第24話 魔王の息子、勇者と遭遇するⅡ

 数分後。

 シャイアから北に山を五つ越えたところにある大雪原地帯。

 薄く張った氷雪の上に、突然黒い煙のようなものが現れる。

 煙はすぐに城の門サイズに膨れ上がると、中から事務員姿のヴィトスと魔術師姿のアクシーツが歩み出てきた。


「ここに雷の勇者がいるのか」


 俺は辺りを見渡して呟いた。

 ママスの情報によると、ここに雷の勇者が居るらしい。

 だから彼女に転送魔法で飛ばして貰ったのである。

 無限に続く白い大地には暗雲が低く垂れ込め、遠雷が轟くその雪原の所々には巨大な真っ白い柱が立っており、まるで自然が作り出した大要塞の如きである。

 そこをアクシーツと二人でサクサクと歩く。


「なんでワシがこんなガキのお守り……!

 ヤバかったら置いて逃げよう……!」


 アクシーツがボソボソと文句を呟いているのが聞こえた。

 俺はアクシーツの方に振り向く。


「今なんか言った?」


「へっ!? ななななななんにもおおおおっ!!」


 俺が尋ねると、アクシーツは首をブンブン横に振った。

 そして満面の愛想笑いを浮かべる。

 無理やり作られた顔の額からは、氷点下にも関わらず汗が噴き出していた。

 そんなアクシーツの慌てっぷりを見て俺は、


「ふふ」


 思わず微笑む。


 アクシーツって分かりやすいんだよなあ。

 どんな時も自分最優先だから、次の動きが把握しやすい。

 一緒に行動するには向いてる。


 魔族にはアクシーツのようなタイプが多い。

 ママスやセラスのような嫉妬心や道義心など複雑な感情が絡むタイプは珍しいのである。

 俺は長い間彼女たちと一緒に暮らしていたけど、二人の気持ちに関しては未だに把握しきれていない所が多かった。


 あの二人に関しては逆に人間らしいとも言える。

 二人と仲良くする意味でも、やっぱり人間界での生活は大事だな。


 そう考えたところで、俺はまた微笑んでしまった。

 なんだかんだ配下に振り回されるのも楽しい。


「とっ、ところで殿下、ここはどこですかな?

 寒いだけじゃなく、まがまがしいオーラみたいなものを感じるんですが……!」


 アクシーツが両手で肩を抱きながら言った。

 彼は仮にも魔王會の大幹部。

 通常ならこの程度の気温で寒さを感じないはずだ。

 にも関わらずブルブル震えているのは、凄まじい魔力を感じているからだろう。

 この雪原全体からは強大な魔力が放たれている。


「ここは『ニブルキア』。

 太古の昔に強大な魔王が神に戦いを挑んだ場所で、その名残でこんな感じになったらしい。

 見渡す限り真っ白だけど、雪はほんの少しで大半は魔力が結晶化したものだそうだよ」


 俺はそう説明すると、近場にあった雪を手で掬った。

 一部はすぐに溶けだしたが、大半がそのまま残っている。


「魔力が結晶化……!?

 それもこの量となると、よほどの魔力がぶつかり合わないと起こりませんが……!?」


「そう。だから神と魔王の古戦場とも言われてる」


「なるほど……!

 しかし、そうしますとここには……!」


「うん。

 この魔力に惹かれて、強力なモンスターたちが住みついてる。

 特にここは体の大きな連中が多くて、

 噂では4歩進む度にドラゴンや一つ目の巨人モンスターと遭遇するって言われているんだ」


 ちなみに魔族とモンスターの違いは『意思疎通が可能か』により区別されてて、不可能な場合モンスターと呼ばれる事が多い。


「ですが、まだ一度も遭遇してないですぞ……?」


「そうだね。

 さすがママスだ。

 位置までドンピシャ」


 そう呟くと俺は足元を見た。

 次の瞬間、


 ピジャアアアアンッ!!!


 上空から凄まじい勢いの雷が一斉にすぐ傍に落ちた。

 その衝撃で俺たちが立っていた氷雪が割れて大穴が開く。


「はぎゃああああああああああああッ!?」


 連鎖的に発生した雪崩に、アクシーツは巻き込まれ落ちていった。

 後から俺も降りていく。

 今の雷は自然のものではなく誰かが放ったものだ。

 恐らく放ったのは『雷の勇者』だろう。

 たぶん彼はこの下に居る。




 □□




 アクシーツは訳が分からなかった。

 突然の落雷である。

 直撃こそしなかったが、同時に発生した雪崩に巻き込まれたせいで彼は上も下も訳が分からなくなっていた。

 だが左手で火炎魔法を放ち、周囲の雪を溶かすと同時に浮遊魔法を自分に掛け、落下にストップを掛ける。

 同時に二種類。

 かつ別系統の魔法を扱える者は、魔族の中でもごく一部である。


(フンッ! この程度の雪崩でやられるワシでは……ッ!?)


 辺りを見回した時、彼は驚くものを目にしてしまった。

 それは見渡す限り続く超巨大な都市遺跡であった。

 あの雪原の地下にこんなものがあるとは思いもしなかったのである。

 そしてその遺跡のあちこちには、焼け焦げたモンスターたちの死骸が無数に並んでいた。

 モンスターたちは巨人やドラゴンばかりで、いずれも城のような大きさである。


「な……なんじゃこりゃあああああああ!?」


 その凄まじい光景に、アクシーツはあんぐりと口を開けて叫んだ。


「すごいね。

 この遺跡は、たぶん古代の天空都市が落ちたんじゃないかな。

 ママスがそんな話してた気がする」


 ヴィトスが平然と答える。


「いや遺跡そっちよりもですな!?」


 アクシーツは思わず突っ込んだ。

 彼が驚いていたのは横たわるドラゴンたちである。

 いずれもその巨大な体格や残留魔力からして、アクシーツですら苦戦しそうな個体ばかり。

 それが少なく見積もっても100体は転がっているのだ。

 魔王會大幹部の自分といえど、同じことができるか怪しい。


(こ……これ、ヤバいんじゃ……!?)


「あ、いたいた! おーい!!」


 なんてアクシーツが思ってるうちに、ヴィトスが明るい声を出して手を振った。

 すると、


 ピジャアアアンッ!!


 突然アクシーツの傍に雷が落ちた。

 煙が立ち込めるその場所に、一人の男が出現する。

 短い金色の髪と、細身ながら鍛え上げられた体。

 黒を基調にした特注の全身鎧が電光を受けて輝き、その鋭利なフォルムから強烈な威圧感を放っている。

 その青く光る目がアクシーツを射抜いた。


「何者だ」


 敵意に満ちた声音に、アクシーツは腰を抜かしてしまう。

 彼は直観していた。

 この男こそ100体の巨大モンスターを屠った『雷の勇者』なのだと。


(は……はやく逃げねばああああああッ!?)


 身の危険を感じたアクシーツが、鼻水まで噴き出して慌てふためいていると、


「こんにちは」


 彼の背後で間の抜けた声が聞こえた。

 ヴィトスである。

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