第26話 魔王の息子、勇者と戦うⅡ
戦闘開始から10秒が経過した。
既に勇者の攻撃により、付近の建造物は全て消し飛び、辺りには無数のクレーターができている。
その力は一国の軍隊にも匹敵していた。
「はああああああああッ!!!!」
勇者が全身から雷を放ち突っ込む。
彼の行く先にはヴィトスが立っていた。
彼は棒立ちである。
勇者はその顔面めがけて特大の雷パンチを見舞った。
ヴィトスは棒立ちのまま吹っ飛ぶ。
(重いッ!?)
その手ごたえに、雷の勇者は驚愕する。
余りにも予想に反しているからだ。
(特別ガタイがいいわけでもないッ!
なのになんだこの手ごたえはッ!?)
一見するとヴィトスは地味な小男にしか見えない。
だが殴った感触がドラゴンよりも重く感じるのである。
(手を抜いていい相手ではないッ!)
雷の勇者は、更にスピードを上げる。
その速度はまさに電光石火。
彼はあっという間にヴィトスに追いつき、
「
無防備なその腹に両こぶしを突きつけて、ゼロ距離で雷を放った。
通常この距離で直撃を食らえば、どんな屈強なモンスターでも一瞬で体が焼き切れて消し飛ぶ。
だが、ヴィトスの体は地面に叩きつけられたものの傷一つない。
焼ききれたのは事務員が着る制服のベストとワイシャツの一部である。
「あ。
制服で戦ってるの忘れてた。
買い換えないとアムさんに怒られる」
ヴィトスが瓦礫の中から起き上がって言った。
その余裕綽々な言動に、雷の勇者は考える。
(この余裕……!
雷耐性の装備でも身に着けているのか!?
ならば!)
雷の勇者が両手を合わせて天に向ける。
すると、その手を目掛けて特大の雷の柱が落ちた。
柱はそのまま大剣の形を成す。
(これは『
無数の雷を剣状にまとめあげたもので、直撃した際の威力は『電撃』を遥かに超える!
たとえ雷耐性の装備を身に着けていたとしても、無事では済まない!)
「くらえッ!!」
勇者は『雷剣』を振りかざすと、ヴィトスに斬りかかった。
だが次の瞬間。
目の前に居たヴィトスの姿が消える。
(消えた!?
転移魔法……いや魔力は感じなかった!!)
勇者は慌てて辺りを見回した。
すると、
「あぶな。
服燃えちゃうところだった」
背後から声が聞こえた。
振り向けば20メートルほど離れた瓦礫の上にヴィトスが立っている。
相変わらず棒立ちだった。
その姿に勇者は驚愕する。
(一瞬であの距離……ッ!?
俺よりも速い……ッ!!)
勇者には信じられなかった。
『雷の勇者』の名は伊達ではない。
勇者は全員Sランク以上のつわもの揃いだが、その中でも彼はスピードだけなら上位に食い込んでいる自信があった。
その自分よりも速いというのである。
(こんな奴を生かしておいたら世界が滅びかねない……ッ!
ここで必ず仕留めなければ……ッ!)
勇者は覚悟を決めた。
『雷剣』が効かない以上、この男を倒せそうな技は一つしかない。
(師匠。
すみません。
アレを使います!)
「はああああああああああああッ!!!」
勇者は両こぶしを握って、体内魔力を高め始めた。
その膨大な魔力量に呼応して、半径数キロメートルはあろうかという遺跡全体が揺れ始める。
更に氷の天井が崩落し、幾千もの雷が止むことなく勇者の体に落ち続ける。
今彼が放とうとしているのは、かつて『
それは自身の全魔力はもちろん生命までも雷に変えて突進するという技で、直撃すれば例え魔王でも死は免れないが代わりに自分も死ぬ。
(この身は神に捧げた!
師匠、みんなッ!
後の事は頼むッ!)
勇者の脳裏に師匠や仲間たちの姿が浮かんだ。
彼らには申し訳ないが最早この手段しかない。
そう思っていた矢先、
「!?」
勇者はゾクっとした。
左肩の一点に突如穴が開いて、そこに全身が引きずり込まれるような感覚が彼を襲ったのである。
同時に全身張り裂けんばかりに駆け巡っていた超高密度の魔力が消失していた。
そして、
「今のヤバイやつだよね?」
気付けば目の前にヴィトスが立っていた。
彼の指先が自分の肩に触れていた。
だが勇者には何をされたのか分からない。
(俺の雷が吸収……ッ!?
いや違うこれは……ッ!!)
勇者はようやく感じた。
その指先に宿るとてつもない量の魔力の痕跡に。
(ほんの一瞬……ッ!
ほんの一瞬だけ魔力を高めたんだ……ッ!
こいつの魔力が強すぎて、俺の魔力が強引に抑え込まれた……ッ!)
勇者が驚いていたのは、主に次の二つの理由からである。
一つは圧倒的な魔力の差。
全魔力のみならず、自分の生命エネルギーまでも費やしたものが指先で抑え込まれてしまったのだ。
もう一つは、その魔力がほんの一瞬だけ開放されたという点である。
(そんな莫大な魔力がポンポン出したり消したりできる訳がない……ッ!
もしそれが可能だとするなら、この男の総魔力量は今使った魔力の10倍以上はある事になる……ッ!)
勇者にはもう想像すらできなかった。
彼はただただ呆然としている。
するとヴィトスはそんな彼の目の前で頭を下げて、
「もうやめよう。
戦う必要ないでしょ」
そう言うと、両手を合わせて『お願い』のポーズを取った。
□□
一方、同時刻。
少し離れた瓦礫の物陰からアクシーツが二人の様子を伺っていたのだが、彼は呆れていた。
彼の目には、ヴィトスが命乞いをしているように映っていたのである。
アクシーツは雷の勇者の『雷撃』に巻き込まれ、頭を打って気絶していた。
彼が瓦礫の中から起き上がったのは、ちょうどヴィトスが雷の勇者に頭を下げるところであった。
「もうやめよう。
戦う必要ないでしょ」
ヴィトスの雷の勇者を思いやった言葉も、アクシーツには別の意味に聞こえる。
(『もうやめて』って……!?
あのアホ命乞いしとる!?
やっぱりザコだったのか!!)
アクシーツにはまるで命乞いをしてるように聞こえてしまったのである。
それも仕方のないことだった。
彼は元々ヴィトスの力を疑っていたし、それに加えて雷の勇者の圧倒的強さもある。
自分の必殺魔法が効かなかったこともあり、まさか勇者よりもヴィトスの方が強いなどとは夢にも思えなかった。
(一つ不自然なのは『なぜあのアホがまだ殺されてないのか』だが……ッ!
おそらく雷の勇者が手加減したのだろう……ッ!
アレでもいちおう魔王の跡取り……ッ!
殺すと戦争になるかもしれんし……ッ!)
アクシーツはヴィトスが生き残っている理由をそう判断する。
更に、
(だがこのワシは別……ッ!
魔王會最古参にして次期魔王最有力候補の大幹部……ッ!
ここで
彼は勇者が自分を殺すと確信していた。
したがってどんな手を使ってでも逃げなければならない。
ここはやはり魔王の跡取りであるヴィトスを囮にして逃げよう。
彼がそう決めたその時、
「ヴィトスと言ったな。
お前に一つ聞きたい事がある」
アクシーツの見ている前で、雷の勇者がヴィトスに話しかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます