第17話 アムさんとディナーデートⅢ

 直後。


 ボゥンッ!!!


 何十発という花火が一斉に打ちあがったような重低音が響き渡る。

 セラスに飛びかかった連中が一瞬で殴り飛ばされたのだ。

 10人近いリザードマンたちが一斉に反対方向に吹っ飛んでいく。

 更に、


 チュインバコオオオオオオオオオオオオンッ!!!


 俺の顔のすぐ横を光線のようなものが通り過ぎた。

 セラスがフォークを投げたのである。

 フォークは寸分違わずナイフに突き刺さり、俺の背後にあった大木の幹もろとも圧し折ってしまったのだ。

 ちなみに、咄嗟に俺がフォークの軌道を逸らしたんだけど、そのままだったらザラフの首も無くなってた。


 あーほら言わんこっちゃない。


「なっ……!?

 なああああああああああッ!!?」


 柄から先が無いナイフを見て、ザラフが驚き叫んだ。


「罰を与える必要がありそうだな……!?」


 セラスがこちらに向かって歩いてくる。

 その全身からは、凍てつくような怒りのオーラを放っていた。


「ヒヒィィィィィッ!?」


 余りの恐怖にザラフは腰を抜かしてしまった。

 そのままズリズリと後ずさりし始める。

 セラスは構わず歩き続けた。

 やがてザラフの前に立つ。


「謝ります!?

 謝りますからああああ!!

 許してええええええええええ!!!?」


 ザラフが涙ながらに命乞いをした。

 だが。


「他所様の店で騒ぎ……!

 多くの人々に迷惑をかけたのみならず、

 他ならぬ殿下を侮辱し、刃まで向けたキサマの罪……!

 万死に値するッ!!」


 セラスは許さない。

 腰に差していた剣を抜く。

 ザラフを斬り捨てるつもりだ。


「ギャアアアアアアアア!?」


 ザラフが断末魔の叫びをあげる。

 セラスは構わず剣を振り下ろした。

 刹那、剣先が音速を超えたために衝撃波が発生する。


「そこまで」


 言いながら、俺は手のひらを使ってセラスの剣を優しく包み込んだ。

 セラスが剣に込めた魔力が俺の手の中で圧縮され、爆発する。

 漏れ出た爆風により、さっき折れた大木の幹が枯れ葉のように吹っ飛んでいった。

 レストランの壁はギリギリ壊れなかった。

 危ない。


「殿下!?

 大丈夫ですか!?」


 言ってセラスが剣を離し、その場に跪いて俺の体を抱きしめる。

 俺の背丈的にちょうど目の前にセラスの胸が来るのだが、押し付けられて苦しい。


 なんて思っていると、


「今の剣……ッ!!

 間違いなくこのワタシを殺せるだけの魔力が込められていたというのに……ッ!!

 それを素手で……ッ!?」


 ザラフが唖然としながら言った。

 俺がやった事が少しは分かったらしい。


 ちなみにだけど、セラフの剣にはザラフどころではなくこの空地一帯が吹き飛ぶぐらいの魔力が込められていた。

 放っておいたらレストランにも被害があったはずだ。


「……アナタはいったい……!?」


 ザラフが俺に何者かと尋ねてくる。


「フン!

 愚か者が。

 こちらの方をどなただと思っている。

 魔王會の跡取り息子、ヴィトス殿下にあらせられるぞ」


 セラスが冷たい目でザラフを睨みつけて言った。


 また勝手に俺の正体明かしてる。

 まあいいけど。


「しぇっ!?

 しぇええええええええええええッ!?!?

 魔王會の跡取りいいいいいいいッ!?

 このガキがあああああああ!?」


 ザラフは鼻水噴き出して跳びあがり叫んだ。


「そうだ。

 本来ならキサマ如き弱小組織のゴミムシでは御目通りすら叶わぬ御方だ」


 ゴミムシはさすがに言い過ぎだとは思うけれど、規模で言えば確かにそれぐらいの差はある。

 ブラックサーペントは全国にせいぜい5000人規模だけど、魔王會は前身組織である『魔王軍』の軍人たちがそのまま構成員になってる。

 最低でも100万人は居るんじゃないかな。


「そそそげな御方とはつゆしらずうううううう!!!

 申しわけございましぇ~~~~~~~ッ!!!」


 ザラフが両手を地面に突いて、土下座する。

 魔族の世界は文化的に上下関係が徹底している。

 上に逆らえば本当にクビが飛びかねない。


「「すみませんでしたああああああああああッ!!!」


 自分たちのボスの情けない声を聞いたのだろう。

 倒れていた配下たちも俺の前までやってきて、次々と土下座し始める。

 空地はひれ伏したリザードマンだらけになってしまった。


おもてをあげなよ」


 俺はザラフ達に命令する。


「さっきセラスが言ってたけど。

 お店には迷惑かけたし、

 アムさんやセラスにまでちょっかいかけて。

 どうしてくれるの?」


 俺は淡々と言った。

 反省を促す。


「本当に申し訳ございませんでしたああああああ!!

 ワタシにできることでしたらなんでも致しますううううう!!!」


 ザラフが再度額を地面に擦り付けて叫んだ。


「なんでもするって言ったね。

 じゃあ恐喝とか女の子にちょっかい出すみたいな悪事は一切止めて。

 あと君たち体が大きいからシャイア周辺の警備をして欲しいかな。

 最近盗賊団が出たりして物騒なんだ。

 給料は俺が出すからさ」


 俺がそう言うと、


「は……ははあああああああああああ!!

 寛大なお裁き……ッ!!

 このザラフ、心服致しました!!!

 ブラックサーペントは今後も殿下に一層の忠誠を誓わせて頂きます!!!」


 ザラフが両手を祈るように合わせ、俺に忠誠を誓ってきた。

 だがセラスは納得いかないらしい。

 キッとザラフを睨みつけると、


「殿下。

 甘過ぎではございませんか。

 奴ら、腹の底では笑ってるかもしれません。

 よろしければ私がこの場で処断いたしますが」


 俺に進言してきた。

 セラスらしい厳しい意見だ。


「ひっ!?」

「そのような事は!?」


 ザラフやリザードマンたちが再度土下座する。


「いいよ。

 魔族ってのは元々そういうもんだから。

 ただ」


 俺はそこまで言うと、ザラフの前にしゃがみ込んだ。

 ザラフたちが面を上げる。


「いつでも逆らってくれていいよ?

 今度は俺が戦ってあげる」


 ニコリ、微笑んで言った。


「あひゃあああああああああッ!?」


 ザラフたちはたちまち腰を抜かしてしまう。

 たちまち彼らの股の間から、ショワショワと水音の大合唱が聞こえだした。


 よしよし。

 全員ちゃんとビビってる。


 そんな彼らの様子を見て、俺はうんと頷いた。


 ザラフたちみたいな典型的な魔族は主に利益や恐怖で支配する。

 彼らが一番大事にしているのは自分の命。

 次いでお金や異性と言った欲望だった。

 愛や優しさみたいな高尚なものは、彼らには難しい概念である。


「こんな最底辺のゴミムシ共にまで慈愛の心で接するとは……ッ!!

 さすが殿下……ッ!!

 ご立派にございます……ッ!!

 このセラス、教育係として今日ほど感動した事はございません……ッ!!」


 隣でセラスも目からジョバジョバ涙を流す。


 こっちはこっちでなんか誤解してるな。

 セラスみたいに優しさとか愛情が分かるタイプの魔族にはそういう風にも接するけど。


「そういうワケで。

 もしまた罪のない人達に悪いことしたら俺がお仕置きするから。

 そのつもりで」


「はひ!!!」

「絶対にしません!!!」


 とりあえずザラフ達にも誓わせた。

 これだけだとデメリットだけだから、メリットも与えておく。


「真っ当に結果出せば、取り立てて上げるからね」


 俺がそう言うと、


「ハハアアアアッ!?」

「なんとご寛大なお言葉……ッ!!!」

「さすが魔王様の跡取り……ッ!!」


 ザラフやその配下たちが吃驚した様子で俺の顔を仰ぎ、再度平伏する。

 その反応を見て俺は満足した。


 よしよし。

 これで大丈夫かな。

 さて、レストランに戻らないと。

 アムさんがまだ中に居る。

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