第9話 魔王の息子、町強盗に遭うⅣ

 俺は咄嗟にママスが放った熱光線を握りしめた。

 だが指の間から光が漏れてしまう。


 ドッグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!!


「うぎゃああああああああああ!?」


 直後、凄まじい閃光と爆風が発生した。

 その爆風に、体重二百五十キロはあろうかというザムザをはじめ辺りに居た盗賊たちが全員石壁の高い箇所に叩きつけられてしまう。

 爆風の威力はすさまじく、叩きつけられた箇所が蜘蛛の巣上に割れてめり込むほどだった。


「ぐ……ぐへぇ……っ!」


 やがて爆風が収まると、盗賊たちが一斉にドサドサ床に落ちる。

 指の間から漏れた衝撃波だけでこれだった。

 もし直撃してたらこの建物ごと全員消し飛んでいただろう。

 実際、ザムザが構えていた斧は真ん中から先が消えてなくなっている。


「たっ、たすけてえええええええッ!!?」


 ザムザが情けない声を出してその場から逃げ出そうとした。

 赤ん坊みたいな四つん這いである。


「どこに行くつもりですの?」


 すると、そんなザムザの前にママスが立ちはだかった。

 その凍てつくような視線に射貫かれたザムザは、


「ふっひいいいいいいいいぃッ!?」


 余りの恐怖にその場で失禁してしまう。

 さっきまでの偉そうな態度はどこへやらだ。


 だから言ったのに。


 まだママスが現れてから一分も経ってないけれど、既に建物内の被害は甚大だった。

 これ以上の被害は抑えないと。


「醜いですわね」


 言って、ママスが今度は両手を前に突き出す。

 すると彼女の十本の指先から、何百本もの熱光線が放たれてそれが空中の一か所にまとまりグルグルし始めた。

 光線はあっという間に巨大な一つの熱火球へと変わる。

 その威力は先ほどの熱光線とは比べ物にならない。

 その熱だけで周囲の瓦礫が溶け出す程だった。


「おおおおお助けええええええええ~~~~~!?!?!」


 ザムザが両手を合わせてママスに祈り出す。

 だがママスは聞く耳を持たない。

 うら白い足を上げ、

 高いヒールの付いたブーツでザムザの顔面を「ぐべっ!?」蹴り飛ばすと、


「浄化して差し上げますわ!」


 言って、ザムザの顔面目掛けて火球を放とうとする。

 一方俺は、


「ママス」


 当然そんなものを炸裂させるわけにはいかないので、ザムザの前に割って入ると指先で軽く熱球を押した。


 パァンッ!!


 直前まで激しく燃え滾っていた熱球だったが、まるで水風船でも割ったかのようにパンと割れて消失する。

 辺りの温度が一気に下がり、ギルド内に静けさが戻った。

 誰も何も言わない。


「は……ああああああああッ!?」


 俺の傍らでザムザが驚きの声を上げる。

 ザムザはまるで神の奇跡を目にしたような顔で俺を見ていた。

 それは近場に居た盗賊たちも一緒だ。


「え……今……!?」

「あの灼熱の玉……どうなったんだ……!?」

「あのガキが指先で潰したように見えたぞ……!!?」


 皆口々に呟く。

 何が起きたか、分かっている奴は一人も居なさそうだ。

 ちなみに特別な事はしてない。

 ママスより強い力でポンと押しただけ。


「ヴィトス様。

 相変わらず人間には優しいんですのね?」


 ママスが不服そうに言った。


「いや人間だからじゃない。

 ここ俺の職場だから。

 勝手に壊さないでくれる?」


 言って、俺は辺りを指差した。

 元々盗賊たちのせいで散らかっていたギルド建物内だが、ママスが来てからは更に酷くなった。

 床の地割れは勿論の事、天井が崩れてるし柱も溶けてるし、何がなんだかわからなくなっている。

 修理費幾らかかると思ってるんだ。


「ちなみにこれ直せる?」


 俺が試しに言うと、


「かしこまりましたわ」


 ママスは俺の言葉に頷いた。


「万物の根源。始まりから終わりまで紡ぐ螺旋。その頂きにて我が願いに答え給え……!」


 何やら呪文を詠唱し始める。

 そして、


虚記憶在現タイム・フォルス


 魔法を発動した。

 一瞬時が止まったのを感じる。

 直後不思議なことが起こった。

 破壊されたはずの建物内部がどんどん再生していくのである。

 しかも不思議なことに燃えたものは灰から元の状態へ。

 割れたガラスもひとりでに枠に戻り、崩れた天井もそのまま瓦礫が浮かび上がって勝手に埋まってしまった。

 昔『魔水晶』で見た映像記録の『逆再生』を思い出す。


「ななななんだああああああああッ!?」

「直って……るッ!?」


 盗賊たちが顔中から汗を吹き散らして叫んだ。


「すごいね。どうやったの?」


 俺はママスに尋ねる。


「視覚だけ時間遡及して確認した建物の情報を元に形状加工魔法で新しく作り直しましたの」


 なるほど。

 意外と力技だな。

 確かによく見ると微妙に復元間違えてそうな箇所がある。

 でも余計なこと言うとヘソ曲げそうだし、ここは褒めとくか。


 俺はそう判断する。

 部下の機嫌を取るのも上司の役目だし。


「さすがママス。魔族始まって以来の天才って言われるだけあるね」


 そう思って適当に褒めると、


「それほどでもありますわ!」


 ママスが腰に手を当てて、自慢げに胸を突き上げて言った。

 ママスって俺が褒めるとすぐ喜ぶんだよな。

 セラスもだけど。


 そんな事を思う。


「それで。

 このゴミどもはどう始末します?」


 ママスが再び冷酷な顔で言った。

 ザムザたちを睨みつける。


「「ひひいっ!?」」


 全員その場で跳びあがった。

 きっとママスの顔が怖すぎたんだろう。

 そんな事を思っているとザムザがママスの前に両膝を付き、


「もっ……申し訳ございませんでしたああああああ!!!」

 なんでもしますからあああああ!!!

 どうか命だけはお助けおおおおおおお~~~~~ッ!!!」


 ケツを高く突き上げ、土下座で命乞いし始めた。

 仮にも山賊団の頭なのに情けない。


「どどどどうかお許しくだせええええええッ!!!!


 他の盗賊たちもザムザに倣って土下座し始める。

 するとママスが俺の事を手のひらで指し、


「アナタ方が怒らせたこの御方。

 誰だとお思いですの?

 あの魔王會の跡継ぎですのよ」


 勝手に俺の紹介を始めた。


 途端にザムザたちは震え上がり、


「ままま魔王會いいいい!?」

「魔王會つったら、かつての魔王がトップとかいう、あの!?」

「ってことはコイツ……この方は、次期魔王陛下!?」

「こんな事務員のガキが!?」


 俺を見て口々に言いだす。


「無礼千万ですわよ。

 今すぐ殿下の御前にひれ伏しなさい!」


「「「へっへええええええええ!!!」」」


 ザムザたちが、今度は俺に大して土下座してきた。


「ママス。勝手に身分明かさないでくれる?」


 俺はいちおう文句をつける。


「だそうですわ。

 アナタたち、もし勝手にバラしたら命貰いますわよ」


 すると、ママスは俺からの非難を盗賊たちにぶつけた。

 鮮やか過ぎる責任転嫁を見て内心ちょっと笑ってしまう。


「うひいいいいいいいいいいッ!?」

「絶対話しません~~~~~~~ッ!!」


 それを聞いて、ザムザたちが何度も頭を床に打ち付けながら言った。

 その真っ青になった顔を見て俺は溜息を吐く。


 まあ小物だから、俺の立場知った上で正体バラそうとかできる連中じゃないとは思うけどね。

 最低限ギルドの人たちにバレなければそれでいい。


 なんて俺が思っていると、


「殿下。これで大丈夫ですわ」


 ママスが俺に微笑んで言った。

 まあこれで一件落着かな。


「それじゃみんな捕まろうか?」


 俺がザムザたちにそう言うと、


「はいいいいいいッ!!!」

「「すいませんすいませんすいません!!!」


 全員慌てて縄を取りに行って、自分たち同士でグルグル巻きに縛り始めた。

 最後の一人であるザムザは俺が縛ってやる。


「これに懲りたら、もう悪事はしない方がいいよ。

 今回みたいに命の危険があるからね。

 そうだ。

 ケーキ屋の件考えといてよ。

 最近儲かってるんだ」


「はッ……ははあああああッ!!?」

「罪を償い次第、謹んでケーキ作らせて頂きます!!!」


 ザムザたちが縛られた状態でまた膝を突き土下座して言う。


 よしよし。

 うちの會に加えとけば逐一情報も入るし、これで二度と悪さできないだろう。

 一件落着だな。


 俺はギルドの玄関へと向かった。

 外にアムさんたちが居るから、ザムザたちを捕まえてもらおう。

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