冴えないギルド職員、実は魔王の跡取り息子だった〜過保護で過激な配下たちがまたどこかの組織を潰したようです〜

トホコウ

第1話 魔王の息子、ギルド職員になる

 辺境の町『シャイア』にある冒険者ギルド『白鷹ホワイトレイブ』の事務室。

 その一番窓際の席で、齢15くらいの優男が束になって並んだ冒険者カードのチェックをしていた。

 彼の名は『ヴィトス』。

 ホワイトレイブの一般事務職員である。

 彼は今カードの記載事項にミスが無いか確認をしていた。


 確認する系の仕事苦手なんだよなあ。

 何回見てもなんかしら見落とすし。


 そんな風に考えて、俺が一枚一枚目を凝らしていると、


「ヴィトスくん。ちょっといい?」


 背後から声を掛けられる。

 聞いただけで緊張と疲れがちょっと解れる。

 振り向くと、そこにタイトなスカートとジャケットに身を包んだ女性職員が立っていた。

 つややかなロングの黒髪とパッチリ開いた目が非常に可愛らしい女性である。

 彼女の名前は『アム』。

 俺の同僚にしてギルドの人気受付嬢だ。


「あ、はい!」


 意識していないのについ声が大きくなる。

 それと言うのも彼女に惚れてるからだ。

 実家を離れて働いてるのも、一番の理由は彼女に一目惚れしたからである。


 でも中々仲良くなれなくて困ってるんだよな。

 原因はたぶん……。


 俺がそんな風に考えていると、アムさんが一枚の冒険者カードを俺の机の上に置いた。


「ここ、ランク付け間違ってるわ」


 そして口元をムッと吊り上げ、ちょっと怒った調子で言う。


 しまった。

 またミスをしちゃったらしい。

 俺がアムさんと仲良くなれない主な理由がこれ。

 全然ミスがなくならないのである。

 俺は早速指摘されたカードの冒険者ランクを修正しようとした。


「お前またなんかやったのかよ?」


 だが横から現れた手にカードを奪われてしまう。

 気づけば俺のすぐ傍らに、黒髪を整髪用油でキッチリ固めた20代前半くらいの男が立っていた。

 コイツの名は『ジャンク』。

 アムさんと同じく俺の同僚だった。

 ジャンクは奪ったカードを見るなり、


「おいおい!?

 コイツじじいの冒険者ランク『S』にしてんぞ!!?」


 そう言って大爆笑し始める。

 他の同僚たちも腹や口を押さえ、笑いを堪えていた。

 アムさんだけは真剣な顔で俺を見ている。


 俺は今度こそカードを確認する。

 そのカードは齢100歳となるおじいちゃん冒険者のものだった。

 職員記入事項欄にある冒険者ランクが『S』になっている。

『S』は規定により、現在全ギルドに登録している者の中で最も強い冒険者20名に与えられる称号である。

 どう考えてもヨボヨボのおじいちゃん冒険者に与えられるランクではない。


 やば。

 マジで間違えてる。


「なんでこんな間違いしたの?

 命に係わることよ!?」


 アムさんが腰に手を当てて俺を叱りつけてきた。


「すんません」


 愛しのアムさんから𠮟りつけられ、俺はたちまちシュンとしてしまう。

 どうしよう。

 アムさんにだけは嫌われたくない。


「ヴィトス。

 Sランク冒険者って国からの緊急討伐クエストとか受けるんだぞ?

 だろ?」


 ジャンクが俺の肩に手を置いて言った。

 俺は一瞬ポカンとした。

 ジャンクの言ったことが理解できなかったからだ。


「え、ドラゴンって下級モンスターじゃないの?

指先で倒せるでしょ?」


 俺は聞き返す。

 すると、


「ギャッハハハハハハハハハハハ!!?」


 たちまち大笑いされてしまった。

 他の連中も同様で、床に転げまわる者まで出る始末だった。

 そんなに笑わなくてもいいだろ。


「んなわけねーだろ!?

 ドラゴンつうたら町一つぐらい簡単に壊滅させんだぞ!?

 それこそSランクじゃなきゃ勝てねえよ!!」


「Sランクでも指先では倒せないわね……!」


 なるほど。

 俺の周りの連中はけど、あれって凄いことだったんだな。


 二人の驚き呆れる様を見て、俺は思う。


 まあでも、そう言われればそうか。

 実際アムさんもジャンクも全然戦えないし。

 油断するとすぐ常識抜けちゃうから気を付けないと。


「ヴィトスくん。

 書き間違いは誰にでもある事だけど、ホントに注意してね?

 一歩間違ったら大変なことになるから」


 アムさんが心配そうな顔で俺に注意してくれた。

 ホント優しい人だ。


「あ、はい!

 次から気を付けます!

 皆さんもすいません!」


 俺はアムさんに頭を下げ、それから同僚の皆にも頭を下げた。


「ま、面白いからいいけどよ!

 事故になる前でよかったなぁオイ?」


 するとジャンクがニヤニヤしながら俺の肩を叩く。

 自分だってしょっちゅうミスするくせに。

 なんて思っているうちに、他の同僚たちもクスクス笑いながら自席に戻っていく。


「わからない所があったら、いつでも聞いてね?」


 アムさんも心配そうに言うと、カウンターへと戻っていった。

 一人になった俺は修正用の白い羽ペンでおじいちゃん冒険者のランクを修正し始める。


 この仕事始めてから失敗してばっかだ。

 でも人間(・・)って優しい。


 俺はしみじみ思った。



 □□



 その日の夜。

 一日の業務が終わった後、俺はアムさんやジャンクと共に裏通りにある飲み屋に来ていた。 


 飲み屋にしては装飾がずいぶん豪華だな。

 壁は一面真っ白な高級石材。

 カーペットも全部高級品で統一してあるし。

 

 店内を一瞥して俺は思う。

 なんでこんな店に来ているかって、二人と帰宅途中突然ジャンクが飲みに行こうと言いだしたのだ。

 それで店を決めかねていると、紳士服姿の『オーク』に声を掛けられたのである。

 オーク自体は珍しくはない。 

 かつて戦争があった頃は人間と敵対していたんだけど、世界が平和となった今ではより資源が豊富で経済活動も活発な人間界に住む連中がチラホラ居た。


 ただ文化的な違いや根強い差別等が残ってるから、保護や支援を受けるために魔族が結成した『闇組織』に所属している連中が多いんだけど。


 そんな事を考えながら店の奥を見やる。

 カウンターの辺りにズラっと店員らしきオークが立っていた。

 全員手入れの行き届いた紳士服に身を包んでいたが、その反面顔にナイフで切ったような傷が入っていたり、体つきも普通のオークより一回り大きい。

 外見や振る舞いを見る限り、闇組織の構成員に見える。


 それに店内に他の客がいないのも気になるな。

 このぐらいの時間で混んでないって事は、潰れかけの店、もしくは別のやり方で儲けている店である。

 

「ねえ。

 お客さん少なくない?

 それに高級店に見えるけれど」


 俺がそんな事を考えていると、アムさんが不安そうに言った。


「そっか? 『エルフ』が居る店だしこんなもんだろ♪」


 ジャンクが適当に答える。

 この店に誘われた時、最初こそジャンクは渋っていたのだが、店員から『エルフの女の子が居る』と言われるなり途端に『行こう!』と言いだしたのだ。 

 エルフと言えば容姿が美しいものが多い。

 たぶん頭の中は可愛い女の子への期待で一杯なのだろう。


「大丈夫かしら……!?」


 そんなジャンクを見て、アムさんが不安そうに呟く。


「いらっしゃいませぇ~♡」


 やがて俺たちの座るソファーに、ミニドレス姿の3人の金髪エルフたちがやってきて座った。

 いずれも美しく、肩や太ももがバッチリ露出している。


「きゅぉん!? キャワイイねぇ~!!」


 それを見てジャンクが軽く椅子から跳びあがって叫んだ。

 いきなりテンションおかしい。


「え?

 ありがとぉございます~♡

 お兄さん素敵ぃ~!

 なんのお仕事されてるんですかぁ~?」


 エルフの一人がジャンクの手を握りながら尋ねた。

 随分男慣れしてる。


「いやあ、俺たち実は冒険者ギルドで働いてまして~!」


「え! ギルドの職員さんなんですか!?」

「素敵!!」

「お話聞かせてぇ!!」


 ジャンクの何でもない話に、エルフたちが次々と食いついた。


「よっしゃ!

 酒持ってきてくれ!!

 この店で一番強いやつな!

 混ぜ物ナシで!」


 するとジャンクは益々ご機嫌になり、店内にいる黒服の店員に向かって強い酒を注文した。


「かしこまりました」


 店員は恭しく一礼し、店の奥に消えた。


「お~し!

 とことん飲みまくるぞ!

 みんなもドンドン飲んでくれ!」


「じゃあ私もお飲み物いいですか?」

「私カクテルがいい!」

「私も!」


 女の子たちもそれぞれにお酒を注文しだす。


「へへ」


 すると店員のオークたちがニヤリ、カウンターの影でほくそ笑んだのが分かった。

 十中八九俺の予想通りだな。

 面倒なことになりそう。




 □□




「おし! 次の店行くか!」


 やがて一時間がたった頃、すっかり酔っぱらった顔でジャンクが言い出した。

 そして会計となったが、


「5000フロリンになります」


 店員オークが満面の笑みを浮かべて言った。

 女の子とお酒飲んだだけにしてはずいぶんな金額である。

 事務員として俺が貰う手取りの三か月分ぐらい。


「はあ!?

 そんなわけねえだろ!!

 お前50フロリンでいいって言ったじゃねえかよ!!」


 50フロリンはオークの店員がこの店に誘った時、提示した金額だ。


「女の子が頼んだ酒は別料金なんですよ。

 それが全部で4950フロリン。

 飲み放題と合わせて5000フロリンになります」


 店員は涼しい顔で言った。


 この態度、ずいぶん手慣れているな。

 他に客が居ないのもワザとだろう。

 俺たちを逃がさないためだ。


「てめえ!?

 ぼったくってんじゃねえぞ!!」


 ジャンクが店員を怒鳴りつける。

 すると見る見るうちに店員の表情が変わった。

 それまで終始笑顔だったものが、眉を顰め口元を歪ませて恐ろしい顔になる。

 そして、


「ああ!?

 お前ら楽しんだだろうが!?

 しこたま飲んだクセにいちゃもんつけてんじゃねえ!!」


 ジャンクの二倍近い声量で怒鳴り散らした。

 同時に店の入口と奥から合計五人、別のオークたちが俺たちを囲むようにして現れた。

 更に奥から一人、紳士服姿のオークが現れた。

 このオークは先に現れた連中より背丈が一回り大きく、腰に立派な剣を差している。

 また胸元にはプレートが張り付けてあって『店長 ゴンザ』と書いてあった。

 こいつが店長らしい。


「払わねえつもりか?」


 店長がギロリとジャンクを睨みつけて言う。


「ひ……っ!?」


 たちまちジャンクは震え出した。

 そのすぐ傍らではアムさんも怯えている。


「いいからさっさと払え!!

 払えねえならそこの女に体で払ってもらうぞ!?」


 店長はそう叫ぶと、アムさんに近寄ってきた。


「……ッ!!」


 アムさんもすっかり怯えてしまって、逃げ出そうにも逃げ出せない様子。


「あ、じゃあ俺払いますよ。

 楽しませて貰いましたし」


 俺は店長との間に割って入り言った。

 ちょうどアムさんをかばうような立ち位置だ。


「あ? お坊ちゃんが払ってくれんのか?」

「いかにもってツラしてんなコイツ!」


 途端にオークたちが俺をバカにした顔で見下してくる。


「ヴィトスくん!?

 ダメよ!」


 アムさんもそう言って俺を制止しようとしてきたが、


「そうか!? すまん!!」


 そんな彼女の肩を掴んでジャンクが言った。

 そのままアムさんを連れてさっさと店の外に出て行こうとする。


「ジャンク!? なんでヴィトスくんを置いていくの!?」

「だってどうしようもねえだろ!? ここはヴィトスに任せようぜ!」

「そんなわけにいかないでしょ!!?」


 アムさんはジャンクの手を振り払うと、俺の傍まで走り寄ってきた。


「本当に大丈夫?」


 心配そうに俺の顔を覗き込んで言ってくる。


「はい。

 俺んち金持ちなんで。

 明日も早いですし、アムさんも先帰ってください」


 俺はこれ以上心配させないよう、淡々とした口調で答える。


「アム。ここはヴィトスに任せようぜ」


 ジャンクはそう言って、「すまねえなヴィトス!」今度こそ強引にアムさんを連れ出してくれた。

 店内には他の客はもちろん、エルフの女の子たちの姿すら無い。

 俺だけが一人、屈強なオークたち六人に囲まれる形で店に残される。


「オラ!! さっさと5000出せや!!」


「ああその事だけど、やめておいた方がいいよ。

 ぼったくりとか明らかにコスパ悪いし。

 最近は人間もかなり強くなってるからね」


 俺は善意で助言してやった。

 他ならぬ同族同士だし、この町でこんな稼業やってるって事は、恐らく俺の周りの誰かの配下なのだろう。

 となると勝手にぶん殴って終わらせるわけにもいかない。


「ああ!?」

「コイツなんか言ってやがるぜ!?」

「人間が俺らにケンカで勝てるって!?」

 

 途端に周りのオークたちが太い腕をまくって威嚇してくる。


「お前、金出さないと死ぬぞ」


 店長が冷めきった目で俺を睨みつけて言った。

 俺の話を聞くつもりはないらしい。


「うーん。

 どう言ったら納得してくれるのかな」


 俺は悩んでいた。

 俺の今の状況、《配下》に知られてるっぽいんだよね。


「おい!!

 オーク舐めたらただじゃ済まねえぞゴルァ!?

 殺して山に埋めてやる!!!」


 そんな俺の態度が気に食わなかったのだろう。

 店長が剣を振りかざして俺を脅しつけてくる。

 そんな店長を俺は見つめ返した。


「止めといた方がいいかなって。

 俺を傷つけるといよいよ命が危ない」


「あぁ!? 何調子こいてんだてめえ!?」


 店長が激高して叫んだ。

 直後。


「ヴィトス殿下ッ!!!!」


 突然店のドアが開け放たれたかと思うと、甲冑を身に着けた女魔族が店内に押し入ってきた。

 彼女の名前は『セラス』。

 俺の配下の一人で、普段は身の回りの世話をしてくれている。

 肩まで垂れた銀髪はしっぽりと濡れ、肌も発色がだいぶ良くなっている。

 たぶん風呂上りなのだろう。

 続けて彼女の部下である首無し甲冑姿の魔族『デュラハン』たちも入ってくる。

 デュラハンたちはいずれも人の背丈よりも太く長い大剣を装備していた。

 また開け放たれた入口ドアの向こうに、セラスの愛馬である巨大な黒いユニコーンの姿が見える。


「な……ッなんだこいつらああああああああ!?」


 デュラハンたちの威容に、たちまち店員オークらが震え出した。

 それもそのはずである。

 デュラハンは高位魔族。

 多少腕っぷしに自信があるとはいっても、下級魔族のオークでは束になっても敵わない。

 それが一度に11体も現れたのだからビビらないはずがないのだ。

 だがオークたちの中で最も震えているのは、


「ふっひいいいいいいいいいいいいいッ?!?!!?

 あ……ッ!

 あのお方はああああああああッ!?」


 店長である。

 彼はデュラハンではなくセラスを見て震えていた。

 それも当然だろう。

 デュラハンが束になっても敵わないのがセラスだ。


「おおおお前ら土下座しろおおおおお!?

 このお方はうちの組織を取りまとめていらっしゃる『魔王會ディアステマ』大幹部にして『魔皇騎會まこうきかい』八万を率いる『セラス・サマ・エルス』様だ!!

 つまりうちのボスのボスだ!!」


 店長は叫ぶと、その場に這いつくばり額を何度も床に擦り始めた。


「「へええええええええッ!?」」


 即座に状況を把握した店員たちも同様に「はは~~~ッ!!」這いつくばる。


「まあこうなるよね」


 その大げさすぎる光景を見て、俺は呟く。

 

「あばばばばばば……ッ!!?」


 店長は見るからに焦っていた。

 魔族の社会は完全なる縦社会。

 セラスの気まぐれ一つで自分たちの首が飛ぶ。

 それを身をもって知っているのだろう。


「こっこここれはセラス閣下!!

 ようこそお越し下さいました!!

 おかげさまで大変儲かっておりまして!!

 これは少ないですがどうぞお使いください!!」


 やがて店長が立ち上がり言った。

 懐から金貨の沢山詰まった革袋を取り出してセラスの前に置いた。

 セラスは険しくした顔をピクリとも崩さない。


「ひ……ッ!?」


 そんなセラスを見て更に焦った店長は、近場に立ってる俺を指差し、


「い、今からこいつの分も取り立てますので、その分もよろしければッ!!!!」


 セラスに言った。

 直後。


 ――ピシャアアアアンッ!!


 店長の顔面に雷の如き平手打ちが炸裂した。

 打ったのは勿論セラス。

 店長はオークの中でもかなり体格がいい方だったが、「ぶげええ!?」一撃で背後にあったカウンターまで吹っ飛ばされてしまった。

 並べてあったグラスが派手に砕け、酒が床に飛び散る。

 そして、


「痴れ者が!!

 キサマらが今ぼったくろうとしているのは魔王陛下のご子息!!

 いずれ魔王會を引き継がれるお方だ!!!」


 セラスが手のひらで俺を指し示すと、身分を皆の前で明かす。


「「「「「えええええええッ!?

   魔王しゃまのごししょくううううううッ!?」」」」」


 すると店長たちが一斉に震え上がった。

 全員飛び出さんばかりの目で、俺の事を見てくる。

 



―――――




こつこつ毎日更新していければと思っております。


第一章は完成済みで、予約投稿済みです。


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