第20話 魔王の跡取り息子、またもギルドを救うⅢ
ヴィトスが応接室へと入る直前。
彼は開いたままになっていた扉の陰から、中の様子を伺っていた。
応接室に居るのは全部で八人。
うち六人は屈強なウェアウルフたちで、ギルドマスターを威圧するような形で室内に立っていた。
残る二人はソファーに座ってハンカチをビショビショにしているギルドマスターと、ブラッドファングのボスである『ルガル』である。
「ただこいつら、俺の事になるとすぐブチギレるから、放っておくとどうなるか分からねえ。早いところポーション買ってくれると助かるんだけどよ?」
俺の見ている先で、ルガルがマスターに言った。
ルガルは直前に配下をぶん殴ったとは思えないぐらい優しい顔をしてる。
「は、はいぃ……ッ!?」
マスターはずっと俯いている。
その臆病そうな態度を見るに、ポーションを買わされるのは時間の問題だろう。
闇組織がよくやる手だ。
配下にわざと粗相をさせ、それを自分が解決して恩に着せる事で相手に要求を通しやすくする。
配下に振るった暴力自体も脅しになるし、直接本人に暴力を振るっていない以上、ルガルが非難されることもない。
きわめて悪質なやり方だ。
だがそんなルガルの汚いやり口を見ているうち、俺はふと思う。
(あれ。
アイツのやり口、俺と大して変わらなくね?)
俺がアムさんにちょっかい出す悪い連中脅してる時も、大体こんな感じな気がする。
いつもセラスとかママスが悪党を脅しつけて、俺がそれを止めているからだ。
結果相手がビビリ散らかして改心する。
それで一件落着という流れがこの所よくあった気がする。
(ただルガルは一般人にやってて、俺は悪党相手にやってるって違いはあるか。
ともあれ気を付けよう。
アムさんに嫌われたら困る)
そう心に誓い、俺は応接室へと入る。
「こんちわ」
俺が軽く挨拶をすると、途端に室内で大木みたいに立ってるウェアウルフ達が『なんだコイツ』という目で俺を見下ろしてきた。
「ヴィトスくん……!?」
ギルドマスターもポカンとした顔で呟く。
そして、
「きききキンミィいいいいい!?
私は今大事な取引先との話し合い中だよ!?
早く出て行きなさい!」
顔を真っ赤にして俺を怒鳴りつけてきた。
「シッシ!」
ゴミでも見るような目で、俺に出て行けとジェスチャーする。
なんだ。
せっかく助けてやろうと思ってるのに。
そう思いつつも、マスターが俺を追い払おうとする心情も分からなくはない。
(ルガルたちが居る手前、怒るしかないんだろう。
自分の落ち度ってことになったら何されるかわからないし)
身の保身を第一に考える辺り、むしろ親近感が湧く。
いかにも魔族っぽい考え方だからだ。
もしかしたら先祖に魔族が居るのかもしれない。
ちょっとアクシーツっぽいし。
(ギルドマスターに義理立てする理由は正直そこまでない。
でもここはアムさんの職場だ。
マスターが追い詰められることで職場が無くなればアムさんが困る。
俺が守ろう)
俺がそんな事を考えていると、
「ここの事務員さんかな。
俺たちは今マスターと大事な商談をしてるんだが」
部屋の真ん中にあるソファー(五人は座れる)を一人で独占してるウェアウルフ、ルガルが言った。
座っている状態でも俺よりデカい。
面相もかなりの強面であり、三日月型の傷跡が更に威圧感を増していた。
そんなルガルを見て俺は、
「お兄さん、口が優しいのはいいけど態度がめちゃくちゃデカいね。
それじゃ敵作るよ」
言ってやる。
ルガルはいかにも中堅闇組織のボスって感じだった。
自分の強さを誇示しても敵を増やすだけなのにそれが分かってない。
上位の連中になるともう少し上品になる。
「おい!?
なに生意気なクチ聞いてんだ!!」
「ルガルさんに失礼だろ!!」
俺の平然とした態度が気に入らないらしい。
ルガルの配下が俺を取り囲む。
「ハッ。
おもしれえ事務員じゃねえか」
するとルガルがその場に立ち上がって言った。
奴は俺の前に立ち、
「俺は今日ポーションを売りに来たんだ。
お前にも売ってやるよ」
言ったかと思うと、黒塗りの鞄に入っていたポーションの瓶を一つ掴みあげ、
ガチャアン!!
床に投げつけた。
瓶は粉々に砕け散り、薄緑色の液体が床に広がる。
「舐めろ。
そしたら買わせてやる。
一つ1000フロリンだ」
ルガルが床に広がったポーションを指差して言った。
「ギャッハッハ!!」
「さすがルガルさん!!!」
「どうした事務員!! さっさと這いつくばれよ!!!」
取り巻きのウェアウルフたちもデカい口を開けて俺を嘲りだす。
毎回思うけど、ホントコイツら場を収めるつもりないよな。
自分よりも強い奴と戦ったことないんだろう。
底が知れる。
俺がそんな事を考えながら部屋の隅に目をやった。
魔法や呼吸法で完全に気配を消しているが、この部屋には《もう二人》居る。
「二人とも、出てきていいよ」
俺が護衛を許可すると、
「ハッ!」
「かしこまりましたわ」
二人が気配を放ち始める。
「なに!?」
「なんだ!?」
途端にルガルや配下たちが部屋の隅を見た。
「え……!?」
遅れてマスターも見やる。
その視線の先。
部屋にデカデカと飾られた『伝説』らしい冒険者の絵の前に二人の女魔族が立っていた。
セラスとママスである。
その余りにも美しい体付きをみるなり、ウェアウルフたちが赤面する。
皆片手で股間を押さえていた。
魔族らしいストレートな反応だ。
「ウホォン!?」
「なんだこのクソ生意気な体した女どもは!!?」
「ブブブブチ犯してやりてえええ!!」
気持ち悪い事を言いだす。
そんな配下達を尻目にルガルが俺を見て、
「オンナを差し出して俺に許してもらおうって寸法か。
バカな奴だ。
力づくで奪うに決まってるのに」
長い舌をベロリと出して言った。
「全然違うよ。
っていうか早く謝った方がいいと思うよ。
二人ともものすごく強いから」
そんなルガルたちに俺は言ってやる。
だが、
「強い!? そんなワケねえだろウェヘヘヘ!!」
「オラそんなとこ突っ立ってねえでこっち来いよ!! 可愛がってやる!!」
俺の言葉を無視して、二人のウェアウルフがセラスとママスに歩み寄った。
尻を触ろうとする。
次の瞬間。
メメキャ!
肉が骨ごと潰れるような、痛ましい音が響き渡った。
セラスが自分とママスの尻に触れようとした腕を掴んでそのまま捩じりあげたのだ。
配下達の腕は完全に折れている。
「イデデデデエエエエエエッ!?!」
「ナンダコイツアアアアアアッ!?」
セラスは掴んだ腕を振り上げると、木の棒でも振り下ろすように床にたたきつけた。
「「グヘエエッ!?」」
余りの衝撃と痛みに、配下達は舌を出して伸びてしまう。
お。
セラスが珍しく手加減できてる。
床にクレーターすらできていない。
ヴン……!
かと思いきや、配下たちを叩きつけた床に薄い魔法陣が現れる。
ママスが張った結界だろう。
よく見れば、部屋全体に同じものが張られている。
さっきからマスターが「ひえええ!?」必死の形相で部屋のドアを開けようとしているのだが、反発の力が働いてドアノブに触れられない。
「殿下。
衝撃はもちろん音も外に漏れませんわ」
俺が魔法陣に注目しているのが分かったのだろう。
ママスが言う。
「おい。
この俺を天下のブラッドファング會長ルガル様と知っての事だろうなァ?」
するとルガルがセラスとママスをギロリと睨みつけて脅す。
それを合図に他の配下たちも二人を取り囲むようにして立った。
どこに隠していたのか、全員ナイフを持っている。
そんなルガル達に対し二人はそれぞれ、
「天下だと?」
「面白い冗談ですわね」
セラスは怒った顔で、ママスは嘲るような口調と笑みで言った。
「貴様らのあくどい所業、全て聞かせてもらった!
殿下に代わりこの私が成敗してくれる!!」
セラスは高らかに言い放つと剣を構えた。
よく見ると刃が潰してある。
しかも表面に治癒効果のある付与呪文が刻み込まれていた。
恐らく相手を殺さないように準備したものだ。
一方ママスも首や胸や股の辺りに細いベルトのようなものを巻いている。
自身の魔力を封印するためのものだろう。
ちなみに付けてる場所のせいで彼女のセクシーさが強調されてしまっているが、それも恐らく狙ってやってる。
「二人とも。
殺さないように」
「ハッ!!」
「仰せのままに!」
俺が注意すると、セラスとママスが頷いた。
「ハッ! 俺らに勝てるつもりかよ!!?」
「その余裕そうな顔!
すぐ泣き顔に変えさせてやるぜ!!」
そんなセラスたちに向かって、ウェアウルフたちが一斉に飛びかかってきた。
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