と逃げ始めた。


 あほくさ。

 神に祈れば劣勢も覆るってか?

 じゃあ最初から祈ればいいだけだ。


 勢いそのまま、軍は冥府神の神殿を攻撃。

 冥府の神に仕える武装神官と、開祖王が決闘を行った。

 神官は鋭い鎌と闇の瘴気を用いて開祖王を追い詰める。


 が、灯の剣はそれら全てを打ち払った。

 そして、開祖王が勝利した。


 冥府神に仕える神官長は、開祖王に降伏した。

 開祖王は寛大にも信仰の自由を許した。

 対価として闇夜の部族は陽の部族に忠誠を誓う事となった。


 この戦いが終わると、王は本拠地に戻り、

 そこで部隊の訓練や蛮族への作戦を練ったと言う。


 その時、北方の古き森に住まう、古木の部族が王に使節を送ってきた。

 使節たちは開祖王の人となりを見て、婚姻の話を持ち出した。

 断る理由はなく、話はまとめられた。


 しかし、この話は彼等を刺激する事になった。


「その時、とうとう彼等が動き出した!

 乳母を殺し、故郷を焼き払い、婚約者を奪った無法者達が。

 中央大陸からおとずれ、アルティリアを荒らして回った略奪者共。


 騎馬民族タリウスが!


 4つの部族は力を合わせて、彼等を迎え撃つ。


 太古の時代。

 多くの信仰と部族の時代。

 分かたれた人々の時代。


 豊穣の部族と半島の部族を打ち倒し、

 王国の統一を為すのはまだ遠き先の事--------」


 詩人がそういって令をすると、

 周囲の列から拍手と歓声が上がる。


「中々面白い解釈だったぜ」

「よっ 宮廷詩人!」

「僕が昔聞いた話と比べると、話が血なまぐさいような気もしますが……」


 ジラールは困惑したように言った。

 そういえば、カーブルト曰く、詩人たちは盛り上がればいいだろの精神で勝手に詩の内容を改変していくので内容がばらばらになるんだっけか。


 この話も史実とは異なる部分が含まれているのかも知れない。

 流石に、光によって相手の目を焼いたなんて嘘だよな?


 ・

 ・

 ・


 店を出て俺とジラールは帰路を歩く。

 よく見ると酒場通りには何店か開いていない店がある。


「やってない店がありますね。もう閉店ですかね?」

「……前に見た時は開いていたんですが、最近はずっと閉店しているようですね。

 酒類に関しても、値上がりする一方ですからね……」


 どこも大変だな。


「そう言えば、どうでした?開祖王の冒険は」

「面白かったです。

 上手い手で沼地の砦にたどり着いたり、森の中で負けそうになった時は緊張しました」


 俺は当り障りのない回答を口にする。

 沼地の部族、ロトゥムか。

 最近、どこかで聞いたような気がするな。


「それはよかった」

「そう言えば、開祖王と神祇官が戦うのは何時になるんですか?」


「あれはもう少し先の話になります。

 騎馬民族を倒して、大軍を誇る豊穣の部族を倒して、

 最後の半島の戦いでの出来事になります。

 半島の戦いは、内海中の勢力が海を渡って敵の援軍に来ましたから一番面白い戦いですよ」

「そうなんですか。ちょっとそこまでは聞いてみたいですね」


 今度からあの酒場に通ってみるか。

 と言っても財布から許可は出ないだろうな。


「あの酒場で詩人から聞くのも良いですが、

 史実として知りたいならベルナールに聞いてみる事をお勧めしますよ」

「え? ベルナール……ですか?」


 意外な名前が出た。

 どういう理由だろう。


「ええ、ベルナールはああ見えて本の虫ですから。

 特に歴史に詳しいので史実に近い開祖王の活躍を教えてくれると思いますよ」

「へぇ……そうだったんですね」


 ベルナールに相談か。

 うーん。

 話しかけづらい雰囲気はあるが……


「歴史に関しての話になると話してくれるので、

 良かったら聞いてみてください」


 話してくれるのかなあ……

 ちょっとイメージができない。


「ちなみに、他にお勧めの詩とかあるんですか?」

「うーん。やはり鉄板ですがカヴェルナ市民としては------」


 そんな他愛もない事を話しながら、夜の街並みを抜けて行った。

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