第28話 シャイアの町、復活した古代魔族に襲われる!

 シャイアの町の北部にある大雪原地帯『ニブルキア』。

 暗雲低く垂れ込むこの場所は、ヴィトスとエフォルが戦った場所である。


 ズッガアアアアアアアアアアアアアンッ!!!


 突如轟音と共に白い大地が吹っ飛んだ。

 パックリと割れた裂け目から飛び出したのは全身を鱗に覆われた人型の魔族。

 見た目はリザードマンに似ているが、大きな角と翼が生えていた。

 まるでドラゴンが人になったような姿である。


「フッフ……!

 一万年ぶりといったところでしょうか。

 地上は相変わらず騒がしいようですねえ」


 魔族が周辺を見回して言った。

 彼こそは遥か古代にこの地域一体を支配していた超高位魔族『竜魔超人ドラゴッド』である。

 余りの強さと悪逆非道っぷりに人間を中心とした異種族連合に攻められ、ついに封印されたのだった。


「ニンゲンどもめ。

 よくぞ高貴なるこの私を封印してくれました。

 褒美を与えてやらねば」


 ドラゴッドが拳を握り呟く。

 同時に彼は探知魔法を使い始めた。

 周辺に復讐相手ニンゲンの魔力は感じられない。

 更に探知領域を広げる。

 数キロ。

 数十キロ。

 やがて彼は南にニンゲンらしき魔力が複数集まっているのを感知する。

 その場所はシャイアであった。


「数百、いや数千は居るな。

 そこそこ強い魔力も感じますねえ。

 面白い。

 まずは復活祝いにこの町を滅ぼしてやりましょう。

 そして大陸全土に居るニンゲン共を駆逐し、再びこの世界を私のものとするのです!」


 ドラゴッドは高らかに宣言すると、


「フゥーーーーーハハアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 巨大な翼を広げシャイアへと向かい飛んでいった。





 □□




 一方その頃。

 シャイアから南に数百キロ離れた所に海沿いの町があった。

 輝く青い海と真っ白な砂のビーチが美しいこの町は、裕福な人々がこぞって集まる高級リゾート地である。

 そんな町のビーチにヴィトスは居た。

 木陰に置いたビーチベッドの上で寝転んでいる。


「たまには休暇もいいね」


 俺がそう呟くと、


「そうですね」「ええ」


 傍らに居たセラスとママスが言った。

 なぜか俺と同じビーチベッドで寝ている。

 窮屈なのだが、寝たいと言うので仕方ない。

 二人とも水着なので、ぺっとり肌が密着している。


「殿下。

 今日はご休養日ですから、ゆっくり体を休めてくださいね」


 セラスが上体を起こして、俺の顔を覗き込むようにして言った。

 やけに顔が近い。


「そう思うんなら離れなさいよ。

 鼻息荒い女が居ると殿下が休息できませんわ」


 するとママスがそう言ってセラスの体を突き放す。


「鼻息荒いのはお前の方だろう。

 お前こそ離れろ」


 今度はセラスが突き返した。


「なんですの?」

「なんだよ?」


 二人が顔を突き合わせて、互いに手で押し合いを始める。

 それを見て、周囲に控えていたリッチーたちが顔を赤らめている。

 多分二人のおっぱいがプルンプルンしているからだろう。

 顔がないので正確な事は分からないが、デュラハンたちも緊張しているように見える。

 彼らは性欲を持たないので、恐らく主人であるセラスが俺に粗相しないか心配なのだろう。

 セラスを怒った記憶は殆どないが、注意は毎日のようにしている。


「二人とも。

 みんな見てるから、あまり恥ずかしいことしないで」


 さっそく俺が注意してやると、


「でで殿下!?

 違います!

 ママスの奴がフザケた事を抜かしたので!?」


 セラスが慌てた調子で俺に言い訳してくる。


「あら。

 他人のせいにしますの?

 見た目は騎士っぽいくせに無責任ですのね」


「なんだと?」


「なによ?」


 また始まった。

 せっかくの休養日なんだけどな。

 まあいつも通りで落ち着くっちゃ落ち着くけど。


 今日俺はこのビーチに慰安旅行で来ていた。

 提案してくれたのはセラスだ。

 俺は現在二つの仕事を同時にこなしている。

 昼はギルドの事務員。

 夜は魔王會跡取りとしての仕事だ。

 書類仕事や雑務の他、シャイアの町で活動する魔族や下部組織などからの報告を受けたり、必要に応じて命令を出したりしている。


 そんなこんなで気付けばもう半年近く休みを取っていなかった。

 それに気付いたセラスから「たまには休んでください」と言われたのである。

 なので休むことにした。

 俺に休息は必要ないが、配下に心配をかけすぎないことも上司の勤めである。


 なんて俺が思っていると、


「しかし、ワタクシたちだけでよろしかったのでは?」


 ママスが不満そうに言った。

 俺たちの周りにはリッチーやデュラハンたちを始め、ゴブリンやオークまでもが控えている。

 普段屋敷に勤めている彼らのうち、希望者を全員を連れてきたのだ。

 その数およそ百名。

 お陰でビーチは少し物々しい雰囲気になってしまっている。


「俺たちだけって訳にはいかないでしょ。

 みんなで来たほうが楽しいし」


 俺は答える。

 それが聞こえたのか、付近に居たデュラハンたちが俺に向かって恭しく頭を下げた。

 そのすぐ後ろでゴブリンたちが「こんな俺たちにまで休みを下さるなんて……ッ!」「ありがてえ……ッ!」何か囁いているのが聞こえてくる。


 通常ゴブリンたちは非力なので馬車馬の如く使われる事が多い。

 特に上位魔族たちは家畜同然に扱う。

 魔族らしいといえばその通りなのだが、俺はあまりよくないと考えている。

 時代が変わってきているからだ。

 魔族がゴブリンたちを雑に扱う様子を人間たちが見ている。

 するとどうなるだろうか。

 例外はあるが、一般的な人間の方が一般的なゴブリンよりも弱い。

 人間たちは魔族と仲良くなれば自分たちも同じように扱われると考えるだろう。

 となれば平和も遠ざかる。

 平和が遠ざかれば無駄な争いが起こりやすくなるし、何より俺がアムさんと結婚できない。

 それは困る。


「下々の者にまで気を使われるとは、まさに魔王にふさわしいご寛大な御心がけ……ッ!!

 さすが殿下……ッ!!!

 このセラス感服いたしましたッ!!!」


 セラスが目からドバーっと涙を流して言った。


 別に皆のためを思ってやった事じゃないんだけどな。

 セラスって俺が何しても大体感服してるような気がする。


「素晴らしいお心がけですわね」


 ママスのは皮肉っぽく聞こえる。

 いや敢えて言ってるのだろう。

 その不満たっぷりな顔には『二人きりが良かったですわ』と書いてある。


「殿下ぁ~~~~~♡」


 更に誰かが続いた。

 その甘々な声のトーンから、あからさまに媚びているのが分かる。

 見れば、町の方から俺たちの居る砂浜に向かって魔術師風の小男が駆け寄ってきていた。

 アクシーツである。

 彼は手のひらサイズの小さな樽を持っていた。


「殿下の大好きなデスマスクメロンジュースございましたぞぉ~~~~~♡♡」


 アクシーツがその樽を持ち上げて言う。

 わざわざ町まで行ってジュース買ってきてくれたらしい。

 飲みたいなんて言ってなかったけど、気を利かせてくれたのだろう。

 ちなみに俺がジュース好きだったのは五歳の時の話で、今は普通なんだがまあ貰える分には嬉しい。


 なんて俺が思っていると、


「あっ」


 俺にジュースを手渡す直前、アクシーツが前のめりに砂場に倒れこんだ。

 砂に足を取られて転んでしまったのだろう。

 ジュース入りの樽が飛んでいきそうになったのを、危うく俺がキャッチする。

 もったいない。


「「アクシーツうううううう!!?」」


 なんて俺がジュースに気を取られているうち、セラスとママスの唸り声が聞こえてきた。

 見れば、アクシーツの手が二人の胸元に掛かっている。

 恐らく転んだ拍子に何か掴もうとしたのだろう。

 水着のトップが降ろされ、二人の豊満な胸が露わにされてしまっている。

 これはマズい。


「ひょっ……ひょひょおおおおおおお!?」


 自分のしてしまった事に気付き、アクシーツの顔が一瞬で青ざめ同時に赤くもなった。

 鼻血がブッと噴き出し、股間もピンと立つ。


 アクシーツっておじいちゃんの割に元気だよな。

 長生きしそう。


 なんて俺が思っていると、


「死になさい」「死ね!!」


「ウッギャアアアアアアアアアアアッ!??」


 砂浜に断末魔の如きアクシーツの悲鳴が響き渡った。

 二人がそれぞれ剣と魔法でお仕置きしたのである。

 ぶっ飛ばされたアクシーツが、水切りの石みたいに海面を飛び跳ねていく。

 あっという間に見えなくなった。

 と思いきや、水平線の辺りでサメ型モンスターに追われている。

 若干可哀そうに思わなくもないが、アクシーツが俺に優しくするのは下心があっての事なので自業自得とも言える。


 そういえばアムさんたち、今頃何してるかな。

 変なことに巻き込まれてないといいけど。




 □□





 同時刻、シャイアの町。

 冒険者ギルド『ホワイトレイブ』は大騒ぎになっていた。

 王国軍所属の巡回兵団から、正体不明の強力な魔族がシャイアに迫っているとの連絡を受けたのである。

 この事態にギルドマスターは『緊急事態クエスト』を発令。

 シャイアの町に住む全冒険者が正門前に集まっていた。

 その数およそ六十名。

 その中には冒険者統括役としてギルドマスター、その補佐兼連絡役としてアムの姿もある。


「なんで私がマスターの時にこんな……!」


 マスターが薄くなった頭を抱えて言った。

 彼は普段通りの恰好をしている。


「マスター。早く皆さんに指示を出しましょう」


 それを見てアムが言う。

 彼女も普段使いの制服を来ていたが、その上に軽装の胸当てやショートソード等を装備していた。

 いざという時は自分も戦うつもりである。


「ででででもアムくん……!?

 こんな事態は前例がないから、どうしたらいいのか……!

 私には妻子もいるし……!」


 マスターが情けない事を言う。

 それを見てアムはスゥと息を吸うと、


「わかりました。

 私に任せてください」


 それだけ言って冒険者たちの前に立った。

 ちなみに二人を除く職員たちは、一般町民たちを先導して町の外に避難させようとしている。


「冒険者のみなさん! お集まりいただきありがとうございます!

 現在超強力な魔族がこの町に向かって進撃中です!」


 そこまで言うと、アムはポケットから四角い水晶板を取り出した。

 この町に数台しかない『クリスタフォン』である。

 2世代前の中古品で通話以外の機能はない。


「つい先ほど王国軍より連絡が来ましたが、魔族討伐のために派遣された騎士たちが全滅したそうです」


 アムの言葉を聞いて、冒険者たちが一斉にどよめく。


「王国軍の騎士が全滅……!?」

 

「おい……! 王国騎士ってたしかBランク冒険者じゃねえとなれないんじゃ……!?」


「バカ!

 それは最低ランクだ!

 隊長クラスはAランクに匹敵するって噂だぜ!」


「Aランク!?」


「お、俺たちで勝てるわけねえ……!!」


 町に近づいている魔族が少なくともAランク以上の実力と知り、冒険者たちの顔が青ざめてゆく。

 僧侶やシーフといった後衛職のみならず、屈強な戦士や魔法使いたちでさえも恐れおののいていた。

 そんな彼らを見て、アムは無理もないと考える。

 上位のランク帯になればなるほど個人の戦力はけた違いに上がる。

 特にB以上のランクはその差が大きく、Aランク冒険者一人当たり少なくともBランク冒険者が五十人分程度の戦力差の開きがある。

 しかもシャイアの町に居る冒険者は全員CやDランクであった。


(私たちじゃ勝てない……!

 でも、私たちがなんとかしなければ最悪町の人まで殺される……!)


「みなさん、落ち着いてください!

 先ほど勇者連盟に救援要請をお願いしました!

 一時間以内には到着予定です!

 私たちの目的はたった一つ!

 勇者が来るまで時間を稼ぐことです!」


「一時間……!?」

「ちょっと長くねえか……!?」


「魔族はまだ二つ山を越えた先に居るそうです!

 到着予定時刻は今からおよそ五十分後!

 私たちの目標は『十分間耐える』こと!」


「十分……!?」

「それぐらいならなんとか……!」

「ガチガチに防御固めれば、死なずに済むかもしれねえ……!!」


 アムの言葉に、冒険者たちの顔に笑顔が戻る。


(確かに相手は強いけれど、こちらは数がいる。

 時間稼ぎをするだけなら、戦士に防御をお願いして、後ろから魔法使いや僧侶の方に防御魔法や回復魔法をお願いして貰えばなんとかなる可能性が高い……!)


 アムはこれまでの受付嬢としての経験から、そう考えていた。

 だが。


「相変わらずニンゲンは愚かですねえ。

 相手の実力も分からないのですから」


 アムたちのすぐ頭上で不敵な声がした。

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