第18話 魔王の跡取り息子、またもギルドを救う

 アムさんとのデートの翌日。

 俺がいつものようにギルドに出勤すると、受付嬢姿のアムさんがやってきた。

 アムさんは俺に微笑みかけて、


「ヴィトスくん。

 昨日は本当にありがとう。

 おかげで助かったわ」


 言ってくる。

 その眩しい笑顔に、俺の心臓がドクンと跳ね上がった。

 アムさんの顔見るとテンション上がる。


「いえいえ!

 アムさんもレストランで待っててくれて助かりました。

 下手に出てこられると逆にピンチだったかもしれないんで」


 俺が当たり前のようにそう答えると、アムさんはちょっと意外そうな顔で俺を見る。

 そして「ふふっ」と笑ったかと思うと、


「前に助けられた時にも思ったけど、ヴィトスくんってピンチに強いのね。

 見直したわ」


 言った。


 嬉しい。

 アムさんに褒められるなら俺、幾らでも頑張れちゃう。


 なんて俺が思っていると、


「お!?

 どうしたご両人!!

 朝から見せつけるねえ!!?」


 ジャンクがやってきて、俺とアムさんの肩を叩いて言った。

 それを聞いて周りの同僚たちがクスクスと笑い出す。


 コイツも朝からハイテンションだな。


「ジャンク。ふざけないで」


 アムさんが怒り口調で言った。

 その言い方に俺はちょっとだけ期待してしまう。


 アムさんの頬がほんの少しだけ赤く染まっているような気がしたのだ。

 まあ皆の前でからかわれたからだろうけれど。


「へいへい!

 邪魔者は退散しますぜ!!」


 言ってジャンクが自分の席に戻っていく。


 しかし良いタイミングだったな。

 ジャンクのやつ、ひょっとして俺がアムさんの事好きなの分かってるのか?

 好きなのバレてると思うとちょっと恥ずかしい。


「まったくもう……!

 でも昨日はどうやって解決したの?

 話を聞いてくれるような相手じゃなかったけど」


「ああ、俺のお付きの人が来て倒してくれたんだ。

 これからは強引なナンパはしないって誓わせたよ」


 ウソは言ってない。

 俺が実は魔王の跡取り息子で、悪い連中のボスだった、なんて事までわざわざ言わないけど。


「そうだったのね。

 ヴィトスくんが酷い目に合わなくてよかったわ」


 アムさんはちょっと安心した様子で言った。

 そんな彼女の様子に俺は心配かけちゃったな、と思う。


(どうしよ。

 アムさんにだけは本当のこと教えてもいいのかもしれない。

 アムさんの性格からして秘密は絶対守ってくれるだろうし)


 そう思ってアムさんの顔を見る。

 するとアムさんはニコリ俺に微笑み返してきた。

 俺はつい視線を逸らしてしまう。


(でも、もしかしたら魔族は嫌いかもしれない。

 昨日も散々魔族から迷惑かけられたわけだし)


 俺が魔王の跡取りって事はいつかはバレるんだろうけれど、今話すのは正直コワかった。

 俺んちのイザコザにも巻き込む可能性もあるし、ここは一旦様子を見よう。


「今回こんな感じになっちゃったから、よかったらまたご馳走させて」


 俺は内心そう決めていると、アムさんが俺に言ってきた。

 デートの誘いだ。


 え!?

 もう一回デートしてくれるの!?


「もちろん!

 また予定合わせていきましょう!!」


 俺は答える。

 俄然がぜん嬉しい。


「おう姉ちゃん! カワイイな!?」

「今晩俺らと遊ばねえ?」


 すると受付の方が急に騒がしくなった。


「なんだ?」


 ジャンクや同僚たちもザワザワし始める。


「ナンパかしら。

 最近多いのよね」


 アムさんが顔をしかめて言った。

 受付嬢といえば可愛い女の子たちが集まる超人気職業。

 血の気の多い男性冒険者たちが周りの迷惑を顧みず声をかける事はよくある。


「悪質な奴も結構いますからね。

 ちょっと覗いてみましょうか」


「そうね」


 俺たちはカウンターを覗き込んだ。

 するとそこに居たのは冒険者たちではなかった。

 カウンターに身を乗り出すようにして受付嬢たちに話しかけているのは、半人半狼の魔族。


「ウェアウルフ……!?」


 アムさんが呟く。


 全員この間のリザードマンたち並みの体格をしており、黒い紳士服を着ている。


「止めろ。

 受付嬢さん方が困ってんだろ」


 一番後ろに立っていたウェアウルフが言った。

 他のウルフたちより一回り大きい。

 この間うちのギルドを襲ったザムザぐらいはあるだろうか。

 額に三日月みたいな切り傷の痕があって、中々の迫力がある。


「へえ!」

「すんませんアニキ!」


 他のウェアウルフたちが首を垂れて謝る。

 どうやらアイツがボスらしい。


「すまねえな。

 ウチのもんは血気盛んでよ。

 後でしっかり言っておくから安心してくれ」


 ボスは、カウンターに立っていた50歳くらいの男性職員に言った。

 うちのギルドマスターである。


 ちなみに『すまねえ』と謝ってはいるが、ボスに悪びれた様子は一切ない。

 その口元はニタニタと笑っている。


「イヤな人ね」


 アムさんが呟く。


 配下をたしなめたのも自分が善人だとアピールするためだ。

 典型的な闇組織のやり方である。


 そんなボスに対しうちのマスターは、


「へへえ!!

 いつもありがとうございます!!」


 深々と首を垂れて感謝する。

 マスターのその姿を見て、俺の隣でアムさんがムッとしたのが分かった。

 ボスに媚びてるマスターを不甲斐なく思ったのだろう。

 マスターは一般人だからしょうがないとは思うけれど。


「それで、今日はマスターに《いい話》があって来たんだ。

 ちょっと寄らせて貰えねえか?」


 ボスがマスターに微笑みかける。

 彼の配下の手には黒塗りの革鞄があった。

 どうやら鞄の中身が『いい話』らしい。


「も、もちろんでございます! どうぞこちらへ!!」


 マスターが愛想笑いを全開にして、ボスたちをギルドの奥へと通す。

 多分応接室だろう。

 そう思ってウェアウルフたちをよく見ると、紳士服の胸元に赤い爪の形をしたバッジを付けている事に気付く。


「あれは魔王會系『血爪狼牙會ブラッドファング』のバッジだね」


 バッジを指差して俺はアムさんに言った。


「ブラッドファングって、まさか……!?」


 その名を聞いて、アムさんが驚く。


「昨日のブラックサーペントと同じくらい大きい闇組織だね」


「なんでそんな連中がウチに……!?」


 アムさんが呟く。

 この反応だと、今まで受付に来た事は無かったみたい。

 この間のダークバトラの件もあるし、非常に気になる。


「ささ! 皆さまこちらに!」


 なんて俺が思っているうちに、マスターがブラッドファングの連中を応接室へと招き入れてしまった。


「私、ちょっと覗いてくるわ」


 アムさんが俺に言った。

 さっそく向かおうとするその肩に俺は手を掛ける。


「いや、俺が行ってくるよ。

 アムさんはここで待ってて」


 アムさんに危険が及ぶといけない。


「ダメよ。

 危ないわ。

 相手は魔族なのよ」


 魔族なのよ、の一言が胸に突き刺さる。

 アムさんやっぱ魔族は嫌いなのかな。


「大丈夫。

 俺がこういうの慣れてるって知ってるでしょ。

 それにいざとなれば《護衛の人》呼ぶし。

 昨日もそれで平気だったから」


 ちなみに当の護衛だけど、《実はもう来ちゃってる》。

 一人は剣士風の恰好をしており、朝から非常に難しい顔をしてギルド一階のソファーに居座っている。

 もう一人は魔術師風の恰好で同じく一階にある道具屋でショッピングしていた。二人とも受付嬢に勝るとも劣らない可愛さのために、しょっちゅうナンパされては袖に振っている。


 恐らく俺に何かあれば二人とも即座に飛び込んでくるつもりなのだろう。

 一人でもヤバいのに二人同時に暴れられたらどれだけ被害が拡大するか分からない。


「でも……!」


「俺のことが信じられない?」


 なおも頑なになるアムさんに対し、俺はハッキリそう尋ねた。

 アムさんは真剣な顔で俺の目を見つめる。

 俺の事を心配してくれてるのが分かって、とても嬉しい。


「……わかったわ。

 でも絶対にムリはしないで」


「大丈夫。俺に任せて」


 俺はアムさんに微笑んで見せると、応接室へと向かった。

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