第23話 魔王の息子、勇者と遭遇する
ルガル達を懲らしめてから一週間程経ったある朝。
ヴィトスは自室のベッドで眠っていた。
今日は仕事が休みなのである。
「……!」
なぜか俺のすぐ傍で誰かの吐息が聞こえる。
体が少し重い。
柔らかい何かが俺の体に密着している。
そう思いながら俺は目を開く。
すると、目の前にはレースの下着で覆っただけの乳房がある。
「殿下?」
ママスが俺の顔を慈しむような目で覗き込んできた。
どうやら俺は抱き枕にされていたらしい。
気付けば布団もない。
「ママス。また俺の部屋で寝てたの?」
俺は尋ねる。
一緒に寝た記憶はないから、たぶん夜中に俺の部屋に入ってきたのだろう。
この屋敷で暮らしているとこういう事がよくある。
「ええ。
殿下のお陰でよい夢を見られました。
殿下はいかがでしたか?」
「うん。
昔ママスに遊んで貰ってた頃の夢みてた。
楽しかったなって」
多分ママスが傍に居たからだろう。
俺は昔の夢を見ていた。
親父は忙しかったし、俺は力が強すぎたからいつも独りぼっちだった。
そんな俺と長時間一緒に過ごしてくれたのはママスだ。
ホント感謝してる。
「そ、それはよい夢ですわね……!?」
するとママスの顔が引きつった。
その顔を見るに、幼いころの俺はやっぱりやんちゃしたらしい。
他の魔族に聞いたところママスを半殺しにしてしまった事もあるみたいだ。
彼女には随分と迷惑をかけている。
「ママス、よかったら今度の休み辺り、俺と軽く遊びに行かない?」
なので、せめてものお詫びに俺は提案した。
ママスは外に遊びに行くのが好きなタイプだ。
きっと喜んでくれるだろう。
「よ……っ!?
よろしいんですの!?」
ママスが両手で俺の手を握って言った。
よかった。
嬉しそう。
なんて俺が思っていると、
「ママス貴様ああああああッ!!!」
突然セラスがベッドの下からニョキッと上体を出して叫んだ。
どうやら彼女も俺の部屋に侵入していたらしい。
「今日はキサマが《警護》の日だから黙って見ていたが……ッ!
殿下の後頭部を膝枕で汚しッ!!
あまつさえデートにお誘いするとは……!!
許せんッ!!
成敗してくれる!!」
叫んでセラスがママスに掴みかかった。
そもそも俺は二人に警護を頼んだ覚えはないんだけどそこは置いておいて。
ママスが警護の日なのになんでセラスまで居るんだろう。
疑問は尽きない。
「いきなりなんですのよ!?」
ママスも臨戦態勢になる。
たちまち俺のベッドの上で取っ組み合いが始まった。
ちなみにだけどセラスは今甲冑を身に着けていない。
鎧の下に着るアンダースーツのみという格好で、かなりきわどかった。
彼女のダイナミックなボディラインがしっかり強調されてしまっている。
「セラス、はしたない」
俺がそれを指摘してやると、
「ハッ!?」
セラスの顔が一瞬で真っ赤になった。
かと思うと即座にベッドから飛びのき、そのままの勢いで土下座した。
「殿下ッ!!?
違うのです!!
これは決して《そういう目的》ではなく……ッ!!
ただベッドの下に潜るのに甲冑は不便で……ッ!!」
そして必死の形相で何か言い訳を始める。
するとママスがニヤリとほくそ笑んで、
「殿下の寝息に興奮して自分を慰めていたのではありませんの?」
セラスを挑発した。
「貴様あああああああ!?
ほかならぬ殿下の前でよくもそんな下品な事を!!?」
途端にセラスが怒鳴りつける。
「下品なのはアナタですわ。
殿下。こんなはしたない女はクビにしてしまいましょ?」
言って、ママスが再び胸を押し付けてくる。
セラスも随分身軽な恰好をしているが、それはママスもだった。
彼女はレースのネグリジュ姿である。
「貴様にだけは言われたくないわあああああ!!!」
セラスが叫んだ。
朝から大騒ぎである。
二人が元気で何より。
魔族って種族的に三大欲求がめちゃくちゃ強い。
だから一緒に居るとこういう事になるケースがしばしばある。
それでもセラスはかなり欲望を抑えられている方だし、ママスも俺の迷惑を分かってくれてるので軽いセクハラ以上の事はしてこない。
そこは正直助かってる。
俺だって性欲が無いわけじゃないし。
ただ俺が手を出すという事は魔王會の跡取りが手を出すという事だから、一度手を出したら最後まで責任取らないといけない。
なんて俺が思っていると、今度は部屋の扉がノックされる。
「殿下、失礼いたしまする!!
モーニングジュースとお着替えをお持ちしました!!
アイロンをかけましたので制服もパリッパリですぞお!!!」
そして魔術師風のローブに身を包んだ小柄な老人が入ってきた。
魔王會大幹部にして俺の世話をしてくれている一人、アクシーツだ。
彼はベッドの上の俺たちを見るなり、
「ブブバッ!?
おおお二人とも、なんちゅう恰好で……ッ!?」
鼻血を噴き出してしまった。
今の俺は半裸だ。
その俺に殆ど裸みたいな恰好のセラスとママスが抱きついている。
「「アクシーツ……ッ!!?」」
セラスとママスが同時にアクシーツを睨みつけた。
全身から殺気が迸っている。
あ、ヤバイ。
「なんでワシがああああああああッ!?」
次の瞬間、アクシーツに向かって凄まじい威力の爆炎魔法とセラスの剣閃が直撃した。
アクシーツが廊下ごと一瞬で灰燼と化し、さらにセラスの剣によりその灰燼ごと吹き飛ぶ。
普通の魔族ならとっくに消し飛んでる威力だった。
『しぶとさ』なら魔王會で最強のアクシーツだから冗談で済んでいる。
やれやれ。
後で屋敷を修復しとかないとな。
それはママスにお願いするか。
俺がそんな事を考えていると、
「そういえば殿下がお目覚めになられたらお伝えしようと思っていたのですけれど、実は『雷の勇者』という人間がおりまして」
ママスが真面目な顔になって、語り出した。
単に俺と寝たいから一緒に居たわけではないらしい。
「雷の勇者……!?
勇者というと、あの……!?」
いつの間にか部屋に戻ってきていたアクシーツが呟く。
「勇者ってたしか強い人間のことだよね?」
俺も聞き返した。
勇者の話はギルドでもたまに聞く。
なんでも『勇者連盟』ってのがあって、そこに所属する冒険者たちが慣習的にそう呼ばれているらしい。
勇者連盟に所属するにはいくつか条件があるんだけど、その一つが『Sランク以上』だったはず。
「そうですわ。
その勇者の中でも、若手で最強格と呼ばれているのが『雷の勇者』なのですけれど。
最近その勇者が魔族を滅ぼそうと活発に活動を始めたらしいんです」
「へえ。
今時魔族を滅ぼそうなんて人間が居るんだな。
ギルドのみんなは凄く優しいけど」
「ギルドの人間は殿下が魔族だということを知らないでしょう?」
「あ、そっか。俺人間だったっけ」
俺は自分の右目に手をやった。
人間として暮らすため、普段から隠ぺい魔法によって『ドラゴンアイ』などの魔族的特徴を隠している。
同様に、セラスやママスも人前では魔族であることを隠してくれている。
「殿下。
今のうちに手を打っておきましょう。
雷の勇者とやらを討伐するのです」
セラスが言った。
「でも何かしたわけじゃないでしょ。
なにもしてないのに攻撃するのはよくないんじゃないの?」
「いえ。
既に幾つかの町でうちの支部が潰されておりますわ。
このままですとこの屋敷にも攻め込んでくるかもしれません」
「殿下、ここは私にご命令を!
今日中に始末して御覧に入れます!」
セラスが胸を叩いて言った。
ママスも俺をジッと見ている。
命令を待っているのだろう。
「ふむ」
この二人に任せるのは正直不安だった。
本気で勇者連盟を潰しかねない。
もし魔族がそんな事をしたなら、さすがに人間側も黙ってはいないだろうからな。
最悪の場合全面戦争に発展する可能性もある。
それだけは避けないと。
俺はしばし考えた。
そして、
「わかった。
俺がなんとかする」
言って、俺はパジャマを着替え始めた。
私服……はあんまり良いものを持ってないので、とりあえず事務員服に着替える。
そのまま部屋を後にしようとした。
「殿下!? どちらへ!?」
「ちょっと勇者のところ行ってくる」
セラスの問いかけに端的に答える。
すると、
「「「はあああああああッ!?」」」
セラスをはじめ、配下を含むその場に居た全員が絶句した。
驚くのも無理はないか。
元々勇者連盟ってのは『魔王必滅・魔族滅亡』を旗印に結成された組織。
その中心人物たちを相手に、他ならぬ魔王の跡取り息子の俺が直接会いに行くって言ったから驚いているんだろう。
とはいえ戦争してたのは200年も昔の事だから、そんなに険悪でもないと思うんだけどな。
俺も全くパイプがないってわけでもないし。
「な……何をしに行かれますの!?」
今度はママスが俺に呼び掛けてくる。
「話をつけてくる。
魔族と人間の戦争はとっくに終わったんだもの。
今更争うとかバカバカしいでしょ」
「わたくしですら勇者にはなるべく関わらないようにしてますのに……!
まあ、殿下の事ですから大丈夫とは思いますけれど……!
さすがですわね……!」
そんな俺の言葉に、ママスが半分呆れながら呟く。
「殿下ッ!」
今度はセラスが俺の前に立った。
彼女はその右こぶしを握り、
「高貴なご身分にも関わらず……ッ!
人間の身まで思いやるとはまさに魔王の鑑……ッ!!
その徳の高さ、このセラス感服いたしました……ッ!!」
何やら感激した様子で俺に向かい言ってきた。
彼女の目からは涙が滝のように零れ落ちている。
いや単に争いになったら面倒ってだけなんだけど。
セラスはいつも自分の良い様に曲解するからな。
「しかしおひとりではダメです!
勇者が殿下の御命を狙うやもしれませんから!
私もお供させて頂きます!」
「セラスが来たら
俺一人でいい」
「いけません!
殿下をそんな危険な場所には!
せめて誰かを護衛に!!」
「う~ん」
セラスに退く気配はなかった。
見ればママスも黙ってこちらを見ている。
異論を挟まないということは彼女もセラスと同意見という事だろう。
セラスは血の気が多すぎるとして。
ママスも案外キレやすいからな。
となるとここは……。
そこまで考えると、俺は屋敷の廊下を見た。
破壊された部屋の扉に半ば隠れるようにして、アクシーツがこちらを覗き込んでいる。
「じゃあアクシーツきて」
「わっ!? わしですか!?」
俺が誘うと、アクシーツは吃驚して自分を指差した。
自分が誘われるとは思ってなかったんだろう。
「わしなどよりも、もっとお強い方にご同行願った方がよいかと思われまするぞ!
ここはセラス殿かママス殿を推薦いたしますが!?」
たぶん『厄介ごとに巻き込まれたくない』とか考えてるな。
確かに勇者のところに行くとなると、いくら大幹部とはいえ危険はある。
かといってセラスたちには頼めないし、アクシーツの他は居ない。
「頼むよ」
そう判断した俺は再度頼み込んだ。
すると俺のすぐ傍らでママスとセラスがギロリ、アクシーツを睨んだ。
「きちんと職務をこなすことね。でないと」
「殿下に何かあったら首が飛ぶと思え」
「ひょえええ!?」
俺は怯えるアクシーツと共に、勇者の下へと向かう事となった。
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