第2話 魔王の息子、ぼったくりバーに行く

 店長たちが、俺を見て驚いている。


「マズイマズイマスイいいいいい……ッ!!

 俺が所属してる『漆黒の戦斧會ダークバトラ』は大陸全土に拠点を持つ中堅の闇組織……!

 その構成員は三千人を越える……ッ!

 だがその俺たちを取りまとめている上部組織が魔王會……ッ!!

 構成員の数は少なく見積もっても百万は居ると言われている……ッ!!」


 店長がブツブツ呟いているのが聞こえた。

 驚愕のあまりに自分が独り言をしている事に気付いていない様子だ。


 魔王會の前身組織は魔王『軍』である。

 平和な世の中になり『お互い軍を持たない』という条約を人間たちと結んだので、『會』という体裁を取って存続している。

 その際幾つかの派閥に分裂し、その後統合したり分裂したりを繰り返して今の魔王會になっていた。

 俺はその魔王會のナンバーツーに当たる。

 店長たちからすれば雲の上どころの騒ぎではない。


 実際店長たちの顔を見ると、眼球は血走って焦点が合っていなかった。

 涙は勿論の事、鼻水まで垂れ流している。

 

 たぶん『こんなアホにしか見えないガキが、その魔王會を支配する魔王の跡取り息子だと……ッ!?』とか思ってるんだろうな。

 事務員の恰好しているせいか、俺は結構舐められやすいし。

 

 それはともかく、先ずセラスを落ち着かせないと。

 セラスは魔界最強の剣士の一人。

 彼女が暴れ出すと大変なことになる。


「セラス。

 なんなのこの人たち」


 俺はセラス配下のデュラハンたちを見て言った。

 『魔皇騎會まこうきかい』大幹部のデュラハン『ケイオス』まで連れてきてる。


「ハッ! 殿下に万が一があってはならぬと思い、兵を集めた次第にございます!!」


 即座にセラスが答える。


「兵を集めたって。

 戦争じゃないんだから」


「いいえ戦争です!

 神聖なる殿下の御身を汚す輩は一人の例外なく攻め滅ぼさなければなりません!!」


 セラスはそう叫ぶと、その銀眼で床に這いつくばる店長を睨みつけた。

 彼女の眼が殺気でギラギラと光る。


「ひィ~~~ッ!?」


 それがめちゃくちゃ怖かったのだろう。

 店長は失禁してしまった。

 セラスから殺意を向けられれば、ドラゴンでも漏らす。


「此度の失態は全て殿下を放置していたこの私に御座います!

 かくなる上は私の首にて償いを!」


 セラスはそう言うと俺の前に土下座した。

 艶やかな銀色の髪を掻き上げ、俺の前にきめ細やかなうなじを露わにする。

 首を落としてくれとでも言いたいんだろう。

 そんな事をしたらセラスまでデュラハンになっちゃう。


「そういうの止めて。

 そもそも放っておいてって言ったのも俺だし」


 できれば監視も付けて欲しくなかったんだけど、それだけは譲れませんと言われて今この状況である。


「しかしそれでは誰が責任を!?

 ……そういえばそこに不埒者どもが居たなァ!?」


 セラスがそう言って、店長たちを睨みつける。

 同時に剣の柄を引き抜いたのが分かった。


 あ、危ない。


「ひっ……!?」


 セラスの凍てつくような視線に店長が怯えた、刹那。


 ――バッグオオオオオオオオンッ!!!


 店内に爆風が吹き荒れた。

 その勢いは凄まじく、店の棚はもちろん絨毯から根こそぎ吹き飛び、壁や屋根がシャンデリアごとされた程だった。

 やがて風が収まる。


「は……ッ!?!?!」


 店長の目が真ん丸になった。

 店は地面に近い基礎部分を残して、ほぼ全てが吹き飛んでいた。

 だが彼が驚いたのは壊滅的な店の状態じゃなさそうだった。

 全員俺を見ている。


「いきなり剣抜くんだから」


 皆の視線はさておき、俺は叱りつけるような口調でセラスに言った。

 店が《細断で済んだ》のは俺がセラスの剣を指先で摘まんで止めたからだった。

 わざわざ摘まんだのは、セラスの剣が折れてしまわないためである。


「殿下!?

 申しわけございません!!」


 セラスがその場に両膝を突き、俺に詫び始めた。


「な……何が起こったんだああああああッ!!?!?」


 店長は未だに状況が理解できていない様子だった。

 一方彼の店のオークたちは、


「「「ふひいいいいいいいいい!??!」」」


 瓦礫の中から次々起き上がって、その場から逃げ出していった。

 一部は余りの恐怖に泡を吹いて気絶している。


「はっ!?」


 それを見て店長も我に返る。

 彼はその場に立ち上がると、俺に向かって五体投地してきた。

 そして、


「殿下ッ!!

 申し訳ございませんッ!!

 どどどっ、どうかお許しをおおおおおおッ!!?」


 両手を合わせて祈るようなポーズを取り、俺の前で泣き喚く。


「いや。

 こっちこそ店壊しちゃってごめん」


 俺は謝った。

 多少脅された程度でこれは、明らかにやり過ぎだ。


「弁償するよ。

 セラス、俺のサイフって持ってきてくれた?」


 俺はセラスに指示した。

 呼び出した時は大抵サイフを持ってきてくれてる。


「はっ!

 ございます!」


 セラスは短く返事をすると、赤黒い甲冑姿のデュラハン『ケイオス』を見やる。

 彼は視線で察したのだろう。

 セラスが乗ってきたブラックユニコーンの傍に向かうと、その鞍に括りつけていた鞄を持ってきた。

 この鞄は俺の財布だ。

 大きさは旅行鞄ぐらい。

 ドラゴンの臀部の革で作られたその中に、ぎっしり金貨が詰め込まれてる。


 俺は財布を開けて中身を確認すると、鞄の口を開けたままにして店長の前に置いた。


「ひょええええええええええッ!!?」


 金貨の輝きを見た店長は、土下座したままで飛び上がってしまう。


「こっこここれが財布……ッ!?

 もはや宝箱じゃないですか……ッ!?

 どう少なく見積もっても百万フロリンはありますよ……ッ!?

 俺の店が三回は建て直せる……ッ!?」


 店長がガタガタ震えながら言った。

 百万フロリンっていうと、俺の事務員月給の大体『六百カ月』分だ。


「足りなかったら別の財布も用意するけど」


 俺は言った。

 店を建て直すのもそうだし、あとは新しい人材を雇う人件費も含まれている。

 逃げてったオークたちはたぶん戻ってこないだろうし、エルフの女の子も行方をくらますはずだ。

 なぜなら俺に粗相をしたと思ってるから。

 別に何もする気はないんだけども。


 ズドォン!!


 なんて思ってるうちに、ケイオスがもう一つ財布を持ってきてくれた。

 そこにも百万フロリン入っている。


「りょりょりょりょ料金は結構でございますううううう!!!」


 それを見るなり、店長が慌てて辞退し始めた。

 『こんなものを受け取ったら後で絶対殺される』とか思ってるのかもしれない。


「そういうわけにいかないでしょ。

 壊したの俺らだし」


 俺はそう言ってセラスを見やった。

 セラスは黙って店長を睨みつけている。

 それを見て俺はちょっとマズいと思った。

 店長にとって、セラスは上司だ。

 上司のメンツを傷つけることは、闇社会においては致命的過ぎるミスである。

 このままだと店長は恐らく殺される。


 うーん。

 店長が死ぬのは自業自得かもしれないけれど、セラスの場合確実にやり過ぎるからな。

 彼と関わりの者たちはもちろん、この町すら滅ぼしかねない。

 かと言っていちいち俺が止めてたら手間が掛かるし。

 そうだ。


「セラス。

 お腹空いたから晩御飯作って。

 久々にセラスのハンバーグ食べたい」


 セラスに対し指示を下した。

 それを聞くと、


「はっ!!?

 最高の料理を用意させて頂きます!!」


 セラスが俺に向かってビシッと敬礼して言った。

 その頬は僅かに紅潮している。

 さっきまでの怒りもどこへやら、すっかり上機嫌になっている。


 これで一晩は大丈夫かな。

 後は。


 俺は今度は店長を見た。

 そして、


「店長さん。

 ぼったくりは時代遅れだから、普通に稼いだ方がいいよ。

 優良店って評価受けた方がお金稼げるしね。

 ケーキ屋とかどう?」


 店の改善案を提示した。

 店の経営を続けさせることで、被害の拡大を防ぐとともに地域住民の利益にもなる。

 さらには俺直々の命令だから、セラスも店長を殺せない。


 そう思ってセラスを見る。

 セラスは自分のサイフを取り出して、「タマネギはあっただろうか……!? 殿下のお好きなニンジンは……!」何やら呟いている。

 店長どころではないらしい。

 これなら大丈夫そうだ。


「は……!?

 ははあっ!!!

 ただちに開業させて頂きますうううううッ!!」


 一方店長も地面に額を打ち付けまくって言った。


 よしよし。

 これで大事にはならなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る