第27話 魔王の息子、勇者と戦うⅢ

 ヴィトスはひとまず安堵していた。

 先ほど勇者が放とうとした技は、魔力の集中具合からして自爆技の可能性が高かった。

 あのまま発動を許していれば、雷の勇者は死んでいたかもしれない。


 俺の目的は雷の勇者と和解をすることだからな。

 殺す必要なんて全く無い。


 そんな事を考えながら、目の前の勇者を見る。

 手負いの獣みたいな目でこっちを睨んでいた。

 それも単なる手負いではない。

 その悲哀の籠った青い目には、『大切なものを踏みにじられた』人に特有の感情が迸って見えた。


 勇者というよりは復讐者って感じだな。

 200年前ならともかく、今の平和な世界でこの目をしてるってのは何か訳がありそうだけれど。


 そんな風に勇者を観察していると、


「なぜ俺を助けた?」


 勇者が言った。

『魔族が人間の俺を助けるはずがない』とでも思っていそうである。


「目の前で死なれるのは普通にイヤでしょ。

 気持ち悪いし」


 当たり前のことを言ったのだが、勇者は俺を睨みつける。


「貴様。いったい何を企んでいる……!?」


「さっきも言ったけど、俺は雷の勇者さんと和解しに来たんだ。

 人間には悪さしないようにするから、勇者さんもウチの配下には手を出さないでくれって」


「信じられるものか!!

 貴様ら魔族は人間を騙す!!

 例外はない!!!」


 雷の勇者が叫んだ。

 枯渇した魔力をそれでも振り絞り、体がバチバチと帯電し始める。

 敵わぬ相手と分かっていてもなお最後の一撃をと考えているのだ。

 そんな雷の勇者を見て俺は、


 この反応。

 『人間を騙す』ってことは、騙されたことがあるのかな?

 となると動機は『復讐』かも。

 大切な人を奪われた可能性もある。


 とりあえずは怒りを収めてもらわないと。


「そうだね。

 例外がないってキミが思うのも当然だと思う」


 俺は一旦雷の勇者のいう事を肯定する事にした。

 余計な反発を抑えるのである。


 いきなり最初から否定すると論戦みたいになるからね。

 俺の目的は和解することであって、彼を論破することじゃない。


「……!」


 雷の勇者は黙ってしまった。

 俺の言ったことが意外だったみたい。


 まあ普通の魔族ならこんな事言わないもんな。

 十中八九人間をバカにするから。


 さてここからだけど。

 この人すごい感情が強いから、一旦怒りを全部吐き出して貰うのがよさそうかな?


 そこまで判断すると、俺は次の言葉を勇者に投げかけた。


「だけどキミの怒りは特別に見える。

 何をそんなに激怒してるのか、俺に教えてくれないか?

 じゃないと思い知ることすらできないし」


「……ッ!?」


 すると、やはりこれも意外だったらしい。

 雷の勇者は驚いた顔で俺を見つめてきた。

 

「お前ら魔族は……ッ!!

 俺が愛し尊敬する恋人を……ッ!

 俺の目の前で殺したッ!!」


 そしてブルブルと拳を振るわせて言った。

 俺はすぐに状況を把握する。


 やっぱり。

 恐らく別の會の連中がやったんだろう。

 特に古参の連中は、未だに人間を家畜扱いする奴らが結構居るから。


 俺は勇者を見た。

 彼はまるで恋人の仇を見るような目で俺を睨みつけている。


「俺がわけじゃない。

 だけど事に関しては俺にも責任がある。

 俺は魔王會の跡取り息子だからね。

 もしかしたら止められた可能性もある。

 その部分に関しては謝りたい」


 俺はそう言うと、改めて雷の勇者の前に立ち、


「ごめん」


 頭を下げた。


「な……ッ!?」


 雷の勇者は唖然としている。

 魔族は何よりもメンツを重要視する。

 そんな魔族の、しかもトップに近い立場に位置する俺が勇者に頭を下げるなんて恐らく考えられないのだろう。

 もっとも昼の事務員の仕事してる時はこれ以上ないくらい下げまくってるけど。


「でもそれだけの責任で、俺がキミに殺されるわけにもいかないんだ。

 これ以上の無駄な争いを無くすためにも、人間とは建設的な関係を築きたいと思ってるからね」


 そう言うと俺は拳を握ったままでいる雷の勇者の前に片手を差し出し、


「とはいえ信用もできないとは思うんだけど。

 それでも仲良くして欲しい」


 今こそ微笑んで言った。

 雷の勇者は差し出された手を睨むと、しばし黙り込む。

 やがて、


「……教えてくれ。

 なぜ人と仲良くする?」


 呟くように言った。


「そもそも死んで欲しくないし、

 人間と魔族で戦争とか資源のムダ消費だし。

 明らかに争わない方が互いに利益あるじゃん?

 あとは『好きな人』がいるんだよね」


「好きな人……ッ!?

 まさか、その好きな人とは人間なのか……!?」


 俺の言葉が思いもよらなかったのか。

『好きな人』の話題を出した途端、雷の勇者が驚愕する。


「うん。

 その人は受付嬢でさ。

 だから俺事務員やってて」


 俺はそう言うと、ボロボロの事務員服を指で示した。

 言っているうちに、


 何やってんだろ俺。


 一瞬思う。

 こんな辺境地で勇者を説得している自分がふと面白いと感じたのだ。

 これだけ強いのなら世界征服でもすればいいのに、と他人事のように思う。


 でも一番になりたいわけじゃないんだよな。

 皆と楽しく毎日暮らせればそれでいいし。


 そんな事を考え、再び目の前の勇者に視線を向ける。


「恋路か。

 魔族らしい理由といえなくもない。

 だがなぜ力づくで手に入れない?

 お前たちはいつもそうしてきたはずだ」


 やがて勇者が尋ねた。


「たしかにそうだね」


 俺は頷く。


「でも力は使いたくないんだ。

 俺って不器用でさ。

 ちょっと力入れるとすぐ壊れちゃうんだ。

 さっき俺が一瞬出した魔力で分かってくれると思うけれど」


 俺はそう言ってチラっと勇者の肩を見た。

 彼の肩にはまだ俺がさっき掛けた圧力が残ってるはず。


「たしかに器用ではないらしい」


 ゾっとした顔で勇者が呟く。


「もう一つは、さっき言った好きな人の事なんだけれど。

 俺はその人の『心』が欲しいんだよね。

 心ってどうやら力じゃ手に入らないみたいでさ。

 俺のいう事聞いてくれる連中は山ほどいるんだけど、俺を好いてくれる人って本当に少なくって」


 俺がミスした時、真っ先に気付くのはいつもアムさんだ。

 それが申し訳ないってのもあるんだけど、同時に嬉しくもあるんだよな。

 だって俺の事気にかけてくれてる証拠だから。


 他にはジャンクや他の同僚たちの姿。

 セラスやママスといった大幹部たちの姿も思い浮かぶ。


「……たしかに、もっともらしい意見だ。

 魔族が仮に人の心を持つとすれば、そんな言葉も出るのだろう。

 信用できん」


 勇者が険しい顔のまま言った。

 それを受けて俺は再度頷く。


「そうだよね。

 信用に関しては、これからの俺の行動で示せればって思うんだけど。

 誠意は行動でしか示せないと思うし。

 そもそもなんだけど。

 俺『魔族と人間が共存する世界の方が楽しい』って思うんだ。

 ケンカしてるよりよくない?」


「……ッ!?」


 俺がそう言った瞬間、雷の勇者がハッとしたのが分かった。




 □□




 雷の勇者はヴィトスのしてくる説得に対し必死に抗おうとしていた。

 目の前の魔族の言動が一見誠実に聞こえる。

 だがそんな事はあり得ない。

 魔族は須らく敵。

 どんな甘い言葉も全ては俺を騙そうとする芝居なのだと、彼は頑なに思い込もうとしていた。

 だが次の一言を言われた時、彼の思考は停止してしまう。


「そもそもなんだけど。

 俺『魔族と人間が共存する世界の方が楽しい』って思うんだ。

 ケンカしてるよりよくない?」


「……ッ!?」


 勇者は驚いていた。

 今はもう居ない勇者の恋人の言葉とほぼ同じだったからだ。


『魔族と人間が共存する世界って楽しそうじゃない?』


 ヴィトスの笑みに恋人の笑みが重なる。

 二つの笑みは決して交わることはなかった。

 これ以上ないぐらい不釣り合いなはずなのだが、なぜか不思議とイメージが離れない。


(……なぜ魔族がバーバラと重なる……!?)


 かつて勇者の恋人は彼に夢を語った。

 それは『人と魔族が共存する社会』の実現である。

 だがその夢は砕かれてしまった。

 魔族が恋人の命を奪ったのだ。

 だから彼は勇者となった。

 だが今。

 勇者は迷っていた。

 そんな彼の脳裏に恋人の最後の言葉が思い浮かぶ。


『許してあげて。

 人類の未来のためには魔族との共存が必要なの』


「……」


(断じて違う……!

 こんな人間のフリをしている魔族とバーバラが一緒なはずがない。

 コイツの言っていることは利己的過ぎる。

 生き物は皆、己を忘れて他のために生きるべきなのだ。

 だが不思議と意見が通じ合っている気がする……!?)


「お前は詐欺師か。

 それとものか。

 わからんな」


「いや人間の心なんて持ってないけど。

 人間と生きたいとは思ってるよ。

 そっちの方が得だし」


 ヴィトスがあっけらかんと言った。

 いかにも利己的な意見だったが、不思議と否定したい気持ちはない。


(なるほど。

 俺も心の底では魔族との共存を望んでいたのか。

 師匠の言う通りだったな)


 勇者も自分の本音を察し、ほんの少しだけ口端を緩める。




 □□




 俺の言葉が伝わったかな?


 俺は勇者の顔色の変化を如実に感じ取っていた。

 先ほどまでの頑なさがどんどん弱まっていく。


「ヴィトスとか言ったな。

 俺の名は『迅雷じんらい』の勇者『エルモフォルミア』。

 仲間からは『エフォル』と呼ばれている」


 勇者は俺に自己紹介をしてくれた。

 そして、


「お前の要望は俺から『勇者連盟』に伝えておく。

 返答は後ほど魔王會に届けさせよう」


 言った。


「お! 

 マジすか!

 おねしゃす!」


 俺は嬉しくなり、両手をパンと合わせてエフォルに頭を下げた。

 するとエフォルはなぜか慌ててそっぽを向く。


「勘違いするな。

 お前が信頼に足る人物かどうかは、今後俺が見定める」


「もちろん。これからよろしく!」


 そんな俺たちの近場で、


「は……話し合いがうまくいっとる……!?」


 アクシーツが呆然とした顔で呟いた。


 あ、そういえば忘れてた。

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