第29話 シャイアの町、復活した古代魔族に襲われる!Ⅱ

「!?」


 アムが見上げると、見たこともない魔族が居た。

 大きな翼をはためかせること無く浮かんでいる。


「な!?」

「こいついつの間に!?」


 その姿に冒険者たちも気付き、それぞれ武器を構えて距離を取る。

 一方魔族はそんな彼らを観察していた。


「フム。

 言語体系が余り変わっておりませんね。

 さすがニンゲン。

 進化が遅い」


(喋っている……!?

 だったら会話で時間が稼げるかも……!!)


 アムはそう判断した。

 そして、


「アナタはいったい何者なの!?」


 魔族に尋ねる。

 すると魔族はアムの前に降り立ち、


「申し遅れました。

 我が名はドラゴッド。

 唯一にして至高の存在です。

 ではさよなら」


 言った。

 右手を持ち上げる。

 その瞬間アムの全身に怖気が走った。


「みんな伏せてッ!!!」


 アムが叫んで、咄嗟に近くに居たギルドマスターを押し倒す。

 直後、ドラゴッドが右手を振り下ろした。


 ズッガアアアアアアアアアアアアアンッ!!!


 凄まじい轟音と共に爆風が辺りのものを吹き飛ばした。

 その勢いは凄まじく、地面に伏せたアムたちを吹き飛ばしてしまった。

 やがて風が収まり、アムが起き上がる。


「な……ッ!?」


 周りにあるものを見て、彼女は呆然としてしまった。

 正門が崩れている。

 それどころか高い外壁も、その奥の民家や商店も、見渡す限り一面が瓦礫の山と化していた。

 あちらこちらで火の手が上がり、悲鳴まで聞こえてきた。

 避難途中の人々が巻き込まれたのだ。

 町がそれなら正門前も酷い有様である。

 六十人近く集まっていた冒険者たちも大半が倒れたままだった。

 立とうとしているものは十人といない。


「そんな……みんな!?」


 アムが絶望の声を漏らす。


「脆い脆い脆い!!!

 全くニンゲンは脆いですねえ!!!

 ちょっと扇いでやっただけなんですよ!?

 脆過ぎて笑いが止まりませんね!!!」


 アムの悲痛な叫びを聞いて、ドラゴッドがけたたましい声で笑い出した。

 弱小種族の無様な姿が愉快でたまらないのだ。


「ヒ……ヒヒヒイイイイイッ!?

 助けてえええええええ!!!!」


 その悪魔のような笑い声を聞いて、マスターがその場から逃げ出す。

 自らの生命の危機に、マスターは正気を失いかけていた。


「ククククククッ!

 醜いですねえ!

 自分だけ助かろうとは!!

 今私が浄化してあげましょう!」


 言って、ドラゴッドが指先を逃げるマスターに向ける。

 指先に小さな炎の塊が浮かんだ。

 魔法でマスターを焼き殺すつもりなのだ。


「マスター!?

 ダメ!!」


 それに気付いたアムが叫び、立ち上がろうとする。

 だが彼女は足を痛めており動けない。


「安心しなさい。

 アナタも一緒に浄化して差し上げます」


 ドラゴッドはそう言うとアムにも指先を向けた。

 指先に炎が浮かぶ。

 その時、


「よそ者が調子に乗ってんじゃねえ!!!」


 荒野と化した正門前に、突如として野太い男の声が響き渡る。

 巨大な影が宙を飛び、ドラゴッドに迫った。

 三メートル近い巨体と一メートル近く逆立てた赤髪。

 そしてなぜか満面笑顔のオークが描かれたピンク色のエプロンを付けているその男は、広域盗賊団『暴虐怒髪ババリアン』を率いる頭『ザムザ』であった。

 彼は巨体に見合わぬ俊敏さでドラゴッドとの距離を詰めると、自慢の斧でドラゴッドを真っ二つにしようとする。


「ほう。

 少しは力がありますねえ」


 だがドラゴッドは斧を二本の指だけで受け止めてしまった。

 ザムザが幾ら力を入れても、それ以上ピクリとも動かない。


(この人、あの時の町強盗……!?)


 アムがザムザを見て驚いた。


「チッ!?

 受付嬢の姉ちゃん!

 さっさと逃げやがれ!!」


 そんなアムに向かってザムザが叫ぶ。

 ドラゴッドがその気になれば、いつでも自分たちを殺せることは明らかだった。

 逃げるより他はない。


「でもアナタだけじゃ!?」


 アムがそう叫んだ時、


「その男だけではないぞ」

「ボクチンたちもいるのサ!」


 続けて、またも野太い声が響く。

 アムが振り返れば、そこに二人のオークが居た。

 一人は三メートル近い体躯を持ち、筋骨隆々とした体を特注らしい金色の燕尾服に包んでいる。

 もう一人は子供ぐらいの背丈で、ブクブクに太った体を銀色の宝石がちりばめられた燕尾服を着込んでいた。

 魔王會系闇組織ダークバトラの會長とその息子、キンバとギンバである。


「アムさん!

 ボクチンたちが来たからにはもう安心だからネ!

 町の人も配下たちがキチッと守ってるシ!!」


 ギンバがバチンとウィンクして見せて言った。


「アナタたちまで……!?」


 アムには信じられない。

 彼らは悪人なのだ。

 それがどうして自分たちを守ってくれるのか。


 一方で、同じような疑問はドラゴッドも持っていた。

 彼はザムザの斧を振り払うと、ギンバたちを不思議そうな目で見つめる。


「フム。

 なぜ魔族が人間の町に居るんでしょう。

 奴隷として飼いならされたのですか?」


 そして尋ねた。

 するとその場にまた別の影が二つ降り立ち、


「うっせえぞロートル!

 今時人間とケンカなんて時代遅れなんだよ!」


 ドラゴッドに向かって言った。

 一人はザムザ並みの体格を持ち、額に残る三日月のような傷跡が特徴のウェアウルフ。

 彼は魔王會系闇組織『ブラッドファング』のボス『ルガル・グリムガルル』である。

 もう一人は蛇腹模様の入った黒い紳士服を着た背の高いリザードマン。

 こちらは魔王會系闇組織『ブラックサーペント』の現會長『ザラフ・ナハーシュ』だった。

 彼らの姿を見るなり、アムはまたも驚く。


(全員、私やギルドにちょっかいかけてきた魔族たちじゃないの!?

 それがどうして!?)


 彼らがなぜ自分たちを助けてくれるのか。

 アムには疑問だった。

 すると視線でそれが分かったのか、


「間違っても人間などのためではありません。

 ただ『この町を守れ』と《あの御方》に言われておりますからね。

 魔族は力に忠誠を尽くすのです」


 ザラフがニヤリ、とほくそ笑んで言った。


「ハッ!

 人間守る義理はねえが、《あの方》のご命令とあらばだ!」


 ルガルも同意する。


(あの方……!?

 誰かがこの魔族たちに命令したって言うの……!?

 この町を守れって……!?)


 二人の話を聞いて、アムは不思議に思った。

 ザラフとルガルはともに数千人規模の闇組織のトップである。

 そんな二人に命令できる魔族となるとかなりの高位魔族である事が予想される。

 だがそんな魔族がどうしてシャイアのような小さな町を守るのか。

 アムには分からない。


「何しろ《あの方》が望む功績を上げれば、俺みてえな山賊でも幹部に取り立ててもらえるかもしれねえからなァ!

 コイツはタマ張る価値あるぜ!」


 ザムザが言って、斧を構え直す。


「アムさんにも気に入られたいしネ!

 ワンチャンボクチンのお嫁サンになってくれるカモ!!」


 更にギンバがアムにウインクして言った。


(な、中身は変わってないみたいね……!?)


 アムは内心で呆れる。

 一瞬彼らが改心したのかと思ったからだ。

 だがこの状況での手助けは有難い。


(彼らはいずれも非凡な力を持つ魔族……!

 協力すればなんとかこの場を凌げるかも……!!)


 アムはそう期待する。


「まあどうでもいいでしょう。

 それでどうするのです。

 アナタたちのようなザコが幾ら集まったところで、この私には勝てないと思いますが」


 ドラゴッドが言い放つ。

 闇組織の會長や山賊団のボスに囲まれてもなお余裕そうである。

 その言葉が強がりでないことはキンバたちの顔を見れば一発で分かった。

 だがルガルは笑う。


「それはどうだろうなあ?

 おい!

 お前ら!!」


 ルガルが叫んで、片手を上げる。

 するとゴロゴロという地鳴りのような音とともに、崩れた町の方から何かが運ばれてくる。

 それは大砲であった。

 車輪を含めた大きさが神殿ほどもある。

 その砲身は天空へと伸び、表面には現代錬金術の粋が凝縮された魔法陣が何重にも描かれていた。

 砲身の後部には月のように輝く巨大な魔法水晶(クリスタル)が埋め込まれ、内部に収めた膨大な魔力をいつでも放てる準備ができている。


「ほう。

 面白いですねえ。

 この時代の大砲でしょうか」


 ドラゴッドが興味深そうに大砲を見る。


「そうさ!

 てめえの時代にはなかった最新最強の錬金兵器よ!

 現代技術をとくと味わいやがれ!!!」


 そう高らかに叫ぶと、ルガルは上げた片手を振った。

 途端に大砲後部のクリスタルが輝き出す。

 その色は白から赤に代わり、砲塔までも輝きだした。

 直後、爆音と共に砲身から放たれたのは弾頭ではなく青色をした熱光線だった。

 光線はドラゴッドの体に直撃し、大爆発を起こす。

 ルガルたちは身を伏せて爆風に耐える。

 やがて爆風が収まると、


「え……ッ!!?」


 その凄まじい光景を目の当たりにし、アムが思わず呟いた。

 先ほどまでドラゴッドが立っていた場所を起点にして、扇形に地面が削れている。

 その規模はシャイアの町の半分ほどもあった。

 ドラゴッドの背後にあった岩場が完全に崩壊している。

 辺り一帯に濛々と砂煙が上がっていた。

 その威力は先のドラゴッドが町を破壊した時の光線よりも明らかに大きい。


「す……すげえ……!?」


 その余りの威力に、ババリアン頭領のザムザも唖然としている。


「さすがに消し飛んだか」

「とっておき用意しておいて良かったぜ。これで殿下に良い報告ができる」


 キンバとルガルが砂煙を眺めて言った。


「言っておきますが、アナタ方だけの成果ではありませんからね。

 ブラックサーペントの資金も投入しているのですから」


「ダークバトラもだヨ!

 パパがいっぱいお金出したんだからネ!」


 ザラフとギンバも続く。

 今回彼らが用意した大砲はキンバたち三つの闇組織が協力し、更にルガルが持つ錬金工房を使って開発したものだった。

 製作コストはシャイアの町の年間予算のおよそ十倍にあたる。


(本当に倒せたの……!?

 あんなに強い魔族を……!)


 一方、この場でアムだけは油断なく砂煙を見つめていた。

 イヤな予感がしていたのである。

 ドラゴッドは大砲が発射されるまで平然としていた。

 魔族が自分を殺せるような兵器を前にしてそんな態度を取るものだろうか。


 そんな風に彼女が怪しんでいると、


「まったく嘆かわしい事ですね。

 相手の実力も推し量れないとは」


 突如、砂煙の中から声が聞こえる。

 やがて砂煙が晴れると、そこには光線発射前と寸分違わぬ状態で立っているドラゴッドの姿があった。

 光線はドラゴッドの胸に直撃したのだが、そこには傷跡一つない。


「「「ッ!!?」」」


 あり得ない現実を目の当たりにして、ルガルたち四人は呆然と立ち尽くしてしまう。

 直後。


「グガアッ!?」


 アムの見ている前でドラゴッドの姿が消えた。

 直後、ボンボンという打ち上げ花火のような音が背後で聞こえる。

 アムが振り返ると、ルガルたちの巨体が空を飛んだり瓦礫の山に突っ込んだりしていた。

 ドラゴッドが目にもとまらぬスピードでルガルたちを攻撃したのだ。

 更に、


 ズッガアアアアアアアアアアアンッ!!!


 ドラゴッドは大砲にも攻撃した。

 彼が指先から放った魔力光線により、大砲は木っ端みじんに吹き飛んでしまう。

 付近に居たルガル配下のウェアウルフたちも同様だった。


(やっぱり!?

 この魔族ただ者じゃない!!?)


 ドラゴッドの余りの強さにアムは愕然としていた。

 Aランクの騎士隊長を倒したと報告を受けていたが、そんなレベルではない。

 明らかにSランク冒険者の域に入っている。

 いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。


「バカな……!?

 あの砲撃には百発分の爆熱魔法の魔力が込められていたんだぞ……!?」


 ドラゴッドの足元に這いつくばるルガルが言った。


「どうやら現代の魔族はザコしかいないようですね」


 そんなルガルを再度蹴り飛ばす。


「グガアアアッ!?」


 ドラゴッドにとってはちょっと足先を振った程度の蹴りであったが、ルガルの巨体は数十メートル吹っ飛び、その先にあった正門の基礎部分に叩きつけられてしまった。

 ルガルはぐったりしたまま起き上がってこない。

 彼の頑丈な肉体をもってしても致命的な一撃だった。


「やれやれ。

 従える価値すらない。

 殺してしまいましょう」


(いけない!!

 このままじゃ皆殺されてしまうわ!!)


 自分が役に立たないことは誰よりも分かっている。

 それでもなんとかしてこの魔族を止めなければならない。

 アムはそう思っていた。

 だから彼女は腰の剣に手を掛けた。


「ん?」


 すると、ドラゴッドが急に空を見上げた。

 シャイアの空は晴れていたが、北の方から暗雲が迫っている。

 ゴロゴロという遠雷の音が聞こえた。


「何か来ますね。

 強い力だ」


(何……!?)


 アムがそう思った時、


 ピッジャアアアアアアアンッ!!


 荒野と化したシャイアの正門前に、雷が落ちた。

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