第8話 魔王の息子、町強盗に遭うⅢ

 俺は事務員服のベストを脱ぐと、アムさんの肩にかけた。

 彼女の服は酷く裂けている。


「ヴィトス、くん……!?」


 アムさんが俺を見上げて言った。

 その顔は赤く腫れ、声も上ずっている。


(あのアムさんが泣いてる。

 怖い思いをしたんだろうな)


「アムさん、もう大丈夫だからね」


 俺はなるべく優しい声で言った。

 彼女の手を引いて立たせる。

 それから改めて周りを見回した。

 酷い有様だった。

 受付付近の床は血が散乱しており、インテリアや窓ガラス、店の看板などがめちゃくちゃに壊されている。

 またあちらこちらに盗賊が盗んだんだろう金貨や宝石、武器防具が山積みにされていた。

 カウンターの向こうには、体を隠そうとしてしゃがんでいる他の受付嬢の姿も見える。


(皆の前で派手なことはしたくないな。

 俺が魔王會の跡取り息子ってことは隠してるから。

 穏便に済まそう)


 俺がそんな事を考えていると、


「なんだこのガキ!? いつの間に入ってきやがった!?」


 ようやく我に返ったのだろう。

 目の前に突っ立っていた大男が俺を指差して叫んだ。

 言動からしてコイツが盗賊団のボスだ。

 人を見た目で判断するのは危険だが、そのずんぐりむっくりした体格といい、ヒゲだらけの顔といい、おおむね見た目通りの人物に見える。


「俺成人してるんだけど。

 ガキ呼ばわりは失礼じゃない?」


「ああ!?

 なめてんのかこら!?」


 挨拶代わりに軽く突っ込んでみる。

 するとボスは俺を威圧するかのように上から睨みつけて言った。

 見た目通りの反応だ。


「てんめえええ!?」

「いつの間に入って来やがった!?」

「ぶっ殺してやる!!」


 他の盗賊たちも俺を取り囲む。

 半裸の男たちに二重三重に囲まれた俺は、アムさんを見た。

 このままだとアムさんが危ない。


「ヴィトスくん……!

 私なら大丈夫だから……!

 早く逃げて……!」


 なんて俺が思っていると、アムさんが俺の肩を掴んで言ってきた。

 さっきまでの泣きそうだった顔はもうそこにはない。

 真剣な顔で、心の底から俺の事を心配している様に見える。


 この状況で俺のこと心配するなんて。


 魔族の世界は力が全て。

 自分より圧倒的に強い者の前で、普段通りにふるまえる魔族なんて殆どいない。

 その状況下で、彼女は自分ではなく他人の俺の身を心配してくれているのである。

 さすがは人間……いや、アムさんと言った所か。


 それはともかくこの状況。

 アムさんには安全な場所に移動して貰わないと。


 そう思った俺はボスを真っ向から見返した。

 そして、


「ねえ。

 代わりに俺を人質にしてよ。

 受付嬢の人たちは開放してあげて」


 提案する。


「あぁ?

 なんで俺様がそんな事してやらなきゃいけねえんだよ。

 ガキ一匹と美人の受付嬢じゃ交換条件にもならねえぜ」


 ボスが両手を高々と上げて言った。

 こちらをバカにした態度だ。


「まったくだぜ!?」

「コイツ頭イカれてらあ!!」


 取り巻き連中も大声で笑いだす。


 これぐらいバカにされてる方がやりやすい。

 強いと思われると警戒される。


「これならどう?」


 俺はポケットからクリスタフォンを取り出して言った。

 今朝ママスから渡された奴である。

 以前持っていた奴よりも一回り大きい。

 そうした事が盗賊にも分かったのか、


「ああああれはクリスタフォンじゃねえかああああ!?

 しかもあのロゴ!?

 超巨大錬金ギルド『ポエマドロス』※の超高級モデルだぜ!!」


 一人が目に見えて狼狽え出す。

『ポエマドロス』はママスが作った錬金ギルドの名称で、魔族という事を隠して運営されている。


「高級モデル!?」


「そうだ!

 あんな水晶板の透明度とデカさは見たことがねえ!

 最低でも100万フロリンはするんじゃねえか!?」


 他の盗賊たちもそれに続いた。

 果てはボスまでもが、


「100万だとおおおおおおぉッ!?」


 腰を抜かして叫んだ。

 100万フロリンといえば俺の事務員給料の約600か月分だから、驚くのも無理はない。


「ヴィトスくん……!」


 傍ではアムさんも驚いていた。

 家が金持ちって事は彼女にも言ってあるけど、実際に見せたのは初めてだ。


「ダメよお金で解決なんて。

 それに一回払ったらずっと払わされるかもしれないわ」


 アムさんが本気で俺を心配して言ってくれる。


「大丈夫。全部俺に任せて」


 俺はボソッとアムさんにだけ聞こえる声で呟く。

 それから再度ボスの方に向かい、


「俺んち金持ちなんだ。

 みんなを開放してくれたらこの十倍、1000万フロリンあげるよ」


 言った。


「1000万~~~~~~ッ!?」


「どどどどどうしやすお頭アアアァッ!?

 コイツたぶんスッゲエところのお坊ちゃんですぜぇ!!?」


 盗賊たちが震え上がってボスに泣きつく。

 1000万フロリンといえばシャイアの町の年間予算を超える。

 そんなものをポンと出せるとなると、最低でも豪商、もしくはそれなりの領地を持っている大貴族だから当然だろう。

 この程度の規模の盗賊団が手に入れられる額ではない。


「ぐぬううううううう!?」


 ボスも丸太のような腕を組んで考え込んでいる。


「……いいだろう!

 おい!

 このガキに縄打て!

 誰か玄関も開けてやれ!!

 女どもを外に出すんだ!」


「「「はああッ!?」」」


 ボスの決定に、盗賊たちがまたも一斉に驚く。


「ありがと。

 先に受付嬢さんたちを外に出してね。

 俺は逃げないから」


 俺はニッコリ微笑んで言った。


 よしよし。

 十中八九そう来ると思っていた。


 なぜなら、こいつらはアムさんたちを殺したくない。

 自分のモノにしたいからだ。

 できれば人質は殺しても構わない奴にしておきたい。

 加えて俺は金持ちの息子。

 政治的な意味でも受付嬢より利用価値が高い。


 俺がそんな風に考えていると、


「ヴィトスくん!?

 ダメよ!

 残るなら私が!」


 アムさんが猶も俺の肩を掴んで制止してくる。


「ダメダメ。

 アムさん残ったらひどい事されちゃうでしょ。

 俺こういうの慣れてるからさ」


「慣れてるって……!?」


「実家が金持ちだと色々あるんだよ。

 誘拐とか強請ゆすりとか。

 大丈夫。

 危険な目には遭わないようにするから」


 これはホント。

 俺は今まで色んな目に遭ってきたけれど、一度も危険な事態に陥ったことがない。


 むしろ仲間が助けに来てからがヤバイ。

 みんな強すぎる。


「……!!」


 俺の言葉がすぐには飲み込めなかったらしい。

 アムさんは猶も暫く心配そうな目で俺の事を見つめていた。

 そのうちに縄を解かれた他の受付嬢たちがやってきて、


「アムさん……! 早く外に出ましょう!!」

「あいつらの気が変わらないうちに!」


 アムさんに出るよう促してくれた。

 するとようやくアムさんも決心したようで、


「必ず助けに来るわ」


 それだけ強い口調で俺に言うと、


「みんな! 出ましょう!」


 颯爽と立ち上がって、まだ怯えている他の受付嬢たちを先導する形で玄関口へと向かった。


 カッコイイなあアムさん。

 惚れちゃうね。


 そんなアムさんの背を見送って俺は思った。

 同僚なのが誇らしい。

 すると俺の傍で、


「お頭、なんで逃がしちまうんです?

 せっかくの上玉ですのに……!」


 盗賊の一人がボスに耳打ちし出す。

 ヒソヒソ話をしているつもりらしいが、声が野太いせいかよく聞こえる。


「そのうちに勇者が来るだろ?

 そんとき間違って死んじまったら面白くねえ。

 勇者を殺した後でゆっくりたのしめばいい。

 それにアイツ……!」


 言いながらボスが俺を見てきた。

 盗賊たちも釣られて俺を見る。


「よっぽどのお坊ちゃんだ。

 うまくすりゃ、1000万どころか数億フロリン手に入るかもしれねえ。

 その金元手に傭兵を雇えば小国ぐらいカンタンに奪える。

 そしたら俺らも王侯貴族の仲間入りよ。

 王様の生活してみてえだろ?」


「してみてえです!」

「さ、さすがザムザさんだ……!!」

「天才だぜ……!!?」


 盗賊たちの感嘆の声が聞こえてきた。

 ボスも配下達から天才と言われて「ムフゥ! そうだろ?」喜んでいる。

 大体俺の予想通り。


 でも一つ思うのは、そもそも武力による簒奪だと反感買いやすいってのもあるし、あとは王様の生活についてもロクなもんじゃない。

 一見派手で楽しそうだけど、内部では常に派閥争いが起こるし、外部のデカい組織と面倒ごとがしょっちゅう起きる。

 自分に使える臣下や民の生活も責任持たないといけないし、今の生活の方が絶対楽だと思う。


「よこせ!」


 なんて俺が思い返していると、盗賊団のボス……ザムザとかいったか……が俺の手からクリスタフォンを奪った。

 盗られても構わないと思ったが、同時に俺は思い出す。

 あのクリスタフォンは今朝ママスから受け取ったものだが、その際まるで『誰かに見張られているような』感じがしたのだ。

 それがいかなる原理によるものなのか、朝の時点でおおよそ予想できていたので敢えて聞かなかったのだが、俺の予想通りだとするとオオゴトになる可能性がある。


「君たち。今すぐ町のみんなに謝って罪を償うっていうなら、まともな仕事斡旋してあげるよ?」


 なので俺はザムザたちに言った。

 たぶんこれが一番町の被害が少ない。

 すると、


「あぁ? 何調子に乗ってんだてめえ」


 ザムザがそう言って拳を振り上げる。


 バゴオオオオオンッ!!!


 次の瞬間、子供の頭ほどもある拳が俺の頬目掛けて飛んできた。

 パンチの衝突に合わせて俺は横に跳ぶ。

 普通に殴られるとザムザの拳が砕けてしまうからだ。

 わざわざ相手を怒らせる必要はない。

 俺はさながら水切りをする小石のようにギルドの床を二転三転と転がると、即座に立ち上がった。


「悪いことは言わないから。

 このままだと最悪君たち死ぬかも」


 再度説得する。


「意外とタフじゃねえか」


 するとザムザが再び俺の前にやってきて言った。

 俺は構わず話を続ける。


「ちょうど最近知り合いがこの町でケーキ屋始めたんだけど、けっこう上手くいってるらしくて店舗拡大したいらしいんだ。

 一見ならず者っぽい店員たちが可愛いケーキ作るってコンセプトの店だから、君たちにピッタリだと思うんだけど、どう?」


「バカにしてんのかてめえ!?」


 ザムザが大声出して俺を睨みつけてくる。


「いやバカにして……るのかもしれないけど。

 でも山賊稼業で命狙われるよりよくない?

 合法的にお金稼げるしさ。

 とにかく一旦落ち着いて」


「ぶっ殺す!!!」


 仕事のあっせんまでしてあげたんだけど、ザムザは俺の話を聞いてくれない。

 人間のくせに魔族みたいな奴だ。


「てめえら!!

 生きてさえいれば構わねえ!!

 腕の二・三本へし折ってやれ!!!」


「「「へい!!!!」」」


 盗賊たちが各々武器を手に、俺を取り囲んだ。

 するとザムザが持ったクリスタフォンが淡く光り始め。


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ~~~~~~ッ!!!!


 地面が縦に揺れる大地震とともに、ギルドの硬い石材でできた床が真っ二つに裂けていく。

 余りの揺れと地割れの規模に、


「「「うおおおおおッ!?」」」


 ザムザたちが床に這いつくばる。

 直後、巨大な裂け目の中から紫の髪を宝冠型に編み上げた美女が浮かび上がってきた。

 もちろんママスである。

 彼女は豊満な胸の前で腕組みをし仁王立ちしていた。


「「「な……なんじゃああああああああああああッ!?!?」」」


 突然の地割れに続き、その中から現れたママスの出現にザムザたちは大パニックになる。


 あ~あ、やっぱり。


 朝渡されたクリスタフォンだけど、ママスの性格から推察するに恐らく常時音声等を拾っていて『緊急事態と判断した場合勝手に彼女に連絡がいく』といった仕様だろう。

 レンズのようなものが付いていたところからすると、ひょっとしたら視覚的な情報も送れるのかもしれない。

 それはともかくとして。


「……」


 俺はママスを見る。

 彼女は沈黙したまま、驚き唖然としているザムザたちを真顔で見つめている。

 どうもイヤな予感がしていた。

 彼女は魔王會でも最強の一人。

 本気を出したらシャイアが地図から消えかねない。


「ママス?

 俺はぜんぜん大丈夫だからね。

 あんまり被害が拡大するような事はしないでおいて」


 俺はなるだけ優しい声音でママスに注意した。

 するとママスは俺に向かってニッコリ微笑んでくる。


「ええ。

 分かっておりますわ。

 全てはヴィトス殿下のお心のままに」


「いや既に床がすごい事になってるんだけど」


「自重しますわ」


 俺の指摘に、ママスは微笑んだままで答えた。

 まるで金剛石で作った仮面のようなその笑顔を見て、俺は一瞬で悟る。


 あ、これブチギレてるやつ。


「ゲ……ゲヘヘヘヘヘヘッ!!?

 いい女じゃねええかあああ!!」


 ようやく我に返ったザムザが立ち上がり、涎を零しながら叫ぶ。

 そして自分の背丈ほどもある斧をどこからか持ち出し、切っ先をママスに向けた。


「おい姉ちゃん!

 俺らは泣く子も黙る広域山賊団『暴虐怒髪天ババリアン』!!

 殺されたくなかったら大人しくしろやああああ!!」


「死ね」


 ママスが氷のような殺意を放つ。

 直後、細い人差し指を一本ザムザに向けた。

 爪の先に凄まじい魔力が集中する。


 やば。


 俺はとっさにママスの指の射線上に手を伸ばす。

 直後、俺の手のひらにママスが放った熱光線が命中した。

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