第3話 第1322回『誰が殿下の本妻か』会議

 ヴィトスがギルドに出勤した日の午後。

 同じ町のはずれに広大な屋敷があった。

 この建物は魔界の最大勢力である『魔王會』が辺境の町シャイアに建てたもので、同會の支部が置かれている。

 その屋敷の大広間にある長机に、セラスをはじめとする魔王會の大幹部たちが座っていた。

 幹部は全部で四名居たが、そのうちの三名が集っている。

 その中の一人に魔術師風のローブを着込み薄気味悪い笑みを浮かべた老人が居た。

 彼の名は『アクシーツ』。

 魔王下六大會の一つ『大妖魔會』を率いる會長かいちょうにして、魔王會においてもセラスたちに次ぐ第五位の幹部である。


(なんでワシがこんな小娘どもの開く会議に出席せにゃならんのだ……!

 それもこれも全部あのアホの跡取り息子のせい……!)


 アクシーツは溜息を吐いた。

 彼はヴィトスの事が気に入らない。

 たかだか10年ちょっと前に生まれた若造のくせに、魔王會最古参である自分よりも偉いなど許せるはずがなかったのだ。


(まあよい……!

 いずれあのアホも殺してワシが魔王になる……!

 その時には女幹部共もまとめてワシのオンナにしてやろう……!)


「グヒヒ……!」


 アクシーツが脳内でセラスたちを侍らす妄想に耽っていると、


「みんな揃っているようだな。

 では会議を始める」


 本会議の議長を務めるセラスが言った。

 彼女は漆黒の甲冑を身にまとい完全武装している。

 彼女の背後にもケイオスをはじめとする精鋭のデュラハンたちが並んで立っていた。

 そんなセラスの様を見て、アクシーツは眉を顰める。


(しかしあのセラスがこれほどの用心をしているとは……!

 なぜだ……!?)


 何しろ、この場に居るデュラハンたちだけで一国が滅ぼせる程の戦力がある。

 暗殺等の用心だとしても明らかに過剰であった。


(ハッ!?

 まさかこのワシを殺そうとしているのでは!?)


 アクシーツは焦りだす。

 セラスやママスの覗きや下着泥棒。

 その他ヴィトスの陰口・ヴィトスの靴を隠す・夜中にヴィトスの寝室のドアをノックして逃げる等々。

 身に覚えがあり過ぎたのだ。


「今日こそ決着をつける時が来た!」


 セラスが険しい顔で言った。


(やっぱりいいいいいい!?)


 身の危険を感じ、アクシーツが狼狽えだす。

 すると、


「第1322回『誰がヴィトス殿下の本妻か』会議を始める!!」


 続けざまにセラスが言った。

 途端にアクシーツが椅子からずっこける。


(うっぜえええええええ!?

 つかなんでそんな会議にワシ呼んでんだよ!!?

 勝手にやってろよ!!!?)


 アクシーツが内心でそんな突っ込みを入れていると、


「本妻はわたくしですわ。

 以上閉会」


 セラスの反対側に座っていた美しい女魔族が閉会宣言をした。

 アクシーツは女魔族を見る。

 その鮮やかな紫色の長髪は頭の上で結い上げられ、宝冠のように輝いて見えた。

 身に着けているものは黒のハイレグのボディースーツにガーターストッキングとハイヒールのみであり、そのセラス以上にグラマラスな胸や腰と相まってどんな禁欲主義者でも股間を押さえずには居られない。

 彼女の名は『ポエマドロス』。

 通称『ママス』といい、魔王會四大幹部の一人にして『不死魔會ふしまかい』二十万二千の構成員を率いている女魔族であった。

 ちなみに彼女が煽情的な恰好をしている理由は、一つはライバルのセラスに対して己が魅力を見せつけるためと、ヴィトスを篭絡するためである。


「ママス。

 以前の会議でも言ったはずだ。

 貴様のような女に殿下は任せられんとな」


 セラスがゴミムシでも見るような目で言った。

 即座にママスが言い返す。


「わたくしの美しさに嫉妬してますの?

 みすぼらしい姿ですから仕方ありませんけれど、その発言、下僕たちが黙っておりますかしら」


 ママスがそう言うなり、突然部屋の壁や床、天井に亀裂が走り、不気味な霧が漏れ出した。

 その亀裂から、ボロ布を纏い頭に宝冠を載せた骸骨型の魔物が全部で13体、壁を貫通して現れる。

 凍てつく瘴気が一斉に部屋全体に広がった。


(あれはまさか『リッチー』ッ!?

 千年に一度現れないとされる伝説級の死霊系魔族がしかもこんなに……ッ!?)


 その光景にアクシーツが目を丸くする。

 デュラハンと同じく、リッチーもまた過去に魔王を輩出している優秀な種族であった。

 そんな化け物が群れを成して現れたのだ。

 驚かざるを得ない。


「あまり調子に乗らない方がいい。

 でないと力の差を思い知る事になる」


 今度はセラスが言って、腰に差していた愛剣の柄に手をかけた。

 主君の怒りを感じ取り、傍らに控えていたケイオスらも一斉に前に出る。

 場の雰囲気はまさに一触即発だった。

 その様を見てアクシーツの顔が引きつる。


(ちょちょ!?

 お前らが戦ったらこの町ごと消し飛ぶ!!)


 焦った彼は席を立って二人の間に立った。

 そして、


「おっ、お二方とも!

 このアクシーツが思いますに、

 セラス様は女性としての魅力のみならず高貴さが御座いますぞッ!

 一方ママス様には妖艶な美しさが御座いまして!

 どちらもこの上なく美しいことは異論を挟む余地がございませんで!!」


 皺だらけの顔に愛想100パーセントの笑みを貼り付け、二人を無理やり褒めてやった。

 すると言い合いが止む。


(やれやれ……!

 なんでこんな小娘らに媚びなきゃならんのかとは自分でも思うが、ワシの力じゃどうにもならんからな……!

 これでいいだろ……!)


 だが彼がそう思った矢先、


「だいたいアナタ昨日の夜殿下にハンバーグ作って食べさせてたでしょう?

 剣しか能がない脳筋娘の分際で生意気過ぎますわね」


「フン。

 お前と違って信頼されているからな。

 当然だ」


 二人は言い合いを再開した。

 アクシーツの発言はスルーされる。


(このワシを無視しやがった……ッ!?

 魔王會最古参のワシを……ッ!!)


 せっかく媚びたにも関わらずスルーされてしまい、アクシーツはブチギレていた。

 だがその怒りをぶつける訳にはいかない。


(許せん……ッ!!

 いずれワシの下僕にして徹底的に教育してやる……ッ!!!)


 力のない彼はせいぜい妄想するしかない。

 アクシーツがそんな事をしているうちにも、


「ま、その後寝所に呼ばれてない時点で脈ナシですけれど。

 アナタは体が幼稚すぎますからね」


「フン。

 お前こそ下劣過ぎて嫌われているだろう。

 そんな事も分からないのか?」


「なんですって?」

「なんだ?」


 二人の言い合いはエスカレートしていた。

 やがて二人の体からそれぞれ白色や緑色のオーラが噴出し始める。

 同時に屋敷全体も揺れ始めた。

 セレスが剣を中段に構え、ママスが無数の魔法陣を周囲に浮かべる。


「殺すか」

「殺してさしあげますわ」


(も、もうだめだああああ!?)


 アクシーツは思った。

 だがその時彼はひらめく。


(そうだ!?

 こいつらが好きな奴の話題を出せば気が紛れるかもッ!!)


「とととっ、ところで殿下はどうされたんじゃあああああ!?

 最近余りお姿を見かけんがああああ!!」


 アクシーツはあらん限りの大声で二人に呼びかけた。

 途端に二人がアクシーツを睨む。


「ひっ!?」


 二人に睨まれて、アクシーツの顔が真っ青になった。

 だが爆発しそうなくらいに噴出していた二人のオーラも消える。

 それを感じ取ったのか、配下たちも各々の武器を収めた。


(よかった……ッ!?)


 一触即発の状況からは脱せたと思い、アクシーツは安堵した。

 だが。


「殿下は人間の町の冒険者ギルドとやらにいらっしゃる。

 職員としてお勤めだ」


 セラスが腕組みして言った。

 アクシーツは何を言われたのか分からず、


「は?」


 ポカーンとした表情で呟いた。

 言葉が頭に入ってこない。


(ショクイントシテオツトメ……。

 って!?

 アイツ人間の下で働いてるのか!?

 魔王會のナンバーツーが!?)


 アクシーツは信じられなかった。

 魔王と勇者が停戦協定を結んで200年。

 表面上は仲良くなったとはいえ、未だに魔族の大半は人間たちを見下している。

『自分たちこそが高等な種族である』としてふんぞり返っていたのだ。

 だがそんな自分たちの種族のナンバーツーが、よりにもよって人間の下で働いているというのである。

 驚くなという方が無理な話だった。


「殿下は魔王陛下のご子息ですぞ!?

 人間どもをこき使うならともかく、

 人間にこき使われるなどあってはなりませんぞ!!」


「それに関しては私も思うところがないわけではありません。

 ですが他ならぬ殿下ご自身のご希望なのです。

 私ごときが口を挟める道理はありません」


 セラスが残念そうに言った。


「いや思いっきり口挟んでたじゃない。

 前に殿下が『面接落ちたかも』って酷く落ち込んでいらっしゃった時も、

 『おのれ人間ッ!!!』とか叫んでギルドに踏み込もうとしてましたし。

 まあ殿下の素晴らしさが分からないゴミどもなんて放っておけばいいと思いますけど。

 魔族にすらはおりますし」


 言って、ママスが横目でチラとアクシーツを見る。


「それに関しては完全に同意ッ!

 だが心配すぎるッ!

 やはり私もギルドに勤めるべきではないかッ!?

 受付嬢とか案外向いてるかもしれないしッ!!」


「『それだけは止めてくれ』って言われてましたわね?」


「くううううううっッ!?

 殿下ああああああッ!!

 不甲斐ない下僕しもべで申し訳ありませええええッ!!

 かくなる上はこの首にてお詫びをおおおおッ!!」


 そう言うなりセラスは愛剣の刃を自らの首筋に当て、その場で切り落とそうとした。

 慌てて側近のケイオスが「ダメです閣下!?」セラスを止める。


 一方アクシーツは呆れ果てていた。

 魔王の跡取り息子が人間にこき使われるなど聞いたことがない。


(暫く本部を離れていたから知らんかったが……!

 やはり奴は相当のバカのようだな……!

 バカならバカで御しやすいが、動向には注意がいる……!)


「それに最近は人間たちも活発に動いてる話ですし。

 なんでも若手最強格と名高い『雷の勇者』が仲間を集め、

 魔王會に所属する魔族を一掃しようと企んでいるそうですの」


 ママスが言った。


「まだ私たちと戦おうとする輩がいるのか。

 殿下の御身がいよいよ心配だ……ッ!」


「殿下の事だから大丈夫とは思いますけれど、万が一への備えは必要ですわね」


 雷の勇者の対策を練ろうとしているセラスたち。

 一方アクシーツは、


(こりゃ早めに対策打たんと死ぬな……!

 あのバカガキに任せておけん……!)


 この屋敷に勇者が攻め込んでくる可能性を危惧していた。

 屋敷が魔王會の支部であることは地域住民にも知られている。

 ヴィトスが死ぬことは一向に構わないが、もしかすると自分まで命を落とすことになるかもしれない。


 ちなみに魔王會であるが、その実状はほぼ魔王軍である。

 會を名乗っているのは、停戦協定を結んでいるために軍という名目では動きづらいからだ。

 そんな彼らの活動の殆どは人間と暮らしている魔族の保護の他、人間界でグレーな商売を行う事にある。


「それは早めになんとかせんといけませんな……!

 ここは一旦殿下にはお休み頂き、代表を別のどなたかがやるというのはいかがじゃろう……?」


「代表を代わる?」


 セラスが眉を顰めて言った。

 アクシーツは身を竦めつつも、頑張って話を続ける。


「そ、そうじゃ。

 例えばママス殿は純粋な魔力量で言えば魔王會で一番のお方。

 噂では魔王陛下にも勝るとか……!」


 魔族における地位の高さは血筋や功績ではなく本人の実力で決まる。

 すなわち最も強い者がトップに立つのである。


「そのような御方がどうして魔王として君臨されてないのかは存じませんが。

 ともかく何かと危険の多い昨今、ここは一旦ママス殿に殿下の代わりを務めて頂くというのは……!」


 アクシーツが愛想笑いに手もみまでしてママスに言った。

 ママスはフッと嘲笑う。


「古参のくせに何も知らないんですのね」


「ママスは殿下に負けたぞ。

 コイツが忠誠を誓っているのは陛下ではなく殿下の方だ」


 ママスに続きセラスも、さも当然といった顔で告げた。


「は?」


 全く予想していなかった返答に、アクシーツの細く捻じれた両目がバカッと見開かれた。

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